第3話 不法侵入


 ――帰路。

 生徒会での仕事を終え、俺は夕焼けを背に家へと向かっていた。


「やれやれ……今日は色んなことがあって疲れたな……」


 姫子に煽られ、衣緒莉先生や菫先輩にはよくわからん反応をされるし。

 数少ない女性の知り合い二人にあんなリアクションを取られたのでは、彼女などまだまだ難しいのかもしれないな。

 姫子を見返せないのは悔しいが、別に焦っているワケでもないし。


「まあいいや、風呂でも入って明日の準備を――って、アレ?」


 一軒家である家の前まで来た俺は、違和感に気が付く。

 家の電気が点いているのだ。

 今親父は単身赴任中で家には誰もいないはず。

 俺が家を出る時に消し忘れたのか……でもちゃんと確認したのに……。

 まさか……泥棒とか?

 俺はゴクリと息を飲み、玄関ドアに手を掛ける。

 そしてそ~っと開けた覗き込んだ、その先に見えた光景は――


「おかえりなさい、銀くん♪ 今日も学校大変だったねぇ。お腹空いてるでしょう? ご飯にしよっかぁ!」


 なんと、エプロン姿の衣緒莉先生だった。

 手にはオタマを持っており、先程まで料理していたのが伺える。


「い、衣緒莉先生!? どうしてウチに!?」

「どうしてって、昼間に家庭訪問するって言ったじゃない?」

「一人暮らしの生徒を先回りして出迎えるのは家庭訪問って言いませんよ! っていうかどうやって入ったんですか!? 鍵掛かってましたよね!?」

「それはほらぁ、教師パワーを使ってちょちょいって♪」


 全然答えになってない。

 マジでどうやったんだ、家の鍵を複製するとか職権乱用しても無理だろ。

 とにかく――


「あれ? 銀くん、どうしてスマホを取り出すの?」

「不法侵入をしたみたいなので110番します」

「いやぁ~! 勝手に入ったのは謝るから! お願いだから話を聞いてぇ~!」


 衣緒莉は泣きじゃくりながら俺の足にしがみつく。

 これまでお世話になってきた手前もあるし、仕方なく俺は話を聞くことにする。

 とりあえず先生を正座させ、


「それで、どういうつもりなんですか? ワケを詳しく聞かせてもらいます」

「すん、すん……えっとね、銀くん彼女作ろうとしてるって言ったじゃない? でも女性と一緒に過ごしたことがないのに彼女なんて作っても、接し方に困っちゃうと思うのぉ」

「それはまあ、確かに……」

「だから私が銀くんの母親になってぇ、女性と付き合い方を教えられればと思ったのよ!」

「は――母親――?」

「そうよぉ、私がママです! ほらほらぁ、甘えていいんでちゅよ~♪」

「うわ!? ちょっと……!」


 ガバッと俺を抱き寄せ、優しく抱擁してくる衣緒莉先生。

 俺は離れようとするのだが、彼女の腕は全く俺を放してくれない。


「せ、先生! 放してください……!」

「ダ~メ~で~す♪ それにこれからは、私のことを衣緒莉先生じゃなくてママって呼ぶこと。さあ、ママって呼んでみて?」

「よ、呼べるワケないでしょ!? 先生は先生で……!」

「むう、聞かん坊なんだから。いいでしょう、母なる者として銀くんに認めてもらう準備はもうしてあるんだから。さ、こっちこっち!」


 衣緒莉先生はようやく俺を放したかと思うと、今度は俺の腕を引っ張ってぐいぐいとリビングの方へ連れて行く。

 そしてリビングへ入ると――部屋の真ん中にあるテーブルに、沢山の料理が並べてあった。

 勿論どれも手作りで、つい今しがた準備しましたといった状態だ。


「う――わぁ……!」

「さぁ、座って座って? 腕によりをかけたんだから♪」


 席に座らせられた俺は料理の数々を見回す。

 そのどれもが和食ベースの家庭料理といった感じだけど、これまで親父と一緒に食べてきた食卓にこんなに多くの手料理が並んだことはなかった。

 親父は普段から仕事で忙しいし、料理が得意ってワケでもない。

 だから作っても一品物、多くても二品か三品おかずが出るような男飯ばかり。

 それに親父が仕事で遅くなって、自分で適当な物を買って済ませてしまうなんてことも多かった。

 別にそれが嫌だったとは思わないし、俺にとってはそれが自然だったけれど――


「こ、これ、先生が全部作ったんですか?」

「勿論! ……もしかしてちょっと足りなかったかな?」

「まさか! 俺、家の飯でこんなに沢山の料理が並んでるの初めて見て……ちょっと感動してます。それに夜飯は一人で済ませることも多かったし……」

「……そっか。寂しい想いをしてきたのねぇ。でも安心して! これからはママが毎日作ってあげるから! さ、食べましょ?」


 促されるまま、俺は箸を持って皿に手を伸ばす。

 焼き魚、肉じゃが、野菜炒め――そのどれもが特別な味付けではなかったけれど、どこか温かみがあって安心するある味わいだった。

 気が付けば俺はどんどん箸を進め、パクパクと料理を口の中へ放り込んでいた。

 そしてふと我に返ると、衣緒莉先生が楽しそうに俺を見つめていることに気付く。


「ふふ~、美味しい~?」

「うぐ……お、美味しいです……」

「それじゃあ、私のことをママと認める気になった?」

「そ、それとこれとは話が別です!」

「むぅ~、銀くんだって母親が欲しいと思ったことくらいあるでしょ?」

「そりゃありますけど……そもそも先生と俺じゃ、母と子ほどは年齢差がないじゃないですか」

「母性に歳は関係ありません!」

「あると思いますが?」

「むむむ……銀くんてば手強いわねぇ……。仕方ありません、時間をかけてゆっくりと認めてもらうとしましょう。どうせこれからは一緒に暮らす・・・・・・んですから」


 先生が放った一言に、俺の箸がピタリと止まる。


「……待ってください、今なんて?」

「これからは母と子として一緒に暮らすと言いましたぁ♪」

「は、はぁ!? そんなの認めるワケないでしょ!? すぐに出て行ってもらいますからね!」

「そ、そんなこと言っても、もう前の部屋は退去しちゃったし……ここから追い出されたら住む場所がなくなっちゃうよぉ……」


 マジかこの人。

 住んでた場所を引き払って俺の家に不法侵入した挙句母親になろうとするとか、正気とは思えん……。

 なんだろう、それだけの覚悟の現れってことなんだろうか……。


「――本気で俺が追い出すつもりなら、どうするんですか?」

「銀くんはそんな冷たい子じゃないって、ママ知ってるもん!」

「……はぁ、わかりました。しょうがないので、しばらくウチにいてもいいです。親父が日本に帰ってくるのはまだ先ですし」

「やったぁ! 流石銀くん、それじゃあこれからはたっぷり甘やかしてあげるねぇ♪」

「言っておきますが、衣緒莉先生を母とは思いませんから」


 俺がそう答えると、「えぇ~」という先生の声が部屋内に木霊するのだった。

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