閑話:コーディ視点 旅は驚きの連続である
「おじちゃーん!」
「『おじちゃん』じゃないぞ、『おにーちゃん』だ!」
木の上から俺に向かって手を振る甥に、こちらも手を振って答える。
少し前まではツブリ蟲に寄生されてまんまるなお腹をしていたのだが、ムスタイン薬のおかげでそれも綺麗に治まった。
イヴィジア王国で分けてもらえたムスタイン薬で助かったのは、甥だけではない。
甥と一緒に遊んでいてツブリ蟲に寄生された男の子も、なんとか一命を取り留めることができた。
今年のツブリ蟲の犠牲者は、老齢の男性一人だけだ。
イヴィジア王国で分けてもらえた薬は一人前。
甥とその友人は子どもということで、大人の半分の量で足りるため、ムスタイン薬を分け合うことで二人の命が助かった。
老齢の男性の家族には可哀想なことになったが、この選択は彼が選んだものでもある。
老齢の自分一人が助かるよりも、子どもが二人助かる方がいい、と。
……賢女オレリアが死んで、こんなにも早くムスタイン薬が手に入ったこと自体が奇跡みたいなものだしな。
本来であれば、オレリアの死と共に失われ、二度と手に入らない薬になるはずのものであった。
それをイヴィジア王国の賢王とセドヴァラ教会が協力をして、聖人ユウタ・ヒラガの秘術を復活させようと試み、どんな幸運かムスタイン薬は復活した。
まだ数が少なく、外国へと回せるだけは作られていないと言うセドヴァラ教会の言葉も解らなくはなかったが、なんとかムスタイン薬を手に入れることができた。
オレリアが孫娘のように可愛がっていたという少女が仲介してくれたおかげだったのだが、こうして甥の命が助かった以上は、彼女との約束も早く済ませたい。
……本当に秘術が復活するんなら、いいんだけど。
賢女オレリアの訃報は、村の中では絶望として受け止められた。
毎年気をつけてはいるのだが、ツブリ蟲による寄生は数年に一度子どもがかかるし、油断した大人がかかることもある。
オレリアの死でとうとう対処できない物になってしまったかと思ったのだが、秘術復活の兆しが見え始めていた。
すべての秘術を復活させることは不可能でも、できるだけ多くの秘術が復活すればいい。
俺は大陸中を旅しているため各地で、各地の視点で語られる話を聞くことがあるが、村からほとんど出ない生活をしている村人というのは、とても閉鎖的で視野も狭い。
いち早く秘術復活の試みを計画したイヴィジア王国の賢王も、この村の人間から言わせれば『病人の足元を見て薬の出し惜しみをする傲慢王』なのだそうだ。
商人として言わせてもらえば、他国のろくに金も払えない村人など、資金を投じて復活させた秘術を優先的に渡す対象になどなり得るわけがない。
それをたった一つといえども融通してくれたのだから、イヴィジアの王は傲慢王ではなく賢王だ。
これが我がサエナード王国の王であれば、復活させた秘術は王城の宝物庫へと大切にしまいこみ、病に苦しむ国民へと使われることはなかったはずだ。
……せめてもう一人分、って気持ちも解らなくはないけどな。
死んだ老人は、俺も幼い頃に面倒を見てもらった覚えがある。
閉鎖的な村の中にあっては、他所の家族とはいえ、自分の祖父も同然の存在だった。
見捨てる・見捨てろという判断はお互いに納得できる物であったとはいえ、家族や個人としての感情はまた別だ。
……まあ、あと数年はムスタイン薬は出回らないだろうな。
それも、サエナード王国では、と付く。
秘術が復活したということは、
処方箋と実際に調薬できる人間がいるのならセドヴァラ教会を通じて世界中にムスタイン薬が広がるが、サエナード王国がその恩恵にあずかれるのは数年先だと思った方がいい。
イヴィジア王国からサエナード王国へと戻る道中で、さまざまな憶測混じりの話を聞き、実際に国境はきな臭いことになってもいた。
サエナード王国とイヴィジア王国との間に、戦の気運が高まっている、と。
イヴィジア王国で資金を投じて復活させた秘術だ。
これから戦をしようとしている敵国になど、おいそれと薬を分けてはくれないだろう。
……そもそものきっかけは、アホな貴族がイヴィジア王国で起こした誘拐事件らしいしな。
素直に詫びればいいものを、この国の王も、その貴族の一族も、イヴィジア王国へと謝罪することを拒否し、物事が悪い方向へと転がって、転がって、今の一触即発の状態へと陥ってしまった。
ムスタイン薬を融通してくれた少女は、そんな国同士の微妙な関係など、知らなかったのだろう。
快くムスタイン薬を譲ってくれたのだが、少々騙したようで心苦しくもある。
……クリスティーナお嬢様、だったっけ? いい子だったよな。
サエナード王国の人間というだけでも捕まることを覚悟で王都へ行ったのだが、イヴィジア王国はサエナード王国とは違う。
敵国の人間だからといって無闇に捕らえたりなどしないし、自分勝手な主張であろうとも一応は耳を傾けてくれた。
冷静ではいられなかった状況とはいえ、セドヴァラ教会には随分礼を欠いた物言いをしてしまったと思う。
……あの子との約束は、ちゃんと果たさないとな。
王族の紋章のついた馬車に乗っていたクリスティーナお嬢様は、幼くとも秘術の復活を試みる薬師の管理や王城への報告を行っていたのだろう。
彼女からのお遣いを果たせば、それだけ早く他の秘術が復活するかもしれない。
甥が完全に復調したのを確認し、兄夫婦に見送られて出立する。
ムスタイン薬を求めて冬は商売を捨てて移動していたので、今度の旅は商売をしたいのだが、荷物を届ける程度に留めておく。
仕入れや販売までしていては、イヴィジア王国へ戻るまでに一年はかかることになってしまうのだ。
……クエビアの商人に手紙を渡してほしい、とは言われたけど。
内容については説明を受けている。
ラローシュの花粉という商品を仕入れてほしい、という依頼書だ。
最終的にイヴィジア王国まで届けるのなら、俺が仕入れてもいいはずだった。
……まあ、俺が仕入れた場合は、今度はサエナード王国とイヴィジア王国の国境が抜けられるかが難しそうなんだけどな。
さて、どうしたものか、と悩んでいるうちに神王国クエビアとの国境に差し掛かる。
案内された建物の中で荷物や身分などの調べを受けることはいつものことだったが、今回は妙に念入りに取り調べられた。
……なんか変だな?
神王国クエビアは、その名の通り神王を絶対君主とする宗教国家だ。
他の国々とは性質がまったく違い、他国からの侵略は受け難い。
そのため、どの国よりも入出国の際の取調べはゆるく、ならば旅人に優しいかと思えばそうでもない。
そんな神王国クエビアの入国審査が、まるで帝国やサエナード王国のように今日は厳しかった。
……あれ? これは絶対なにか変だぞ?
こちらへどうぞ、と見るからに身分が高いと判る僧兵に案内され、絨毯の敷かれた廊下を歩く。
はっきり言って、場違いだ。
薄汚れた旅の商人風情が案内されるような場所ではない一角へと案内されているのが判る。
「こちらでしばしお待ちください」
そう言って身なりの良い僧兵は俺を応接室へと置いて去っていったのだが、調度品の整えられた応接室へと放り出された俺はというと、完全に困って固まってしまった。
なんの間違いでこんな上等な部屋へと案内されたのかが判らなかったし、人間違いをしたのは相手の方なので、と開き直れるような図太い神経もしていない。
応接室へと通されたのだから、椅子にでも座って待っていればいいのだろうが、精巧な彫刻の施された椅子に、商品として扱うにしても神経が磨り減りそうな値段だということが判ってしまって座ることもできない。
逃げ出すことも椅子に座ることもできない状況に、ただ応接室の隅に立って相手の出方を窺う。
わけがわからなさすぎて、胃がキリキリと悲鳴をあげた。
「あれ? これはこれは、ご丁寧にお出迎えありがとうございます。座って待っていただいていてよかったのですが……」
所在なく部屋の端に立っていると、ややあって扉が開かれる。
護衛と思われる僧兵を両脇に連れたおっとりとした雰囲気の男は、半端なく身分の高い人物だということが判った。
その証拠に、男の両目は青い。
神王国クエビアにおいては『貴色』と尊ばれる色だ。
王家の血に近づく程に青ではなく『蒼』と讃えられる貴色になり、古の神王の血族には片目とはいえ未だに蒼い瞳の者が生まれるらしいのだが、そんなのは噂の域を出ない。
神王の血を引く王族の人間など神域からほとんど出てくることはなく、クエビア国民ですらも稀にしかその姿を見たことがないというのだから、
……気のせいか? 目の色が……?
両目とも青だ、と思った男の目が、片方だけ微妙に違う色合いな気がした。
青は青なのだが、不思議な輝きを秘めた蒼い瞳だ。
……いや、気のせいだ。気のせい。クエビアの王族が、こんなトコにいるわけないし……そもそも、俺みたいなしがない商人が会えるような人間じゃないし……。
ふんわりと男が微笑むと、黒髪がさらりと揺れる。
その流れをつい目で追ってしまい、男の纏っている衣装の値段を計算して平静を保ち、銀と蒼が使われた繊細な刺繍に頭が真っ白になる。
……気のせいだ。絶対に気のせいだ。なんか、王族どころか、仮王しか許されない色の刺繍があるけど、気のせいだ。
なんでこんなところにいるはずのない人物がいるのか、と驚きすぎて喉が渇く。
とりあえず挨拶だけでもしなければ、と気ばかり急くのだが、何もできない。
穏やかに微笑む仮王の両横の僧兵が「挨拶はまだか?」とばかりに俺を睨み始めているが、突然こんな大物を連れてこられた旅の商人の身にもなってほしい。
何も考えられなくなって、固まることしかできないはずだ。
「どうぞ、お座りください、コーディさん」
「は、はひぃっ!」
雲の上すぎる人物に名前を呼ばれ、背筋を伸ばす。
反射的に大声で返事をしてしまったのだが、仮王は気分を害した様子はない。
そのかわり、両横の僧兵の顔がすごいことになっていた。
……本当に、なんなんだ、この状況は!?
お茶をどうぞ、と仮王から勧められるままに茶を飲んだのだが、味も香りもわからない。
高級茶として銘柄だけは知っているお茶だったのだが、緊張しすぎてせっかくの高級茶体験が台無しである。
「実は数日前から、きみが私宛の手紙を持ってくるはずだ、と精霊たちが教えてくれてね。きみが私の元まで手紙を届けるのは大変だから、こうして自分から受け取りに来たんだ」
「精霊、ですか……?」
精霊など、神話の時代に姿を消したものだ。
しかし神王国では未だに精霊の存在を信じているし、王族ともなればその声を聞くことができる。
そんな噂ならば、俺でも聞いたことがある。
まさか噂ではなく本当のことだとは思わなかった。
「俺……あ、いや。私が預かっているのは、商人宛のラローシュの花粉の注文書のはずなのですが……」
商人宛の注文書なのだから、神王国クエビアの仮王への手紙であるはずがない。
そうは思うのだが、自分宛の手紙である、と一国の王に言われて差し出すことを拒否できる人間などいないだろう。
最悪の場合を考えても、注文内容は覚えているので手紙を取り上げられても商品を揃えることはできるはずだ。
「こ、これが神王国の商人に渡してほしいと頼まれた手紙……になります」
ぶるぶると震える手で手紙を差し出し、仮王に手紙を受け取られたところで自分の失敗に気がつく。
要人に手紙や商品を渡す場合は、必ず間に護衛や従者の手を挟むものだ。
間違っても、本人に直接渡すものではない。
……終わった。俺の人生終わった。
歯の根も合わない程に縮み上がって震えていると、護衛の僧兵に睨まれた。
仮王はまったく気にしていない様子で手紙を読み始めてしまったのだが、彼が退室すれば、自分など牢にでもぶち込まれるのかもしれない。
仮王に対してあまりにも礼を欠いた行動をとってしまった自分の失態だ。
「……うん、判った。我が神王国クエビアは、聖女ティナからの要請に応えましょう。ラローシュの花が咲く地域への立ち入りを許可します。先に伝令を出して花粉を集めておいてもらいましょう」
震えている間に目の前でどんどん話が進んでいく。
念のために一筆したためましょう、と仮王が言うと、僧兵がすぐに紙とペンを用意した。
……なんだ? どうなってんだ? 俺、生きてここから帰れるのか?
聖女ティナって誰だ? と考えて、クリスティーナの愛称が『ティナ』であることを思いだす。
普通はクリスティーナの愛称といえば『クリス』だと思うのだが、『ティナ』も愛称だ。
そして、俺の知り合いに愛称が『ティナ』となる人物は、クリスティーナお嬢様しかいない。
……クリスティーナお嬢様って、何者だったんだ!? 仮王が『聖女』呼びとか……っ!
王族の紋章のついた馬車に乗っていたし、オレリアには可愛がられていたようだし、とてっきりイヴィジア王国のお姫様かなにかだと思っていたのだが、神王国クエビアの仮王からは『聖女』と呼ばれている。
要人から大切にされている少女ということは、護衛の数から考えても間違いないだろう。
特に『お兄様』と呼んでいた黒髪の男は、素手でも二・三人は殺せそうな体格をしていた。
「……これを持っていけば、クエビアの中でならどこへでも行けるはずだよ。ついでにラローシュの種も分けてもらえるように書いておいた」
仮王の名前と刻印の押された封筒に、有難すぎてどう返事をしていいのかもわからない。
判ることといえば、仮王の背後の僧兵がすごい顔で俺を睨んでいることぐらいだ。
俺だって礼儀正しく礼を言うべきだとは思っているし、判ってもいるのだが、緊張しすぎて頭がわけのわからないことになっていた。
「ラローシュの花粉が手に入ったら、まっすぐに来た道を戻って行くといいよ。きみが国へ戻る頃には、戦も終わっているはずだ」
「……はいっ」
仮王から一筆いただけたことはありがたすぎる。
神王国クエビアの民は信心深く、余所者には冷たい一面がある。
それが、この一通の手紙のおかげで劇的に改善するはずだ。
神王国の民にとって、仮王は神王の次に絶対の存在だった。
その仮王からのお墨付きがあれば、初めて寄る町や村でもある程度の信用をしてもらえるはずだ。
……今回限り、ありがたく使わせていただきます。
まさか今後も利用しよう、とは思わない。
これはクリスティーナお嬢様の手紙のおかげで得たお墨付きだ。
自分の力で得たお墨付きではない。
……うん?
一瞬仮王と目が合った。
仮王は微かに笑うと、唇だけを動かしてこう言う。
――正直者は、精霊に好かれますよ、と。
仮王からのお墨付きのおかげで、快適な移動ができた。
どの町や村でも水や食料を買い足すことができたし、宿にも泊まることができた。
順調にラローシュの咲く村に着くと、仮王の伝令のおかげでラローシュの花粉と種は受け取るだけの状態にまで準備がされていた。
村人に礼と礼金を払い、仮王の勧めに従って来た道を戻る。
サエナード王国とイヴィジア王国が戦になっていれば国境などとても越えられないだろう、と帝国側を回って行くしかないかと思っていたのだが、サエナード王国に入るとすでに戦は終わったという話が聞こえてきた。
すべて仮王の言ったとおりだ。
……始まってしまえば、一瞬だよな。
サエナード王国は自国でもあるため、町や川のある場所も把握しており、馬車の進みも速い。
一年以上睨み合っていた両国の戦は、神王国を移動している間に終わっていた。
道すがら戦の情報を仕入れると、酷い戦だったらしい。
建国以来、他に類を見ない程の惨敗として、歴史に残るだろうとすでに言われている。
徴兵されて戦へ連れて行かれたという若者が戻ってきた家があったのだが、戦から帰って来た若者は一日中部屋に閉じ籠っているらしい。
そうした若者は「イヴィジア王国はついに悪鬼を召喚した」「あれは軍神などではない」「まごうことなき破壊の神だ」と一日中呟いているそうだ。
……そんな国にこれから行くとか、怖いんだけど。
戦から戻って元の生活を取り戻し、畑仕事にせいを出しているのは、一度は捕虜としてイヴィジア王国に捕らえられた者たちだ。
捕虜として扱われた者の方が心身ともに健康というのは首を傾げたくなるところなのだが、イヴィジア王国は我が国とは違う。
捕虜の待遇も、条約に記載されたとおりのものだったのだろう。
国境に近い町や村になると、聞こえてくる噂の種類がまた変わった。
宿と食事を無償で提供しろ、と町へ居座った将や騎士の態度が横柄で、食料や働き手を奪われたと嘆き、むしろ負けてせいせいした、とまで言う人間がいる。
それがサエナード王国だ。
自国民であっても、すでに自国への愛は薄い。
国境線が変わらないか、とまで言う人間がいるほどだ。
イヴィジア王国の国境を越えようとすると、当然砦を通過することになり、荷物や身分についての取調べを受ける。
戦をしたばかりのサエナード王国からの商人など、入国は難しいだろうなと思っていたのだが、ここでもなぜか別室へと案内されることになった。
……なんだ? 今度は誰だ? 仮王の次は、噂の軍神ヘルケイレスか?
さすがに仮王以上に驚かされる相手など来ないだろう、と変な意味で開き直って案内されるままに廊下を進む。
ここよ、と女言葉を話す黒騎士に案内された部屋へ入ると、黒髪の鬼神が執務机に向って座っていた。
……あ、死んだ。俺、死んだ。今度こそ死んだ。
鬼神のあまりの形相に、心の中で両親と兄に別れを告げる。
こんなところで死ぬのなら、故郷を出る前に幼馴染のあの子に結婚を申し込んでおけばよかったな、と頭が現実逃避を始めた。
「無事にティナとの約束は果たしたようだな。ご苦労だった」
「はひぃいいいいいいい!?」
迫力のある低音で呟かれ、反射的に背筋を伸ばす。
この鬼神の視線から逃れたい、と隠れる場所を探したい気がしたが、そんな怪しい行動を取ればすぐにでも切り捨てられるような予感がして、直立不動で鬼神の言葉に返答するしかなかった。
……あれ? ティナ? ここでもティナ?
クリスティーナお嬢様の名前が砦の中で出てきたことに驚き、改めて鬼神の顔を観察する。
思わず逃げ出したくなるような
「……失礼ですが、どこかでお会いしたでしょうか……?」
「うん? 王都で二度会っているだろう。ティナの馬車に直談判に来た時と、ムスタイン薬を宿まで届けた時に」
「……あ、クリスティーナお嬢様のお兄さん……? これは、失礼しました」
顧客の顔を忘れるなんて、と強面への恐怖心を押さえつけて頭を下げる。
それからようやく安心することができた。
クリスティーナお嬢様の兄が国境にいるのなら、俺も無事に国境を越えることができるだろう。
「約束を守る善良な商人でよかったな」
部屋を出る際に、そんな言葉が呟かれたのを耳が拾う。
なんのことだろうと振り返ったのだが、すでに扉は閉ざされていた。
この時の言葉の意味は、来た時と同じように女言葉の騎士に砦の外へと案内されている時に聞かされる。
クリスティーナお嬢様は、イヴィジア王国の王女でも、神王国クエビアの聖女でもなく、軍神ヘルケイレスの化身と謳われる黒騎士レオナルドの妹だったらしい。
レオナルドの勇名は、サエナード王国へも届いている。
実力主義の黒騎士の中にいて勝ち上がり、国境に面する三つの砦の団長として君臨しているのだとか。
……あ、危なかった。そんな人の妹との約束なんて破ったら、イヴィジア王国で商売ができなくなるところだった。
レオナルドは国境を守護する砦の主だ。
そんな人物に睨まれれば、イヴィジア王国へ入るにしても、出るにしても、取り調べは厳しくなったはずだ。
正直者は精霊に好かれる。
仮王にはそんな言葉を貰ったが、今日ほど自分が馬鹿正直でよかったと思ったことは無い。
クエビアの商人に任せきりにせず、自分でラローシュの花粉を届けに来てよかった。
これでこれからもイヴィジア王国で商売ができるだろう。
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