第6話 お姉さんと女友達④
「おはよー。
「床の寝心地は最悪でしたよ。おかげで四時起き。
「食事で貸し借りなしといってたのは私の勘違いかな?」
「うっ……たしかにそんなことを口にしていたような」
昨夜の飯は豪勢だった。
冴海ちゃんの手作り料理で、食卓は容量オーバー気味だった。冴海ちゃんは見た目に反して
飯を食った後には、冴海ちゃんの持参したボードゲームやトランプ類で時間を潰した。さながら修学旅行の夜である。残念ながら、俺がいるときに恋バナはなかった。やったとしても、ベッドの中で女子だけでやったんだろう。床で寝た俺は、しるよしもない。
「でも、冴海ちゃんには時折うざ絡みされるのでやっぱり仕返しはしたいです」
「そういわないの。あんな可愛い子と接点があるだけいいじゃない。晴翔君も寛大に受け止めてあげたら?」
優里亜さん、あなたもかなり可愛いですよ。面とむかってはいえないけど。
「優里亜さんは冴海ちゃんの本性をしらないからそういえるんですよ……」
「嘘だー! 印象良さげだったけどなぁ、冴海ちゃん」
「実情はただのヤンデレですよ」
「うーん、納得したかも」
どうも伝わったらしい。好印象な振る舞いをしつつも、裏の面がみえ隠れしてしまったのだろうか。
「あぅぅ……はると……」
噂をすれば影がさすで、冴海ちゃんはお目覚めのようだ。
「さぁ、陰口はここまでだ、ですね」
「いつからバトル漫画がはじまってたんですか? まさかそのいい回しを日常会話できくとは」
「え、これって日常会話で使いません?」
「たぶん使いませんね」
「晴翔君がおかしいだけだよ〜」
「いや、でもそんなことは……」
「晴翔君がおかしいだけだよ」
「わかりました、そういうことにしておきましょう」
ゴリ押しされたら納得しそうになる。でも、俺の感性が正しければ、あれは明らかに日常会話では使わないと思う。優里亜さん、どこかズレてる気がしてならない。
「朝食をいただくの」
「いただきます」
「いただきま〜す!」
冴海ちゃんは、目を覚ますとすぐに食事を作ってくれた。いつもは寂しい食卓も、三人いれば賑やかだ。
「やっぱり冴海ちゃんの料理は格別だよ。たまらなくおいしい。毎朝食べたいくらいだ」
「私を奥さんにすれば可能なの。もしかしてプロポーズ?」
「そんな軽いプロポーズがあってたまるか」
「恋物語は唐突にはじまるの」
恋物語とは違うが、優里亜さんとの出会いは突然だった。きのう会ったばかりだというのに、感傷にひたってしまう。
「俺たちはまだ友人という関係じゃないか」
「じゃあいつかはお嫁さんになれるかもしれないの」
冴海ちゃんとのやりとりを見て、優里亜さんは顔を綻ばせていた。
「ふふ、晴翔君と冴海ちゃんは熟年夫婦さながらだね」
「違いま……」
「もちろんなのっ!」
邪魔をしないでくれ。冴海ちゃんとの中を誤解されたら、優里亜さんとの距離を詰める上で支障をきたすから。
「お腹もいっぱいだから、私は先にお皿を片付けておくね」
弁解する間もなく、優里亜さんが離れてしまう。おしゃべりばかりしていたせいで、俺と冴海ちゃんはまだ食事中なんだ。
「はると、どっちが先に食べ終えるかゲームをするの!」
「食事はゆっくりよくかんで」
「返答がないなら敗北とみなすの。用意、スタート!」
小さな口で次々と頬張る冴海ちゃん。素早く咀嚼し、時折水を仰ぐ。それを見ていると、こちらも競争心が駆り立てられた。いつの間にか、早食い対決という土俵に乗り上げている自分がいた。
早食い対決、結果は引き分け。本来は、の話だが。
要は、プロ競技ならビデオ判定を求めるような僅差だったんだ。話し合いの結果、俺が主張を押し通そうとすると大人気ないということで、冴海ちゃんに勝ちを譲った。すると、ノリノリで支度をして我が家を出てくれた。
「冴海ちゃんって、子供っぽいところもあるんだねぇ」
「なんせまだ中学生ですから。ガキなんですよ」
「そんなこといったら、君だってまだ高校生だよ? 大学生の私から見れば子供っぽく映るよ?」
「優里亜さんが年上なのを忘れてました」
「ディスられてるのかな」
「そんなわけないですよ〜若く見えるってことです」
「気持ちいいね、もっといってよ。ほらほら〜」
女性=年下という長年のイメージのせいで、優里亜さんが年上だと忘れそうになるときがある。
口から出まかせで「若く見える」といったけど、わりと喜んでいるあたり、単純なところもあるのだと感心していた。
「あぁ〜若く見えるっていわれると気持ちいいね。承認欲求満たされまくりだよぉ」
「求められたらいくらでもいいますよ」
「本当にいい隣人を持ててよかったよ」
覚えておかなくちゃならない、まだ会って二日目だということを。この人がやけにフレンドリーだから、付き合いが長い仲だと錯覚してしまいそうだ。
「それいえば、きょうは優里亜さんのお部屋を掃除するんでしたっけ」
「あれ、私ってそんなこといってた?」
「はい。仲良くなったらうんぬん、と」
「思い出した! 下着慣れしてもらうために、たしかきのうは脱いだんだ!」
「あー、だから突然脱ぎだしたんですね。なるほど」
……なぜ納得しているのだろう。見慣れてもらうためにわざわざ脱ぐ人は優里亜さんくらいだと思う。
「そのいい方だと私が露出狂みたいだからやめてよぉ」
「あんな無防備になれるのは露出狂以外ありえませんよ」
「ひどいいわれような気がする!」
「当然の帰結です」
優里亜さんは腑に落ちないといった表情を浮かべた。それから小走りで玄関の方へ向かうと、「さぁ、いこうか」と俺を手招きしたのだった。
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