第2話 隣のお姉さんと俺
「ああ、愛しの我が家だ」
しばらくして、ようやく我が家が見えてきた。
「……正しくはマンションだけどね」
スポーツ推薦ということで、県外の進学高校に入学した。いまは高校二年生なので、もう一年半前のことになる。
自宅から通うとなると、通学時間が馬鹿にならないので、高校一年生の途中から一人暮らしをすることになった。
現在は帰宅部で、勉強に力を注いでいる。
というのも、半年前に負った怪我のせいで選手生命が絶たれてしまったのだ。部活動は引退せざるを得なくなった。
スポーツができない今、勉強もできないとなると立場がない。普通に受験していたら、手が届かなかないような学校だ。実力差は嫌というほど見せつけられていた。
過去を振り返っているうちに、自分の部屋がある階までたどりついた。角部屋だ。
「……誰だ、あの人は」
見慣れぬ女性が、ドアの前で座り込んでいた。それも、俺の部屋の前だ。すぐ横にはハンドバッグが置かれている。
ドアまで駆け寄り、声をかけてみることにした。
「すみませーん、起きてますか?」
声が小さかったのだろうか。びくと動かない。
「そこ、僕の部屋なんですけど?」
ボリュームを上げ、再度声をかけてみる。しかし、またしても反応はない。
まさか気絶していないよな。不安になる。俺はしゃがみ込み、座っている女性を左右にぐいぐいと揺さぶった。
「……なにしてるんですかぁ、お兄さぁん?」
顔を膝と膝の間に
「あなたを起こしていたんです。なんせ、そこは僕の部屋ですから」
「ごめんなさーい。部屋、間違えちゃいましたね。あまり慣れてないの」
彼女は近くのハンドバッグをとると、おもむろに立ち上がった。俺は、つま先の方からをゆっくりと視線を走らせる。
俺と同じくらいの背丈があった。均整がとれたスタイルで、胸がでかい。そして、なんといっても美人だ。
服装はワイシャツ一枚にスカートだった。胸の大きさが強調されていて、目に毒だ。
「ご紹介が遅れました。私、
「はあ……」
「そちらのお名前は?」
「僕は上倉晴翔っていいます。上の上と正倉院の倉、晴れるの晴に飛翔の翔と書きます」
自己紹介に名前で使われてる漢字の説明を入れるタイプなんだ。ついそれにしたがってしまった。
……じゃなくて!
「あの、本当に隣の部屋の方なんですか」
「もちろんです。だって」
彼女が号室の番号を口にする。たしかに俺の隣の部屋だった。
「……本当なんですね」
「いずれきちんと挨拶に来ますから、きょうはこの辺で!」
ハンドバッグの中から鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。苦戦した末にようやく解錠できたようだった。
ドアが閉じたのを確認し、俺も部屋に戻ろうと思ったのだが……。
「ごめんなさい、晴翔君!」
ややあって、ドアが勢いよく開かれる。
「僕ですか?」
「私の部屋、まるで生活できる状態じゃないの。だから、お姉さん、きょうだけ晴翔君の部屋に居させてもらっていいかな?」
引っ越してすぐに汚部屋と化すだなんて、もはや一種の才能だと思う。意味がわからないよ。
「片付ければよいのでは?」
「私片付け苦手なの〜。かといって初対面の晴翔君に片付けてもらうのも気が引けるの。だって、その……下着、とかさ。それに、近くに仲のいい人もいないし」
「そういわれましても……」
彼女は残念そうに下をむく。
彼女は不意にしゃがみ込んだ。顔を上げると、俺にこういった。
「……だめ、かな?」
瞳を潤わせ、上目遣いでこちらをじっと見つめてくる。ワイシャツのボタンが数個外れていて、その隙間から下着が顔を覗かせているのが、意識せずとも目に入ってしまう。
まだ歳はわからないけど、たぶん彼女は年上だろう。そんな気がする。年上に冷たい年下が悪印象だということは、痛感している。
それに、ここまでされて断れる男子がどこにいようか?
「わかりました。ですが、条件をつけたいと思います。汚部屋をどうするか、教えていただけますか?」
「晴翔君とこの一日で仲良くなれば、もう初対面じゃなくなるわ。だから、ぜひ仲良くなりましょう?」
俺はつい失笑を漏らしてしまった。何をいっているんだ、この女の人は。わざとやっているのか天然なのか、見分けがつかなかった。まるで思考が読めない。それに、初対面の男子の部屋に泊まるだなんて、警戒心のかけらもないじゃないか……。
「わかりました、その条件でいいですよ」
「やった〜!」
「じゃあ夕飯は
「私って料理下手なの。あと方向音痴」
「最後の情報って必要でしたかね」
「方向音痴は自分の部屋を間違えたりしないでしょう? そういうことよ」
俺の部屋の前で座っていたことの弁解だろうか。
ともかく、我が家に優里亜さんを招くことが決定した。
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