ブスの不平等
あずきまめびゅびゅびゅ
本文
私はブスだ。幼いころから薄々気づいていた。男の子は私の友人には親し気に話しかけるけど、私とは一線を置いて付き合うこと。可愛くないからさ、と言うと、そんなことないよじゃなく、代わりに○○ができるじゃん!と返されること。みんなが着るかわいい服が、私が着るとどこかちぐはぐに見えること。
面と向かってブスと言われたことはほぼない。だけど、世界は少しずつ私に現実を突きつける。嫌でも気づかされてしまう。私は「ブス」なのだと。
だから代わりに勉強した。勉強だけではない。絵も、ピアノも。幸運なことに私はある程度の器用さを持っていた。ブスであることによって居場所を失うなんて耐えられなかったから、教室で楽し気にお菓子を食べる彼女たちを横目で見ながら、必死に参考書を開いた。
おかげで成績は校内二番目。行事があればポスターを、合唱があればピアノを弾く。生徒会に入ってもいる。
でも私はずっと不満が消えない。私のほうがずっと授業を真面目に受けているのに、先生は美人たちのグループと楽し気に話す。私のほうがクラスの行事で働いているのに、委員長をしている美人は、何かあるたびにさすがと言われる。どれだけ頑張ったって、正当な評価がされない。
男子はそんなことないのに。性格がいい、成績がいい、運動ができる。それだけですぐに人気者になれるのに。
プリンターから吐き出された明日の生徒総会の資料をホッチキスで留めていく。時計の針は五時を少し回ったあたりを指し示していて、待ち合わせの時間が十五分以上過ぎていることにやれやれとため息をついた。
私が最近生徒会で主に取り組んでいることは、ミスコンの廃止だ。別に嫉妬が理由じゃない。そんな差別的なランク付けが高校で許されていいわけがないと思うからだ。私たちはモデルじゃないのに、ただ女であるというだけでどうして勝手に投票されて、勝手に区別されなければならないのだろうか。
これまでそれが許されていたのは、陽キャの美人たちのイベントに物申せるブスがいなかったから、ただそれだけだ。私が生徒会に入ったからにはもうさせない。説得してみせる。思わず、ホッチキスを握る手に力がこもった。手に跡がついた。
不意にガラガラと扉が開く。ぬるい廊下の空気と甘酸っぱいシーブリーズの匂いを連れて、彼女は生徒会室に入ってくる。
「で、用事って何かな?」
内海。私の学年のとびぬけて美人のうちの一人。だからきっとミスコンに選ばれる。でもそれは彼女の意思じゃない。
だって彼女は自分が美人であることを自慢しない。他の子に褒められても、そんなことないよ~と言って困ったように笑っている。彼女が反対だと表明してくれれば、みんなにもこれがブスのひがみっていう話じゃないって分かってもらえるに違いない。
「今度文化祭である、ミスコンの件なんだけどさ。あの、私、ミスコンっておかしいと思うんだ。可愛さだけで人を選別するなんて、えっと、生まれつきどうしようもないことだし……。そんなのちょっと、不平等だし、選ばれるほうだって、見た目しか知らないのにってきっと思うよね?誰も得しない……んじゃないかな、みたいな」
勢いよく椅子から立ちあがり、そうまくし立てた。
気づけば彼女は面食らったような顔をして私を見ている。いけない、先走りすぎた。
ごめんね、適当なところ座って、と笑う。
「でね、ミスコンのことなんだけどね」
続けて話し始めようとした私を、待ってという言葉が遮った。
「えーと……どうして私なのかな?そんなに野辺さんと話したことなかった気がするんだけど」
セミロングのワンカールされた、やわらかそうな髪を揺らして、彼女は困惑したような顔をする。
私はやや失望する。去年話してたじゃん、忘れたの?
「それは、内海さんがミスコンに選ばれそうだなって思ったからで、あとあの、去年たまに話してたし……。だから、ミスコンに一緒に反対、してほしいなって思って……」
首の裏から背中の毛穴がブックリ膨らんで、脂汗が滲み出る。想定とずれている。こんなにどもっておどおど話すつもりじゃなかった。みっともないな。
汗で張り付いた足を組み替える。
スカートについた数カ月前のカレーライスのシミを見つめる。
しばらくして、視界のはじで、つやつやと輝く桃色の唇が開いた。
それを追って目線を上げれば、今まで見たことがない彼女の冷めた顔があった。
「その意見には、賛成できないかな」
カッと頭に血が上った。私の意見のどこに穴があるんだ。人を見た目で差別することはダメだって、当たり前のこともわからないのか。
「なんで……」
怒りを押し殺し、絞り出すように言った。彼女は椅子から立ち上がって私の後ろに向かって歩く。傍を通った彼女から、汗と混じった青春が香る。
「だって、ミスコンも、模試も、試合も、全部何かの基準で人を区別してるでしょ?それなのにミスコンだけ差別になる理由がわかんない」
それは生まれつきお前が美しいから言えることだ、という一言をぐっと飲みこんだ。
「違うじゃん……。顔はどうにもならないじゃん!勉強とかは頑張れば伸びるけど、顔は一人ひとりが生まれ持ったものでどうしようもないじゃん!」
私の叫びに似た声に、彼女の声が冷静に覆いかぶさる。
同じだよ、と。
「私は毎朝家を出る二時間前に起きてる。お風呂に入って、髪を丁寧にブローして、オイルをつけて、髪を巻いてる。肌のために夜更かしはしない。友達と一緒の時以外お菓子は食べない。日焼け止めは一年中塗ってる。服はこまめに洗濯してアイロンをかけてる。
……ごめん、私には野辺さんがそういう努力をしているようには見えないな」
恥ずかしくなった。私は彼女に話しながらでも品定めされていたんだ。同じ女として。
でも何をやっても可愛くなれないってわかっていながら鏡に向かう時の気持ちを、彼女は知らない。
「だって……!何をしたって私の目がある日大きくなるわけじゃないし、鼻が小さくなるわけでもないし、唇が薄くなるわけじゃない!所詮ブスだ、可愛くなれないって知ってる!同じことをしたって内海さんみたいにはなれない!ブスになったことないからそんなことを言えるんだ!」
震え声で言った。垂れた鼻水が、制服の上に落ちる。きっと私は今ひどい顔をしているだろう。私は泣くとすぐに顔が赤くなるから。
「それが才能の限界なんだよ。きっとそれ全部したら、野辺さんも今よりは可愛くなる。そうでしょ?
そこから先のことは、どれだけ勉強したって私が東京大学には合格しないのと、どれだけ運動したってオリンピックには出れないのと同じ。何も変わらない。だからそれで比べられるのだって自然なことだって私は思う。
私、ある国公立大学で行きたい学部があったんだけどね、数学がどう頑張ってもできなくて。この間の懇談で諦めてくださいって先生に言われちゃった。お母さんもやめときなさいって言うの。
野辺さんは勉強ができるじゃん。それで、いいじゃん」
頭に衝撃が走った。
美人は、勉強ができなくたって楽しそうでいいなと思っていた。男が寄ってくるから将来も困らなくていいなと思っていた。そんなこと考えていたなんて。
私は、美しさを不公平だと思っていたけれど。
本当はもしかして、世の中のものは、すべて。
「私が欲しいものを持ってるんだから欲張らないで。
私が他の人より優れているところまで、それを認めてもらえる機会まで奪わないで。
勝手な正義で、分かった顔しないで」
思い切って振り向いた。
水平線に近づく西日に包まれて、大きく丸い目からはらはらと涙を零す美人は、
やっぱり、不公平に美しかった。
ブスの不平等 あずきまめびゅびゅびゅ @banazuki
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