第59話 不審者が泥棒でお化けは騙り
ひとしきり大声を出し切って、ふと冷静になる。
出す物をすべて出し切って、頭が冷えたとも言うかもしれない。
肩を揺らしながら呼吸を整えていると、扉の向こうからは意外としか言いようが無いような、私を気遣う言葉がかけられた。
「その、大丈夫か? なにかすごい声が聞こえたが……」
「泥棒がしゃべったっ!?」
相手は夜遅くに隠し通路から離宮へと侵入を試みた人間である。
当然、まっとうな人物であるはずはない、とあたりをつけ、仮に泥棒と呼んでみる。
泥棒と呼ばれた当人は、まさか自分が私に大絶叫をさせた要因だとは気が付いていなかったようだ。
「泥棒とはなんだ、泥棒とは。俺はそのような者になった覚えはないぞ!」
「夜中にこそこそ侵入してこようだなんて、泥棒のすることですよ!」
扉の音がしていた箇所を考えれば、ドアを蹴破ろうとしていたのかもしれない。
こっそり盗みを働く泥棒というよりは、押し込み強盗といった方が正しい気もする。
……離宮に来て早々に鍵を替えておいてよかったー。
探検と称して離宮を調べ上げ、隠し通路や隠し部屋の確認をしておいて本当によかった。
なにも考えずに放置していれば、今夜この泥棒にこっそり離宮へと侵入されることになっていたのだ。
備えあれば憂いなしとは、よく言ったものである。
「……なんでここに子どもがいるんだ?」
「それはこちらの質問です。なんで泥棒がここにいるんですか?」
「だから、泥棒ではないと言っているだろう」
「じゃあ、お化けですか? エセルバート様がお化け避けのお札をくれましたし」
泥棒(仮)の意外な程に話が通じる様子に、私の方も少しずつ余裕が出てきた。
余裕が出てくると、いくつか思い浮かぶことがある。
たとえば、隠し通路の扉の向こうには、エセルバートが一筆したためたお化け避けの張り紙があったはずだ。
そして、この夜中にやってきた侵入者モドキである。
……もしかして、この人がエセルバート様の言ってたお化け?
その可能性に気がつくと、不思議と私の中の警戒心が霧散した。
侵入者ではあるのだが、それほど危険はない気がしてくる。
「お札と言うのは、この張り紙のことか?」
「そうです。その張り紙のことです」
お化け(仮)の相手を少し大きな声でしながら、息を潜めて
隠し通路への扉は閉めていないので、黒柴だけでも簡単に出入りできるはずだ。
「コクまろ、レオナルドお兄様を起こして連れて来てください」
危険な人物とは思えなかったが、侵入者は侵入者だ。
突き出すべき相手へと突き出すべきである。
そう考えて黒柴へと指示を出したのだが、黒柴は首を傾げたあと、ペタンッとお尻を下ろしてしまった。
どうやら、ここを動く気はないようである。
「オスカー、レオナルドお兄様を呼んで来てください」
黒柴が動かないのなら、と
黒柴は座り込んでしまったが、黒犬は伏せて完全に待機モードである。
……訓練されているはずの番犬が、仕事をしてくれないんですけどー!?
動かない犬たちに内心で焦っていると、扉の向こうからは少し憤慨したような声が聞こえてきた。
「死んだ覚えはあるが、俺は化け物になった覚えはないぞ」
「死んだ人が生きてるわけないので、そこにいるのならお化けですよ」
とりあえず鍵を開けろ、と言うので、お断りである、と突っぱねる。
警戒心は不思議とゴリゴリ削られていくのだが、だからと言って夜中に隠し通路から侵入しようとした人物を離宮へと招き入れることはできない。
私にだってそのぐらいの分別はあるのだ。
「不審者ではないぞ。俺はこの離宮の前の主だ」
「お化け改め
「騙りではない。こうして隠し通路の出口を知っていたことがその証拠だ」
「この扉は誰かが使ってた形跡があったので、通路を知っていたからといって、前の主とは限りませんよ」
通路の存在を知っているというだけならばアーロンやジゼルも含まれるし、出口まで実際に歩いて確認をしてきたレオナルドもいる。
隠し通路を知っていたというぐらいでは、なんの証拠にもならない。
「第一、この離宮の前の主はまだ存命中で、ついでに言えば女の人です」
どう聞いても女性の声には聞こえませんよ、と男に返して、気がついた。
……解った。声が少しレオナルドさんに似てるから、つい話を聞いちゃうんだ。
レオナルドの声に似ている、と気がつけば、再び警戒心が湧き起こる。
レオナルドの声に似ているが、扉の向こうにいるのはレオナルドではないのだ。
男の侵入がもう二・三日早かったら、うっかり絆されて鍵を開けてしまっていたかもしれない。
しかし、一日とはいえレオナルド分を充填した私には、声がちょっとレオナルドに似ているというぐらいでは、グラリとくることもなかった。
「……じゃあ、前の前だろう。前の前の主だ」
「そうやってどんどん遡れば、いつかは性別が一致するかもしれませんね」
ペッと言い捨てて、一応男の言葉を検討する。
前の主は
……あれ? 早くも男性の主だ。
第八王女の前の主は、クリストフの弟王子ランヴァルドだ。
十五・六年前に病死したと聞いたことがある。
「ランヴァルド王子なら、病死したって聞いていますよ。やっぱりお化けじゃないですか」
「そのランヴァ……」
ごにょごにょ、と途中で言葉が濁され、場を仕切り直すかのような咳払いが聞こえた。
どうやら自称ランヴァルド王子は、自分の名前を名乗れないらしい。
「そもそも、おまえこそ誰だ? うちの家系にこんな頑固で警戒心の強い人間はいない」
「どんな判別方法ですか」
自称ランヴァルドの失礼な物言いに、反射的にツッコミを入れて、アルフレッドやクリストフ、エセルバートの顔を思いだす。
あの人たちであれば、ノリだけで侵入者を招き入れそうな気がした。
「……他所の子ですけど、今はわたしがこの離宮の主です」
離宮の主が変わった際に、隠し通路を調べ上げて鍵を付け替えたのだ、と自称ランヴァルドへと教えてやる。
こうして真夜中に離宮へ侵入しようとする人間が実際に出たのだから、あの時の判断は正しかったのだ。
扉の向こうにいる自称ランヴァルドには見えないはずだが、どんなものだと薄い胸を張る。
「鍵の付け替え……クローディーヌはそんなことはしなかったのだが」
「王女さまとわたしの警戒心を比べたらダメです。新しい借家の鍵の付け替えなんて、初歩の初歩ですよ」
「王族に与えられる離宮を、借家呼ばわりか」
「王族に与えられる離宮と知っていて、その隠し通路の扉を蹴破ろうとした不審者には、何も言われたくありません」
軽口を叩きながらも黒柴を手で追い立てて、それでもお尻を上げようとしない黒柴に、そろそろ焦れてきた。
番犬たちが動かないのなら、私が誰かを呼びに行く必要があるのだが、その間にここを離れれば、侵入者はどこかへと行ってしまうかもしれない。
国王の弟を自称する侵入者など、今のうちに捕まえておいた方がいいはずだ。
「とりあえず、お化けならお化けらしく、張り紙に従ってエセルバート様に顔を見せにいってはどうですか? 今はご領地に戻られていますから、グーモンスの街まで行く必要がありますけど」
「……そうか、前国王陛下は領地にいるのか」
声の調子にひっかかりを覚える。
なにか私の意図とは違う受け止められ方をした気がして、首を傾げた。
なにをどう受け止めたのか、と問い質そうと口を開いたのだが、通路の背後からかすかにレオナルドの声が聞こえた気がして口を閉ざす。
気のせいか、と耳を澄ませば、かすかな足音と私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「ここです! お化けが出ました! 捕まえてくださいっ!!」
レオナルドに早く来てほしくて大声を出す。
叫び終わってから、はたと気がついた。
……しまったっ!? もっと近くに来てから呼べば、確実に捕まえられたのに!?
今の大声では、私が人を呼んだと扉の向こうに知られないわけが無い。
レオナルドの足音が近づいてくるのと、扉の向こうで足音が遠ざかって行くのは同時だった。
……とりあえず、レオナルドさんが来る前に鍵を開けとく?
鍵を開けておけば、そのまま追いかけることができるだろう。
そう思って鍵穴へと手を伸ばすと、寝間着の裾を引っ張られて尻餅をついた。
「いたっ!?」
ペタンッと尻餅をついて、瞬く。
幼児のまるまるとした体型から抜け始め、とはいえまだまだ女性的な丸みなどつく年齢ではない私の体には、クッションらしいクッションはない。
たかが尻餅とはいえ、地味に痛かった。
いったい何が起こったのかと背後を振り返ると、さっきまでは座り込んでうんともすんとも言わなかった黒柴が、私の寝間着の裾をくわえているのが見える。
「コクまろ?」
どういうつもりだ、と睨みつけてやると、黒柴は申し訳なさそうに耳を伏せてすごすごと裾を放した。
そういう表情をすると、額の麻呂眉のせいで余計に情けない顔に見え、可愛らしくて腹立たしい。
「ま~ろ~?」
むにーっと頬を引っ張ると、黒柴は私の手から逃れるように頭を振る。
それでもその場からは動かないので、報復を受けるつもりはあるのだろう。
しばらく私の邪魔をした黒柴に制裁を加えていると、ランプの光に照らされた。
まぶしくて一瞬だけ目が眩んだが、誰が近づいて来ていたのかは判っているので、恐怖は感じない。
「ティナ! なんで隠し通路に……お化けは?」
「お化けは逃げました! 追いかけやすいように鍵を開けようとしたら、コクまろに邪魔されて……」
今はお仕置き中です、と言うと、レオナルドの大きな手で強く頭を撫でられた。
「鍵は開けなくて正解だ。逃げたというのがフリだった場合、押し込まれることになったかもしれない」
「え? そっちの意味だったんですか?」
それでは黒柴に悪いことをしただろうか? と視線を黒柴へと戻すと、黒柴はきょとんっと瞬いて私とレオナルドの顔を見比べている。
これは私の行動が間違っていたから止めた、という様子には見えなかった。
……私の行動が間違ってた場合なら、オスカーの方が止めると思うんだよね?
いまいち納得できずにいるとランプが手渡され、かわりのように私の両脇へとレオナルドの腕が差し込まれる。
そのまま抱き上げられたのだが、今回は非常時だ。
抱っこは禁止ですよ、と指摘はしない。
抱き運ばれながら、簡単に経緯を説明する。
隠し通路の暖炉から出ると、少し離宮が騒がしかった。
「クリスティーナお嬢様!」
レオナルドに抱き運ばれる私の姿を見つけて、ソラナがホッと安堵の溜息をはく。
気がついたら天蓋が開いていて、中にいるはずの私の姿が無かったので、探していたのだろう。
レオナルドの腕からソラナの腕へと抱き移されると、レオナルドはすぐに部屋を出て行った。
腕力お化けのレオナルドはともかく、ソラナが私を抱き上げるのは無理だろうと思っていたのだが、
そのため、ソラナは意外に力持ちだった。
ソラナは安定した足取りで私を抱き運ぼうとするのだが、そこはまず床に下ろしてもらいたい。
私の中にあるなけなしの『十一歳である』という
羞恥を覚え始めていたのだが、ソラナは私が裸足であると気がつくと、一度は下ろしかけた私を抱き直す。
満足に掃除などするわけもない隠し通路を裸足で歩いた私の足が、綺麗なはずがない。
ついでに言えば、そこで私は尻餅もついている。
寝間着だってすぐにベッドの中へ戻るには抵抗のある汚れ方をしているはずだ。
手足を洗って寝間着を着替え終わる頃、レオナルドが各所へと指示を出し終わって帰って来た。
侵入者の現れた場所が場所なので、追跡をするにも人間は限られてくるようだ。
いざという時に王族が使う隠し通路なので、通路の存在自体、報告できる相手が限られているらしい。
……まあ、白騎士には洩らせないよね。
護衛対象へと夜這いの斡旋をするような考えなしが混ざっているのが白騎士だ。
間違っても王族の命綱である隠し通路の存在など教えることはできないだろう。
「それで、ティナはなんであんな場所にいたんだ?」
「さあ? わかりません」
ベッドの端に座ってカリーサの作ってくれたホットミルクを飲んでいると、後回しにされていた私への事情聴取となった。
あたり前のことだが、なぜこんな時間に隠し通路の奥にいたのかと聞かれても、私にだって理由はわからない。
ただ隠すこともないので、判る範囲で正直に自分の体感したことをレオナルドに話して聞かせた。
「眠れなくてカレーライスのお腹を見ていたら、急に隠し通路の鍵を確認したくなったのです」
鍵を確認するだけのつもりだったのだが、なぜか首から下げてベッドを降りた。
天蓋を出ればソラナが気づくかと思ったら、不寝番のはずのソラナは居眠りをしていて、ならアーロンが気づいてくれるだろうと思っていたのだが、アーロンも寝ていた。
さすがにおかしいと気がつきはしたのだが、体はいうことを聞かず、そのまま暖炉の奥にある隠し通路へと移動してしまったのだ。
「鍵を開けなきゃ、って思って鍵穴に鍵を差し込もうとしたところで、外から扉を蹴る音がして目が覚めました」
「……そのティナの大絶叫を、俺が聞いたわけか」
「え? 聞こえたのですか?」
レオナルドは兄の成せる愛だと言って譲らないが、ソラナの補足によると、隠し通路の明り取りのマジックミラーがレオナルドの部屋の近くにもあるらしい。
そこだけ壁が薄いため、私の声が聞こえたのだろうということだった。
「ティナの声がおかしな方向から聞こえたからな。部屋へ確認に行くよりも、自分の直感を信じた」
直感のままに春の部屋へ飛び込むと、暖炉の隠し扉が開いていて、私と犬の足跡を見つけたらしい。
ランプを片手に隠し通路を進むと、すぐに私の声が聞こえてきたそうだ。
あとは、説明は必要ない。
レオナルドが私の元へと駆けつけ、不審者は逃げ去ったあとだ。
「ティモン殿とジークヴァルト殿、それからアーロンを入れた数名の白銀の騎士で通路の先を追跡している。王城からの出口は一つなので、捕まえることは不可能ではないと思うが……」
「あの人、自称ですけど、ランヴァルド様だそうですよ」
「ランヴァルド様? クリストフ様の亡くなられた弟君の?」
「離宮の前の前の主だ、って自称していました」
墓もあるようだし、葬式もしたと聞いているので、まさか本人なわけはないと思うのだが、不審人物がそう発言していたということは報告しておくべきだろう。
今回のことは不審な点が多すぎて、情報は多い方がいいはずだ。
……そういえば、なんで私は隠し通路になんていったんだろうね?
自覚が無いだけで、実は夢遊病でも患っているのだろうか。
可能性としては否定しきれないのだが、それにしてもソラナとアーロンが二人揃って居眠りをしていたというのは不自然な気がした。
ソラナはドジをすることもあるが、アーロンは必要以上に己を律している時もある。
いくら夜中であったとはいえ、自分が護衛を担当している時間に居眠りなどしないだろう。
……なにか、また不思議なことでも起こったのかな?
ここは説明できない不思議な現象が起こる世界である、と私は知っている。
今は神王祭の期間中で、精霊の世界とこちらの世界が近づきあっている期間のようなのだ。
不思議な現象も、普段より起きやすいのかもしれない。
……あれ? つまり、あれが不思議現象だとして、精霊の仕業だとしたら、死んだはずのランヴァルド様がお化けとして出てくるっていう可能性も、あるかもしれなくもないってこと……?
ふわっと浮かんだ幽霊という可能性に、ホットミルクを飲んでいるというのに寒気を感じる。
幽霊なんて見たことはないし、見える体質でもないと思うのだが、よくわからないからこそ怖い、という感覚は私にもあった。
「本物のお化けだったのでしょうか? 今夜はもう怖くて眠れない気がします……」
考えれば考えるだけ怖い想像をしてしまう自分に、先ほどのことを思考から追い出したいのに、考えないようにするだけで逆にそのことを考えてしまっている。
逆効果もいいところだ。
空になったコップをカリーサに渡し、ベッドの端に座るレオナルドの体にしがみ付く。
一緒に寝ることは周囲からいい顔をされない年齢になってしまったので、私が寝落ちしたら部屋を出て行っていいですよ、と無茶を言って気が済むまでレオナルドに抱きついていることにした。
……早くグルノールの街に帰りたい。
振り返ってみれば、王都に来てからは物騒な事件ばかり起こっている気がする。
早く事件などほとんど起こらないグルノールの街へ戻って、気ままな生活に戻りたい。
四六時中側にいる女中はカリーサかサリーサだけで、護衛なんて引き連れなくても移動できる生活がいい。
安全のためだということは判るのだが、離宮での生活は周囲に人が多すぎて、私にはストレスも多いのだ。
……グルノールと同じに整えられても、
早くグルノールへ帰りたい。
口へは出し難い想いは飲み込んで、レオナルドの体へと額を押し付けた。
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