第5話 お姉さんと女友達③

 優里亜ゆりあさんをかくまっていたことがばれるわ、当の優里亜さんには、冴海さえみちゃんと(ピー)したんじゃないかとあらぬ誤解をされるわ。とんだ災難だ。


 ここはまさに、真の修羅場。逃げ場はない。言葉を込めた銃口は、追及という名の弾丸を放つ。皮膚を焦がした弾丸は、肉体を容赦なくむしばんでいく。

 交戦は無駄。いまはただ、敗北の苦汁を舐めるのみ……。


「本当にすみませんでした。すみませんでした!」


 ……というのも、いまや数分前の話だ。いいたいことは大方いえたらしく、発言権がこちらに回ってきた。事実無根、ただの誤解だと何度も繰り返す。誠意をもって、丁寧に。


「……この人をはるとの家に泊めなきゃいけない事情はなんとなくわかったの」

「あの子のいってたゴムって、リストバンドのゴムってことね……それに、湿っていたのは汗のせい、か。あーもう、私も心が汚れてる……」


 正直、あのいい方とシチュエーションでは誤解して当然だと思う。


「冴海ちゃん、もしかしてわざとやった? 俺にあえて痛い目を合わせるために」

「ご想像にお任せするの。まぁ、かねてから、はるとに口撃したいとは思って他のは事実なの。ちなみにこれはひとりごとなの」

「ずいぶん大きなひとりごとなことだ」

「……けっきょく、すれ違いによる無駄ないざこざだったということですね。本当に申し訳ないです」

「いえいえ、こちらにも非がありますし」

「なにかお詫びに料理を……いや、私は料理下手だったんだ。うーん、ただでさえ朝まで泊まらせてもらうというのに……」


 そういえば、きょうは優里亜さんを泊めるんだった。だとすると、ベッドはどうするんだ……?


 ベッドはひとつしかない。もしかして、添い寝? 


 まじか。年上のお姉さんと添い寝か……。悪くないどころか、最高じゃねえか!


「はると、鼻の下伸びすぎ。まさか今夜、この女の人を襲うつもり?」

「んなわけあるか!」

「そうじゃなくても、男女が同じ部屋で寝るなんて、R18な展開しか思いつかないの」

「煩悩で支配されてる中学二年生女子よ」

「ともかく、はるとは信用ならないの。ふたりきりでいるのはNGなの」


 その言葉の含むところを理解するのに、さほど時間は必要としなかった。


「まさか、冴海ちゃんまで泊まるのか?」

「うん、監視役として、料理役として。悪くない提案だと思うの」


 このままだとコンビニ弁当を調達する羽目になるところだった。手作りの、おいしいご飯をいただけるのはたしかにありがたい。


「私も警戒心なさすぎでした。たとえ誤解だったとしても、男女ふたりきりでひとつ屋根の下、というのはよくありませんね」


 第一印象が大事なのに、もはや信用を失いつつある俺ってさぁ……。


 人のせいにするのはよくないが、冴海ちゃんが介入してこないルートだったら、もう少しいい関係が築けていた気がするんだけど。


「わかった、優里亜さんの意向は大事だ。冴海ちゃんも泊まっていいぞ」

「やったの、ついにやったの……!」


 下衆な笑いが溢れている。「ククク、計画通り……」というやつだるうか。


 冴海ちゃんは頭の切れなそうな雰囲気だ。しかし、「字は体を表す」じゃないけど、〝冴〟えているところもあるのだ。


 なんせ中学から進学校の私立に通っているんだ。馬鹿なはずがない。


 詰まるところ、冴海ちゃんというのは、なかなか食えない奴なのである。狡猾こうかつな奴、という方が近いかもしれないが。


「んじゃあ、冴海ちゃんはどこでおねんねするんだ」

「ベッドの上」

「他のふたりは?」

「私と優里亜さんでベッドを使って……はるとは床なの」

「自分の部屋なのに床で寝なくちゃならないの?」

「あれが誤解で済まされなかったら、もっとひどい仕打ちだったはずなの」


 それと比べたらまだマシだろ、ということをいいたいのだろう。


 まあいいさ。手作り料理をいただけるんだ。床で寝るときには、服でも敷いてシーツ代わりにすればいい。


「じゃあ、いまから料理を作りに部屋に戻るの。それまでに変なことしたら、包丁がふたりの鮮血で染まると思った方がいいと思うの」

「これは紛れもない脅迫だな。百十番にダイヤルしなくちゃ」

「安心してほしいの、そのときは私も百十番するの」

「……わかった、なにもしないから」


 満足のいく回答を得られたからか、冴海ちゃんは部屋から出ていった。


「ほんと誤解させてすみませんでした」

「もう気にしてないから安心して。私の早とちりだったわかったから……。それにしても、冴海ちゃんとは仲良しなんだね」

「はい、あいつの一方的な片思いですけど。ときどき愛が重くて苦しいくらいですよ」


 優里亜さんは笑った。


「そういうのをヤンデレっていうのかな、お姉さんはあまり詳しくないのだけど」

「だいたいあってます」

「それじゃあ、お姉さんはどんなタイプだと思う?」

「唐突ですね」

「一日で仲を深めようと思ったら、躊躇ちゅうちょしてる場合じゃないと思うの」


 優里亜さんはどんな女性だろうか。嘘をついても仕方ないと思ったので、ありのままを述べる。


「天然で年上のお姉さんタイプ、ですかね」

「うーん、そんなに天然なのかな。よくいわれるのだけれど、自覚はないのよね」


 この人が天然じゃなかったら、いったい全体誰が天然なのだろうか。


「あと、詐欺に引っ掛かりやすそうなタイプ?」

「うぅ……年上を揶揄からかわないでよ~」

「距離を詰めるのには本音ではなすのも有効かと」

「ひどい、冗談じゃなかったの……」

「直観がそう叫んでるんです」


 唖然とした表情を浮かべている。喜怒哀楽が豊かなタイプだなぁ。


「まぁ、何度か変な男の人に騙されたり、運気の上がる壺を高値で売りつけられたりしたことくらいはあるかな」

「合ってたんですね」

「君、鋭いね」


 現に、こんな高校生の家に転がり込んできているのだ。大丈夫なのだろうか、この人は。


 無防備な服装に変化はない。ワイシャツのボタンがいくつかはだけている。男性に誘っていると誤解されてもおかしくなさそうだ。


「じゃあ次は、君の印象を教えてあげるね」

「いいんですか?」

「せっかくだから、ね?」

「じゃあお願いします」


 優里亜さんは顎を触ってうなる。


「三大欲求に支配された男の子、ってところかな?」

「ゆ、優里亜さん?」


 突然、彼女はワイシャツのボタンに手をかける。上から、ひとつひとつ、丁寧に、外していく。


 視線を逸らすしかなかった。まさか、出会って間もない年上の女性が、下着姿を晒すだなんて予想外すぎる。


「ちょ、なにしてるんですか! 痴女ですか!」

躊躇ちゅうちょなくさらけ出すと互いにオープンになりやすいらしいの」

「僕に露出性癖はありませんよ? というか物理的にさらけ出してどうするんですか。僕があなたを襲いでもしたらどうするつもりだったんですか?」

「うーん、晴翔くんはそんなことしないって信じてたから」

「いいからボタンを締めてください!」


 この人はほんと大丈夫なのだろうか。年上の威厳はない。年下の世話を焼いているような気分だ。


 これからのことを案じ、俺は嘆息せざるをえなかった。

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