レオナルド視点 ジンとチャック

 季節が夏に変わると、すぐにティナの誕生日がやってくる。

 今年ティナは十四歳になるのだが、残念ながら今年は誕生日を祝ってやることができそうにない。

 昨年はハルトマン女史に相談をして用意した贈り物が好評だったのだが、今年はハルトマン女史に相談どころかティナ本人の希望すら聞けない状況にあるので、贈り物自体用意していなかった。

 可愛い妹の誕生日を祝えないなんて、と残念ではあるが、ティナを取り返してから改めて祝えばいいだろう。

 こんな理由で、今年のティナの誕生日は黒柴コクまろの首輪を新調したぐらいだ。


「ジャン=ジャック・ティボデ、ヴィループ砦での三年間の再教育より、本日戻りました!」


 追想祭が近づいてくると、ジャン=ジャックの再教育期間が終わった。

 意気揚々とグルノール砦へ戻ったことを思えば、どうやら俺が出した課題は達成できたらしい。


「どーだ、団長! これ、この通り! 俺も白銀の騎士の仲間入りッスよ!」


 どうだ、とジャン=ジャックは白銀の騎士の制服に付けられるイヴィジア王国の紋章が入った銀のボタンを見せつけてくるのだが、何かおかしい。

 確かに白銀の騎士入りが決定すると銀のボタンをいただくことになるのだが、上着の内側へと付けられる銀のボタン自体を見る機会はあまりなかった。

 銀のボタンを渡されるとほぼ同時に白い制服が支給され、そのまま上着の内側へと付けることになるからだ。

 銀のボタンをいただいたからといって、ジャン=ジャックのようにボタンだけを見せびらかすということは、ほとんどない。

 というよりも、白銀の騎士に与えられる紋章入りの銀のボタンは、人に見せびらかしては意味がなくなる。

 いざという時に身分を証明するための、偽造などされるわけにはいかない大切な物なのだ。


「……アルフ」


「ジャン=ジャックは正式な白銀の騎士にはまだ足りない、という判断がされたようだ」


 ジャン=ジャックの持って来た報告書を読みながら、アルフが要点をあげていく。

 ジャン=ジャックの白銀の騎士入りには、実力は認めるが礼節の面で難があり、とてもではないが王族の警護など任せることはできない。

 ただし王都から離れ、貴族と顔を合わせることの少ないティナの護衛なら、任せられるだけの力はある。

 ティナの護衛が足りていないことでもあるし、本人の希望もグルノールの街でティナの護衛とのことだったので、礼節は追々身に付けていけばいい、と『仮』ではあるのだが、白銀の騎士として認められたそうだ。

 あくまで、仮にしか認めていないため、支給されたのは銀のボタンだけだ。

 同時に支給されるはずの白い制服は、礼節を含めて白銀の騎士に相応しい振る舞いが身に付いたと認められた時に、改めて渡されることになったらしい。


 ……つまりは、ティナのための特別措置か。


 人見知りをするティナにとっては、顔見知りであるジャン=ジャックが護衛に付くというのは気が楽だろう。

 そういった意味でもティナのための特別措置だったが、少し違った側面もある。

 現在ティナは行方不明で、グルノールの街にはいない。

 そして、その捜索のためには人手が必要であり、いざズーガリー帝国へと潜り込む際には目立たぬよう少人数でむかう必要がある。

 礼節はともかくとして、実力は白銀の騎士に追いついたというジャン=ジャックは、こちらの用途で活躍してほしいとの配慮だろう。


「んで、団長。俺様の護衛対象は? 相変わらず館に引き籠って、ちまちま刺繍でもしてんスか?」


「ティナなら……」


 ティナなら半年前から行方不明になっている、と言いかけたのだが、ジャン=ジャックの背後に見えるアルフレッドに軽く手を挙げて制された。

 どうやら黙っていろ、ということらしい。

 どうするつもりかと見守っていると、今度はアルフがジャン=ジャックの肩へと手を置いた。


「おめでとう、ジャン=ジャック。おまえの白銀の騎士としての最初の仕事は、クリスティーナ捜索隊の副隊長だ。隊長の手綱をしっかり握れ」


「なんスか、それ。……ってか、捜索隊? ティナっこ、ここにいないのか?」


「まだ聞いていなかったのか? クリスティーナなら、半年前から行方不明だ」


 ティナのいなくなった経緯と、一緒に姿を消した人間、カリーサのみ遺体で見つかり、実行犯と思われる男たちの遺体も見つけている。

 カリーサの残してくれた手掛かりから犯人の住むおおよその地域を絞りだし、速やかにティナを奪還するための情報収集と怪しまれることなくズーガリー帝国内へと潜入する段取りを整えているところだ、と続けた。

 俺自身がティナを迎えにいく予定で変装を兼ねて髪と髭を伸ばし、グルノール砦へは身代わりを置く準備をしている、とランヴァルドの紹介もしておく。

 ジャン=ジャックはランヴァルド自体にはなんの興味も持たなかったようだが、ティナの行方不明については多いに思うことがあったようだ。

 今にも掴みかかってきそうな形相で執務机を叩き、大口を開けた直前で思いとどまった。

 なにか言いたいことはあったようなのだが、ジャン=ジャックはそれらの思いをすべて飲み込む。

 俺やアルフに対して怒鳴り散らしたところで、ティナが帰ってくるわけではないと判っているのだろう。


 ……というか、ジャン=ジャックはなんでここまでティナに反応してるんだ? それほど仲がよさそうではなかったはずだが……?


 ジャン=ジャックは顔を合わせれば憎まれ口を叩き、ティナを怒らせてばかりいたはずだ。

 ティナが行方不明になっているからといって、ジャン=ジャックが怒り出すのは少し意外だった。


 ……いや、そうでもないか?


 仲が悪いからといって、必ずしも相手の不幸を願うというわけでもない。

 ジャン=ジャックとティナの場合は、軽口を叩くジャン=ジャックと、それに対してムキになって応じるティナといった様子で、逆に仲は良いのかもしれなかった。


 ……それに、結局ジャン=ジャックはサロモン様の指輪をティナに返せていないからな。


 世話になったティナに恩を仇で返してしまったと、ジャン=ジャックは指輪を買い戻そうとしていたはずだ。

 残念ながら、ジャン=ジャックが指輪を買い戻しにいった時には、すでに指輪はベルトランの元へと渡っていたようだが、それを気にしているのかもしれない。

 白銀の騎士としてティナの護衛に付いたということもあるだろうが、まず個人的にティナへとけじめをつけたいのだろう。


「それにしても、都合のいい奴が都合のいい時に戻ってきたな。素行はともかくとして、実力はあるから以前より名が知れた黒騎士で、しかしヴィループ砦での再教育期間中であったために二年前のサエナード王国との戦には参加していない。以前のワーズ病騒ぎで死んだという噂でも帝国側へ流しておけば、誰もジャン=ジャックが生きているとは思わないだろう」


「たしか、隣国へも知られているジャン=ジャックの噂は赤毛で背が高いぐらいで、顔の作りについては何もなかったな。眼帯と傷跡がいい意味で目くらましになりそうだ」


 ふむ、と顎に手を当てて、アルフレッドとアルフがジャン=ジャックを囲みこむ。

 ああでもない、こうでもない、と二人の指示でソラナがジャン=ジャックの顔を弄り始めたのだが、ワーズ病の際にできた傷跡を隠す目的だと本人が言っている眼帯を逆側へ付け、傷跡を目立たせることで逆に変装とすることに落ち着いたようだ。

 ジャン=ジャックいわく、ティナに自慢しようと王都の皮職人に作らせたお洒落な眼帯だったそうなのだが、付ける側が変わるとなれば同じ物を使うことはできない。

 使い古された感じのものを新たに用意しよう、という決定がアルフレッドとアルフの間でなされ、ジャン=ジャックはようやく開放されることとなった。


「情報が揃い次第ズーガリー帝国へクリスティーナを奪還に向かってもらう。『ジャン=ジャック』が生きていることが悟られぬよう、しばらくはおとなしくしていろ」


「砦でおとなしくしているのが一番だが、そうもいかないだろう。いっそのこと偽名で過ごすか? そうだな……」


 アルフレッドとアルフが揃って首を傾げ、ジャン=ジャックの偽名を考え始める。

 なんだか二人とも楽しそうだな、とは思うのだが、ジャン=ジャックの偽名といえば一つしかないだろう。

 以前からティナが時々呼んでいた。


「ジャン=ジャックの偽名なら、チャックでいいだろう」


「チャックじゃネーよっ!」


「チャックだろう」


「チャックでいいんじゃないか?」


 ティナの捜索隊が名乗る名前なのだから、ティナに馴染みのある名前でいいだろう、とジャン=ジャックの抵抗を押し切る。

 一応の抵抗らしきものはあるのだが、それほど嫌そうな顔をしてはいないので、ジャン=ジャックは実のところこの『ジャン=チャック』という呼ばれ方を気に入っているのだろう。

 そう考えれば、ティナが『ジャン=ジャック』とちゃんと呼べるようになってもジャン=ジャックの方から「ジャン=チャック様だ」と言っていたことにも納得ができた。

 ティナが言い間違え、ジャン=ジャックがこれを訂正する。

 その一連の流れが、二人にとっては挨拶のようなものだったのだ。


「ティナっこに馴染みのある名前つーんなら、団長の名前はジンベーだ!」


「ジンベーは少し目立つ名前だろう。ナパジの言葉だぞ? 潜入に使う偽名なら、目立たない方がいい」


 目立たない方がいい、と言ったら、ジャン=ジャック発案の俺の偽名は『ジン・ベー』ということになった。

 ジンベーはティナが気に入っていた熊のぬいぐるみの名前だ。

 さすがにそのままではナパジの言葉ということで悪目立ちをするが、ジンと短くする分にはそれほど不自然でもないだろう。


 俺は『ジン』として、ジャン=ジャックは『チャック』として、時機をみてコーディの荷馬車へと傭兵として乗り込むことになった。







「……グーモンスの『精霊の座』は無事に破壊されたようだな」


 そう言って、ジャン=ジャックの持って来たエセルバートからの手紙をアルフレッドが読みあげる。

 物は試しと精霊の寵児であるニルスをグーモンスへと送り込んでみたのだが、大人が叩いても、斧や槌を振り下ろしても傷一つ付けられなかった『精霊の座』は、ニルスが軽く小突いただけで跡形もなく崩れ去ったらしい。

 エセルバートはティナが『精霊の座』を壊すところも見ていたのだが、同じように崩れた『精霊の座』はもとからそこには何もなかったかのように消えてしまったようだ。


「どうやら、『精霊の座』はクリスティーナ以外でも破壊が可能なようだな」


「鍵となるのは、やはり精霊の寵児か?」


 ティナとニルスの共通点は、二人とも精霊の寵児ということだ。

 腕力も道具も『精霊の座』を破壊するためには必要がないらしい。

 ニルスは一応成人したての男子のはずだったが、俺のように両腕に筋肉がついているわけではないのだ。

 筋肉なんてまるでない少女のティナでも『精霊の座』は破壊が可能なのだから、本当に必要なのは別の要素なのだろう。


 ニルスをグーモンスへと送った目的は果たせたのだが、ニルスはそのまましばらくグーモンスで調べ物をしたいらしい。

 護衛につけた黒騎士は後日戻ってくる手はずになっていて、ニルスがグルノールの街へと帰還する際にはエセルバートが人を雇って送ってくれることになった。

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