第11話 秘密のお茶会 1

 コロリ、コロリと糸巻ボビンを転がす。

 グルノールから持ってきた質の良い糸で、簡単な花模様のリボンが完成する予定だ。

 幾何学模様よりは複雑で、ボビンレースの本領発揮というほどには精緻せいちではない、子どもが作る友人に渡すリボンとしては、可もなく不可もない物だと思う。


 ……そういえば、折角のお出かけだったんだから、レースの付け襟をしてけばよかったかも。


 マンデーズで作られたボビンレースの付け襟は、王都への移動にあわせて持ち込んでいたのだが、まだ一度もつけていない。

 見事な出来のレースに、特別な日に付けたい、とつい取ってあるのだが、追想祭は精霊の寵児として用意された衣装を着ていたし、闘技大会は正装であったし、で一度も身に付ける機会がなかった。

 王都にいるのだから、という特別感で普段から使ってもいい気もしているのだが、なんとなく惜しくて使えずにいる。


 こんな話を毎朝私の服を用意するレベッカに洩らすと、どこをどう伝わって耳に入ったのか、フェリシアがやって来た。


「おめかしをするのに理由が必要なら、理由を作ればよくてよ」


 わたくしは理由などなくともしたい時におめかしをするし、そもそも私はなにもしないそのままが一番美しいけれど、と続けながら部屋に入って来たフェリシアは、先日届けられたばかりのドレスを着ている。

 ドレスといっても、布面積は極力小さい。

 体のラインどころか、胸も足も出た蠱惑こわく的な衣装だ。

 第八王女の失脚によって大きな顧客を失った仕立屋が、このまま第六王女を顧客として得たい、と頑張ったらしい。

 全速力でフェリシアの服を作り、出来上がるたびに離宮へと納めにやってくる。


「今日は信者の方たちとお茶会はされないのですか?」


「今日の私はお出かけをしたい気分よ」


 外へ出たい気分なので、今日は誰の訪問もすべて断っていたのだそうだ。

 社交的な性格のフェリシアである。

 アルフレッドの願いで私に付き合って離宮へと引き籠っていたので、そろそろ出かけたくなったのかもしれない。


「でも、突然お出かけをすると言ったら、侍女や御者が困りませんか?」


「私の侍従にそのあたりの抜かりはなくてよ」


 普段からフェリシアに仕えている侍女や侍従は、主のこういった突然の思いつきにも対応できるように鍛えられているらしい。

 チラッとフェリシアの侍従へと視線を向けるのだが、特に慌てたり取り乱したりとはしていなかった。


「……これは淑女としての使用人たちへの気遣いなのだけど」


 たまには留守にすることが、使用人たちへの気遣いになるらしい。

 主が常に館に居ては、気を抜くことができないし、季節の変わり目に部屋を大掛かりに整えることが難しいのだとか。


 ……たしかに、主の目の前で大掃除とか、優雅じゃないかもね。


 私としては別段優雅さなど求めてはいないが。

 淑女としては、そういった点にも気を遣わなければならなかったのだろう。


「クリスティーナが連れて行く侍女は、ナディーンでいいわ」


「ヘルミーネ先生ではダメですか?」


 秋に備えて部屋を整えるというのなら、仕事の監督をするナディーンこそ離宮には残した方がいいと思うのだが、フェリシアはナディーンを連れて行き、ヘルミーネを残すと指示を出す。

 不思議に思って聞き返すと、私の方が不思議なものを見る目でフェリシアに見つめ返されてしまった。


「たしかに本来ならナディーンを監督役として残すべきだけど、クリスティーナの部屋を整えるのよ? 秋はまだ気心の知れたヘルミーネに任せた方が良いでしょう」


 冬からは離宮の侍女に任せ、部屋を整える指示も自分で出すように、とついでに課題を出される。

 どうやら秋の部屋を整えるのは、まだ王都と離宮に慣れていないであろう、ということでフェリシアから免除されたようだ。


「付け加えるのなら、訪問する先が訪問する先なので、連れて行く侍女の身分は高い方がいいの」


 レオナルドは護衛として同行しなさい、とフェリシアが指示を出す。

 今日のお出かけはフェリシアが仕切ってくれるようで、私は指示に従っていればいいだけで少し気が楽になった。


「レオナルドは兄としてクリスティーナの盾になることを禁じます」


「わたくしは、いったい何処へ連れて行かれるのですか!?」


 レオナルドという最強の盾を突然封じられ、すっかりお任せモードでいた思考が戻ってくる。

 引き離されてなるものか、とレオナルドの後ろに回って隠れると、フェリシアが楽しそうな顔をしていることに気がついた。


 ……か、からかわれたの?


 レオナルドと引き離そうとすれば、どういう行動に出るのか。

 それを確かめられただけなのだろうか。

 フェリシアの真意がわからなくて、皺になるのも気にせずにレオナルドの服を掴むと、私の疑問はレオナルドが引き継いでくれた。


「ティナをどちらへ連れていかれるおつもりですか?」


「そんなに警戒することはないわよ。クリスティーナを連れて訪問する先は、お母様の離宮だもの」


 妃の住む離宮であれば、警備は厳重で危険は少ない。

 白銀の騎士も私の離宮より多く配備されているので、レオナルドが護衛として横にぴったりとくっついている必要もないはずだ、とフェリシアは言う。


「何処に行くにも兄同伴でなければ嫌だ、とは言ってもいられないでしょう?」


「つまり、ティナの人見知りを治す訓練のようなもの、ですか……」


 たしかに、いつまでも自分を隠れ蓑にすることはできないな、とレオナルドの視線が私の方へと下りてくる。

 フェリシアの提案に、レオナルドはあっさりとからめ取られてしまったようだ。

 理由を聞いてみれば、私だって嫌とは言えない提案でもある。


「わかりました。レオナルドお兄様の影へ隠れるのは禁止ということで、一緒に来てはくれるのですよね?」


 それならば従います、と応えると、ヴァレーリエが衣装部屋から付け襟を持って来た。







 フェリシアの馬車は、壁がないため風通しと見通しがいい。

 レオナルドは護衛として同行しろ、と言われていたが、馬車に壁がないため、すぐ横を併走するレオナルドとはそれほど距離を感じなかった。


 ……折角付け襟をおろしたのに、レオナルドさんと離れてるって、落ち着かない。


 落ち着かないのだが、それを表情かおに出すわけにはいかないので、努めて平静を装う。

 レオナルドに頼りきりは問題だ、と指摘されたようなものなので、このぐらいの距離を引き離されるぐらいならなんでもない、と証明しなくては。


「別に取って食べたりはしなくてよ。そんなに緊張する必要はないわ」


 今すぐ完全に自立しろ、と言われているわけではない。

 段階を踏んで少しずつ兄離れをし、離れる兄とは逆に親しい知人を増やしていけ、と言われているのだ。

 兄の影に隠れないことぐらい、十一歳としてはできて当然のことだとも思う。


「……レオナルドお兄様から離れることに慣れなさいって、慣れる必要があることが『ある』のですか?」


「レオナルドは我が国の守りのかなめ。いつまでも王都で遊ばせているわけには、いかないでしょうね」


 少しだけ困ったように寄せられたフェリシアの眉に、アルフレッドから聞いた話を思いだす。

 今は少し隣国と微妙な空気なのだと、王都へ向う馬車の中で聞いた。

 となれば、国境を守るレオナルドを砦へ戻したいと思うのは、自然の流れだろう。


 ……国同士が微妙って話だったら、私の人見知りぐらい横に置いとかなきゃだね。


 事情を聞いてみれば、いつまでも人見知りだといってレオナルドを束縛しておくことはできない。

 レオナルドは国境を守る砦を預かる騎士団長であったし、先日の闘技大会では白銀の騎士としても最強の誉れをいただいている。

 そんな使える騎士に、いつまでも妹の子守などさせてはいられないだろう。


 ……ダメだ。レオナルドさんがいなくても留守番ぐらいはできるって思ったけど、王都じゃたぶん無理だ。


 グルノールの街では館からほとんど出ない生活を送っていたので、王都でもそうすればいい。

 そうチラリと思ったのだが、少し姿を見られただけで恋文が届き、前国王から昼食の誘いをいただいたり、第六王女の庇護を受けたりとしている身だ。

 私が放っておいてほしくとも、周りがそれをしてくれるわけがない。


 貝のように閉じ籠ってばかりではいられないのだ。

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