第6話 カーヤ・メスナー
午後になり、早速熊のぬいぐるみ改めジンベーの服を作ろうとタビサと採寸をしていたら、バルトが呼びに来た。
一日に二度もレオナルドに呼び出されるのは珍しい。
何の用事だろう? とレオナルドの部屋に向かおうとしたら、一階の居間へと案内された。
どうもレオナルドの用事でもないようだ。
……なんだろう? 珍しいね。
不思議に思いながら居間に入ると、なんとなく違和感のある赤毛の女が立っていた。
綺麗な服を着ているのだが、中身が伴っていない。
そんな印象だ。
女性、と呼ぶべきだとは思うのだが、本能的に頭がそれを拒否する。
この程度の女、女性などと敬うべきではない。
そんな思いで脳が占められた。
見た目の印象だけで、ここまで他人に対して酷い感想が湧くのは初めてだ。
「こんにちは、ティナちゃん。お兄様のレオナルド様からお話は聞いているわ。私はカーヤ・メスナー。今日からティナちゃんの先生として、この
よろしくね、と女は綺麗な顔を作って微笑むのだが、目はまるで笑っていない。
笑っていないどころか、私の先生を自称するというのに
厚い付け睫毛で形だけは笑顔を作ってはいるが、睫毛の奥で見つめているのはレオナルドだ。
……わっかりやすぅ。
判りやすいのは有難いのだが、はっきり言って苦手なタイプだ。
男のために化粧をする種類の女、とでも言うのだろうか。
面目上は幼女の教師だというのに、離れていても香水の臭いがプンプンとしてくる。
……絶対、仲良くなれないタイプだ。
仲良くなれないタイプだとは思うのだが、だからといって相手が挨拶をしてくれているのだから、無視をするなんてことはできない。
力いっぱい「あなたのことが苦手です」と出そうになる顔を引き締めて、愛想笑いを浮かべた。
……まあ、第一印象が悪い方が、意外とあとで気が合うって場合もあるしね?
そんな欠片のような可能性に、特大の猫を被る。
個人的には気が合わない予感しかしないのだが、レオナルドと仕事上の付き合いがある相手であった場合に内心を悟られるわけにはいかない。
「はじめまして、カーヤさん。ティナれす」
「……れす?」
小首を傾げるカーヤの目は、一ミリも笑っていなかった。
ただ幼女が少し噛んだだけなのに、「何かわいこぶりっ子してんだよ、あざといんだよ、雌ガキが」と目が口ほどに物を言いまくっている。
……これ、絶対私の気のせいじゃないよね?
パッと感じるだけだ、と一応の予防線を張りたいところだが。
カーヤというこの女は、子どもが嫌いだ。
それも、女児など目に入れるのも嫌なタイプだろう。
ただ、男の前では『子ども好きで家庭的な私』を演じるタイプでもある。
にっこりとレオナルドへと笑みを浮かべて「舌っ足らずで子どもらしい子ですね」などと、本音とは真逆なことを言いはじめた。
……なんでこの人、子どもの先生なんてしてるの?
私を視界に入れるのも嫌だとばかりに、レオナルドを見つめるカーヤに、本気で疑問を覚える。
ただ、疑問ではあるのだが、突っ込んで聞きたいとは思わない。
このカーヤという女に、それだけの興味が持てなかった。
「メスナー女史は度々王都へも招かれるほど有名な家庭教師で、そのお嬢さんであるカーヤ嬢もまた家庭教師を仕事にしている」
ちょうど秋まで家庭教師の予定が空いている、とのことで館に来てもらうことにしたそうだ。
ちなみに、このレオナルドの解説の間もカーヤはくねくねと
今日はただの顔見せ程度だ、というのならまあ許容できなくはないが、社会人としてこれから職場になる場所での態度ではないと思う。
……レオナルドさんはこの人から私に何を学べというの……?
厚化粧の盛り方だろうか。
それとも、男への媚の売り方だろうか。
レオナルドの言うことには、カーヤは私に女性らしい教育を施してくれる予定らしい。
男性であるレオナルドには、どうしても手が出ない分野だ。
……それはたしかに一理あるとは思うけど。
子どもの目の前だというのに、レオナルドの体へとしな垂れかかるようにべったりと無い胸で貼り付いている女から、いったい何を学べば良いのだろうか。
まさか本当に男への媚び方を学べ、などとは言われまい。
自称とはいえ、彼は私の保護者で兄で、父の代わりに私を養育すると言っているのだ。
普通の父親なら娘に、男の体へと無い胸を押し付けるような教育はしないだろう。
……あ、先生ってのはただのこじ付けで、実はレオナルドさんの恋人……だとか?
そう考えてみれば、無理矢理にでも納得できる気がした。
この生徒ではなく、生徒の父兄にばかり関心を払い、科をつくり、身体を押し付けているおよそ社会人とは思えない女の態度にも。
「……仲良くやっていけそうか?」
やはり今日は顔合わせだけだったらしい。
玄関先までカーヤを見送り、去っていく背中を見つめていると、頭上からこんな寝言が聞こえてきた。
……無理です。ごめん
始終レオナルドにべったりと媚を売っていた女の姿を思いだし、げんなりとする。
キツイ香水の臭いにも、精神的にやられた。
あれを教師に、と言うレオナルドの目は節穴なのだろうか。
「いちおうかくにんしておきましゅが」
そう前置きをおいて、レオナルドを見上げる。
返答次第では新しい靴で膝に一発お見舞いして差し上げる気満々だ。
「あのしとはレオにゃルドさんの恋人れ、およめしゃんにする予定なのれ今からなれておけ、ってころれすか?」
もしそうならば、もう少し相互理解の努力をしても良い。
レオナルドの嫁になるのなら、私にとっては新しい家族になることに間違いはない。
家族というものは選ぶことができないので、気は合いそうにないが、上手く折り合いを付けていく必要はある。
「彼女はティナの先生として雇うだけだぞ。俺の恋人とか、お嫁さん予定じゃない」
……あっちの方はそのつもりのようでしたけどね。
照れてはぐらかしている様子もないレオナルドは、本当に彼女をただの家庭教師として家に招くことにしたのだろう。
見る目がないにも程がある。
「おけしょうとか、すごかったれすね」
あれが子どもに物を教える側の人間なのか、と思ったままを聞きたかったのだが、さすがに言葉を選ぶ。
私の第一印象が悪いだけで、レオナルドの印象は良いのかもしれない。
「……まあ、香水は少しキツかったが、王都から貴族令嬢の教育係として声がかかることもある家の娘だ。本当は母親の方を雇いたかったんだが……」
優秀な教師として有名であったため、本人を雇うことは出来なかったのだろう。
それでその娘に、ということらしい。
「おかあさんが優しゅうで有名なひとら、ってのはわかりましたけろ、娘しゃんの評判は調べたんれすか?」
「そこは心配ない。娘の方も教師として申し分なく良い評判だった」
……とてもそんな良い評判がいただけるような
本当に私の第一印象が悪いだけなのだろうか。
なんとも言えない苦手意識が湧く相手ではあるが、もう少し様子を見てみる必要がありそうだった。
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