第5話 闘技大会とサリーサの恋の行方 2

「……どういうことですか?」


 サリーサが闘技大会に出場するとは聞いていた。

 アルフが余興の一つとして黒騎士でもないサリーサの出場を許可した、という話も聞いている。

 けれど、その対戦相手が現役の黒騎士四人だとは聞いていなかった。


「正確には、サリーサの対戦相手はパール一人だ。他は……」


「逃げ回っていたパールを、私が黒騎士を使って捕らえさせた」


 パールを引きずっている黒騎士たちは、サリーサに想いを寄せている男たちだとアルフが解説を追加してくれる。

 男たちに想われるサリーサはパールに想いを寄せ、その想いをぶつけるための闘技大会きょうなのだとか。


 ……なにそれ。なんだかいろいろとおかしくない?


 知らないうちに何がどうなっていたのか、と混乱しながらも会場として区切られた柵の中に立つサリーサへと視線を戻す。

 簡易な防具を纏い、槍を携えたメイド服のサリーサは、ゲームか漫画の中のキャラクターのようだ。


「……や、待ってください。この際、パールが対戦相手なのも、黒騎士がパールを引っ張って来たのもどうでもいいです。サリーサはどうしてランスを持ってるのですか? わたくしの記憶が確かなら、ランスは騎乗して使うものだったと思うのですが……?」


 前世で仕入れた大雑把な知識しかないが、やりという意味では槍もランスも用途は同じだ。

 敵を突き刺す武器である。

 けれど、槍とランスでは形や大きさが違った。

 槍と聞いて私が想像するものは長い柄の先に刃物が付いた、足軽が持っていそうな武器だ。

 そして、ランスとなると西洋の槍で、円錐状の金属の塊になる。

 長くて堅い金属の塊であるため重く、これを戦場で持ち歩いて敵を倒すのは難しい。

 攻撃力は高いが、その重さによって持ち手の足が遅くなり、振り回すにしても腕力が物を言うのだ。

 そのため、主な用途としては騎兵が持ち、重いランスを馬に運ばせることで実用的な武器としていた。


ランスは騎兵でなくとも、充分使えるぞ」


「いや、そんな筋肉馬鹿はおまえだけだ」


 ランスの用途としては、やはり私の記憶に間違いはなかったらしい。

 絶対とは言わないが、主に騎兵が用いる武器だとアルフが太鼓判を押してくれた。


「そうは言っても……まあ、サリーサはイリダルが育てた娘だからな。カリーサだって、振り下ろすより突く方が得意だっただろう」


「カリーサが剣を振り回しているところなんて、見たことがないのですが……?」


 しかし、言われてみれば、と思い浮かぶことがある。

 私がラガレットの宿泊施設ホテルで誘拐されそうになった時に、カリーサが咄嗟にとった行動は手にしていたリバーシ盤を誘拐犯の腕に突き立てるというものだった。

 リバーシ盤で誘拐犯に殴りかかるのではなく、私を抱えている腕の一点を狙って突き刺したのだ。

 確かに、突く方が得意だったのだろう。


 そうなの? と確認の意味を込めて肩の子守妖精カリーサへと視線を向ける。

 私の視線を受けた子守妖精は誇らしげに胸を張った後、どこからか取り出したピックを剣に、黒い犬のぬいぐるみを盾に見立ててくうを突く動作をした。

 どうやらピックをレイピアに見立てて、騎士のつもりでいるようだ。


 ……うん、私の護衛妖精は強そうだ。


 子守妖精は小さくて可愛らしいのだが、なんとなくだがジゼルより強いという確信があった。


「……それで、サリーサはどうしてランスでパールと対峙しているのですか?」


「見たとおりだ。サリーサはパールに求婚するらしい」


「見たとおりだ、ではありませんよ。普通判りません。……求婚って、闘技大会で勝負を挑むことでしたか?」


「俺は違うと思うが……」


 何がどう転がってそんなことになっているのか、とレオナルドに詳しい説明を求めると、これにもアルフが答えてくれる。

 なぜアルフがサリーサとパールの事情など知っているのかと聞けば、他者の色恋になど興味がない、砦の主が口を挟むことでもないと考えているレオナルドと、色恋も含めて『砦の内部で起こっていること』として把握しているアルフとの差らしい。


「サリーサは自分がパールよりも強いということを証明したいらしいな。詳しいことは、勝負がついてから本人たちに聞くといいだろう」


 サリーサの主としては私とレオナルドが、パールの主としてはレオナルドが事後報告を受けることになるだろう、と促されて会場へと視線を戻す。

 試合はいつの間にか始まっていたようで、サリーサの繰り出す鋭い突きをパールが避け、時には盾で軌道を逸らしてやり過ごしていた。


「パールは反撃しないのでしょうか?」


「というより、反撃に転じたらそれがそのまま隙になって押し負けるな」


 さすがはイリダルが育てた娘、というのがレオナルドのサリーサに対する評価らしい。

 よくよく考えてみれば、王都でのカリーサは私の護衛として常に行動を共にしていた。

 ということは、カリーサの実力はレオナルドも認めるところだったのだろう。

 そうなってくると、その妹のサリーサが弱いはずもない。

 レオナルドがいざという時の私の護衛として側に置くぐらいには、サリーサもまた強いはずだ。


「サリーサは強かったのですね」


「まあ、一対一なら黒騎士にも勝てるだろう」


 連戦、あるいは複数対一でもなければ、サリーサは黒騎士にも勝てるというのがレオナルドの評価だった。

 そしてその評価通りに、サリーサはパールに勝利する。

 パールはよく粘っていたと思うが、わずかに体勢を崩したところへサリーサに攻め込まれた。

 盾ごと背後へと押し飛ばされ、尻餅をついた喉元へとランスの先端が突きつけられる。

 距離があって二人の間の会話はまるで聞こえなかったのだが、読唇術ができるというアルフの解説によると、ランスを突きつけられたパールから出た言葉は「結婚してください」だったようだ。


「本当にそう言っているのですか? とても求婚をしているような甘やかな雰囲気には見えないのですが……」


「クリスティーナの求婚も男前だったらしいな。レオナルドが嘆いていたぞ」


 育て方を間違えただろうか、と続いていたというアルフの報告に、じとっとレオナルドへと視線を移す。

 子どもっぽい我儘とゴリ押しを全面に押し出したあの求婚は、私だってさすがにどうかと密かに思っている。

 他者アルフにまで言いふらすことはないじゃないか、と恨みを込めて見つめ、しかしすぐに淑女の笑みを浮かべた。


「……解りました。わたくしが二十歳になってもレオナルド様が煮え切らない態度を取るようでしたら、サリーサと同じ手を使います」


「ティナじゃ、俺には勝てないだろう……」


 余裕である、と笑みを浮かべたレオナルドに、「クリスティーナです」と訂正を入れてから「何を言っているのですか?」とわざとらしく目を丸くして驚く。

 私とレオナルドが戦場で対峙した場合、レオナルドこそが私に勝てるはずはないのだ。


「レオナルド様はわたくしに剣を向けることができるのですか? わたくしの不戦勝は最初から決まっています」


 どうだ、と最近ようやく膨らみ始めた胸をそらし、情けなくも確信のある勝利宣言をしてみる。

 まともに戦えばレオナルドどころかジゼルにも勝てない自覚があるが、絶対強者たるレオナルドはそもそも私に対して剣を向けることができないのだ。

 最初から勝負になどならない。


 自覚があるのか、私の宣言にレオナルドは笑みを苦笑いへと変えた。


「どうせあと何年のらりくらりと逃げてもわたくしに押し切られるだけなのですから、レオナルド様は早々に降参して覚悟を決めてください」


「……サロモン様からは妹として預かったのに、自分の嫁にするとか、いろいろ申し訳なさすぎるだろう」


「でしたら、そのうち村までお墓参りにでも行きましょう」


 この人が私の未来の旦那様です、と紹介してあげますよ、と言うと、レオナルドは本格的に頭を抱える。

 ああ言えばこう言う。育て方を間違えたかもしれない、と。


 ……どうせ口で私に勝てるわけないんだから、早々に降伏すればいいんですよ。


 ね? と内心でだけ同意を求めて肩の子守妖精へと視線を向ける。

 私の視線を受けた子守妖精は、交わされている会話の内容に興味がないのか、意味が判らないのか、首を傾げていた。







 まだしばらくレオナルドの試合はないので、と一度レオナルドの天幕へと戻る。

 仕事中の凛々しい顔をしたレオナルドをこっそり愛でたり、時折天幕へと報告に来る黒騎士に愛嬌を振りまいたりとして過ごしていると、サリーサとパールがやって来た。


「……パールは、どうして顔に青痣を作っているのですか? 先ほどまではありませんでしたよね?」


天幕ここへ来るまでに、黒騎士に会うたび『この果報者が』と殴られました」


 どうやら、サリーサへの求婚が元になった怪我らしい。

 サリーサは砦でも評判がいいので、パールを闘技会場まで引っ張ってきた黒騎士の他にも、今回の求婚騒動に物申したい黒騎士がいたのだろう。

 それはお気の毒様、と手当てをしてやろうと椅子から腰を上げかけると子守妖精に止められた。

 座っていろ、と言われているらしいことは判ったので椅子に座り直すと、ミルシェがタオルと水の入った盥を持って来て、それをサリーサへと渡す。


 ……あ、ここでいちゃつくんですね。そりゃ、私が手当てするとか、お邪魔すぎました。


 それで、と濡らしたタオルでパールが痣を冷やし始めるのを待ってから、二人に説明を求める。

 聞きたいことが山ほどありすぎた。


「御覧になられましたように、この度こちらのパールと結婚することになりました。つきましては主人であるレオナルド様とクリスティーナ様に報告と許可をいただきたいと思い、二人で挨拶に参った次第です」


「報告はわかるのですが、許可が必要なことですか?」


 使用人ブラウニーであるアリーサの結婚に許可がいる、というのならなんとなく判るのだが、サリーサはただの使用人しようにんだ。

 館で働いている人間でしかないので、個人としては結婚に雇い主の許可など必要ない。

 不思議に思ってレオナルドの顔を見上げると、私の考えは少しずれていたらしい。

 許可は許可でも、結婚の許可ではなく、結婚に際して仕事に影響があるかもしれない、という承認を得ることが目的だったようだ。


 一番に思い浮かぶサリーサが結婚することで生じる影響といえば、サリーサが城主の館の屋根裏部屋から出て行くことだろう。

 結婚を機に仕事を辞める、なんてことがあれば、影響がまったくないとは言えない。


「そう……ですね。サリーサがいなくなるのは困ります。でも、サリーサに結婚するなとも言えませんし……」


女中メイドの仕事は続けます。……いえ、これはレオナルド様さえよろしければ、ですが」


 サリーサとしては、結婚後も城主の館の女中を続けてくれる気でいるらしい。

 子どもができればさすがに半年ぐらいは休むことになるかもしれないが、そのあとは職場に復帰したいと思ってくれているようだ。

 というか、そのあとに控えている私の結婚と出産に備え、今から結婚しておきたいらしい。


 ……つまり、私の子どもの子守女中ナースメイドか乳母志望?


 サリーサの結婚動機の一部が、私のための予習・復習だったようだ。

 さすがにこれが動機のすべてということはないだろうが、サリーサの背中を押す一因にはなっている気がする。


「ということは、サリーサは館の外から通いの女中になるのですか?」


「それは二人で暮らせる部屋を借りるか、家を買うかしてからですね」


 独り身のパールは、今のところグルノール砦にある騎士寮に住んでいた。

 騎士寮に暮らすことは義務ではなく、家庭を持ったり、平等に与えられる部屋では手狭だと感じたものは、砦の外で家や部屋を借りる。

 これが砦と街の間にある黒騎士たちの住宅区だ。

 そこへ家を買うにしろ、新たに部屋を借りるにしろ、すぐに準備が整うわけではない。

 パールの計画としては、家を買ったらサリーサを迎えに来る予定でいるようだ。


「つまりは、当分はこれまでと変わらず、結婚後の家の準備が整ったあとは通いで働いてくれる、ということですね」


「はい。その後はこれまでのように一日中お側にいることはできなくなりますが……」


 ミルシェが女中として育ってきているので、それほど不自由はないだろう、というのがサリーサの見立てだった。

 ミルシェで不安な部分は子守妖精が補ってくれるだろう、というのは武力面の話だろうか。

 私の知らない間にミルシェまでもがサリーサのような武闘派女中に育っている、とはあまり考えたくない。


「……ところで、どうしてサリーサが闘技大会に参加したのですか?」


 強さを証明したいらしい、という簡潔すぎる話は聞いたが、それがどう繋がって闘技会場での求婚になるのかが、いまいち理解できていなかった。

 なにがどうなってそうなった、と説明を求めると、サリーサは私を見習って積極的に行動することにしたらしい。


 ……私の積極性って、あれですか? レオナルドさんに我儘とゴリ押しで婚約を取り付けたアレですか……? ですよね。


 思い返せば自分でもちょっとどうかと思う求婚だったのだが、サリーサはこれに刺激されたらしい。

 昨年と今年の春華祭は刺繍を贈るといった一般的アピールをしていたはずなのだが、気がつけばランスでパールを打ち負かす求婚方法に行動が変化していた。

 これはサリーサに悪影響を与えてしまっただろうか、と心配になってきたのだが、パールとサリーサの話を聞くと、やはりこれでよかったのだと思える。


 私がパールの想いを目撃したのは、春華祭に一度だけだ。

 パールがカリーサへ恋文を書き、恋の仲立人キューピッドとして私にその恋文を届けさせようとしたことがある。

 カリーサはその場で恋文を読み、その場でパールにお断りの返事をしていた。


 ……でも、パールさんは諦めなかったんだね。


 カリーサに振られても諦めきれなかったパールは、密かにカリーサを想い続けたらしい。

 マンデーズに戻った後も、王都から私についてカリーサがグルノールの街へと帰ってきた後も、私の知らないところで必死にカリーサの気を引こうと口説き続けていたようだ。

 そこへ、私の誘拐とカリーサの遺体が発見されるという事件が起こった。

 カリーサの死に、遺体の状況から察せられる死の間際の暴力に、己の無力さに絶望し、腹が立ったらしい。

 パールがあの場にいたところで、私が人質にされていた以上は結果が変わるとは思えないのだが、それでもカリーサを救えなかったことが、知らないうちにパールの心の傷となっていたようだ。


 カリーサのいなくなった人員を埋めるためにやって来たサリーサから春華祭の刺繍を贈られるようになったのは、私が帰ってきてかららしい。

 正直なところ嬉しくもあったが、サリーサをカリーサと重ねて見てしまう自分に嫌気が差し、サリーサのアピールにはお断りをしていたようだ。

 顔が同じだからこそ、また自分が守れない場で殺されるようなことがあるのではという、起きてもいない未来の不幸を恐れ、サリーサを受け入れることができなかったのだとか。


「……なるほど、判りました。つまり、ヘタレなパールにサリーサが教育的指導をしただけなのですね」


 ようやく話が繋がった、と少しすっきりとする。

 また失うことを恐れているパールに、サリーサが自分の強さを証明しただけだ。

 私はそう簡単には死なないし、自分を守れる程度の力はある、と。

 サリーサを想っているらしい黒騎士がパールの捕獲に協力したのも、パールを想っての行動だったのだろう。

 自分の想いよりも、パールとサリーサの幸せを優先してくれたのだ。







 手当てと報告の終わったパールが天幕から出て行くのを見送り、サリーサが私の側に戻ってくる。

 サリーサの今後の予定について話している間に、天幕の外では闘技大会が順調に進行していったようだ。

 すぐにレオナルドの対戦する時間がやって来て、黒騎士がレオナルドを呼びに来る。


「おいで、ティナ。ティナの兄の一番カッコいい姿を見せてやろう」


「クリスティーナです、レオナルド様。わたくしの婚約者のカッコいい姿を見せてください」


 エスコートのために伸ばされた手へと自分の手を重ね、いつまでも『ティナ』と呼んで抵抗してみせるレオナルドを軽く睨む。

 往生際が悪いとは、こういうことを言うのだろう。


「優勝したら頬にキスして差し上げますよ、レオナルド様」


「……婚約者だと言うのなら、頬ではなく唇にでもキスをいただきたいものだな」


 どうだ、と自信あり気に笑みを浮かべているのは、私をやり込めたつもりなのだろう。

 昔は頬へとキスをするだけでも照れていたので、今回も照れて困るとでも思っているのだ。

 ようはレオナルドなりの意趣返しだった。


 ……でも甘いよ、レオナルドさん。私の負けん気は意外にすごいからね。


 髪に糸くずがついています、と適当なことを言ってレオナルドを屈ませる。

 まんまと目の前に下りてきたレオナルドの頬へと手を添えて位置を固定し、先払いです、と唇へとキスをした。

 少し唇からずれたのは、愛嬌だ。

 慣れていないのだから仕方がない。

 心臓はバクバクと煩いのだが、そんなことは表情かおには出さず、淑女の笑みを作ってレオナルドを見上げる。

 先払いでキスを贈ったのだから、必ず勝て、と。


 ……真顔で固まるレオナルドさんは、久しぶりに見た気がするな。


 一瞬前までの余裕溢れる表情は消え、呆然と瞬いている顔がまた見ものだ。

 少しは私を異性として意識し始めたと考えてもいいのだろうか。

 これでも駄目なら、もう少し押す必要があるだろう。


 ……恋は押して駄目なら引いてみろ、って言うけど、まだ押してる段階だからね。


 まだまだ押せるぞ、と内心でだけファイティングポーズを決め、素知らぬ顔を作って呆然としたままのレオナルドの手を引く。

 まさか私がキスをしたせいで思考が固まり、試合が始まるまでに会場に入れず、不戦敗だなんて目には合わせられなかった。

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