第11話 妖精の氾濫と情報収集 2

※誤字脱字、探せていません。

 なにか見つけても、見なかったことにしてください。

 もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


「……つまり、その世界と世界が繋がれた時の衝撃が、あの地震の正体だったということか?」


 精霊の声が聞こえるのはまだ私だけだ、ということでアルフレッドと鹿の精霊に挟まれて通訳という形で働く。

 精霊の世界と人間の世界が強引に繋げられたらしい、という話を聞かせると、アルフレッドがまず思ったのがこれだった。

 私は真っ先にカミールの関与を疑っていたので、為政者に向いていないだろう。

 地震の原因よりも、犯人探しにばかり気が行っていた。


「そんなことがあるのでしょうか?」


 ――ないとは言えぬだろうな。地震と呼んでおまえたちは騒いでいたが、大地がむずがる程度では、我等にはなんの障りもない。


 地面が揺れようと、人間とは違い肉の体を持たない精霊や妖精には何の影響もないらしい。

 異変を感じ取ることはできるが、それだけだ。


 そのはずなのだが、あの揺れは精霊や妖精たちにも衝撃をもたらせている。

 となると、あの地震はやはり私の知っている地震とは違うものだったのだろう。


「精霊も認める普通ではない地震だったから、横揺れがなかった……? というよりも、ガラスが一枚も割れていなかったことを思うと……」


「地面が揺れた、ということ自体が人間こちら側の錯覚だった可能性もあるな」


 地面が揺れるという現象に馴染みのないアルフレッドは、大地が揺れるという途方もない現象よりも、眩暈や錯覚だったと考える方がすんなりと頭に収まるらしい。

 錯覚だった、と成立させるためには、あの揺れを感じた全員が同時に錯覚を起こしているということになるのだが、その辺りはどう説明してくれるのだろう、と考えて、揺れが来る直前の子守妖精の反応を思いだす。


 転寝をしていた子守妖精は、地震の直前に目を覚ましていた。

 つまりは、私が揺れを感じて『地震』だと考える前に子守妖精はあの異変を感じていたのだ。

 それこそ、地面が揺れる前から。

 そして、肉の体のあるなしで精霊と人間を分けるのなら、人間わたしよりも先に子守妖精になんらかの衝撃があったとしても不思議はないのかもしれない。

 肉を纏っていないだけ、精霊の方が人間よりも敏感だとも考えられる。


「……錯覚、と考えた方がいろいろと繋がってくる気がしますね」


 あんなに大きな揺れが錯覚だっただなど、納得はできないのだが。

 揺れが一度だけだった、ガラスや家具、建物にはなんの被害も出ていない。余震が未だに一度も来ないという不思議も、錯覚であれば一応の説明はついてしまうのだ。

 そもそもが揺れていないのだから、建物や家具に被害などあるはずがない、と。


 精霊や妖精といった肉体を持たない存在にまで影響を与える衝撃は、あの一度だけだ。

 むしろ、そんなとんでもない衝撃ものが二度も三度もあっては困ってしまう。


「……あの地震が錯覚だったのなら、被害はそれほど心配しなくてもいいかもしれませんね」


「そう楽観はできないだろう。海や山、建物に被害がないとしても、ナディーンのように突然のことで驚いて怪我をした人間も多くいるはずだ」


「そうなってくると、対策が必要になってくるのは人災でしょうか?」


 人災ならば、起こる場所はある程度予想ができる。

 単純に考えて、人口の多い町や村だ。


「……やはり、電話も無線もないというのは不便ですね」


 電話があればこちらの状況も、あちらの状況もいち早く知ることができる。

 地面が揺れるのは『地震』という現象であるが、今回のことは錯覚だったかもしれない、と周知することも可能だ。


 どこかに私のような精霊の声が聞こえる人間がいれば、情報を集めることができているかもしれないが、そんな不確定な要素に為政者であるクリストフたちは胡坐をかくわけにはいかない。

 何かが起こったのなら、国の代表として、民の長として、その対応に動かないわけにはいかないのだ。


 ――デンワとは?


「電話は電話ですよ。こう……前の世界にあった便利な道具です。遠くの人に声を届けたり、相手の声を届けてくれたりとする、そんな道具があったんです」


 異世界の物語として地球にあった物語が出版されているし、過去に転生者が何人もいた。

 そのため、単語自体は聞いた覚えがあるのか、『電話』についてアルフレッドから疑問の声があがることはなかったのだが、鹿の精霊は違ったようだ。

 聞きなれない響きに首を傾げ、ピクピクと動く耳が不覚にも可愛らしい。


 仕組みはわからないため詳しい説明できないのだが、電話の機能を簡単に鹿の精霊へと解説する。

 自分で言っておいてなんだが、今こそ本当に電話が必要な時だと思う。

 この異変が王都だけのことなのか、イヴィジア王国全土で起こっていることなのか、少しでも多くの情報がほしかった。


 ――声を届け、声を運んでくるのであれば、風に頼めば良かろう。


 風はどこへでも行ける、と続いた鹿の精霊の言葉に驚くと、鹿の精霊は軽く手を挙げる。

 その指先へと、先ほど気になった半透明のふわふわとした妖精たちが集まってきた。


 ――おまえたち、ひとつこの人間の娘に風の精霊のなんたるかを見せてやるがいい。


 ――いいよー、おもしろそーう。


 ――なにするのー?


 ――のー?


 わらわらと鹿の精霊の指先へと集まった風の精霊――てっきり妖精だと思っていたのだが、精霊だったらしい――が、今度は私の周囲へと集まる。

 何をさせる気だろう、と構えて待っていたのだが、するのは私の方だったようだ。

 鹿の精霊は中庭から役所棟へと続く扉を振り返り、そこから覗いている猫頭の被り物を示した。


 ――ためしにそこまで娘の声を届けてやれ。


 ――わかったー。


 ――なにとどけるー?


 ――はやく はやくー。


 私の案内をフェリシアに委ねたディートフリートは、どうやらそのまま帰りはしなかったらしい。

 扉の向こうから猫頭の耳が覗いているのだが、それに気づかずにこちらを偵察しているようだ。

 もしかしなくとも、フェリシアが警戒していた盗み聞きをするお行儀の悪い子だろう。


「……本当に声を届けられるのですか?」


 ――任せてー!


 声を運ぶことは得意である、と胸を張る風の精霊に、少しお行儀が悪いかもしれない、とクリストフへと断りを入れてから、ただ一言。


「わっ!!」


「わわっ!?」


 距離があるため東屋で大声を出してもディートフリートには聞こえないはずなのだが、風の精霊はしっかりとディートフリートの耳元へと私の声を届けたらしい。

 『わっ!!』と一言だけ届けてもらったのだが、効果は覿面だ。

 突然の大声に驚いたディートフリートは、隠れていた扉の陰から飛び出して尻餅をついていた。


「……本当に声が運べるのですね」


 ――どんなもんだー!


 ――すごい? すごい?


 褒めてほめてと周囲を飛び回る風の精霊に、思わず手を叩く。

 まさか本当に自分の声を運べるとは思わなかった。

 突然の耳元からの大声に驚かされたディートフリートはというと、立ち上がって一度こちらを見たかと思ったら、まだ気づかれていないとでも思ったのか再び扉の影へと隠れている。

 一見だけでは素敵な王子さまに育ったようなのだが、中身は相変わらずのようだ。


「あちらから声が運べる、ということも試してみたいのですが……」


 ――いいよー。


 ――なに はこぶー?


 鹿の精霊が言った通りのことができるのなら素晴らしいことだと思うのだが、風の精霊たちにとってこれは遊びらしい。

 次は何をするのか、とわくわくとした雰囲気で飛び回る風の精霊に、ディートフリートへの質問を運んでもらった。

 次はこの質問への答えを運んできてくれるはずである。


 ふわふわとディートフリートの元へと飛んでいく風の精霊を見守っていると、ディートフリートがきょろきょろと周囲を見渡す。

 どうやら私の声が届いたようだ。

 ディートフリートは一度こちらを見たかと思うと、その場に蹲ってなにやらうな垂れている。


 ……なんだろう? そんなに困るような質問はしていないはずなんだけど……?


 ディートフリートへは精霊に運んでもらった私の声でこの実験の意図を伝え、私とディートフリートの共通する思い出を答えてくれ、と指示を出した。

 ラガレットの街で出会っただとか、一緒にリバーシをしただとか、簡単な答えでいいのだが、遠目に見えるディートフリートはその場でなにやら身悶えている。

 やがて一人で悶えるのに一区切りついたのか、こちらへと背中を向けた。


「……十歳の時、ラガレットの宿泊施設ホテルの三階で水溜りを作った」


 非常に小さなディートフリートの声が東屋のテーブル周辺に広がる。

 水溜り? とクリストフと王爵たちは首を捻っていたが、子育て中であるはずのアルフレッドとフェリシアは『水溜り』の意味に気が付いたようだ。

 どういうことか、と説明を求める視線が私へと向けられたので、ディートフリートの名誉のためにも視線には気が付かないふりをする。


 ……よりによって、なんでその思い出をだしたかなー!?


 確かに私とディートフリートに共通する思い出ではあるが、あれは彼的に話してしまって良いことだったのだろうか。

 おかげで、まだまだ実験しなければいけないことがあると気が付いた。







 何度か風の精霊とやり取りを繰り返していると、更に周囲から風の精霊が集まってきた。

 どうやら風の精霊は好奇心が強く、噂好きでもあるらしい。

 噂を集めるのが得意だというのでどのぐらいの範囲の噂話を拾えるのか、と聞いたところ、どこへでもと答えられてしまい驚く。

 本当にどこへでもか、とやり取りを繰り返してイヴィジア王国とズーガリー帝国の国境であるメール城砦の様子を聞いてみる。


 ……地震の範囲の調査とか言って、レオナルドさんが気になってるのは否定しない。


 試しにメール城砦の様子を教えてくれ、と風の精霊へと提案した時の、クリストフとアルフレッドのなんとも言えない生暖かい眼差しが居心地悪い。

 ついでに言えば、さすがはアルフレッドと言うべきか、順応が恐ろしく早かった。

 物は試しに、と言葉巧みに風の精霊を誘導し、王都の外の情報を集め始めている。

 おかげでクリストフたちの災害対策会議は順調だ。


 ……私、ずっと通訳で喉渇くよ。


 そっと溜息を洩らすと、子守妖精が労うように私の頬を撫でる。

 猫頭の妖精にいじめられていた子守妖精は、東屋に精霊が近づいてきてからというもの、ずっと私の肩の上だ。


 ――みつけたよ。


 すいっと三体の風の精霊が目の前に来て、身振り手振りでメール城砦の様子を教えてくれる。

 精霊には人間の作った国境などという概念が通じず、方角や向かった先にある山や木の形でしか場所の指定ができなかったのだが、どうやらメール城砦の様子で間違いはなさそうだ。


 なんというのか、異常すぎる事態が起こっているという報告に、これが国境でなければ困ってしまう。


「クリスティーナ? 何かあったのか?」


「えっと……風の精霊が、メール城砦の様子を見てきてくれたようなのですが……」


「どうした? レオナルドが妹恋しさに帝国兵に八つ当たりでもしていたか?」


「それならまだ可愛かったと思います」


 アルフレッド相手に妹か婚約者か、だなんて訂正は一々しない。

 これは私とレオナルドの問題であったし、呼び方など瑣末なことすぎて訂正しなければ、という気にもならなかった。


「よく判らないのですが、精霊の言うことには……メール城砦の牢屋には、元気な裸の男がいっぱい詰まっているそうです」


「……うん?」


「あと、メール城砦に詰めている黒騎士たちの会話も聞いてきてくれたようなのですが、裸の男たちはおそらくズーガリー帝国の兵士だろう、ということみたいです」


「なんだそれは、さっぱり意味が判らないぞ」


「大丈夫です、わたくしも意味が判りません」


 ただ、精霊が教えてくれたままに伝えているだけだ。

 聞いた話を頭の中で整理もしてみるのだが、さっぱり状況が判らない。

 メール城砦の牢屋に、裸の帝国兵が詰まっているだなどと。


「……すみません、レオナルド様にわたくしの声を届けてくれませんか?」


 ――だれ? れおなるど。


 ――にんげん? ぼくたち、みわけられない。


 ――みわけるの むずかしい。


 地名では場所がわからなかったように、精霊には名前では人間が判らないようだ。

 というよりも、人間でも会ったことのない人物の顔と名前を一致させることなどできない。

 これは精霊でなくとも当たり前に起こることだった。


「お話を集めて来てもらったお城の、黒い服に長い緑色のマントをした黒髪の……」


 ――ああ、あれ。


 最後まで言う前に、風の精霊たちの間でレオナルドに心当たりがあったようだ。

 面白い遊びかなにかと感じているように楽しそうな雰囲気で飛び回っていた風の精霊が、ぴたりと動きを止めた。

 気のせいでなければ、声も堅い。


 ……あれ? なんだか妙な空気に……?


 あまり歓迎できない雰囲気になってしまった風の精霊に、戸惑いを隠せず話しかける。

 レオナルドがどうかしたのか、と。


 ――べつに?


 ――どうもしないよ。


 ……どうもしない、って雰囲気じゃないんだけど?


 露骨なまでに雰囲気の変わった風の精霊に、困り果てて内心を誤魔化すように首を傾げる。

 すると、肩の上の子守妖精がペチペチと私の頬を叩き、ポケットを指差した。


「え? お腹すいたの?」


 お菓子の要求だろうか、と聞くと、子守妖精はわかりやすく呆れた顔をする。

 どうやら私の理解は間違いだったらしい。

 ではなんだろう、と考える間にポケットから焼き菓子を出して子守妖精へと渡した。


 ……あれ? 降りちゃうの?


 周囲に精霊が現れてからというもの、私の肩に隠れるようにしていた子守妖精なのだが、今は堂々とテーブルの上だ。

 風の精霊に見せびらかすように焼き菓子を掲げ持ち、いつもは見せないドヤ顔で焼き菓子を頬張り始めた。


 子守妖精の意図に気が付いたのは、風の精霊の雰囲気が変わってからだ。

 レオナルドの名前を出した途端に反応の悪くなっていた風の精霊たちが、子守妖精と私の周囲に集まる。

 そわそわとした風の精霊たちの雰囲気を感じ、試しにポケットの中の焼き菓子を一つ取り出してみた。

 その瞬間に、息をのむような緊張が風の精霊たちの間に広がる。


 ……判った。焼き菓子に興味深々なんだ。


 子守妖精がわざとらしくおいしそうに食べたのが、風の精霊の興味を引いたのだと思う。

 なんというのか、一触即発とも言える緊張があたりを支配していた。


「えっと……レオナルド様へわたくしの声を運んで、返事を届けてくれたら、この焼き菓子を――」


 焼き菓子をあげます、と最後まで言うことはできなかった。

 われもわれもと伝言役として立候補する精霊たちに群がられ、息をするのも難しいほどだ。

 子守妖精による風の精霊誘導作戦は、見事に成功したらしい。


 ……私のおやつがピンチだけどねっ!

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