不思議で色とりどりな石の世界に魅入られた女の子たち

小日向ななつ

1、色彩豊かなガーネット

「ふぁ~、よく寝たぁー」


 チュンチュンと、スズメ達が会話を交わされる山の麓に心地いい光が差し込んでいた。

 簡素的なプレハブ小屋に真新しい住宅などと言った過去と現代が混ざった光景が一望できる丘に、一つの工房がある。


 掲げられている看板には〈フクロウ堂〉と記されており、その中には形も大きさも様々な岩石が机の上や床に店といった箇所に転がっていた。


「うーん、今日もいい天気~」


 このフクロウ堂に住む工房主〈阿嘉村アカネ〉は見慣れた光景に特に何か感じることなく、気持ちよさそうに背中を伸ばしていた。


 何気なくパソコンの電源を入れ、ディスプレイをアカネは覗き込むと予約メールがなだれ込んでくる。

 一通り眺めた後、アカネは何かを思いついたかのように手を叩きニッコリと笑った。


「さて、本日も頑張ってお仕事しましょうか」


 最近お気に入りの曲を鼻歌で歌いながら作業場へとアカネは移動する。

 そのまま研磨機の前に立ち、ちゃんと動くかどうかの確認をアカネはし始めた。


「さてさて、今日のご機嫌はどうですかー?」


 機器を覗き込み、電源を入れて動作確認もしようとしたその時だった。


 コトンッ、と何かが落ちた音がアカネの耳に入る。

 アカネは思わず手を止め、部屋の奥へ目を向けるとつい声をかけてしまった。


「あら? 誰かいるんですかー?」

「ぴゃあっ」


 アカネが声をかけたためか、奇妙でかわいらしい悲鳴が耳に入ってきた。

 アカネはそのまま物陰を覗き込むと、震え上がっている女の子がいた。

 その女の子の膝の上には一つの石ころがあり、それを見たアカネは冗談交じりに言葉をかけた。


「あらあら? もしかして泥棒さん?」

「ち、違います! え、えっと、その……」


 女の子はアカネの言葉を反射的に否定する。

 アカネが思わず不思議そうに見つめていると、女の子は距離を詰めてその両手を力強く握った。


「ずっと憧れてました! 弟子にしてください!」

「えー!」


 思いもしない言葉に、アカネは驚愕する。

 あまりにも驚きすぎたためか、その声は工房の外まで響いたのだった。


◆◆◆◆◆


 スズメ達が楽しげに会話を交わす気持ちいい朝。

 いつもと同じ朝だが、いつもと違う光景が工房内に広がっていた。


「最近妙な気配を感じると思ってたけど、あなただったのね」


 女の子はしゅんとしながらコップに注がれたアイスコーヒーを見つめていた。

 どうやらこの女の子は密かにフクロウ堂に忍び込んでいたようだ。

 アカネは呆れていると、女の子は恐る恐る口を開いた。


「ずっと声をかけたくて。でもタイミングがなくて……」

「まったく、泥棒さんみたいな真似をして」


 落ち込んでいる女の子を見てか、アカネは怒ろうにも怒る気がなくなる。

 ひとまず最近の出来事について原因がわかったことをよしとし、話を進めることにした。


「まあいいわ。せっかくだし、あなたのお師匠になってあげましょう」

「ホントですか!?」


 思いもしない言葉に、女の子は勢いよく立ち上がる。

 ただ勢い余ってか、椅子は大きな音を立てて倒れてしまった。

 アカネは元気な女の子にちょっと苦笑いを浮かべつつも、話を続けた。


「ただし、ちゃんと私のお仕事を手伝うこと。わかりました?」

「はい! よろしくお願いします!」


「ところで、あなたはお名前はなんていうの?」

「ミドリって言います! これからよろしくお願いします、アカネ先生!」


 ミドリは無邪気に笑って頭を下げる。

 アカネはそんな調子のいいミドリに苦笑いを浮かべて返事をした。


「よろしくね、ミドリちゃん」


 こうしてアカネはミドリを弟子にした。

 朝の一騒動を終え、アカネは作業を始める。

 ただこのまま作業をしてはミドリを弟子にした意味がない。

 ということで、ミドリに仕事を教えながら作業することにした。


「さて、ミドリちゃんのためにお仕事を教えていきましょうか」

「はい!」


 元気に返事するミドリにアカネは満足げに微笑みながら、あるものを取り出した。

 それはミドリの膝の上にあった石ころだ。


「その前に、この原石について教えましょうか」

「あ、それ私が落とした石だ」

「そ。今はまだ石ころ。でもこれを削ると――」


 キュイーンッ、と削れる音が部屋に響き渡った。

 その手つきは職人そのもの。目つきも真剣で、ミドリはアカネの姿に見惚れてしまった。

 だがそれも束の間。気がつけば石を削る作業が終わっており、アカネの手には赤く輝く宝石があった。


「じゃじゃーん! こんな綺麗な宝石に生まれ変わりましたー」

「わぁー! きれいー!」

「これはガーネット。石榴ザクロ石とも呼ばれている宝石よ」


 柘榴ザクロ石、と聞きミドリは頭を傾げた。

 アカネはそんな不思議がっているミドリにガーネットについて解説し始めた。


「ザクロの実って知ってる? この宝石の中に見える粒が、それと似ているから名づけられたそうよ」

「へぇー、確かに似てるかも」


 ガーネットをまじまじ見つめながら、ミドリは感心していた。

 興味を抱いたミドリを微笑ましく思いながら、アカネはさらに語る。


「ガーネットは行動が高くて、薬や熱に強い特性を持つの。他の鉱石より加工しやすいって一面があるわ。あとガーネットには様々な色があるの」


「え? 赤以外にもあるんですか?」

「ええ。いちばん有名なのが赤だけど、オレンジや緑、黄色に褐色、あと無職なんてもののあるわ」


「そんなに色彩豊かなんですか!? ガーネットってすごい!」


 ガーネットの豊かな色彩にミドリは純粋に驚いた。

 アカネは驚いてガーネットを見つめているミドリを見たためか、嬉しくなってさらに語るのだった。


「他にもすごいところがあるわよ。ガーネットって実は宝石の中じゃあ比較的安価なものなんだけど、なんとびっくりすることにダイヤのような輝きを放つガーネットがあるの!」


「えぇー! ダイヤのような輝きですか!?」

「そうなの! デマントイド・ガーネットっていう名前のガーネットよ」


 デマントイド・ガーネット。それはダイヤモンドと同等の屈折率を誇る宝石である。

 色は緑で美しく、その値打ちも驚くほど高い宝石でもある。


「ただ他のガーネットと比べると硬度ちょっと低いの。傷やカケがつきやすいから取り扱いに注意が必要になるわ」

「へぇー、ガーネットっていってもいろいろあるんですね」


「そ、ガーネットはたくさん種類があるわよ。そもそもガーネットは似たような構造を持つ鉱石を総称して呼んでいる名前。だから一口にガーネットって言ってもたくさん存在するの」


 アカネの言葉にミドリは感心して「そうなんだ!」と声を上げた。

 そんなミドリにご褒美としてちょっとした知識をアカネは披露する。


「ガーネットは古くから存在する宝石だから、こんな逸話もあるわ。古代エジプトやギリシャなどでは昔、その神秘の輝きから薬として使われていたそうよ」


「ガーネットがですか!?」

「実際に効いたのかわからないけど、そう信じさせる力を持っていたかもね」


 あと、とアカネはある伝説についてを話し始めた。


「あとノアの箱舟にも関わっているそうよ」

「ノアの箱舟って、あの神話のですか?」


「そうそう。なんでも、真紅の輝きが炎を連想させるからってことらしいわ。その赤い輝きが暗闇を照らす灯火となる、って思われてたの」


 聞けば聞くほど、ガーネットの神秘さとすごさにミドリは惹かれていく。

 だからなのか、ついつい持っている赤いガーネットを覗き込んでしまった。


「ガーネットってすごいんですね。神話に出てきちゃうほどだし」


「それだけ大昔から親しまれてきたと考えられるわね。ちなみにガーネットの産地はインド、スリランカ、アフガニスタン、などなどあるわ。あ、デマントイド・ガーネットは現在だとロシアで採れるそうよ」


「へぇー! すごいなぁー!」

「ふふ、すごいでしょう? ガーネットは他にもあるけど語りきれないわ」

「ガーネットもですけど、お師匠もすごいです!」


 それは、思いもしないミドリの言葉だった。

 アカネが思わず「へ?」と目を丸くしていると、ミドリがアカネのすごさを語った。


「だって、何も見ないでここまですらすら説明できるなんてビックリですよ! どうやったらその知識が身につくんですか!」

「どうって言われても……。ただ石が好きで調べ物とかしてたら自然に――」

「ウソだ! 絶対に勉強していたに違いないです!」


 ミドリはそう叫んでアカネに詰め寄った。

 思いもしないことに、アカネは戸惑ってしまう。


「ミ、ミドリちゃん?」

「どうすればそんな知識を身につけられるんですか?」

「だから、好きが高じて調べていたら」

「なるほど、そうですか」


 ミドリはそういってアカネから離れる。

 ちょっとだけホッとし、アカネは胸を撫で下ろすとミドリは思いもしない言葉を口にした。


「なら私も石オタクになれってことですね!」

「え、えぇー!?」

「お師匠がいうなら仕方ない。石オタクになってみせます!」


 思いもしない言葉にアカネは戸惑う。

 戸惑いすぎて、アカネはなんて言葉を返せばいいかわからなくなってしまった。

 そんなアカネの気持ちに気づくことなく、ミドリは目を輝かせた。


「あ、あの、ミドリちゃん?」

「出直してきます! お仕事は今度教えてくださーい」

「え? ちょ、ちょっとミドリちゃーん?」


 工房から飛び出していくミドリ。

 その背中を捕まえようと手を伸ばすアカネだが、当然のように届かない。

 だからアカネは感情のまま叫んだ。


「待ちなさい、ミドリちゃん! それって私が石オタクって言ってるわよね!?」


 だがその叫び声はミドリに届かない。

 アカネはわかりつつも、否定するために懸命に叫んだのだった。


「そうなのよね!? ミドリちゃーん!」


 当然ながら、心からの叫び声はミドリに届かない。

 ただ虚しくアカネの声が山の麓に響くだけだった。

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不思議で色とりどりな石の世界に魅入られた女の子たち 小日向ななつ @sasanoha7730

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