第9話 地震と異変
※誤字脱字、探せていません。
なにか見つけても、見なかったことにしてください。
もうしばらくこの見苦しい言い訳が続くと思います。
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強い揺れを感じたのは最初だけだ。
ああ、地震か、と頭が理解した時には次の行動を考えている。
……大きな地震の時は、机の下に隠れるんだっけ?
時代とともに常識も変わる。
新常識としては、揺れが収まるのを待って速やかに建物の外へ出るということを聞いたこともあった気がした。
……こういう時は、室内でも靴文化で良かったね。
窓辺を通り過ぎる時でも、割れたガラスを踏む心配が少ない。
絶対に持ち出さなければならない大切なものとして窓辺のエノメナの鉢を持ち上げ、子守妖精を肩へと載せる。
揺れにもめげずに護衛としての役目を全うしようと部屋に飛び込んで来たアーロンの手を引っ張って
この揺れに怯えているのだろう。
私の足元に来たかと思ったら、すぐにぺたりと腰を落とした。
「クリスティーナ様、ご無事ですか!?」
「庭です。建物の中は危険ですから、サリーサもすぐに出てきてください」
遅れて室内へと飛び込んで来たらしいサリーサの声が聞こえたので、外へ出て来るようにと誘導する。
離宮の主は私ということで、サリーサの後にも何人か部屋へと飛び込んで来た。
……あれ?
大きな地震の時に建物の中にいることは危険なはずだ。
ひとまず外に出た身としては、建物の中に戻って避難誘導をする、というのは自分から危険に飛び込むのと同じことになる。
となると、私が建物の中へ戻るという選択肢はないのだが、それにしても何かおかしい。
何がおかしいのだろうか、と考えながら、外へと出てきた人を使って建物の外から中へと呼びかける。
まずは建物の外へ、余裕があるようなら火の始末もして出てくるように、と。
「クリスティーナ様は落ち着いていますね」
「元・日本人としては、地震は慣れっこですからね」
「……ジシン?」
アーロンの口から漏れた僅かに疑問の残る響きに、はて? と私の方が不思議になる。
今しがたの大きな地震に対し、どこに疑問を挟む余地があるのか、とアーロンを見上げると、アーロンどころかサリーサまでもが戸惑ったような顔をしているのが見えた。
「そういえば、今生では初めての地震だった気がしますね。もしかして、イヴィジア王国では地震は少ないのですか?」
「大地が揺れたというのなら……なるほど。確かに『地震』と呼ぶのが相応しいですね」
「このように大地の神ハーデマナフがお怒りになられることは初めてです。クリスティーナ様はご無事ですか?」
白騎士に支えられて、ナディーンがひょこひょこと奇妙な歩みでやって来る。
歳もあるだろうが、ナディーンはこの地震に驚きすぎて腰を捻ってしまったようだ。
歩くのもつらそうなのだが、珍しい離宮の主である私からの『命令』ということで、建物の外へと出て来てくれたらしい。
日陰に入りたいが建物の下はどうか、ということで東屋から椅子を持って来てナディーンをそこへ座らせる。
私が立っているのに、と椅子を固辞するので、私の分も椅子を用意して座った。
「ナディーンの歳でも地震が初めてということは、本当に地震の少ない地域だったのですね……」
そんな地域に、元・日本人の私でも驚くような大きい地震だ。
離宮の外でも騒ぎになっているのかもしれない。
「とりあえず、余震に備えてしばらく外に出ていましょう。地震がなかったということは、非常用持ち出し袋の準備もない……うん?」
地震の時はどうするのだっただろうか、と前世で習った知識を引っ張り出す。
ガラスを踏まないように靴を履けだとか、トイレは四方に柱があり頑丈で逃げ込むのに最適だとか、逆にドアが歪んで閉じ込められる危険があるだとか、色々なことが思いだされるのだが、何か違和感があった。
……確か、地震は縦揺れと横揺れがあるんだったよね?
縦揺れの力は強く、その分揺れの波が短く広がりは少ない。
横揺れは力は弱く、その代わりのように揺れは長く広範囲に広がる。
たしか、何の授業かは思いだせないのだが、そう習ったはずだ。
……縦揺れがあるってことは震源地が近くて、横揺れもすぐに来るっていうか、ほぼ同時に来てるはずだったような……? あれ?
気のせいでなければ、横揺れが来ていない。
大きく短く揺れたので、地震と気が付いた揺れは縦揺れだったのだと思う。
そのあと慌てて外へと飛び出し、ナディーンが私の無事を確認に来るだけの時間が過ぎているのだが、横揺れらしい地面の揺れは誰も感じていなかった。
これから大きな横揺れが来るのか、私の知っている地震とはそもそも違うのか、と気が付いたところで、ナディーンを連れて来た白騎士が奇妙な声をあげた。
「へ? あれ……え?」
何度も瞬き、気のせいかと目をこすり、白騎士の視線が庭師が丹精込めて世話をしている低木へと注がれる。
なんだろう、と白騎士の視線を追って濃いピンク色の花が咲く低木へと視線をやると、花の中に顔を突っ込んでいる小さなお尻が見えた。
「……妖精?」
はて、あんなところに妖精などいただろうか、と考えてから、思い切り眉間に皺を寄せる。
素で妖精という存在を受けいれてしまっている自分にも驚いたが、子守妖精ではない妖精の姿にも驚いた。
……あれ?
妖精の姿にも驚いたが、もっと驚くべきは白騎士の反応だろう。
この白騎士は、アルフレッドのお墨付きの白騎士だ。
暇な貴族の子息を遊ばせておくための白騎士ではなく、実力はなくとも騎士として働きたいという気概をもった稀少な白騎士である。
だから私も離宮の中へ入れることを許したのだが、その白騎士が一番に妖精を見つけたようだ。
つまり、彼には妖精が見えているということになる。
「サリーサは? 妖精が見えますか?」
「見えています。花の中に一匹……一人と数えるのでしょうか? あと、木の陰にももう一人います」
「アーロンは……」
白騎士に見えるのなら、アーロンにも見えるだろうか。
そう試しに聞いてみようとして、口を閉ざす。
アーロンの視力は弱くなっており、妖精が見えたとしても、はっきりとは見えないだろう。
「いいえ、クリスティーナ様。ぼんやりとですが、何かいるのは判ります。低木の上と、クリスティーナ様の肩に」
「カリーサも見えているのですね」
これはますますおかしい。
私とサリーサ以外で子守妖精の姿が見えたのは、アーロンが初めてだ。
それも、これまでは見えていなかったものが、突然見えるようになっている。
……どういうこと?
突然何が起こったのか、と考えて、真っ先に思い浮かぶのは今しがたの地震だ。
大きな変化といえば、これしかない。
イヴィジア王国では老齢のナディーンの人生の中でも始めてらしい地震だ。
これまでになかったことが起こった、という意味では同じとも考えられる。
何が起こったのだろう、と思案に沈むかけたところで、ナディーンに遠慮がちな声をかけられた。
この場で一番落ち着いている私は、地震についても何か知っているのだろう、と。
知っているのなら一人で考え込まずに、話してほしい。
大地が揺れるだなんて現象が初めてな自分たちは、ただうろたえるばかりで役に立たず、不安である、と。
……そうでした。私が離宮の主だもんね?
普段離宮を取り仕切ってくれているナディーンが判断に困るというのだ。
ここは私が働くべきだろう。
「……まずは離宮にいた人間の安否を確認しましょう。クローゼットや本棚の下敷きになった人がいないか、外へ出てきた使用人たちも含めて点呼を。建物の中を確認するのは、余震の様子を見てからです」
建物の中で誰かが家具の下敷きになっていないだろうか、とは気になるが、せっかく外へ逃げてきた人間を建物の中へと戻らせて危険にさらすことはできない。
行動すべきこと、調べるべきことを挙げ、実際の指示振りはナディーンに任せる。
私はつい頼りやすい身近な人間に指示を出してしまうが、離宮はグルノール館とは違う。
ある程度は家の地位というものが指示を出すにも関係してくるので、その辺りの加減調整はナディーンに任せた。
「……侍女も使用人も全員に大きな怪我がなくて良かったですね」
離宮で働く使用人全員の無事を確認し、白騎士の報告を聞く。
地震に驚いて皿を割って指を切っただとか、慌てて逃げようとして角に足をぶつけたという小さな怪我をしたという報告はあったが、恐れていたような大怪我をした者がいるという報告はない。
最初の揺れ以降、余震どころか小さな揺れすらないことが気になるが、余震などないに越したことはないので、今できることをする。
人の無事が確認できたのなら、次は建物の被害状況と外への連絡だろう。
離宮の様子と私の無事を知らせ、外の様子を調べに行く使者には白銀の騎士からライナルトが選ばれた。
私に関わることは王族へと報告されるので、白銀の騎士が連絡役として選択されたのだろう。
……あれ?
そろそろ屋根のある場所へ移ってもいいか、と東屋に入って違和感に首を捻る。
テーブルの足元に妖精がいることは今さらだが、違和感はそこではない。
「……私が来る前に誰かテーブルを直しましたか?」
「いいえ、特には。ナディーンに椅子を、とクリスティーナ様がおっしゃられたので、椅子以外には……?」
椅子をと命じたので、早く椅子を持っていこう、と椅子だけに注力していたらしい。
東屋にある椅子以外には手を触れていない、とサリーサは言う。
「変……ですね? あれだけ揺れたのに、椅子もテーブルも綺麗に並んでいるような……?」
東屋のテーブルは地面に固定されていない。
人間が驚いて建物から飛び出るほどの揺れで、東屋の中央に置かれたテーブルがまったく動いていないというのは異常だろう。
……そういえば、家具の下敷きになった人は誰もいないって言っていたような……?
一つが変だと気が付くと、次々とおかしなことが思いだされる。
横揺れを感じることがなかったことも、余震らしい揺れがまるで来ないことも、変といえば変だ。
「クリスティーナ様は外でお待ちください」
どうにも気になったので室内へと確認に戻ろうとしたら、アーロンに止められてしまった。
怪我人の有無や逃げ遅れた人間がいないかと確認してもらっている間に思いつく限りの地震の知識を披露したため、私が建物の中へと入ることを心配したのだろう。
「中には入りませんよ、外から見るだけです」
建物の中には入らないから大丈夫だ、と言って露台の階段を上る。
部屋から出てきた時そのままに窓が開かれているのだが、窓に嵌ったガラスが割れた様子はない。
庭に面した大きな窓も、普段はエノメナの鉢を置いた小窓も、全て無事だ。
そのまま露台から室内を見渡してみても、椅子が倒れていたり、クローゼットが倒れていたりはしない。
まるで普段どおりの部屋が、そこにはあった。
「……揺れ、ましたよね?」
「はい。あのような揺れは初めてで、恥ずかしながらすぐには動けませんでした」
室内にも、建物にも被害のない地震に、首を傾げつつも露台を降りる。
東屋へと移動すと、サリーサが私の椅子を運んでくれていた。
「クリスティーナ様が先ほどの地震について詳しいのでしたら、クリストフ様のお役に立てるのではございませんか?」
「役に立てる程の専門的な知識はありませんよ?」
「
そんなものだろうか、と半信半疑ながら
それを報告書として纏めていると、遣いに出したはずのライナルトがディートフリートと共に戻って来た。
「クリスティーナ嬢、国王クリストフとアルフレッド王子が詳しい話をご所望です」
どうやらディートフリートは私宛の遣いだったらしい。
少し改まった口調で呼ばれ、内心の驚きを隠して礼を返す。
報告書に纏めて誰かに届けてもらおうと思っていたのだが、迎えが来たのなら私が行かなければならないだろう。
……気のせい?
ディートフリートの用意した馬車へ乗り込むと、座席の上にいつもの猫頭の被り物が置かれていた。
邪魔だな、と持ち上げると、中から猫頭をした妖精が飛び出してきたので驚く。
猫頭の妖精は、私が驚いたのが面白かったようだ。
機嫌よく笑ったかと思うと、挨拶をしてくれたのでポケットの焼き菓子をあげることにした。
これに子守妖精が妬いたようで、こちらにも焼き菓子をあげる。
はじめのうちは仲良くそれぞれの焼き菓子を齧っていたのだが、猫頭の妖精が自分の焼き菓子を食べ終わると子守妖精の焼き菓子を取り上げようと引っ張り始めた。
なんとなく態度の大きい妖精だな、と思っていたのだが、勘違いではなかったようだ。
子守妖精が、猫頭の妖精にいじめられている。
「欲張ったら駄目ですよ、それはカリーサの分です」
いじめないでください、と言いながら子守妖精を焼き菓子ごと手の中へと包み込む。
猫頭の妖精から距離を取らせようとしたのだが、猫頭の妖精は私の手に飛びつき、そのままの勢いで子守妖精の髪を引っ張り始めた。
「カリーサをいじめたら駄目です」
こら、と言って猫頭の妖精の襟首を指で摘む。
小さな妖精はこれだけで身動きを封じられるのだが、猫頭の妖精は不服そうだ。
――そいつ、ぼくらとちがう。なまいき!
「へ?」
妖精の姿が見えるだけでもおかしいのだが、今度は妖精の声が聞こえ始めた。
キィキィと高い声なのだが、意味はしっかりと聞き取れる。
子守妖精は普通の妖精とは違うから排除する、と言うのが猫頭の妖精の主張だ。
「カリーサが違うって、どういうことですか?」
――そいつ、つくられたにせもの。
自分たちは生まれたから本物である、と猫頭の妖精は言う。
正直そこにどんな違いがあるのか、と考えて、ふと思い至るものがあった。
……これって、全部カミールさんのせい……?
突然妖精が見えるようになったことと、その妖精が子守妖精を排除しようとしたこと、その子守妖精が生まれた球根をカミールという転生者から貰ったとレオナルドから聞いたことが頭の中で繋がる。
少なくとも、『生まれた』という猫頭の妖精が子守妖精を『作られた』といって排除しようとすることだけは、カミールが原因と考えて間違いないはずだ。
正直、妖精繋がりだからといって、今回の地震までカミールのせいと考えるのは、早計すぎるという自覚はあった。
……でも、思っちゃうんだよね? 妖精が生まれる球根を作れちゃうような人なら、人間に妖精が見えるようにもできるじゃない? って。
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