第14話 行動範囲の改定と三羽烏亭の強面店主

 数日館で静かに過ごしていたら、ようやくレオナルドからのお許しが出た。

 これでようやく完全復帰といったところだが、私の生活はあまり変わらない。

 もとからあまり外へ出ない生活をしていたのだ。

 体調を心配したカリーサたちに見張られていなくとも、外に出ること自体が稀である。


「エノメナは秋に植えるのですね……」


「はい。ですから、今の時期ですと少し早いかもしれません」


 とはいえ、早すぎるという程でもないので、球根を用意しておきましょうか? というバルトに、お願いしておいた。

 レオナルドに貰った鉢は『鉢』なので、鉢として使った方がいいだろう。


 ……花なら、一日一回お水をあげるぐらいだしね。


 球根が用意できたら部屋へお届けします、というバルトにしっかりと釘を刺して鉢を預ける。

 球根を植えるところから自分で作業したいので、土と球根を植えて『あとは水をあげるだけ』という状態にはしなくていい、と。


 ……これは学んだよ。言っておかないと、気を遣われて簡単な仕事だけになって回ってくるからね。


 いつかの『シャツを作ろうと仕立屋に相談したところ気を遣われ、あとは縫うだけの状態にされた生地が届けられた』事件は覚えている。

 お嬢様として扱われているため、私の心象をよくしておこうと相手が必要以上に気を遣ってしまうのだ。

 バルトは子どもじみた私を知っているので、やりたいことをあらかじめ伝えておけば言ったようにやらせてくれると思う。

 もしかしなくとも、私が水やりを忘れた日にはこっそり水をかけておいてくれる気までする。


「アルフレッド様は、お出かけですか?」


 鉢をバルトへと託したので、ぐるりと館を回って玄関から中へと入る。

 裏口は使用人が使うもの、ということで、裏庭から戻ってくるのは相変わらず遠回りだ。

 

 遠回りをして戻った玄関ホールには、外出の支度をしたアルフレッドがいた。


「アルフは砦で仕事中だからな。館にいても退屈だから、少し街の様子を見てくるつもりだ」


 せっかくグルノールまで来たのだから観光するぞ、とアルフレッドは言っているが、気のせいでなければ一年以上グルノールの街にいたはずだ。

 今更観光する場所などない気はするのだが、街へ出る用事なら私もあったので、気まぐれに便乗してみることにした。


「それでしたら、わたくしが街をご案内いたしましょうか? と言っても、わたくしの行ける道は大通りと中央通ぐらいとレオナルドお兄様に決められていますけど」


「なんだ、それは。狭すぎないか?」


「……よく考えたら、これは九歳の時に決められたことですね。今ならもう少し行動範囲を広げても怒られないのでしょうか?」


 はて? と考えていると、急ぎ足でレオナルドが砦から戻ってきた。

 どうやらアルフレッドの使用人がアルフレッドの行動として砦へと報せをやったのだろう。

 腐っても王族のアルフレッドを、単独で街へなど出すわけにはいかない、と抑止力を求めたのだと思う。


「レオナルドお兄様は、どう思われますか?」


 アルフレッドへと向けて口を開くレオナルドへ、私が先制攻撃をしかける。

 そうすると気勢を殺がれたレオナルドは、一瞬だけ目を瞬かせた。


「……なんの話だ? 俺はアルフレッド様が供も連れずに館を抜け出そうとしている、と聞いて飛んできたんだが」


「そのアルフレッド様が街へ行くとおっしゃるので、わたくしがご案内しようと思ったのです」


 ところが、私の行動範囲は九歳の時に決められた大通りと中央通だけである、と今気がついたことを伝える。

 九歳の私の行動範囲としては妥当だと思うのだが、十三歳で護衛まで連れているのだから、もう少し行動範囲を広げてもいい気はした。


「ティナの行動範囲は、歩きではこれまで同様、大通りと中央通までだ。馬車と護衛付きでなら中央通から北側は移動してもいい」


「あまり行動範囲が広がった気はしませんね」


「エルケとペトロナの家へは行けるだろう」


 ミルシェは館にいるので会いに行く必要はない。

 買い物は商人を館へ呼ぶようにと教わった。

 たしかに、私の行きそうな場所は十分含まれていた。


「……それで、アルフレッド様はどちらへ向かわれる予定だったのですか?」


「グルノールの街には祖父が贔屓にしている食事処があると聞いている。そこで昼食をと考えたのだが……」


「素晴らしい考えです、アルフレッド様!」


 三羽烏亭へ行くというのなら、私は全力でアルフレッドを支持する。

 レオナルドの懐柔ぐらいお安い御用だ、とレオナルドの腕へと抱きついた。


「レオナルドお兄様、三羽烏亭に参りましょう。お仕事の途中だとおっしゃるのなら、アルフレッド様の護衛として一緒に行けばいいのです」


 お願いお兄ちゃん、とレオナルドを見上げると、レオナルドの頬がひくりと引きつる。

 難しい顔を作ってはいるが、内心は妹のおねだりににやけそうになる顔を引き締めているだけだと思う。

 これで話は決まった、とカリーサにミルシェを呼んできてもらった。


「なぜミルシェ? ミルシェは仕事中だろう」


 ミルシェの仕事の邪魔をしたら駄目だぞ、というレオナルドに、レオナルドこそ何を言っているのだ、と眉を寄せてレオナルドを見つめる。

 一日の終わりの少しの時間にしかミルシェとお話しはできていないが、ちゃんと私はミルシェから聞いているのだ。


「ミルシェから聞いたのですが、レオナルドお兄様はミルシェを買ってから一度も三羽烏亭へは行っていらっしゃらないそうですね」


 三羽烏亭で働いているところを母親に無理矢理連れ出され、そのまま娼館へと売られることになった、とミルシェから聞いている。

 ということは、最終的にミルシェをレオナルドが買い取ったということを知らない三羽烏亭の店主たちは、ミルシェのことを心配しているはずだ。

 無事な姿を見せてあげた方がいい。







 ……アルフレッド様は、ナパジ料理が気に入ったのかな?


 三羽烏亭につくと、店主がアルフレッドの顔を見て常連客にするような挨拶をした。

 エセルバートの贔屓の店へ行ってみたいようなことを言っていたが、アルフとしてグルノールで過ごすうちに自分が気に入っていたのだろう。


「……って、そっちにいるのはミルシェか? おまえ……今までどこでどうして……っ」


 三羽烏亭の店主は、顔は強面こわもてなのだが、涙もろくて情に篤いと近所で評判の男だ。

 やはりミルシェのことを心配してくれていたらしい。

 お仕着せ姿ではあったが、私の後に続いて店へと入ってきたミルシェの姿に、涙腺を崩壊させた。

 おいおいと泣きはじめた中年男に、なんとか聞き取れた言葉は私がミルシェから聞いた話とあまり変わらない。

 母親が突然来たかと思ったら連れ出され、そのまま娼館へと売られたと聞いて心配していた。

 買い戻してやりたかったけど、店にはそんな貯えはない。

 どうにか金を工面できないかとしている間に、娼館からはミルシェの姿が消えた。

 どうしたのかと心配していたが探しようもなく、諦めかけていたところに今日ミルシェがひょっこり顔を見せた、と。


「なんだ、ミルシェ。少しデカくなったな。ちゃんと飯食ってるか? 酷いこととか、いやらしいこととかされてないか?」


「レオナルド様が私を娼館から買い取ってくれたんです。今は使用人の見習いとして、城主の館に置いていただいています」


「そうか。城主の館で働いているのか……だったら、もう心配するこたぁないんだな。ヘマして追い出されねぇよう、しっかり働けよ」


「はい」


 はにかみ笑顔を浮かべるミルシェに、ようやく店主の涙も引っ込む。

 ホッと表情を綻ばせた店主と、今度は私の目が合う。


「……あれ? ミルシェの友だちか? それにしちゃ、着てるもんが……」


「ミルシェちゃんの友だちは友だちですが、少し来ないうちに常連の顔を忘れるとか、酷いですよ」


「常連……? あ、ああ! あの子か! 神王祭で迷子になった!!」


「その覚え方は微妙です」


 これがレオナルドであれば足を蹴ってやっているところだが、残念ながら相手は三羽烏亭の店主だ。

 愛をこめても、蹴ることはできない。


「久しぶりだなぁ……前はちょいちょい兄貴と顔を出してたのに」


「二年ほど王都でお仕事をしていたのですよ。ようやく一段落ついたので、グルノールの街へ帰ってくることができました」


 そいつはお疲れさん、と言って二階の座敷へと案内された。

 三羽烏亭へは何度も来ているのだが、二階に案内されたのは初めてだ。


「あれ? なんでお座敷?」


「立派な護衛を何人も引き連れられちゃ、他の客が緊張して味がわかんなくなっちまうからな」


「……たしかに、そうかもしれませんね」


 黒柴はさすがに店の外で待っているが、私の護衛だけで二人、アルフレッドの護衛がレオナルドも含めれば三人ついていた。

 護衛も客として料理を注文するのなら良いかもしれないが、護衛を引き連れた人間が他の客に混ざっている、というのはあまりいいことではないだろう。


 しばらく三羽烏亭で働いていたミルシェの説明によると、二階の座敷は主に常連客が通される場所だったらしい。

 座敷というだけあって、畳も敷かれていた。


 ミルシェのお勧め料理を注文し、美味しく昼食を頂く。

 護衛は護衛のため一緒に食事など取れなかったので、お土産にてりやきニキッツサンドを包んでもらう。

 これならばナパジ料理になじみがないジゼルやアーロンでも食べやすいはずだ。


 ……そういえば、グルノールに帰って来てからというもの、パールさんを見ていませんね?


 てりやき鶏サンドで思いだした。

 せっかく思いだしたので、とレオナルドに聞いてみたところ、二年前は城主の館で門番をしていたパールは、現在は砦での任務についているらしい。

 というよりも、門番は黒騎士の中でも新人が回される最初の仕事なのだそうだ。

 私がレオナルドに引き取られた当時の新人がパールで、王都に行っている二年の間に入った新人に門番の役は譲ったらしい。

 あとは夏の闘技大会で示した実力によって配属される場所が変わってくるようだ。


 ……カリーサが帰って来たのに、門番はもうしていないとか、接点がなくなって残念だったね、パールさん。

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