閑話:レオナルド視点 俺の妹 14

「……おまえにしては耐えた方じゃないか」


 ティナとの一連の会話を話したあと、アルフにそう褒められた。

 褒められた、のだと思う。


 保護者としても、兄としても不適格である、と自覚して以来、ティナについては素直に周囲へと相談するようにした。

 どうにも俺の判断だけでは間違う可能性の方が高いし、俺が間違ってティナに怒られるだけならばいいのだが、ティナの心を傷つける場合がある。

 俺はもうこれ以上、ティナを傷つけたくはないのだ。


「もし本当にティナがミルシェを欲しがったら、おまえはミルシェを買ったのか?」


「いや、その場合はティナともう少し話し合ったな」


 ティナが自分で判断したように、ミルシェを買うことは簡単だが、そうしていたら最後に傷つくのはティナだと思う。

 友情に金銭は絡ませるべきではない。

 せっかくティナが頑張って対等の友人関係を続けているのだ。

 あの友人関係を、金銭で縛られた主従関係にはしたくない。


「ティナ絡みとしては、本当にマトモな判断をしたな、珍しく」


「褒め言葉、と受け取っておく」


 褒め言葉ではあるが呆れの含みを持つ言葉に、軽くアルフを睨む。

 睨まれたアルフはというと、小さく肩を竦めるだけだ。


「……売られる側の気持ちは解るからな。俺がテオなら、ティナにだけは買われたくない」


 同じように、自分の身の安全が考慮された結果だと理解できたとしても、ミルシェはティナに買われたくはないだろう。

 昨日まで対等に『ミルシェちゃん』『ティナおねえちゃん』と呼んでいた関係が、『ミルシェ』と『お嬢様』になるのだ。

 二人の友人関係を壊したくはない。


「珍しく良い判断をしたおまえに、少し教えてやろう」


 そう言ってアルフが聞かせてくれたのは、アルフが個人的に集めたミルシェ周辺の情報だった。


 ミルシェは秋からと言わず、すでに午前中は働いているらしい。

 早朝から働きにでて、メンヒシュミ教会の午前の授業に参加し、午後少し休んだと思ったらまた夕方から夜まで働いている。

 

 これは少しおかしい。

 

 テオがいた頃は、兄のお目付け役はミルシェがしていた。

 つまり、もともとミルシェは働いてはいなかった、ということだ。

 ミルシェの家は子どもが働かなくとも食べていけるだけの稼ぎがあるはずなのだが、なぜか現在のミルシェは働いている。

 テオがいなくなった分だけ食費は減り、さらには子どもを売った金があるはずなのに、だ。


「ろくに働かないわりに借金だけは作ってくる父親と、夜しか働かない身持ちの緩い母親。両親と比較されてミルシェの評判は良い……が、ミルシェを雇えばその両親に寄り付かれる、ということでミルシェを雇いたがる職場は少ない」


 そのため、働いているとは言っても、ミルシェの職場は日によって違う。

 朝早くから市場へ出向いて仕事を探し、小遣い程度の駄賃を稼ぐといった子どもらしい働き方ではあるのだが、将来の職に繋がるような仕事ではない。


「住み込みで雇ってくれる職場と、両親から引き離せれば……将来的にいい職場に就ける可能性もあると思うんだが……」


 ミルシェの年齢を考えれば、住み込みで雇う店などないことは考えなくとも判る。

 ミルシェの性格に問題がないことは解っているが、ティナのことがなくとも俺だって雇わない。

 まだ八歳のミルシェを住み込みで雇うぐらいならば、もっと体力があって体のでき上がった人間を雇った方がいいからだ。

 今のミルシェを雇う者がいたとしたら、純粋な労働力とは違う目的を持った人間であろう。


「将来も大事だが、まずは今、だな」


 親元から離れられない以上、ミルシェは常に売られる危険がある。

 最初は誰でも『我が子を売るなんて』と思い悩むが、一人売ってしまえばあとはただ同じ作業を繰り返すだけだ。

 子どもを売った金と罪悪感が消えた頃になると、まだ売れる商品こどもがある、と血をわけた我が子を商品ものとして見るようになる。


「そういえば、ミルシェの字は綺麗か? 字が綺麗なら、代筆の仕事を斡旋できるかもしれないが」


「おまえの情報網は、どうなっているんだ?」


 貧民街の少女の家庭事情を調べ上げていたかと思ったら、その少女に回せそうな仕事に当てがあるとは。

 仕事を探してやるぐらいなら俺にもできるが、アルフのようにポンポンと違う候補が出てきはしない。


「情報は黄金より価値があるぞ。調べるのは当然だろう」


「戦で斥候せっこうが重要だということは俺も理解しているが、……ミルシェの情報まで調べる必要があったのか?」


 グルノール砦の副団長が、貧民街の少女の個人的な情報を集めている、となるといろいろ不自然な気がする。


「ミルシェはティナの友人だからな。なにかあったらティナが悲しむだろう」


 ティナが悲しむということは、間接的にはオレリアが悲しむ、と言い出したアルフはいつも通りだ。

 オレリア本人にはなかなか返せない恩を、ティナを庇護することで返していこうとしているのだろう。

 オレリアはティナの傍にいないのに、俺よりもちゃんとティナを守れている気がした。


「……もしかして、テオの行方もわかるか?」


「帝国に入った辺りまでは追えたが……アンハイムとポツダール辺りから消息が掴めていない」


「なぜ、帝国側の情報までおまえのところに入ってくるんだ?」


 おかしいだろう、と指摘する。

 アンハイムとポツダールは国境を越えた帝国内にある街の名前だ。

 国内であれば人を使って調べさせたり、街道沿いの町や村で情報を集めたりもできるだろうが、さすがに国境を越えても情報が入ってくるというのは異常だとしか思えない。


「あの辺りはベルトラン殿が現役の頃、我が国の領土だったんだよ。気軽に国境を越えられるわけではないが、未だによく働いてくれる者がいる」


 その辺りの伝手から、帝国内の情報も僅かではあるが入ってくるのだとアルフは言う。

 とはいえ、平民がこっそり持ち出せる情報など、今回の人買いの馬車の行方といったような市井の噂程度らしいが。


「もう少し探してはみるが、あまり期待はするなよ」


 ティナのために行方を追うぐらいはするが、何事にも限度はある。

 どうしても見つからないとなれば、いつかは打ち切る捜索だ。


「すまん、助かる」

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