第5話 王都プロヴァル
王都へは馬車で数週間と聞いたことがあるのだが、王族仕様の馬車が大きいからか、アルフレッドが時折視察に回るせいか、王都の城壁が見えてきたのはグルノールの街を出てからひと月以上が過ぎてからだった。
私の誕生日は初夏なのだが、あと二週間もすれば今年も追想祭がやってくる。
今年はニルスと時間を分担して、二人で精霊の寵児の仕事をやる予定だったのだが、今年もニルスは一日中働かされることになってしまった。
少しどころではなく申し訳ないのだが、もともと私が精霊の寵児として数えられる前からニルスは一日中追想祭に出ていたので、結果だけ見れば何も変わらない。
「王都の城壁というわりに、意外に背が低いのですね」
パッと見た様子では、レオナルドの背丈より低い石積みの城壁だ。
馬で越えることは難しいかもしれないが、人が知恵を使えば越えられない高さではない。
街を守る城壁としては、いささか不安があるように感じる。
「外町は比較的新しい区画だからな。いずれは城壁を高くする予定ではあるが、今のところは低いままだ」
低い城壁にも利点はあるのだぞ、とアルフレッドが解説してくれた。
簡単に言えば、馬やロバでは越え難い高さで、短期間で守るべき町を覆いきることを選択したのだ、と。
町をすべて、同時に囲うことが大事だったらしい。
今は外町と呼ばれているが、もとは王都近くにある個別の村や町であり、王都の一部ではなかった。
それらの町や村を王都に統合する際に、不平等があってはならぬ、と当時の国王がまずは低い城壁で囲うことを選択したらしい。
高い城壁は、あとから作ればよい、と。
低い城壁を抜けると、いくつかの町や村を統合したと言うように、城壁の中の景色はここまでの旅程で馬車の窓から眺めたものとあまり変わらない。
のどかな畑の広がる風景に、時折ぽつんと小さな家が見えたり、一塊にいくつかの家々が密集していたりとする。
「……あれ? また城壁が見えてきましたよ?」
街道をしばらく進むと、また城壁らしい壁が見えてきた。
今度の城壁は、実に城壁らしい城壁だ。
馬をジャンプさせても、人間が知恵を絞っても、乗り越えることなど不可能な高さをしている。
……そして、やっぱりここの城壁でも、商人っぽい人が溜まってるね。
城門の周辺に人が集まっているのは、グルノールやラガレットでも見た光景だ。
城壁の中で商売をしたい商人や、中に用のある人間が城門をくぐるための手続きや調べを受けている。
「王都の城壁は二重なのですか?」
「正確には三重だな。新しく追加された外町、以前からある内街、その先に内街と貴族街を区切る城壁がある」
アルフレッドの説明に、思わず通り抜けてきたはずの背の低い城壁を振り返る。
当然もう見えはしないほど離れているのだが、距離を考えれば王都の外周は恐ろしく広い。
そして、目の前にある内街へと続く城門も、馬車の中からは果てが見えなかった。
「……広いですね」
「国の中心たる王都だからな。どうしても広くなるだろ」
王都の西と南にはそれぞれ川があり、その川が王都の物流の要だ。
物が集まってくるということは、自然と人も集まってくる。
似たような理由から、国境近くにあるというのにグルノールの街もまた大きな街だ。
港町へと続く川に沿って、大都市ラガレットがあり、港町のティオールが栄えているのも同じ理由である。
物流があるから、多少危険であっても人が集まるのだ。
「王都の護りは南東のローニョレ砦が担っている。いざコトが起こって、王が王都から離れることになれば、最初に籠ることになるのがローニョレ砦だな」
「初めて聞く名前です」
「ローニョレ砦はおまえの兄の管轄ではないからな。普通は聞かないだろう」
どちらかといえば、離れた四つの砦の主であるレオナルド自身が普通ではないのだが、この際それは置いておく。
アルフレッドの余談によれば、四つの砦の主となったレオナルドへの決闘がブームだった頃、ローニョレ砦の主もまたレオナルドに挑み、負けているとのことだった。
今は騎士団長が代わっているそうなのだが、レオナルドが王都へと滞在するのなら、一度勝負をしたいと訪ねてくるかもしれないそうだ。
「貴族街には、ベルトラン様のお屋敷があったりするのですか?」
「ベルトランやアルフの屋敷があるぞ。なにを隠そう、私の屋敷も貴族街にある」
「……アルフレッド様のお屋敷、ですか? お城がお家ではなくて?」
商人が列をなす城門を大きく迂回して進む馬車の中で、アルフレッドの言葉に引っかかりを覚える。
なにか変だぞ? と首を傾げながら視線を城門からアルフレッドへと移すと、視線の意味がわからないとでもいうようにアルフレッドは瞬き、少ししてから合点がいった顔で苦笑いを浮かべた。
「王爵を得た王の子は、領地の他に王都へと屋敷を与えられる。王城の離宮を与えられて暮らしているのは、未成年の王の子と王爵を得られていない者だけだ」
「王爵は、領地を何年か問題なく経営できたら王位継承権がもらえる、って聞きましたけど……? ほかにも違いがあるのですか?」
「簡潔に言えば、為政者の子としての義務と責任を理解し、後を継ぐべき学びの次の段階へと進んでいる者と、為政者たる才も矜持もない者の差だな」
前者が王爵で、後者がただの王族になる。
社会に出て働いている子どもと、いつまでも親の脛をかじって働かないニートのようなものだろうか。
いずれにしても、口ぶりからしてアルフレッドが王爵を持たない王族に対して良い印象を持っていないということはわかった。
「アルフレッド様は、王爵を持たない王族がお嫌いなのですね」
「
第二王子はいい歳だというのに王爵も得ず、未だに王城の離宮で暮らしているらしい。
今アルフレッドから聞いたばかりの説明によれば、働かない王族など本当にただの穀潰しだ。
彼等の衣食住すべてが国民の税で補われていると思えば、アルフレッドが歯がゆく思ってもしかたがない。
「望んで王の子に生まれたわけではないが、生まれてしまったからには仕方がない。王の子として生まれ、その恩恵を受けている以上は、付随する責務も果たすべきだと私は思う」
……アルフレッド様が意外にちゃんとした王子さましてて、私はびっくりです。
ここまでの旅程でも視察や仕事を行う姿を見てはいたが、所感を聞くと妙にくすぐったい。
第一印象がヤンチャ王子だったせいで、どうしてもそちらの印象に引っ張られるのだが、身近く接して横から見ている分にはヤンチャ成分の方が少なかった。
どちらかと言うとアルフレッドは、アルフの前では素を出してストレスを発散していると考えた方がいいかもしれない。
アルフがいない場では、たしかに敬うべき王子さまだ。
「……街の中は見れないのですか?」
むず痒い空気を入れ替えるように、話題をかえる。
商人の並ぶ城門を離れた馬車は、別の大きな城門をくぐろうとしていた。
似たようなことはグルノールの城門でもあったので、なんとなく判る。
安全やスピードを考慮して、一般人が使う門ではなく、王族や貴族用の城門があるのだろう。
「今日は馬車が目立つからな。街を見たいのなら、また今度だ」
「たしかに、この大きな馬車では目立ちそうですね」
大きくて立派なこの馬車は、とにかく目立つし、その分だけ中に乗っている人物の身分もなんとなく察せられる。
面倒事に巻き込まれたくない者は馬車へは近づいて来ないし、逆に近づいてくる者がいるとしたらそれは金品を奪おうといった不心得者ぐらいだろう。
……そしてここでも馬車はノンストップだね。アルフレッド様の馬車だって、門番には判るからかな?
貴族や王族用の門とはいえ、一応の確認作業は行なわれるはずだ。
だというのに、この馬車は一度も止まることなく城門を通り抜けていた。
内街へは寄らない、と先に聞いていたように、馬車はどんどんと道を進む。
大きな馬車でも悠々と通ることができる広い道は、通りを挟んでさまざまな店が並んでいた。
アルフレッドが教えてくれた三つめの城壁も見えてくる。
「……あれ? 三つめの城壁は越えないのですか?」
「あれは貴族街への城壁だからな。遠回りになる」
なんとなく城壁で囲まれた王城なので守りは堅く、三重の城壁の中に王城があるのかと思っていたのだが、違ったらしい。
王城を守る城壁には城門がいくつかあって、平民が住む内街に向けても開かれているとのことだった。
「あの門番は、白銀の騎士ですか?」
城門の脇に立つ白い制服の騎士を見つけ、アルフレッドに聞いてみる。
制服の
とても騎士として体を鍛えているようには見えない身体つきをしているのだ。
「あの門番たちは白騎士だ。王族の警護もする白銀の騎士を、あのようなお飾りと一緒にするな」
ボタンを見てみろ、と言われて思いだす。
いつだったか、ジークヴァルトが教えてくれたはずだ。
白銀の騎士はボタンやマントの留め金が銀色である、と。
「……白騎士のボタンは黒いのですね」
「家の財力を誇りたい者は金のボタンに付け替えるようだがな」
いずれにせよ、門番ぐらいしか任せられないという前評判どおりの騎士団のようだ。
城主の館で門番をしているパールよりも細い体をしている。
本当に、お飾り騎士団なのだろう。
王城へと続く城門を抜けて、馬車はぐんぐんと進む。
城門を抜けると、そこは街中とはまるで違う景色になった。
内街は石畳で整えられた地面をしていたのだが、城の敷地内は道こそ石畳で整えられているが、そのほかの場所はむき出しの地面が顔を覗かせていた。
城というぐらいなのだから、グルノールの城主の館とは規模が違うだろうとは思っていたのだが、馬車で進んでもなかなか建物らしい建物へと辿りつかない。
時折遠くに騎士の宿舎や馬屋らしい建物が見えたり、箱型の建物があったりともするのだが、馬車がそちらへ向う素振りはなく、ただひたすらに石畳の道を進んでいた。
「……どこまで行くのですか?」
さすがにもうそろそろどこかへと着いてもいいはずだ、と不安になり始めてアルフレッドに聞いてみる。
どこかおかしな場所へと向っているのなら、外のレオナルドが反応しないはずはないし、レオナルドは先ほどからずっと前を見ていて、不安など微塵も感じていない様子だった。
不安を感じているのは、王城へと初めて来た私だけだ。
もしかしたらヘルミーネも不安に感じているかもしれないが、相変わらず寝室に籠っているため様子はわからなかった。
「向っているのはおまえに与えられることになる離宮だ。離宮は王族が住む区画にあるから、場所としては一番奥にある」
まだもう少し時間がかかるぞ、と続けたアルフレッドの言葉が頭に入らない。
なにかおかしな言葉が混ざっていた気がして、私の思考が停止してしまった。
「……わたくしに与えられることになる離宮、と聞こえたのですか?」
「ああ、言ったな。おまえの滞在用に離宮が用意されている」
「離宮って、離宮ですか? 離れた宮と書く……」
てっきり滞在中は客間にでも通されるのかと思っていたのだが、離宮をポンっと貸してくれるらしい。
しかも、聞き間違えでないことが恐ろしいのだが、『与えられる』とアルフレッドは言っていた。
アルフレッドの言う離宮がどのぐらいの大きさなのかはわからないが、ポンと建物一つが目の前へと差し出されているらしい。
「それは……王様の呼び出しでは、普通の扱いなのでしょうか?」
「そんなわけないだろう。離宮が与えられるのは、おまえへの配慮だ」
「どんな配慮をしたら離宮なんてポンと与えられるんですか」
「平民であるレオナルドの妹で、まだまだ子どもだ。王城の客間になど通したら、緊張で気が休まらず死んでしまうかもしれない、と私が父上に進言しておいた」
……なるほど、離宮はアルフレッド様のせいですか。
つい恨みがましい顔をしてしまったのだと思う。
アルフレッドがさも心外だ、とでも言うように肩を竦めた。
「考えてもみろ。父上の生活圏内におまえの部屋など用意したら、おはようからおやすみまで、父上の気まぐれでおまえの部屋へと遊びにやってくるぞ」
「アルフレッド様の格別なるご配慮に、わたくし心より感謝いたします」
少しばかりヤンチャでこちらを引っ張りまわしてくれるアルフレッドだったが、その父親である国王はもっとすごい、と聞いたことがある。
そんな人物と不意の遭遇などしたくはないし、ディートフリートのように付き纏われても困ってしまう。
噂を聞く限りでは、近づきたくないタイプなのだ。
……まあ、離宮は離宮で落ち着かなさそうだけど。
せめてこぢんまりとした建物であることを祈ろうと思う。
「王城は大まかに分けると、五つの区画に分けられる」
王城で下働きをする下男や
国政を担う文官や、国防に勤める武官である騎士たちの執務室や仮眠室、会議室や応接室が集中した区画。
役人たちの生活区画。
騎士や軍馬の訓練を行なうための区画。
そして最後に、王と王族が生活をしている区画。
細かく言えばこんなものではないが、大雑把にはこの五つになるらしい。
……トドメに私へ与えられる離宮は、王族の生活区画にある、と。
本当に気休め程度の距離な気がした。
破天荒な国王であるというのなら、建物が違うとはいえ区画的に同じならばホイホイ遊びに来そうな気がして怖い。
王城内の位置関係を簡単に解説されている間に、馬車は目的地へと到着したようだ。
いったいいつの間に外へ出たのか、いつもは馬車の中に控えている女中が外から馬車の扉を開けた。
レオナルドが迎えに来てくれるのを待っていたのだが、アルフレッドが手を差し出してきたので、これに従う。
アルフレッドのエスコートで馬車のステップを下りると、そこには城主の館よりもまだ少し大きいと判る建物が聳え立っていた。
……デカっ! これが離宮!?
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