第7話 小さな異変
カーヤという女教師が館へ来るようになって、二週間が過ぎた。
彼女が来るのは二日に一度ということになっている。
単純に計算したら七回は教師としてこの館を訪れているはずなのだが、何故か二回に一度は何の連絡もなく仕事を休む。
本気で、何を教われば良いのかがわからない教師だ。
娘のカーヤの態度を見ていると、母親が王都へも呼ばれるほど高名な家庭教師という触れ込みも疑わしく感じてしまう。
……予定じゃない日には、ひょっこり姿を見せたりするんだよね、あの人。
レオナルドが目当てなのは顔合わせの段階で判っていたが、それにしても酷すぎる勤務実態だ。
それとなくレオナルドへと報告もしているのだが、レオナルドの前ではカーヤも猫を被っているので、なかなかカーヤの酷さは伝わらない。
……っていうかあの人、生徒のトコにはマトモに顔も出さないのに、砦にいるレオナルドさんのところへは頻繁に顔を出してるみたいなんだよね。さも授業帰りです、って顔をして。
頻度にして、それこそ二日に一度は砦へと顔を出している。
砦の門番が言うことなので、間違いはないはずだ。
そんなカーヤは、三階の自室で授業を行う。
女性らしい仕草を身に付けろ、ということなので、授業と言っても教室は私の日常スペースだ。
ほとんど使っていなかった自室なのだが、そんな場所でもカーヤに入ってきてほしくないと思うのは、私の心が狭すぎるのだろうか。
本音を言えば、自室どころか三階のどこにも足を踏み入れさせたくはない。
館の構造上レオナルドの主寝室は二階にあるが、三階は完全に家族の
レオナルドの友人であるアルフですらおいそれとは入ってこない場所に、カーヤが入ってくるのはなんとなく納得がいかなかった。
……あれ?
やさぐれた心をジンベーで癒そうと、自室へ足を踏み入れた瞬間、違和感を覚えて足を止める。
なにか変だぞ? と周囲を見渡すが、これといっておかしな場所はない。
いつもどおりの、私の部屋だ。
どう見てもいつもと変わらない部屋なのだが、部屋へ入った瞬間の違和感がどうにも拭い去れなかった。
……強いて言うのなら、鏡台付近に違和感が?
この部屋の鏡台を使ったことは、まだ一度もない。
使っていないのだから、整理も片付けもする必要はないのだが、タビサが毎日掃除しているのを知っている。
小箱などの配置が微妙に動いている可能性は否定できないのだが、それにしても今日は違和感があった。
……なんだろ? 変なの。
そんなことを考えたのが昼過ぎで、
そろそろ夕飯の仕度をしている時間だというのに、台所に姿が見えなかったので不思議に思ったのだが、洗濯室でシーツや洗濯物を一枚一枚捲って何かを探している。
「どうしたの? 探し物れすか?」
「申し訳ございません。ティナ嬢様の髪飾りが一つ見つからないのですが……」
そう言っている間も、タビサの手は休まずに洗濯物の海を探る。
タビサは探している髪飾りのデザインを教えてくれるのだが、私にはいまいちピンとこなかった。
私の髪飾りといえば、レオナルドが買い与えてくれた物も含め、黒騎士が貢いでくれたものとで結構な数がある。
オレリアのくれたレースのリボンは屋根裏部屋へと大切にしまってあるが、その他はほとんどタビサに任せきりだった。
正直なところ、どんな形の物がしまわれていたのか、それすらも私は把握していない。
「一応お聞きいたしますが、ティナ嬢様が御自分で髪飾りを付けたりなどは……」
「一人じゃきれいに付けられにゃいので、しましぇん」
情けないことながら、今の短い手と指では綺麗に自分の髪を結ぶことができない。
見栄えを気にしなければハーフアップやただ一つに結ぶぐらいのことはできるが、そんな髪型で廊下を歩こうものならば、どこからともなくやって来たバルトやタビサが髪を整えてくれるだろう。
そうなってくると、誰かの手を借りなければ髪を整えられない、という条件から逃れることはできない。
結局のところ、私は髪を短くでもしない限り、もう少し成長するまで髪に関しては
「変ですねぇ? 確かに鏡台の引き出しにしまっておいたはずなのですが……」
途中で言葉を区切ったタビサは、私と同じことを考えたのかもしれない。
館に出入りする人間が、最近になって一人増えた。
それと同時期に、突然あるはずの物が消える。
……嫌な予感しかしないね。
そうは思うのだが、さすがにデリケートな問題すぎて、あまり大っぴらに騒ぐことはできない。
髪飾りが無くなったというのはただの勘違いで、タビサが別の場所に置いただけなのかもしれないのだ。
もう少しよく探して、様子を見た方が良い。
……カーヤについてはいまいちレオナルドさん当てにならないし、アルフさんにでも相談してみようかな?
思うことは多々あるものの、髪飾りの行方不明については勘違いであれば申し訳がない。
都合の良いことに、レオナルドが今夜は帰宅できそうにないという伝言をアルフに持たせてくれたので、そのまま引き止めてレオナルドが食べるはずだった夕食を勧めつつ、カーヤについてのあれこれを聞いてもらった。
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