第42話 レオナルドの過去 その3

「……白騎士って、ああいった人しかいないのでしょうか?」


「お恥ずかしいことながら。しかし、ああいった輩は極一部……とは言い切れませんが、あれがすべてというわけでもございません」


 詳しい話は場所を変えよう、ということで、連行されていくウルリヒの背中を見送りながらジゼルに聞いてみる。

 ジゼルの話によると、ウルリヒのような貴族に生まれたというだけで自分が偉いと勘違いしている白騎士は半数ほどで、そのほとんどは華爵の出らしい。

 爵位きぞくのスタートラインが忠爵と考えれば、そこから落ちて華爵になるのだが、心得違いする者が華爵に多いのも判る。

 だからこそ華爵なのだ。


 護衛が減ることになるので、と私の散歩は中断される。

 離宮の建物に戻りがてら白騎士について聞いていると、ジゼルは私の目が点になるようなことを言いはじめた。


「ウルリヒについては話を聞いてみる必要がございますが、実際、わたくしの元へもクリスティーナお嬢様を狂言誘拐しよう、という誘いは数件来ています」


「それをそのまま正直にわたくしへと話してしまうジゼルが好きです」


 こういうのを『愛すべき馬鹿』というのだろう。

 レオナルドと同種の人間だ。


 私に「好き」と言われたジゼルは素で「ありがとうございます」と礼を言い、少し間を置いてから青ざめた。

 決して言葉通りの意味ではないと気がついたのだろう。


「ああ、いいえ! そういう話が私のところへも来る、というだけで、決してクリスティーナお嬢様に害意があってのことでは……っ!」


「そうですね。ジゼルにはそういったはかりごとは向いていないと思います」


 ……でも、そうか。私の護衛を計画に抱き込めば、誘拐ぐらい簡単にできるね。


 ジゼルは華爵の三代目だ。

 ジゼルの代で領民との信頼関係を取り戻すか、なにか大きな功績を挙げないことには、次代から平民に戻される。

 平民に戻されるぐらいは功爵と同じことなのだが、少なくとも六代以上は貴族として扱われていた一族が、今更平民に戻ることは辛いだろう。

 しかも、華爵になるということは、それまで平民を軽んじてきた結果でもある。

 自分たちが軽んじてきた平民に、自分の子孫たちが落ちるのだ。

 自尊心だけは肥大した華爵に、今更平民の暮らしなどできまい。


「ジゼルは、自分の子どもが平民になるかもしれないことについては、どう考えているのですか?」


「それが我が一族が過去に成してきたことの結果なら、粛々と受け入れます。いっそ、私の代で屋敷を売って借金を返済し、平民の男性と結婚するのも良いかもしれません」


 子どもの代から平民になるのではなく、自分から平民の夫を持って、平民になっていく準備をはじめようか、とジゼルは考えていたらしい。

 貴族の娘としては、まず間違いなく珍しい部類の考え方だろう。


「それは……ジゼルのご両親が許さないのでは?」


「母はそれでも良いと言ってくれましたが、父は……爵位に未練があるようで、功績を得そうな黒騎士や貴族との縁談を探しているようです」


 後がない華爵の三代目の元へ婿に来てくれるような奇特な貴族はおらず、華爵とはいえ貴族の嫁など息が詰まると黒騎士にも乗り気になるものはいない。

 ジゼルの父がどう足掻こうが、ジゼルが道を決めてしまう方が先になる気がした。


「……では、正直者のジゼルにわたくしから贈り物をいたしましょう」


「贈り物、ですか?」


 何か戴くような功績など挙げていないのですが、と早速辞退し始めるジゼルを無視し、言葉を続ける。

 私がジゼルに贈る物は、物ではない。


「噂集めはウルリーカが得意でしたね。では、詳細はウルリーカと詰めるといいですよ。護衛のお仕事でもあるので、アーロンも相談に乗ってくれるかもしれません。狂言誘拐のお誘い、乗って証拠を集めてください」


「クリスティーナお嬢様は、私に誘拐犯になれと……?」


「誘いに乗って証拠を集めてください、と言っているだけです。潜入捜査、と言った方が良いですか?」


 私を誘拐しようだなどという謀、証拠を集めて犯人たちを一網打尽にすれば、これはジゼルの功績となるだろう。

 相手は華爵の三代目なら安易な功績取りに飛びつくと舐めてかかったのかもしれないが、それを逆手に取らせていただく。

 ジゼルを手駒として紛れ込ませ、怪しげな企みをした人間は排除しておきたい。


 ……あ、一応フェリシア様かアルフレッド様に相談しておいた方がいいかも?


 貴族的な敵の排除など、初めてのことだ。

 ジゼルばかりに任せず、教師と庇護者の承諾は必要かもしれない。


 騎士が誘拐犯になるだなんて、と悩み始めたジゼルを、これも功績を挙げるためである、と説得する。

 もしくは、そもそも誘拐事件など起こそうと考える側に問題があるのだ、と。

 それを思えば潜入捜査ぐらい、自作自演で事件を起こし、偽りの功績を狙うよりははるかに真っ当な手段だ、と。


 ジゼルは離宮の建物への道すがら、うんうんと頭を悩ませていたが、最後にはこれに了承した。


 完全に余談なのだが、ウルリヒを牢に入れて戻ってきたアーロンからは、考えごとなど護衛中にするものではない、とジゼルは注意を受けてしまった。

 悩ませてしまったのは私なので、少しだけ申し訳ない。







「……そういえば、王女の父親、というのはなんだったのでしょうね?」


 離宮に戻ってウルリーカとアーロンを交えてのジゼル潜入捜査作戦を立てたあと、カリーサが作ってくれたクッキーを齧る。

 サクサクとした口どけのクッキーは、前世でもおなじみのラングドシャだ。

 なぜ前世と同じお菓子があるのか、はもう考えないことにした。

 前世の記憶のあるなしは別として、この世界に地球からの転生者は結構いるらしいのだ。

 どこかの誰かが、美味しいものへの欲望から前世で食べた物を作り出したのだろう。

 そう流すことにした。


「何年も前のことですが、未婚の王女が子を授かるということがございました」


「……つまり、その王女さまを妊娠させたのが、あのウルリヒということですか?」


「そのとおりです」


 事前に散歩中の出来事を話していたため、レベッカではなくウルリーカが私の疑問に答えてくれる。

 ウルリーカによると、未婚にもかかわらず妊娠した王女は父王の怒りを買って身分を剥奪され、お腹の子の父親である白騎士と結婚させられたらしい。

 これだけを聞けば、騎士と王女の少し順番を間違えただけの恋物語かと思うのだが、この話で父王とされるクリストフが怒ったのは、王女が婚姻と妊娠の順番を間違えたからではなかった。

 王女は父王の決めた婚約者がいたというのに、白騎士と関係をもって妊娠したのだ。

 この国では王女が臣下へと嫁いでも、王族としての籍は保たれる。

 そして、その娘や息子も王族として数えられ、本人に才気さえあれば王爵を得ることも、王族として王城へ移り住むことも許されていた。

 しかし、父王の怒りに触れて身分を剥奪された王女の子どもは、王の孫であっても王族として数えられることはない。


「つまり、ウルリヒの言っていた『王女の父親』というのは、最初から成立していないのですね」


「元・王女の産んだ娘で、今は忠爵家に囲われている平民ということになります」


 まだレベッカの見立てでしかないが、ウルリヒが功績を求めて自作自演の事件を起こそうとした理由は判った気がする。

 もしかしなくとも、娘を王女にするため、あるいは本当に自分の復権のためだったのだろう。

 いずれにせよ、ウルリヒは最初から最後まで間違った手段を選んでいる。


「……それにしても、どこかで聞いた気がする話ですね」


 婚約者のいる姫が他の男と結ばれて父親の怒りを買うだなどと。

 どこかで聞いた話な気がするのだが、姫一人に対し相手役を二人用意すれば、単純に考えてパッと思いつく物語な気もする。

 どこで聞いたのだろう、と記憶を探るよりも先に、ウルリーカが聞き覚えのある話の配役を聞かせてくれた。


「どこかもなにも、当時第七王女の婚約者だったのは、クリスティーナお嬢様のお兄様ですよ」


「え? レオナルドお兄様ですか?」


 レオナルドの婚約者という話は聞いたことがない。

 というよりも、レオナルドに結婚話は振るな、とグルノールの街に来たその日にバルトからそれとなく言われている。

 その時に聞かせてくれた話が、王都にいた頃のレオナルドには貴族の姫君との間に結婚話があったが立ち消えになった、というものだったはずだ。


「……レオナルドお兄様と婚約話がもち上がったのは、貴族のお姫様と聞いたことがあるのですが?」


「お姫様で間違いありません。姫は姫でも、王爵を持たない王女ですが」


 つまり、クリストフは自分の娘である第七王女とレオナルドを結婚させ、レオナルドを義理の息子にしようと画策した。

 そして第七王女の方はこの婚約に不満があったのか、実力行使で別の男の子を身籠ってこの婚約を回避したらしい。

 そこは親子で話し合えばよかったのではないかと思うのだが、部外者である私に思いつくぐらいなのだから、すでに十分話し合われた結果がこれだったのだろう。


「なんというのか……王女様がもう少し思慮深い行動をとられていれば、起こらなかったことのような? レオナルドお兄様が嫌だったのなら、クリストフ様とよく話し合われればよかったのに」


「レオナルド様が嫌だった、という話は聞いたことがございません」


「え? レオナルドお兄様が嫌ではないのに、違う人の子どもを妊娠したのですか?」


 なんだか変な話だな、と頭の中が疑問符で埋まる。

 レオナルドとの婚約が嫌ではなかったのに、違う男の子を身籠り、クリストフの怒りに触れて身分を剥奪されているらしいのだが、レオナルドが嫌でなかったのなら、クリストフの願いどおりレオナルドと結婚すればよかったのだ。


 ……あと、なんとなくだけど、クリストフ様はできちゃった婚で怒りそうな気はしないんだよね。


 順番が違う、と指摘して注意ぐらいはしてきそうな気がするが、王女の身分を剥奪するほどのこととは思えない。

 他になにかあるのだろうか、と思い始めたところで、ウルリーカが「あくまで王都での噂と推測ですが」と前置きをして当時の話を聞かせてくれた。


 そもそもは、クリストフがレオナルドを気に入ったことが始まりだったらしい。

 孤児でありながら白銀の騎士となり、活躍をするレオナルドにはそれを妬む人間が多くいた。

 これといった後ろ盾のないレオナルドをそれらの悪意から守るため、クリストフは自分が後見につくために第七王女むすめとの縁談をレオナルドに用意する。

 マルティーネ第七王女もレオナルドを気に入り、一度はこの婚約は成立しかけたのだが、当のレオナルドが第七王女との縁談を辞退した。

 

 孤児の自分に、王女との縁談は身に余る、と。

 

 するとクリストフは「ならば誰にも文句を付けられぬような箔を付ければよかろう」と当時揉めていた国境付近へとレオナルドを送り、レオナルドは文字通り誰も文句を付けられないような戦果を挙げて戻ってきた。

 これでめでたく第七王女を娶り、レオナルドがクリストフの義理の息子になる、と誰もが思ったのだが、その時にはすでに王女の腹の中には子が宿っていた。

 レオナルドが側にいない時期の妊娠に、父親がレオナルドでないことは誰にでもわかった。

 第七王女は己の不実を認め、一言も釈明しなかったが、相手の男は違った。

 自分こそが第七王女の腹の子の父親であり、第七王女と愛し合っているのは自分だ、とふれ回ったのだ。

 男は愛し合う男女のこと、順番こそ間違えてしまったが王女との結婚を許してほしい。

 未婚の王女を孕ませたことは罰せられるかもしれないが、孫可愛さに多少のことなど許されるだろうと高をくくり、見事に玉砕した。

 クリストフは王爵を持つ気概のない第七王女よりも、名前すら「腹の子の父親である」と名乗り出た時にようやく知った程度の白騎士よりも、レオナルドを気に入っていた。

 そのレオナルドを自分の息子にする機会を奪った第七王女と白騎士を、若気の至りと許すわけがなかったのだ。

 

 クリストフの怒りは凄まじく、第七王女の身分を剥奪した上で王城から追い出した。

 そのまま王都からも追い出したかったようなのだが、それはさすがに身重の体では可哀相だと三人の妻が止めることになったらしい。

 王城を追い出された第七王女は相手の白騎士の屋敷へと転がり込み、クリストフの怒りを知った白騎士の父親は慌てて息子とできたばかりの義理の娘を屋敷から追い出した。

 王の怒りが自分の家にまで及ばないように、と息子を勘当までして。


「――ところが、身分を失った白騎士に就ける仕事などあるわけもなく、家を追い出されて職まで失っては妻子を養うこともできない、とウルリヒがエルヴィス様に泣きつき、新たな職が見つかるまでは、と特別に白騎士として残ることが認められたそうです」


「それ、絶対新しい職を探す気などありませんよ。ずるずると白騎士きぞくを名乗るつもりだと思います」


わたくしもそう考えております」


 アルフレッド曰く、エルヴィスは『優しい王子さま』とのことだ。

 その優しい王子に泣きついて、今の職にしがみ付いているとは思わなかった。

 エルヴィスの優しさという物がどういった種類の物かはわからないが、さすがにこれは税金の無駄だと思う。


「この話は面白おかしく脚色されて、噂話として王都中に広がりました。王女が貴族の姫君に変わったのも、その辺りからでしょう。お腹の子が実はレオナルド様のお子である、という噂も当時はございましたよ」


 これらの噂と悪意が渦巻き、当時まだ十代だったレオナルドは王都にいるのが嫌になったのだろう。

 もしくは、クリストフがうるさい王都からしばらくレオナルドを遠ざけてやりたかったのかもしれない。

 レオナルドは黒騎士となってグルノールの街へと移動し、第七王女は子どもを産んで屋敷の中へと閉じ籠った。

 噂の二人が表舞台から姿を消して、やがて王都でもこの噂が囁かれることはなくなったらしい。


「第七王女は、結局なにがしたかったのでしょうね?」


 レオナルドが嫌でなかったのなら、ウルリヒの子を孕む理由はない。

 単純に色好みな性格をしていて、うっかり妊娠してしまっただけなのだろうか。


「第七王女がなにを考えていたのかは私には判りませんが、これはあくまで当時の噂ですので、レオナルド様の側から見たお話や、第七王女の側から見たお話では、また印象が変わるかもしれません」


 レオナルドの考えも、第七王女の考えも判らないが、白騎士ウルリヒの考えだけは想像できた。

 彼が白騎士という地位にしがみ付いているのは、貴族という身分への未練もあるだろうが、クリストフの視界に入る場所にいたいのだろう。

 いつかクリストフが孫娘可愛さに第七王女を復権させるのではないかと期待し、声をかけられるのを待っているのだ。


 ……クリストフ様、第八王女もバッサリ切り捨てたみたいだから、一度捨てた娘になんて見向きもしないと思うけどね。


 それも、理由が理由だ。

 クリストフが第七王女を気にかけてやる理由の方こそ思い浮かばなかった。


「とりあえず、わたくしはウルリヒに近づかない方がよさそうですね」


 あの横柄な態度と当時の話を聞いてしまえば、レオナルドの妹というだけで逆恨みされそうだということは判る。

 不愉快な目に合わされそうだと最初から予想ができる相手に、わざわざ自分から近づく趣味もない。


 ……まあ、今回はただの不審者扱いだけど、アーロンたちが何か動かぬ証拠でも見つけてくれたらいいな。


 そうしたら正式に離宮への接近禁止や、投獄といった処置が取られるだろう。

 レオナルドに嫌な思いをさせた人間が近くにいる、と不必要に私がストレスを感じることもないはずだ。


 ……私とレオナルドさんの視界に入らなかったら、どこでどう生きていてくれてもいいですよ。


 ただし、離宮の周辺にいた理由と、ポケットの中の黒頭巾についての納得できる説明はしていただきたい。

 私相手にではなく、私の護衛たちに、だったが。


 一度会っただけの相手だったが、レオナルドに嫌な思いをさせた人間である、とすっかり刷り込まれてしまった気がする。

 もう二度と視界に入れたくないし、噂も名前も聞きたくないぐらいだ。


 アーロンが上手く処理してくれることを祈ることにした。

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