レオナルド視点 カミールとジャスパー 2

「精霊の力を引き出せる鉱物に、僕は仮に『精霊水晶』と名付けた。精霊水晶を核としてそれぞれの機械にセットし、核から送られてくる精霊のエネルギーで動くはずなんだけど……これがなかなかうまくいかない」


 何が原因なのか、と首を捻るカミールの頭上で、精霊が舌を出している。

 何が原因もなにも、カミールが精霊に好かれていないらしいことこそが原因だろう。

 そしてカミールが精霊から好かれない理由は、その研究にある。

 カミールが言う『精霊の力を借りた魔法』を研究している限りは、カミールの研究が完成することはないだろう。


「……俺に使ったものとは違う仕掛けのようだが?」


「サイズは違うけど、似たような機械だよ。あちらは傷口の細胞に働きかけて、通常より早く傷が塞がる仕組みになっている。細胞に働きかけるためには、まず生きた細胞であることが条件になるから、生きている君には使えたけど、すでに死んでいるジャスパーには効果がない」


 俺に使ったものと、ジャスパーに使おうとしている仕掛けが違うのは、被験者が生きているか、死んでいるかの差らしい。

 細胞に働きかける、という説明がよく解らなかったが、ティナが補足してくれた。


 ティナが普通の顔をして説明できることを思うに、前世では一般的な知識だったのだろう。

 人間の体が何からできているか、そんなことは考えたこともなかったのだが、ティナが以前いた異世界では違ったらしい。

 一般人でも普通に知っていることのようだ。

 細胞の世界など、今の世では聖人ユウタ・ヒラガの教えが残るセドヴァラ教会や、一部の学者しか認識していないだろう。


「理論上は完成しているはずなんだけどなぁ? やっぱり、確実に精霊水晶から力を引き出せるようにする研究が先か。基礎の重要性は理解しているが、それでも魔法は作りたいし……」


 うんうんと頭を捻りながら光る板を押すカミールに、ティナは好奇心に負けたようだ。

 俺から手を離してカミールへと近づき始めたので、脇へと手を入れて引き止める。

 以前はこのまま抱き上げることができていたのだが、ティナも一応は成長しているようだ。

 腕の筋力だけではティナを持ち上げることが難しくなっていた。


「……」


「ティナ、カミールの邪魔をしたら駄目だぞ」


 今にも俺へと噛み付いてきそうな顔をしたティナに、カミールをだしにして引き止める。

 俺にもティナにもよく判らない仕掛けを操作しているカミールだ。

 邪魔をしない方がいいというのは、今のティナでも理解できる。


 ……すごい不服そうな顔をしているけどな。


 ムッと眉を寄せはしたが、ティナはカミールへと近づくのをやめた。

 前へと引っ張る力が消えて、ティナの腕が再び俺の腰へと伸びてくる。


 カミールの邪魔をしないように、とティナを止めはしたが、本心としてはティナを仕掛けに近づけたくなかっただけだ。

 ティナが興味を持ち始めてからというもの、明らかに精霊がカミールの仕掛けに興味を持ち始めている。

 ティナの好奇心を満たすために、と精霊が気を遣ってカミールに力を貸してしまうのは、なんとなく不味い気がした。


「……死体での実験は、そろそろ限界だな。回復魔法は動きさえすれば完成しているようだったから、今度は蘇生魔法を完成させたかったんだけど」


「蘇生……とは、また恐ろしいことに挑戦しているな」


 蘇生とは、単純に言えば死者を甦らせることだ。

 一度死んだ人間を生き返らせることなど、できるわけがない。

 たとえできたとしても、やってはいけないことだ。

 生死のことわりについては精霊たちにしても似たような認識のようで、これまで以上に険しい顔をしている。


「おじいちゃんは、死んだ人を生き返らせられるの?」


「今はできていないし、できたとしてもするべきではないと思っているよ」


 死者はどんな理由があったとしても、甦ってはならないのだ、と続けるカミールに、こちらが首を傾げてしまった。

 死者を甦らせてはならないと知っていて、なぜ蘇生魔法など作ろうと挑んでいるのか、と。


 ……しかし、ジャスパーの願いは判った気がするな。


 メイユ村に生まれたジャスパーだ。

 年齢的にも、三十年前に現れたという転生者と関わりがあったと考えて間違いはないだろう。

 メイユ村の転生者といえば、ズーガリー帝国へと売られている。

 おとなしい今のティナですら、手に入れたその日のうちに殺しかけたズーガリー帝国だ。

 ジャスパーが幼馴染を見つけ出せたとしても、その時に幼馴染が生きていた可能性は低い。

 おそらくは遺体と再会したであろうジャスパーと、蘇生魔法を研究しているらしいカミールが出会ったとなれば、ジャスパーが考えたことは一つだろう。


「死者を甦らせてはならない。それが解っているということは、ジャスパーを騙して利用しただけか?」


 蘇生魔法という研究が完成していたとしても、死者を甦らせてはいけないと解っているのなら、カミールがその魔法を実行することはない。

 そうしてはいけないと、カミール本人が自覚しているのだ。

 ということは、蘇生魔法を目当てにしていたのだろうジャスパーは、決して得られることのない報酬のためにティナを誘拐したことになる。


 俺の口から出てきた『ジャスパー』という名前に、カミールへと思いつくままに疑問を投げかけていたティナが口を閉ざして顔をあげる。

 なんだか不安げにティナの青い瞳が揺れていたので、ティナの頭を胸の中へと抱き寄せた。


「……言い方によっては、確かに僕がジャスパーを騙した、で間違いないよ。それは認めよう」


 カミールとしては、ジャスパーを生かすために言ったことだったらしい。


 詳しい経緯など聞いたことはないが、カミールが初めてジャスパーを見つけた日、ジャスパーは氷の湖に身を浸していたそうだ。

 普通に考えて、心臓発作や凍死の危険がある行為だった。

 カミールは驚いて理由わけを聞いてみると、幼馴染が湖の底に沈められているのだ、とジャスパーが答えたらしい。

 早く幼馴染を湖の中から助けてやらねば、とカミールが制止するのも聞かずに氷の湖へと潜るジャスパーに、カミールは最初、それ以上声をかけることをやめたようだ。

 気が済めば諦めるだろう。もしくは勝手に死ぬだろう、と。

 ズーガリー帝国では人が死ぬことも、その死んだ人間の知人が後を追うことも、珍しいことではない。


 ところが、次にカミールが湖の前を通りかかった時に、ジャスパーはまだ生きていた。

 腕に少女の遺体を抱いていたことから、ジャスパーが目的を達成したらしいことにカミールは驚く。

 氷の湖からたった一人の遺体を見つけ出すことなど不可能だと思っていたし、それを達成してなおジャスパーが生きていられたことが不思議だった。

 ほとんど気力だけで動いていたのだろう。

 正常な判断など、できていなかったはずだ。

 必死に呼びかける少女の遺体は全身のいたるところが傷んでおり、息があれば壮絶な苦痛に苛まれて死を待つだけの状態だっただろう。

 すでに死んでいるからこそ、少女は安らかな顔で眠っていられるのだ。


「このまま放っておけばジャスパーは死ぬ。そう思ったら、いつの間にかまた声をかけていた」


 濡れたままでは少女が風邪を引く、それは可哀想だ。

 一緒においで、しばらく匿ってやろう、と。


 ジャスパーは自分の体もまた濡れたままであることには頓着していなかったようなのだが、ジャスパーの状態を少女の遺体と入れ替えると正しく状況を理解した。

 濡れたままでは風邪を引く、と。

 寒空の下、濡れたままでは『幼馴染の』命が危ないと判断したジャスパーは、カミールに匿われることを選んだらしい。

 すべて自分のことではなく、すでに躯となっている少女を助けようとしての選択だった。


「体が温まると、さすがにジャスパーも冷静になったな。アルメルの防腐処置を頼んできたのは、ジャスパーからだ」


 幼馴染の死を、ジャスパーはゆっくりと理解していったようだ。

 ポツポツと語られる経緯に、ジャスパーがそれまで幼馴染を見つけ出すために生きてきたことを知る。

 各地を怪しまれることなく動き回るため薬師に弟子入りし、神王領クエビアのセドヴァラ神殿で修行を積んで薬師となり、やっとズーガリー帝国まで来たのだ、と。

 ズーガリー帝国中を歩き回り、皇城へと幼馴染の足跡を辿る。

 ジャスパーが皇城の隠し通路を知っていたのは、この時の経験のようだ。

 幼馴染を探しに近づいた皇城で隠し通路を見つけ、そこを利用して幼馴染とそれにまつわる噂話を集めた。

 そして、探している幼馴染はとうの昔に命を落とし、その遺体は氷の湖へ投げ捨てられたと知ってしまう。


「アルメルを取り戻すという目的は達したが、彼女はすでに死んでいた。このままではジャスパーも死んでしまうだろう。そう考えた僕は、ジャスパーにいくつも嘘をついた」


 転生者カミロの研究に、死者を蘇生させる魔法があった。

 しかし、その研究の記録はニホン語で書かれており、自分には読むことができない。

 ニホン語さえ読めれば、古の精霊術が復活できるかもしれないのだが、と。


「前にも言ったように、日本語を読むだけなら僕でもできる。でも僕はそれをジャスパーには伝えずに、日本人の転生者を探すように促した」


 ニホン人の転生者など、探して簡単に見つかるものではない。

 そして、見つからない者を探すという目的が、ジャスパーを生かせばいい。

 カミールはそう考えて、ジャスパーにニホン人の転生者を探すよう唆した。

 ジャスパーの生きる目的になればいい。

 今すぐには無理でも、生きた先で新しい出会いや幸せを見つけてくれればいい、と願いを込めて。


「……まさか、ジャスパーが本当に日本人の転生者を見つけ出してくるとは思わなかったな」


 おかげで、いつかは次の幸せを見つけたかもしれないジャスパーが、またズーガリー帝国へと戻ってきてしまった。

 何も見つけなければぼんやりとでも生きていたかもしれないジャスパーが、また目的に向かって動き始めた。

 その結果として、ジャスパーは今度こそ死んでしまった、とカミールは肩を落とす。

 俺の胸の中でティナの頭が揺れ始めたので、抱き込んで腕と胸でティナの耳を塞いだ。


「ティナさえ見つけなければ、ジャスパーは死ななかった、とでも言いたそうだな」


 我ながら恐ろしく低い声が出たと思う。

 カミールが言っているのは、こういうことだ。

 まさか本当に見つかるとは思わなかったニホン人の転生者が見つかってしまったせいで、ジャスパーがやる気を取り戻してしまった。

 今回の誘拐はそれが引き金となり、結果としてジャスパーが死んだ、と。


「ジャスパーのせいでこちらも安くはない損害がでている。ティナは姉のようにも慕っていた子守女中ナースメイドを失い、騎士が一人失明している。ジャスパーのためにティナが責められるいわれはない」


「それは僕も解っているよ」


 ただめぐり合わせが悪かったのだ、と続くカミールの言葉に、ティナが顔をあげた。

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