第16話 道案内
※誤字脱字、探せていません。
なにか見つけても、見なかったことにしてください。
もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
何でこんなところに、と思いつつ人影へと近づく。
人影は私が近づいてくることに気が付いたようで、フードを揺らして肩を震わせると、ゆっくりと方向を変えて森の出口、大樹の方向へと歩き始めた。
……あれ? ジャスパーじゃないの?
あの顔は確かにジャスパーだと思うのだが、ジャスパーなら私が近づいてくるというのに立ち去りはしないだろう。
何か変だと思いつつもジャスパーを追いかけ、変以前の問題を思いだしたのは、黒いフードの付いた外套を捉まえた時だ。
……ジャスパーって、死んだんじゃなかったっけ?
その瞬間を私は見ていないし、見ていたとしても記憶に残っていなかっただろう。
レオナルドの話によれば、遺体を荼毘に付す場に私も居たらしいのだが、これも覚えていない。
だからジャスパーが死んだと言われていても、実感が薄かったのかもしれない。
人影がジャスパーに見えたからといって、簡単に追いかけてしまった。
「えっと……誰?」
確かにジャスパーの外套を掴んだつもりだったのだが、フードの中身は振り返った瞬間にその身長を縮める。
成人男性ほどの身長があったはずなのだが、振り返った後の身長は私の胸より低い。
体格が小さめの私よりもさらに小さいのだから、フードの人物は子どもなのだと思う。
身長が縮んだ瞬間にフードがずり落ち、中から癖の無い赤毛が零れ出てきた。
「ジャスパーはどこに行ったの?」
――ジャスパーは、私。
緑色の目を不思議そうに瞬かせて、赤毛の少女が首を傾げる。
気のせいか、どこかで見た覚えのある気がする少女だ。
「えっと……わたくしの言っているジャスパーは、茶色の髪の毛におさげをした、セドヴァラ教会の薬師なのですが……?」
あと、成人男性です、とも付け加える。
少なくとも、私が言ったジャスパーは、私よりも背が低い少女ではない。
――私は、ジャスパー。茶色の髪の毛をおさげにした、ジャスパー。
「いいえ、あなたの髪は赤くて、まっすぐで、女の子ですよ」
――そう。ジャスパーは、私。髪は赤くて、まっすぐで、女の子。
「ええっと……?」
人違いである、と情報を足すたびに赤毛の少女はそれを受け入れ、自分の言葉へと追加してしまう。
ただ言葉を吸収して返しているだけかとも思うのだが、少女の普通ではない様子から、そう単純な話でもない気がしてきた。
……誰だっけ? どこかであった気がするんだけど?
私の交友関係は少ない。
この年頃の少女と知り合っているのなら、絶対にその少ない交友関係の中にいるはずだ。
それなのに、いくら記憶を探っても、少女の正体が思いだせなかった。
「ジャスパーはどこへ行ったの?」
わけがわからないながらも話を進めようと、少女に話を振ってみる。
ジャスパーを捉まえたと思ったら少女で、少女は自分をジャスパーだと言うのだ。
少女にジャスパーのことを聞いてもいいだろう。
――ジャスパーは、会わせる顔が無い? って、隠れてしまったわ。
変なの、と言って、少女は緑の瞳でゆっくりと瞬きをする。
少し独特な話し方をする少女は、人間の姿をしているが、やはり人間ではないのだろう。
ジャスパーだったものが少女に変わったのだから、最初からそう気が付くべきだった。
――変なのよ、ジャスパーって。会いたくて、何か伝えることがあって、会いに行ったのに、いざあなたの姿を見つけたら、逃げ出してしまったの。
どうしたのかしら、と再び前を向いた少女の横顔に、少女の顔に見覚えがあった理由がわかる。
少女に会うのはこれが初めてだとは思うのだが、少女の両親には会ったことがあるはずだ。
「……あなたは誰?」
――私は誰? 私は知らない。ただ、アルメルと呼ばれていた。
アルメルと呼ばれ、ジャスパーに大事にされていたのだ、と言う赤毛の少女は、確かに彼女が言う通りの人物なのだろう。
横顔が少し、メイユ村で世話になったオーバンさんに似ている。
目元はウラリーおばさんにそっくりだ。
アルメルはダルメル夫妻の子どもなのだから、二人に似ているのは当然のことだった。
「あなたは、メイユ村のアルメル?」
――それはもうずっと前に死んだアルメル。
「その言い方だと、あなたは違うアルメルに聞こえるけど……?」
――そうね、私はアルメルよ。どちらなのかしら?
「ええっと……?」
少女はいったい何を言っているのだろうか。
理解が追いつかなくて、頭の中が疑問符だらけだ。
ただ私の混乱は少女も理解してくれたようで、それ以上の判り難い言い回しはなくなった。
自分はアルメルで、ジャスパーとカミールが慈しんだために生まれた存在だ、と。
アルメルはアルメルだけど、メイユ村のアルメルではない存在だ、とも少女は少しだけ淋しげに微笑んだ。
――道案内は、ここで終わり。
「へ?」
道案内という言葉に、頭の中の疑問が霧散する。
すっきりした頭で周囲を見渡すと、森の中にいたはずなのだが、いつのまにか石造りの建物の中にいた。
丸くて広い部屋にはほぼ何もなく、唯一あるものは支えもなしに浮いている真珠色の階段だけだ。
階段の先に何があるのかと見上げてみるのだが、先は白い光に包まれていて下からは見えないようになっているらしい。
――本当は、ジャスパーが案内したかったのよ。
会わせる顔が無い、と結局隠れてしまったが、と言ってアルメルの顔をした少女は笑う。
このアルメルとジャスパーがどういった関係にあるのかは判らなかったが、自分がジャスパーでもあるとも名乗るところを思えば、二人で一人なのかもしれない。
「……ジャスパーは、そこにいるの?」
――あなたの知ってるジャスパーとは違うけど、ジャスパーは私。私はここにいる。
何か言いたいことがあるのなら自分に言えば良い、と緑の目を細める少女に、それならばと断りを入れて深呼吸をする。
ジャスパーについては、全部終わってから話を聞いた。
そのため、色々としこりのようなものが残っているのだ。
「ジャスパーの馬鹿っ! 裏切り者っ! わたしに日本語を読ませたかったんなら、誘拐なんてしなくてもそう言えば良かったのにっ!」
自分で言うのもなんだが、私はジャスパーに懐いていた。
ジャスパーが読んでほしいといえば、大概のものは読んでしまっていたと思う。
ものの善悪は横へ置いて、だ。
「ジャムを作ってくれたり、一緒に写本をしたり、薬を作ったり、嬉しかったし、楽しかったのに、全部嘘だったのっ!?」
優しくしてくれたのも、親切にしてくれたもの、全部嘘だったのか、と少女の裏側にいるらしいジャスパーへと言葉を投げつける。
何で裏切ったのか、最初から嘘だったのか、何でなにも話してくれなかったのか、と。
どうして死んだ
ジャスパーとカミールに慈しまれて生まれたという少女には、聞かせるべきではなかった言葉なのかもしれない。
ジャスパーだけならばともかくとして、カミールにも慈しまれているということは、目の前の少女はアルメルの遺体に宿った何かだ。
二人から大切にされたアルメルの遺体に、この少女の心が宿ったのだろう。
「ジャスパーの馬鹿っ! アホっ! 許せないのに、嫌いにもなれないじゃんっ!」
ジャスパーには大きく裏切られた。
そのせいでカリーサが死んでいるし、アーロンは視力を失いつつあり、黒柴は今でも時々足を引きずる。
それなのに、細々とした思い出があるせいで、ジャスパーは私を裏切ったのだ、最初から悪い人間だったのだ、と嫌うこともできなかった。
許すことも、恨むことも、どちらに傾くこともできず、私の心は宙に浮いたままだ。
結論が出てくれないせいで長く心に居座り、心を占められるのが嫌で故意に考えないようにしている。
そのせいでいつまでもジャスパーのことを消化できずに、頭のどこかにしこりが出来てしまっていた。
最後にもう一度「馬鹿」と大きく声に出し、鼻の奥がツンと痛むので下を向く。
普段は周囲に私より背が高い人物ばかりに囲まれているため、こうすれば泣き顔を見られずにすむのだが、今日は違った。
私より背が低い少女といたので、私の泣き顔もばっちりと見えてしまうはずだ。
……あれ?
俯いた視界に入ってきたのは少女の緑の瞳ではなく、男性の足だった。
どう見ても少女のものではない足に、反射的に顔をあげようとして、その頭を大きな手で押さえられる。
頭を撫でられた気がしたのは、ほんの一瞬だけだ。
頭の上から大きな手が退く気配がして、急いで顔をあげる。
そこには誰も姿もなく、アルメルと名乗った少女の姿も消えていた。
「ジャスパー……? アルメル?」
一人広い空間に取り残されて、急に不安を感じる。
そういえば、と改めて周囲を見渡すと、レオナルドの姿はもちろん、いつも肩に座っているはずの子守妖精も、黒柴の姿もなかった。
その代わり、先ほどまでは見えなかった真珠色をした階段の先は霧が晴れたかのようにはっきりと見える。
階段の先には、『精霊の座』とよく似た水晶の塊が鎮座していた。
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