良心の呵責

ジャメヴ

第1話 閉店

『誠に勝手ながら、閉店させていただく事になりました。3年間という短い間でしたが、御愛顧ありがとうございました』


10年働いた会社を脱サラした後、3年間1人で切り盛りしてきたラーメン屋。私は断腸の思いで閉める事に決めた。常連客も2,3人居て、出来れば続けたかったのだが、客足が思うように伸びず、借金がかさみ過ぎて、もうどうしようもない。半年程前であれば、部活終わりの高校生達でにぎわい、金曜の夜には満席になる事も少なくなかった。だが、学生客をライバル店に取られた事により、閑古鳥が鳴く日が多くなっていった。自分としては味に自信もあり、絶対成功する! との判断で始めたのだが、そう甘くは無かった。そもそも、味に自信があって、絶対成功すると思った人しか開店しない訳で、その中で勝ち抜いていくには、何かもう1つ武器が無いと勝ち残れない。それは、資金であったり、ネットワークであったり、センスであったり、何でも良いから何かもう1つ……。私にはそれが無かったという訳だ。

昼御飯を食べた後、これからの生活をどうすれば良いのか分からずに、独身中年男性が、あても無くフラフラと歩く。いつの間にか、あまり知らない場所まで来てしまった。人が住んでいるのか住んでいないのか分からないような古い建物が隙間無く建っている下町で、道路は車が1台しか通れそうにない。所々にある喫茶店やカラオケ店や散髪屋といったお店は、外からみる限り営業している感じが無い。散髪屋の前にある大きめの時計は、8時15分で止まっているように見え、随分と前に閉店したという雰囲気をかもし出していた。この辺りは、そこまで田舎という訳でも無いが、平日の午後4時という事もあり、人通りは全く無い。と思っていたところ、50メートルぐらい先の細い交差点から、女性がこちらへ歩いてきた。年齢は60手前ぐらいか。背は低く、小太り体型。髪の毛は茶色く染められ、お洒落なショートボブ。身体のどこかを痛めているのか、歩き方が少しぎこちない。そして、私はその女性のハンドバッグを凝視する。右肘の辺りまで腕を通して持たれた茶色っぽい、やや大きめのカバンは上部が閉められていない。女性が近づいてくると、私は彼女には全く興味が無い素振りをしてすれ違う。と同時にカバンの中を覗いた。大きな長財布が見える。


ドクン


心臓か脳かは分からないが、大きな音が鳴ったような気がした。私はスッとカバンの中に手を突っ込むと、大きな長財布を握り、抜き取り逃げた。そして、逃げながら財布を開き、札束だけを鷲掴みにして抜き取ると、ジーンズの右ポケットに押し込んだ後、軽く女性の方を振り向き、こっちを見ているのを確認すると、財布を少し後ろに投げた。地面にバウンドすると財布の中身が少し散らばったが、もちろん気にせず逃げる。交差点がある毎に曲がりながら逃げる。女性が叫ばなかった事や、ほとんど追い掛けて来なかった事に少し驚いている。あまりの急な出来事に声も出ないのか、下手に叫んだりすると、私が逆上して襲い掛かってくる可能性があると考えたのかは分からないが、とにかく助かった。こんな事はしたくない。だが、しょうがない……。

「はぁ、はぁ……」

俺は必死で逃げながら考える。

ひったくり等をすると、女性が転倒して大怪我をする恐れもあり、また、財布にはクレジットカードの他、免許証等、現金よりも大事な物が入っていて、それらを返す事が出来た。窃盗は間違い無く悪なので心が痛むが、彼女にとっても私にとっても最悪では無い結果に満足はしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る