【百合】レズ活したら、失恋した美少女幼馴染と同じ顔が来た

昨日のメロン(きのメロ)

レズ活したら、失恋した美少女幼馴染と同じ顔が来た

「え…茉奈まな!?」

「?違いますけど」


初めてのレズ活。


待ち合わせに現れたのは、最近私が失恋した幼馴染と同じ顔の人物だった。



■■■



_ずっと片想いしていた幼馴染から、「彼氏が出来た」と言われた。


自分の想いが叶わないことなんて、最初からわかっていた。

彼女は自分と違って可愛くて明るいから、むしろ今まで彼氏がいなかった事が不思議なくらいだった。


けれど_私の心は、粉々に砕け散った。


そんなタイミングでバイト先の店が潰れ、私は働く場を失った。


貧乏大学生。失恋。一生好きな人と結ばれないのだという絶望。

そんな暗黒の時期だった。



〝レズ活〟という単語に出会ってしまったのは。



■■■



新宿駅JR南口改札前、19時。


私_佐鳥葵は、初めてのレズ活の待ち合わせをしていた。


相手は23歳OL160cmらしい。最初にDMが来た人をOKした。


私の募集ツイートはこうだ。



━━━━━━━━━━━━━━━


18↑│レズ│大学生


都内希望。食事・買い物など直接の触れ合いがないものでお願いします。


【SNOWで撮影・顔半分をスタンプで隠した自撮り】


#レズ活 #レズ垢


━━━━━━━━━━━━━━━


適当にテンプレを使って文章を書いた。恋人が居たことがないので、触れ合い的なアレコレは日和ってしまった。



…現在待ち合わせ中なわけだが、既に私は後悔し始めていた。


何しろ、私は今まで女にも男にもモテたことが無い。コミュニーケーションも得意ではないし、容姿に自信もない。


初対面の、しかも年上と食事なんてハードルが高すぎる。


「もう帰ろうかな」なんて最低なことを思っていると、後ろから肩を叩かれた。


「あの…〝アオ〟さんですか?」


〝アオ〟とは私のハンドルネームだ。本名が葵だから、アオ。


私は振り向いて、言葉を失った。


「え…茉奈!?」


なんと現れたのは、最近私が失恋したばかりの幼馴染_茉奈だった。


「?違いますけど」

「いやいやいや…」


スーツは着てるしメイクもしてるけど、明らかに顔が茉奈だ。


真鶴まなづるです。アオさんですよね?」

「あぁ、まぁ、はい…」


真鶴さんは、確かに私がDMでやり取りしていた女性のハンドルネームだ。


「今日は来てくれてありがとうございます。もうレストランは予約してあるので、行きましょうか」


薄く微笑んだ真鶴さんの笑顔は、とても綺麗で_


_その美しさに飲まれるように、思わず私は頷いてしまった。



■■■



真鶴さんに案内されるままにレストランに着き…私は絶句した。


待って?!何ココ?!超高級レストランじゃん?!


貧乏大学生の私ですら知っている有名ホテルの、夜景の見えるレストラン。


「あ、あの…」

「?何?」

「私、ドレスコードとか全然…」

「あぁ、大丈夫だよ。アオさんワンピース着てるし」

「いやでもその…」


マナーも何も知らない貧乏大学生なんです…とは言えず、私は口ごもる。


「もしかして、フレンチは嫌い?」

「いやそういうわけでは…!」

「よかった。じゃあ行こうか」


真鶴さんに優しく微笑まれ、私は観念した。

あぁ、流されてしまった…。


真鶴さんの後ろを歩きながら、私は彼女の背中を見つつ考える。


こんな高級なレストランに連れて行ってくれるなんて…やっぱり他人の空似なのかな?


茉奈は大学は違うけれど、私と同じ普通の大学生だ。そんなに裕福な家庭だった覚えはない。


よく考えれば、ノンケの茉奈がレズ活なんて単語を知っているはずもないし。


…もう少し、様子を見てみよう。



■■■



「今日はありがとう。楽しませて貰ったよ」

「こちらこそ」


食事を終え、再び新宿駅の改札前。

向かい合う、私と真鶴さん。


「…また、お願いしてもいいかな?」


真鶴さんが、伺うように聞いてくる。


「は、はい。私でよければ」


まさか次のお誘いをされると思っていなかったから、声が上ずってしまった。


「よかった。また連絡するね」

「はい」


安心したように笑う真鶴さん。

3歳しか違わないのに、真鶴さんはとても大人っぽく見える。


「じゃあ」

「あ、はい」


真鶴さんと別れ、私は1人改札前にぼーっと突っ立っていた。


_別人、なのかな。


真鶴さんと茉奈は、確かに顔がソックリだ。それこそ同一人物だと疑うくらいに。


でも、色々不可解な点もある。金銭感覚が並の大学生ではないし、そもそも茉奈はノンケだ。


うん、きっと別人だ。

真鶴さんは茉奈じゃない。


私は自分に言い聞かせるように、そう心の中で呟いた。


それに、私も今日は楽しかった。


…まるで茉奈と、デートしてるみたいだったから。



■■■



1週間後の13時、私は再び新宿駅JR南口改札前にいた。


あの後真鶴さんからDMが来て、今度は買い物に一緒に出掛けることになった。


「アオさん、お待たせ」

「真鶴さん」


…おぉ、私服だ。

真鶴さんの私服は、オフィスカジュアルって感じだった。大人の女性っぽい。


「ルミネでいいかな?」

「はい、私そういうのよく知らないので…お任せします」


私がモゴモゴと言うと、真鶴さんがクスッと笑った。


「オーケー。今日はアオさんに似合う服沢山見ようね」

「えっ…?!」


え、今日はそういう目的なの?!聞いてないよ!

驚き固まる私。


「さ、行こう!あ、でもまずは軽くランチかな。お昼ご飯食べた?」

「い、いえ…」

「じゃあカフェでも入ろうか」

「は、はい…」


颯爽と歩き出した真鶴さんの背中を、私もパタパタと小走りで追いかけた。



■■■



「可愛いよ」

「よくお似合いです〜!」


初めて入った、オシャレなブランド店。

その試着室で、私は真鶴さんと店員さんの褒めちぎり攻撃にあっていた。


「でもコレは…スカートが短いかな…」


私が着せられたのは、薄手のオフショルニットにミニスカート。


「スカートじゃなくて、キュロットだよ」

「は、はぁ…」


丁寧に訂正してくる真鶴さん。

いや知らんし。キュロットって何。見た目はスカートじゃん。


「履く時、ズボンみたいになってたでしょ?」

「そ、そうだったかも」


慣れない服装に戸惑いすぎて、そんな細かいところまで覚えてない。


「あっちのワンピースも持ってきてもらえますか」

「はい!お色はどうしましょう?」

「ブルーで」

「かしこまりました。ただいまお持ちしますね」

「お願いします」


どんどん話を進めていく真鶴さんと店員さん。

ってか、まだ着るの…?もう試着するの4回目なんだけど。


「こちらで大丈夫ですか?」

「はい。アオさん、次はこれ着てみて」

「はい…」


店員さんから深い青色のワンピースを手渡され、私は頷く。


「あ、さっき着たオフショルとキュロットもお会計お願いします」

「かしこまりました〜!」

「えっ…」

「?アオさんは気に入らなかった?」


いや、そういうわけではないんだけど。

手持ちがないんです、貧乏大学生なんで…。


「いえ、その…今日はあまり手持ちがなくて…」


おずおずと私が言うと、真鶴さんは軽く吹き出した。


「何言ってるの。私が買うに決まってるでしょ」

「い、いやそんなわけには…!」

「いいから。アオさんも気に入ったんでしょ?それなら買おう」


ね?と目で訴えられ、私は何も言えなくなった。


「じゃあほら、そのワンピースも着てみて」

「は、はい…」


試着を促され、私はすごすごと試着室へと戻った。



■■■



両手にショッピングバックを抱え、私たちは店の外へ出た。


「沢山買えたね」

「ありがとうございます…」


むしろ、買いすぎなぐらいだ。

有難いけれど、自分には真鶴さんに返せるものが何もない居た堪れなさがある。



そのままショッピングモールをぶらついていると、沢山のコスメが並んでいるお店が目に入った。


_茉奈は、コスメが大好きなんだよな。


彼女はオシャレだからメイクも上手くて、私にはサッパリわからない道具を使いこなしていた。


「あ、JILLの新作入ったんだ」

「へ?」


その店の品揃えを見て、真鶴さんが言った。

あいにく化粧品にも疎い私は、“JILL”が何なのかわからない。コスメブランドの名前かな。


「あぁ、ごめん。ちょっとこの店見ても良いかな?」

「はい。もちろんです」


へぇ、真鶴さんもコスメ好きなんだ。確かに、いつも綺麗にメイクしてるもんな。


「アオさんに似合うアイシャドウも買おう」

「えっ…私はいいですよ、メイクとかしたことないし」

「でも、興味がないわけじゃないんでしょう?」

「それは…」


図星だった。

いつもキラキラしている茉奈を見ては、「私も茉奈みたいになれたら」と思っていた。


「誰かに強制されるわけじゃないメイクは、凄く楽しいと思うよ」

「…。」

「いきなりフルメイクしなくてもさ。少しづつ始めればいいんだよ」

「…はい」

「よし」


真鶴さんが、優しく私に笑いかけた。


_“誰かに強制されるわけじゃないメイク”、か。


私が今まで一歩を踏み出す勇気が出なかったのは、「何で女だけメイクを強制されるのか」と思う部分があったからかもしれない。


『女は小綺麗にしろ』


そんな社会からの圧力を、何となく感じ取っていた。

小娘がそれに反発する方法なんて、自分がメイクをしないこと位しかなくて。


でも、“自分のためにするメイク”だってあるんだ。


…きっと茉奈もそうだったから、あんなにキラキラして見えるんだ。


「じゃあ、見ようか」

「…はい!」


私も、“自分のために”メイクをしたい。


社会に馴染むためじゃない。モテるためじゃない。


自分が自分を好きになるために、オシャレをしたいんだ。



■■■



「今日は、本当にありがとうございました」

「ううん。こちらこそ」


買い物を終えて、新宿駅改札前。

真鶴さんに、私はぺこりとお辞儀をした。今日は真鶴さんにお世話になりっぱなしだ。


「…アオさん」

「何でしょう」

「手、出して」

「?はい」


何だろうと思いながら、真鶴さんに右手を差し出した。

すると、真鶴さんが私の手を取り_


_私の薬指に、何かを滑り込ませた。


「え…」


この、金属の感覚は。


「この指輪、じーっと見てるみたいだったから」


私の指に通されたのは、アクセサリーショップで私が「素敵だな」と見つめていたシルバーの指輪だった。


「えっ…そんな…こんな高価なもの」


頂けません、と私が言おうとすると、真鶴さんは首を横にコテンと傾げた。


「…迷惑、だったかな」

「いや、そんなことは…!」


でも、今日は洋服や化粧品まで頂いてしまったのに…。

俯くと、真鶴さんは私の顔を覗き込んできた。


「私がアオさんにあげたいの。だから、貰ってくれると嬉しいかな」

「…っ!」


そんな言い方は、ずるい。

小さく頷くと、真鶴さんは満足そうに笑った。


「…ありがとうございます」

「うん。よく似合ってる」


真鶴さんの言葉に、私の頬に熱が集まる。

夜でよかった。この赤くなった頬を、見られなくて済む。


「そろそろ帰ろうか」

「あ、はい」


真鶴さんが、腕時計を見た。

私もつられてスマホの画面を見ると、時刻は19時を過ぎている。


「じゃあ、“またね”」

「っ…!はい!」


颯爽と去っていく、真鶴さんの背中。


“またね”、か。


…次が、あるんだ。


左手で、指輪に触れる。

心臓が_とくんとくんと、高鳴っているのを感じながら。



■■■



真鶴さんから指輪を貰った日の夜。


自室のソファに座りながら、私は意を決してLINEを開いた。

そして、震える指で茉奈のトークルームをタップする。


茉奈とのトークは、こんな風に終わっていた。


○月×日(水)

『葵ー!彼氏できた!!!』17:50

「おめでとう」18:30

『ありがと!』18:45

○月▲(木)

『今度久しぶりに会おうよ!』9:05


茉奈の誘いに返信することができず、そのまま既読スルー。


怖かったのだ。きっと今茉奈に会ったら、彼氏の話になるだろう。それを、笑顔で祝福してあげられる自信がなかった。


…今なら、大丈夫な気がする。


真鶴さんの言葉に、笑顔に元気を貰った今日なら。


スゥ、と一息ついて、私は画面をタップした_



■■■



「葵から連絡来るなんて珍しいから、びっくりしちゃった」

「はは…」


次の日。私と茉奈は、新宿のカフェに来ていた。

お互い大学の空きコマが被っていたので、明日会おうということになったのだ。


「でもなんか、雰囲気変わったね」

「え?」

「んー…なんていうか、前はメイクとかしてなかったじゃん?だけど今日は、リップ塗ってるし」

「あぁ…」


気づかれたことが、何だか気恥ずかしい。


「少しづつ始めていけば良いんだよ」という真鶴さんの言葉に背中を押され、私は今日、コーラルピンクのリップを塗っているのだった。


「めっちゃ可愛いよ!」

「…うん。ありがと」


茉奈の笑顔に、心が暖かくなって_同時に、締め付けられた。

この笑顔は、もう私だけに向けられるものじゃないんだ。


「あ」


茉奈が、驚いたように声をあげた。


「何?」

「いやその…指輪、つけてるんだね」

「あ、うん」


私の右手に輝く、綺麗なシルバーの指輪。

シンプルなデザインだけれど、オシャレな茉奈はすぐ気づくんだな。


「…貰い物?」

「まぁ…」


茉奈の問いかけに、私は歯切れ悪く答えた。


真鶴さんが悪いわけじゃない。ただ…レズ活という出会い方を、「バレたくない」と思っていることは確かだった。


「アクセサリーなんて、珍しいじゃん。心境の変化?」

「…変化といえば、そうなのかも」

「へぇ?」


真鶴さんの言葉に、私の心が動かされたのは紛れもない事実だ。


メイクやアクセサリーだなんて、昔から私を知っている茉奈は驚いているだろう。不審にすら思うかもしれない。


「この前、すごく素敵な人に会って…その人が、くれたんだ」


真鶴さんのことを思い浮かべると、自然と頬が緩んだ。心がポカポカと暖かくなって、私は指輪をつけた手をそっと胸に当てた。


「…ふーん、そっか」

「…茉奈…?」


心なしか、茉奈の声が硬い気がした。


「ん?」

「あ、いや…」


茉奈の顔が陰ったのは一瞬で、もう茉奈は普段の笑顔に戻っていた。


「お待たせ致しました。ランチセットです」


ウェイターの人が料理を持ってきて、会話が途切れる。


「カニクリームパスタのお客様」

「はーい」


ニコニコと店員さんと笑顔で話す茉奈。


…気のせいだったのかな。


心に少しの引っ掛かりを残しながら、私は目の前に運ばれたペペロンチーノに視線を落とした。



■■■



_それから、私と真鶴さんは色々なところに一緒に行った。


水族館。


綺麗な大水槽、豪快なイルカショー。きらきらと目を輝かせる真鶴さんが意外で、可愛いと思ってしまった。


動物園。


ふれあいコーナーでモルモットをだっこした。小さい体が暖かくて、胸がきゅんっと鳴った。そんな姿を真鶴さんにカメラで写真に撮られて、軽く一悶着があった。


「可愛かったから」って、理由になってない!


カフェ巡り。


夢中でパンケーキを頬張って、ふと顔を上げると真鶴さんが優しそうな、愛おしそうな目で私を見つめていた。恥ずかしいやら何やらで俯くしか出来なかった。


他にも、思い出が沢山ある。


会うたびに、真鶴さんに惹かれていく。


彼女の優しさ、考え方、価値観、気遣い、その全てが魅力的に映る。


この気持ちは、きっと_。



■■■



「真鶴さんって、スマホ触りませんよね」


並んで街を歩いている時に、気になっていたことを聞いてみた。


真鶴さんは、私の前でスマートフォンを使わない。

連絡もTwitterのDMだけ。LINEと電話は無し。


何でだろう、と純粋に疑問に思っていた。


「あ、あー…、まぁね」

「何でですか?」

「それは…誰かと一緒にいる時に、スマホを触るのはマナー違反だと思ってさ」


少し言い淀んだ後、真鶴さんが答えた。

流石、真鶴さんだ。私はそこまで気が回らなかった。


「確かにそうですね。私も気をつけます」

「いやいや、アオさんは気にしなくていいよ。私が勝手にしてることだから」


真鶴さんが、焦った様子で私を止めた。


「私が、真鶴さんの考え方を素敵だなって思ったんです。真似させてください」

「…っ!」


気恥ずかしくて、目を伏せる。


真鶴さんは少し驚いたように目を見開いた後、バツが悪そうな顔で言った。


「…わかった。じゃあ、お互いそうしよう」

「はい!」


やっぱり、真鶴さんは素敵な人だ。人間が出来ているというのだろうか。


私もこんな風になりたい、と素直に思った。



■■■



真鶴さんにスマホのことを聞いた日の夜。


私はスマホにぶら下がるキーホルダーを眺めながら、自室のベッドに寝っ転がっていた。このキーホルダーは、高校の修学旅行で茉奈とお揃いで買ったものだ。


…もう、あれから3年になるのか。


キーホルダーの紐は大分薄汚れていて、飾りの部分の塗装も所々剥がれている。



この前会った時には、茉奈もスマホにこのキーホルダーを付けていた。


『あぁ、茉奈の中で私は消えていないんだ』


そう思って、安心してしまったことは許して欲しい。


もう少しで、忘れるから。


真鶴さんの笑顔を思い浮かべながら、私はゆっくり目を閉じた。



■■■



《SIDE 茉奈》



“真鶴”としてあの子にコンタクトを取ったのは、ただの出来心だった。


Twitterで見かけた、“アオ”のツイート。まさか本当にあの子だとは思わなかった。目元が似ていて、なんとなくDMを送った。



私_古橋茉奈は、あの子_佐鳥葵に、


恋をしていたから。



気づいたら、好きになっていた。

だけど、自分の気持ちはあの子を困らせるだけだ。


女同士だなんて、私にも経験が無い。あの子だって同じだろう。

戸惑われて、気まずくなって、友人でもいられなくなるのがオチだ。



だけれど、一緒にいると…僅かな可能性を見出したくなってしまう。


あの子がキラキラした笑顔を向けるのは、私だけじゃないか?

あの子のことを最も理解しているのは、私じゃないか?


…あの子が一番特別に思っているのは、私なんじゃないか?


そう考える自分を止められなかった。ありもしない希望に縋ってしまう。


「だったら、可能性を全て壊せばいいんだ」


そう思って、葵に彼氏が出来たと嘘をついた。

彼氏がいる自分に、葵が好意を持つわけがない。これでもう、葵に対して無駄な期待をせずに済む。


そうやって安心していたら、今度は葵に避けられるようになった。


今まで週1のペースで会ったり電話したりしていたのに、色々な理由を付けて断られるようになった。


どうすればよかったんだろう。


葵とこれからも一緒にいたいから、嘘を吐いたのに。



鬱々としていた時、ヤケになってレズ活をしている子と遊んでやろうと思った。

どうせ葵とは一生結ばれないのだ。だったら、もうどうだっていい。


「葵と似てる」


そんな理由で送ったDMが、まさかあんなことになるなんて。



■■■



O Lのフリをしたのは、女子大生よりも「お金を持ってそう」とイメージが良いと思ったからだ。葵に会えない代わりにバイトをガッツリ入れたから、手持ちは結構ある。



待ち合わせ場所に着いて、息が止まった。

そこにいたのは、葵本人だった。


なんで?どうして葵がここに?

まさか、本当に、“アオ”の正体って_


_葵なの?


話しかけて、確信した。葵は“アオ”としてあのツイートをしたんだ。


…まさか、お金に困ってるの?

最近会えなかったのは、金銭トラブルがあったからとか…?


「どうしてレズ活をしているのか」を聞くのは暗黙のタブーだ。

かといって、茉奈として「お金に困っているのか」と聞くわけにもいかない。葵は茉奈に隠したい事情があるから、何も相談してこないのだ。


だったら、“真鶴”として葵の助けになろう。


葵を見ず知らずの女に会わせるぐらいなら、その方がよっぽどマシだ。


例え葵を騙す形になってしまったとしても_


_葵を守るのは、この私なんだから。



■■■



葵は、面白いほどに私の正体に気が付かなかった。


真鶴として葵を守ると決めたけれど、正直バレるのは時間の問題だと思っていた。

それなのに、一向に葵は気づく気配がない。



真鶴として数回会った後、葵から連絡がきた。


スマホに飛びつき返信をして、今度は“茉奈”として葵に会えることになった。

葵に会える_と、喜んだのも束の間。


嬉しそうに“真鶴”のことを話す葵を見て_私の心は地に沈んだ。


“『この前、すごく素敵な人に会って…その人が、くれたんだ』”


少し照れながら、はにかみつつ話す葵。


その“素敵な人”は自分だと言いたかった。


でも、真実を知られてしまえば_きっと、軽蔑される。

葵を騙して、別人のフリをしてデートを重ねていたなんて。


そもそも、葵が好きなのは「23歳OL」の「真鶴」だ。


私じゃ、ないんだ…



■■■



葵に「スマホ触りませんよね」と言われた時、「ついにバレるのか」と背筋がひやっとした。


私のスマホには、葵とお揃いの大切なキーホルダーが着いている。機種も茉奈と同じだし、葵の前で取り出せるわけがないのだ。


葵とのやりとりはTwitterのDMでしているからLINEは使えなくても問題ないけれど、やっぱりスマホを一度も触らないのは不自然だろう。



潮時が、近づいているのかもしれない。


考えたくもない未来がすぐそこに迫っているのを感じて、私はそれを振り払うように首を振った。



■■■



《 SIDE 葵》


真鶴さんと出会ってから、三ヶ月が過ぎた。


少しづつ増えていく彼女との思い出。それを大事に抱えながら、私は段々と日々を前向きに生きられるようになっていた。


大学に行こうと駅までの道を歩いていると、茉奈のお母さんに会った。


幼馴染ゆえに、お互いの親とは会えば世間話をする仲だ。


「あら〜!葵ちゃん!久しぶり」

「お久しぶりです」

「なんだか見ないうちに随分綺麗になっちゃって」

「そ、そんなことは…」


茉奈のお母さんはひとしきり私の服装を褒めた後、思い出したように言った。


「そうだ、葵ちゃん」

「はい?」

「最近、茉奈の様子が変なのよ。夜にスーツ着て帰ってくるの。まだ就活の時期でもないのにねぇ」

「え…」

「どこに行ってたのって聞いたら、新宿だって。何か危ないバイトでもしてるんじゃないかって心配で」


何か聞いてない?と不安げに聞く茉奈のお母さん。

私の脳には、心臓のドクンドクンという音が響いていた。


スーツを着て、夜に帰ってくる茉奈。


スーツを着て、いつも現れる真鶴さん。


新宿に行っていた、という茉奈。


待ち合わせにいつも新宿を指定する、真鶴さん。


茉奈のスマホについたストラップ。


真鶴さんがスマホをを取り出さない理由。



繋がってしまう。点と点が、線になっていく。


「…葵ちゃん?どうしたの?」

「あっ、いえ…その、茉奈とは最近連絡をとっていなくて」

「あらそうなの?」

「ちょっと忙しくて」

「そう、葵ちゃんも大変ね。茉奈もここ数ヶ月バイト三昧よ」

「はは…」


茉奈がバイト三昧になる理由。

もう、考えなくてもわかってしまう。


「じゃあ、またね。これからも茉奈と仲良くしてあげて」

「はい」


「…こちらこそ、です」


茉奈のお母さんにペコリとお辞儀をして、私はその場から立ち去った。



■■■



《SIDE 茉奈》


「真鶴さん。久しぶりですね」

「あぁ、久しぶり」


金曜19時、新宿駅JR南口改札前。

葵にDMで呼び出され、私は“真鶴”としてここにいた。


なんだか今日、葵の雰囲気が大人っぽいな。

何というか、全てを諦観したアンニュイな感じが漂って_


「“茉奈”と会うのはもっと久しぶりだよね」


「…え?」


葵の言葉に、耳を疑った。

“茉奈”だって?


「茉奈、でしょ。_“真鶴”さん」

「どうして…」

「ごめんね、おばさんから話聞いちゃった」


お母さんが、葵に何か言ったのか。

迂闊だった。母も仕事で忙しいし、偶然二人が会うチャンスなんてそう無いだろうと高を括っていた。


どうしよう。何を言えばいいんだ。


弁解しなければと思うのに、焦るばかりで言葉が出てこない。


「…茉奈」

「葵…」


葵は、悲しそうに、切なそうに笑っていた。


「ごめんね」

「っ、なんで葵が謝るの!?」

「私も、嘘ついてたから」

「え…?」


夜風が、葵の短い黒髪を横に揺らした。


「彼氏ができたって茉奈に言われた時、おめでとうって私言ったよね」

「うん…」


何の驚きもなく、淡々とした「おめでとう」という返信が来た瞬間を思い出す。

苦しくて悲しくて、「言わなきゃよかった」と思ったものだ。


「あれ、嘘だよ。おめでとうなんて微塵も思ってなかった」

「…?どうして」


え、私、葵に嫌われて_?


「好きだからだよ」


「茉奈のことが、ずっと前から_好きだから」


夜風が強くなって、私達の間をビュウと音を立てて通り過ぎた。


「それって、どういう意味…?」


震える声で、葵に問いた。

“友達”として言われているわけじゃないことは、何となくわかっていた。


じゃあ、本当に?


葵も、私と同じなの?


「茉奈と、手を繋いだりキスしたりしたい。これからもずっと一緒にいたい。茉奈の一番でいたい」


「そういう、“好き”だよ」


葵は、少し苦しそうな笑顔を浮かべて言った。


胸に何かが詰まっているような感覚は、私もよくわかる。叶わぬ恋心を、捨てることもできず胸にしまっている時の、あの苦しみ。


「葵、」


自分の気持ちを伝えようとして、また言葉が出てこない。


私は何を言えばいいんだろう。

今まで騙していたことへの謝罪?それとも告白?

どうしようと目を泳がせたけれど、


_葵の泣きそうな表情が目に入った。


「ごめん…ごめんね、ずっと苦しかったよね」


駆け寄って、葵を抱きしめる。


私も、葵のことが好きだと気づいてからずっと辛かった。


どんなに想いを募らせても、届くことは一生ない。

告白したところで、今の大切な“友達”という関係さえ壊してしまう。


葵も、同じだったんだ。

苦しくて辛くて、どうしようもなかったんだ。


「今まで嘘ついてたこともごめん。最初から“アオ”が葵だってわかってたのに黙っててごめん。彼氏もいないの」


「え…?」


葵から少し体を離し、葵と目を合わせる。


「私も、好きなの。_葵が、昔からずっと」

「は、」

「葵のことを諦めたかった。だから彼氏が出来たなんて嘘ついたの。でも無理だった」


「葵以外、私は好きになれなかった」


もう一度、葵のことを強く抱きしめる。


「好きだよ、葵」

「ま、な…」

「大好き」


葵の温もりを感じながら、私は葵へ想いを告げる。


今まで、決してバレないようにと蓋をしていた想いが_自然と口から溢れた。


「う、ふぇ…」


葵の涙が、私の肩を濡らしている。

葵が泣く姿を見たのは、いつ以来だろう。


「ほんと、に…?」

「本当だよ。私は葵が好き。世界中で一番好き」

「…っうん、私も、私も茉奈が好きっ…!」


葵が抱きしめ返してきて、もっと温もりが近づいた。


細い腕で一生懸命私を抱きしめる姿が可愛くて、愛おしくて、堪らない。



_大好きだよ、葵。

これから先、何があっても。


“ホント”の愛を、葵に誓うから。




◆◆◆◆

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