第59話 収穫祭とウェミシュヴァラ・コンテスト 1

 今年はミルシェが一緒には遊べないということで、子どもたちで収穫祭を回るのはやめよう。

 そう話し合っていたのだが、当のミルシェがメンヒシュミ教会での授業が終われば、この顔ぶれで集まることなど最後になるかもしれないから、と言って収穫祭を自重しようとしていた私たちを止めた。

 自分は三羽烏亭で働くので一緒には遊べないが、みんなは収穫祭を楽しんでほしい、と。

 自分のところへは客として顔を出してくれると嬉しい、とおどけてもいたので、私たちはミルシェの好意に甘えることにした。

 誰かが欠けたから一緒に回るのをやめよう、と言うのなら、テオが欠けた私たちは一生仲間で集まることはできない。


 朝食のあと、いつものように長椅子で寛ぐレオナルドの隣へと腰を下ろす。

 黒猫の財布をひっくり返して中身を確認すれば、まだ少し余裕があった。

 これならば、今日一日収穫祭で飲み食いをするぐらいならば余裕だろう。


 ……刺繍糸で結構使ったけど、今日遊ぶぐらいなら十分だね。


 ひい、ふう、みい、と粒銅の数をかぞえていると、隣から奇妙にそわそわとした空気が漂ってくる。

 なにか変だな、とレオナルドの方へと顔を向けると、なにやら期待に満ちた目でこちらを見ていた。


「……なんですか?」


「いや、お祭りの小遣いは足りるか? 近頃は結構使っていただろう?」


 ……足りるかどうかを、今数えていたんだけどね?


 なにが言いたいのだろう、と少しだけ考える。

 パッと思いついたのは、一緒に祭りを回りたいのだろうか、ということだった。


「レオナルドさんも一緒にお祭り、行きたいんですか?」


「子ども同士の方がティナは楽しいだろう。大人は遠慮しておくよ」


 ……違ったみたい。


 あからさまにガッカリするような仕草は見せないのだが、これは雰囲気で判る。

 そわそわとした空気は変わらないのだが、レオナルドの表情はまだ外に出せる顔だ。


 ……なにかを期待されているのは判るんだけど……?


 なにを期待されているのかが判らない。


 ……お祭りに出かけて、期待するもの?


 私ならお土産を期待したい。

 三羽烏亭のお祭り限定メニューが熱烈希望だ。


 ……あ、お留守番のタビサたちにお土産買うなら、これじゃあお小遣い足りないね?


 輸入品の調味料が使われた三羽烏亭のメニューは、平民の感覚としては少々お高い。

 本来ならばそう頻繁に平民の子どもが食べられるようなものではないのだ。

 私の場合は保護者がレオナルドなので普段からオヤツのように食べることができるが、それこそ普通の平民の子どもであればお小遣いを貯めて買うような高級品である。

 黒猫の中のお小遣いでは、館にいる全員分のお土産を買うことはできないだろう。


「レオナルドさん、お祭りのお小遣いください」


「珍しいな、ティナからお小遣いをねだってくるだなんて」


 お小遣いをください、とおねだりをしたら、レオナルドの相好が崩れた。

 ほんの数秒前までは一応キリッとした顔を作っていたのだが、今はだらしなく顔が緩んでいる。

 とてもではないが「この人がグルノール騎士団の団長です」とは言えない顔になってしまった。


 ……あれ? もしかして、これですか? レオナルドさんがそわそわしてたのって。


 確信して言ったわけではないが、レオナルドは私からお小遣いのおねだりをされたかったようだ。

 もしかしたら、隣に座って黒猫の中身を数えだしたことから、おねだりをされていると思われていたのかもしれなかった。


 ……おねだりのつもりで数えてたんじゃないんだけどね?


 いくら欲しい? 金貨でも銀貨でも、いくらでも小遣いをやるぞ、とレオナルドの機嫌がいい。

 子どもに金貨なんて持たせすぎだ、と一度注意をしたはずなのだが、頭から抜け落ちているのだろうか。

 相変わらずの、少し困った兄である。

 とはいえ、今日はありがたくその申し出を受けておくことにする。

 三羽烏亭のお祭り限定メニューは、本当にその日限定のメニューなのだ。

 今日を逃せば、次に食べられるのは来年まで待たなければならない。

 子どものお小遣いとしては持たせすぎだとは思うのだが、レオナルドの好意に甘えることにした。


「レオナルドさんとヘルミーネ先生、タビサ、バルト、ジャスパー、ジーク様、白銀の騎士さんたち、門番さんたちに三羽烏亭の限定メニューを買おうと思ったら、さすがにお小遣いが足りません」


「……お土産用のお小遣いか」


 それは小遣いとは言わないぞ、と肩を落としながらレオナルドは銀貨をカリーサへと渡した。

 使用目的がわかれば、私に小遣いとして渡すよりも大人であるカリーサに預けた方がいいと判断したのだろう。


「わたしが屋台でお菓子とかを買うお小遣いなら、まだ十分にありますよ」


「ティナは上手にお小遣いをやりくりしているな」


 兄としては少し寂しい、とレオナルドがため息を吐く。

 そんなに落ち込むようなことだろうか? と少し思い返してみたのだが、私から小遣いをおねだりしたのは今日がはじめてな気がする。

 いつも言わなくてもレオナルドがお小遣いをくれたし、最近はアルフに貰った金貨があったので刺繍糸代もそれで補えた。


 ……刺繍糸代とか、おねだりした方がよかったのかな?


 兄として、私を甘やかせたいと思っているのなら、おねだりをした方が喜ばれたのかもしれない。

 私としては、悪戯が主な目的であったし、最終的にはレオナルドの誕生日プレゼントにする予定なので、レオナルドにお金を出させるのはどうかと思ってお小遣いから出した。

 それだけのことだ。


「やっぱり、レオナルドさんも一緒にお祭り回りませんか?」


 祭りへ連れ出せば、なにか小さなおねだりなど簡単に見つかるだろう。

 そう思って改めて誘ってみたのだが、レオナルドの答えは変わらなかった。


「今の友だちと収穫祭を回るのは今年が最後かもしれないから、今年は遠慮しておく」


 来年は一緒に回ろうな、と続くレオナルドの言葉に、約束ですよ、と黒猫の財布を首にかけながら答える。

 そうこうしている間に、待ち合わせの時刻が迫っていた。







 騎士の住宅区入り口は、すっかり私たちの待ち合わせ場所と化している。

 待ち合わせの時間に住宅区入り口にいたのはニルスとエルケ、ペトロナの三人だ。

 残念ながら、今年のルシオは不参加だ。

 メンヒシュミ教会ではミルシェを誘うように、と目配せをしてきたが、仕事があるからとミルシェが不参加を決めると、ルシオも不参加を表明した。


 ……あれはもう、兄的にミルシェちゃんを気にかけているのか、色恋的な意味で気にかけているのか、さっぱり判らないよ。


 これに関してはエルケとペトロナの意見も分かれる。

 恋に興味津々なエルケはルシオの初恋だと考え、ペトロナはテオがいなくなったミルシェを気にかけているだけだろう、という。

 ならばニルスはどう考えているのだろう、と一度だけ聞いてみたのだが、やんわりと窘められてしまった。

 そういった話は当人同士の問題なので、周囲が面白おかしく騒ぎ立てるのは可哀想だ、と。


 ……まあ、たしかに。周囲が勝手な憶測で囃し立てるものじゃないよね。


 少なくとも、同じことを自分がされたら嫌だと思う。

 なので、ルシオがミルシェを気にかけることについては、あえて指摘しないことにした。

 恋であれ、兄気分であれ、ミルシェへの好意と気遣いであることに変わりはない。

 余計な詮索をして、二人の間におかしな軋轢が生まれることは避けたかった。


 ……レオナルドさんが言ったとおり、来年は集まろうって言っても、誰かが減ってるんだろうな。


 さて、まずはどこへ行こうか、と話し合いはじめたニルスたちを見つめる。

 少なくとも、今は私の子守女中ナースメイドとして傍にいるカリーサは、来年はサリーサにかわっているはずだ。

 ペトロナは秋の教室での授業が終わったら、冬から少しずつ家業を手伝い始めると聞いたし、ニルスは私がメンヒシュミ教会内で困ることがないようにと付けられた従者のようなものだった。

 私がメンヒシュミ教会へと通わなくなれば、会う機会などほとんどないだろう。


 ……や、ニルスとは追想祭で毎年顔を合わせるのかな?


 精霊の寵児としての仕事があるので、最低でも年に一度は顔を合わせそうだ。

 それでも、やはり今ほど会うことはないと思う。

 そして段々に疎遠になっていくのだろう。


 ……子ども時代の友だちって、改めて考えると簡単に縁が切れちゃうんだね。


 同じ街の中に住んでいても、会う機会などそう簡単に作れそうな気がしない。

 家が商家だと言うエルケとペトロナはまだ会う機会を作れるが、ミルシェとは完全に縁が切れるだろう。


 ……やだな。折角仲良くなれたのに。


 少しだけ沈みはじめた思考を、ペトロナの声が引き上げてくれる。

 どこから回りますか? という昨年と同様の質問だったが、思考を中断してくれたのは助かった。


「今年はティナちゃんの行きたいトコから行きましょう」


「……わたしの希望は三羽烏亭の皿焼きを買うことだけなので、あとはみんなにお任せでついていきます」


 昨年も同じようなことを言った気がするが、お祭りで私が絶対に譲れないものが三羽烏亭で売られる祭り限定のお菓子だ。

 あとは特別なにがなんでも見たい、寄りたいという場所はない。


「では、広場のウェミシュヴァラ・コンテストを見に行きませんか?」


「ウェミシュヴァラ・コンテストって言うと……」


 頭に豊穣の女神ウェミシュヴァラの名がついているが、ようは美人コンテストだ。

 ミス・グルノールでも決めるのだろうかと思うが、このコンテストで優勝した女性は夏の追想祭の劇で正義の女神イツラテル役を演じることになる。

 字面だけみればグルノールの街で一番の美人が選ばれるので、お洒落に関心があるペトロナも興味があるのだろう。


「今年はペトロナの従姉妹が出場するそうです」


「なるほど。従姉妹さんの応援ですか」


 エルケの説明に、ペトロナの目的がコンテスト自体ではなく、従姉妹の応援をしたいというものだと知る。

 だとしたら食べ物以外に目的のない私には、これに異を唱えるつもりはない。

 屋台や出店を覗きながらウェミシュヴァラ・コンテストの行なわれる広場へと向うことにした。







 広場中央には、追想祭の時と同じように舞台が作られていた。

 その後ろには天幕がいくつかあり、主催者や関係者と思われる人間が出入りしているのが見えた。

 この催しは優勝者が翌年の女神イツラテル役ということもあり、主催はメンヒシュミ教会だ。

 天幕の周辺を守る警備の人間の顔は、メンヒシュミ教会で見たことのある顔ばかりだった。


「お姉ちゃん、応援に来たよ!」


 そう声をかけながらペトロナが出場者控え室と書かれた天幕へと入っていく。

 女性の控え室に入っていくなんて、と遠慮するニルスと、ペトロナに続いて天幕へと入るエルケを見比べ、私も天幕の外で待つことにした。

 男の子であるニルスを一人で待たせるには気の毒な場所だと思ったのだ。


「……やっと見つけたっ!!」


 扇状に作られた舞台と、その前列を固めるように並ぶ男たちに冷たい視線を向けていると、横からそんな声が聞こえてくる。

 こちらへと向けられた声だとは判るのだが、私へ向けられた言葉ではないとも判る。

 誰が誰に話しかけているのだろうか、と少しだけ興味を引かれて声のした方へと顔を向けると、痩せ型の男が肩で息をしながらカリーサを見つめていた。


「カリーサのお知り合いですか?」


「……りません」


 ふるふると首を振って答えるカリーサは、若干怯えているのが判る。

 私に対して敵意を向けてくる人間にはこちらが驚くほど気丈に迎え撃つカリーサなのだが、基本的には私と同じで人見知りだ。

 カリーサは自分へと向けられる好意や関心に弱い。


「あ、あなたを、探して……、探して、いました! 黒髪の少女の、お付の女中メイドさん……っ!」


 男はガシッとカリーサの肩を掴んだかと思ったら、血走った目でカリーサに詰め寄る。

 いったいなにを言い出すのかと思ったら、男の口から出てきた言葉は美人コンテストへの出場打診だった。


「こ、この……ウェミシュヴァラ・コンテストに、出て……いただけませんか?」


「お断りします」


 息もえの誘いを、カリーサは非情に切り捨てる。

 突然の打診すぎて、相手がカリーサでなくとも、これでは断られても仕方がないと思う。

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