第14話 転生者が齎したもの

 たっぷりとゴマを擂った成果か、無事にレオナルドから『隔離区画で手伝いをしても良い』というお墨付きをもぎ取った。

 これでアルフからの『言いつけを破る子はそろそろ帰りなさい』攻撃も撃退できる。

 せっかく良い感じに隔離区画が回り始めたのだ。

 もう少し様子を見守りたい。


 ……ロイネさんとお見舞いに行くって、約束もしたしね。


 その約束を破って館に帰るのは、少々気が引ける。

 数日前から二度目の高熱期に突入したロイネは、最初に見たジャン=ジャックよりはマシな姿だが、やはり重症化した。

 薬を与えられるようになった頃には、もう間に合わない時期になっていたのだ。

 最初のうちは見舞いに行くと喜んで迎えてくれていたのだが、今は逆に近づくことを許してくれない。

 ロイネは私が感染することを恐れているのだ。


「ティナちゃん、ちょっと手伝ってくれるかい?」


「いいれすよ。誰のトコえいったらいいれすか?」


 最近は食事の時間に呼び出されることが多い。

 どうも子どもの前ではみっともなく体を掻き毟るわけにはいかない、と大人の矜持きょうじが刺激されるらしく、私が見ていると痒さが多少我慢できるのだそうだ。

 それを利用して、せたり掻き毟るのを我慢出来ている間に食事を済ませていた。


 ……ご飯も食べれなかったら、治る病気も治らないしね。


 食事の手伝いが終わり、食事中に噎せたり吐いたりした患者のシーツを集め、また洗濯する。

 飛沫が感染源になっているので、洗濯物はどうしても多い。

 ぺったんぺったんとシーツを踏み洗っていると、日に一度は顔を見せるようになったレオナルドがやって来た。


「あ、レオにゃルドさん。お仕事おつかれしゃまれす」


「ティナも、お手伝いお疲れ様です」


 ちゃんと発音できなかった部分を訂正しつつ、レオナルドが私の頭を撫でる。

 私が真似することを意識してか、レオナルドの言葉使いが少し丁寧で違和感があった。


「ジャン=ジャックが会話のできるぐらいには回復したと聞いたんだが、今話しはできるか?」


「ジャン=チャックさんなら、しゃいきんは元気いっぱいれすよ。ご飯もばくばく食べてましゅ」


 会話自体は前から出来ていたはずだ。

 毎回『ジャン=チャック』と呼ぶたびに「ジャン=ジャック様だ」と律儀に訂正もしてくるので、頭もはっきりしている。


 ……最近は完全にわざと『チャック』って言ってるのは秘密。


 ジャン=ジャックは名前を呼ぶ回数が多すぎて、そろそろ舌が回るようになってきていた。

 一度ちゃんと『ジャン=ジャック』と呼んでみたのだが、その時も「ジャン=ジャック様だ」と訂正されたので、ジャン=ジャックの側で『ジャン=チャック』と呼ばれることが挨拶とでも思っているのかもしれない。


 私の言葉を聞いてジャン=ジャックのいる地下室へと向かうレオナルドを見送り、洗濯を再開する。

 十分もしないうちにレオナルドが戻ってきたと思ったら、大股に歩いて隔離区画から飛び出していった。







 ……なんだか、ここ最近騒がしいね。


 最近というよりは、数日のことだろうか。

 もっと正確に言うのなら、ジャン=ジャックのいる地下室をレオナルドが訪ねてから、かもしれない。

 隔離区画はこれまでと変わらないのだが、また館から通うようになったその道すがらで見かける黒騎士たちの様子が変わったのだ。

 みんな落ち着きがなく、早足に砦中を歩き回っている。

 不思議に思って隔離区画に見張りとして立っている黒騎士に聞いてみたところ、ジャン=ジャックの持ち込んだ感染源が判ったのだと教えてくれた。

 その捕獲のために騎士たちが動いているのだ、と。


 詳しい話は昼過ぎに私の様子を見に来たアルフが教えてくれた。

 会話ができるまでに回復したジャン=ジャックから、レオナルドが聞いたらしい。

 メイユ村を焼き払う際、その解体作業中にウシリという小動物を見つけ、ジャン=ジャックはそれをそのまま持ち帰った。

 珍しい動物だったので、と馴染みの娼婦へのご機嫌取りとして貢ぐために。


 ……伝染病で滅んだ村から、そのまま生き物とか持ち帰ったらダメだよーっ!


 思わず内心でだけ突っ込みを入れる。

 ろくな知識のない私でも判断できることであったし、たしか村でアルフが言っていたはずだ。

 生きている家畜がいるが、念のために殺すしかない、と。

 あの時はまだわかってはいなかったが、現に小動物が感染を運んでいたのだから、動物を殺すというアルフの判断は正しかったはずだ。

 にもかかわらず、ジャン=ジャックは不用意にメイユ村から感染源である小動物ウシリを持ち帰り、娼婦に貢ぐことで感染を街へ持ち帰ってしまった。


 ……ジャン=ジャックはわざと感染を持ち込んだわけじゃない、って思ってたけど、過失で持ち込んではいるね。


 隔離区画の人間がもう一度「ジャン=ジャックのせいだ」と騒ぎ始めたら、今度は止められる気がしない。

 故意でなくとも、過失であると知ってしまったのだから。


 ……でも、だいたいオレリアさんの家でした予想どおりだったね。


 感染源は、秋の終わりに村へよった商人の商品だったのだろう。

 その商品は愛玩動物ペット用の小動物で、愛玩動物を飼ったマルセルから村に感染が広がることとなった、とオレリアの家で予想していた。

 世話をする人間がいなくなったあとにもウシリが生きていたのは不思議だったが、もしかしたら冬眠でもして冬を越したのかもしれない。

 栗鼠リスのようなげっ歯類だと、村で誰かが言っていたのを覚えている。

 栗鼠ならば、たしか冬眠をした気がするので、ウシリも冬眠ぐらいするかもしれない。

 そして冬眠から覚めて餌を探し始めた頃にジャン=ジャックに発見されたのだとすれば、マルセルに感染を運んだ動物と同じ個体であったとしても一応の筋は通る。


「……あれ? 愛玩動物が感染げんなら、運んれいた商人しゃんは大丈夫なんれすか?」


「愛玩動物を商品として運んでいた商人は、もう……」


 言葉を濁されたが、なんとなく判った。

 商人はもう死んでいるのだろう。

 感染源を運んでいたのだから、もしかしなくとも一番に死ぬのはその商人のはずだ。


「商人さんの他にょ商品を回収しないろ、大変らことになりましぇんか?」


「そう思って商品を追ったんだけど……」


 死んだ商人の荷を別の商人が買い取り、街道沿いの感染が止まることはなかったらしい。

 街道沿いにある町や村で感染が広がり、やっと商人に追いついたと思った時には商人は山賊か盗賊に襲われて死んだあとで、周囲には遺体しか残されていなかった。

 商人の運んでいた荷物は盗賊に奪われ、どこへ消えたかは周辺の黒騎士が捜査中とのことだった。


「……騎士も大変れすね」


「町や大きめの村では広がり難いのが、せめてもの救いだな」


「町や大きめにょ村って……おふりょがあるかりゃですか?」


 メイユ村には定着していなかったが、町には風呂文化がある。

 風呂に入って体を清潔に保ったり、体温を上げたりすることは、それだけでも病気の予防に繋がると聞いたことがあった。


「ある程度清潔に保てば防げる、ってのは隔離区画でも証明されたな。回復するためにも、清潔さを保つ必要がある。オレリアの薬で、本当に初期の者は治せるようになってきたし……あとは感染源さえ押さえられればいいんだけど」


 森に隠れた賊を見つけるのは難しい。

 そう言ってアルフは肩を竦めた。


「感染げんが見つけりゃれたら、解決れすか?」


「いや、まだ少しあるな。商人の旅程を洗い直して、立ち寄った町や村の確認。感染の広がり具合の調査と、隣国から仕入れた商品だったようだから、その隣国への問い合わせと注意も必要だろう。場合によっては薬を融通する必要もあるが……」


 薬を隣国に送るというのは、もしかしたら大変な労力と時間がかかるものではなかろうか。

 関税とか危険物の輸出入だとか、痛くもない腹を探られる可能性もある。

 そう心配になったのだが、アルフは別段気に留める様子もなかった。


「隣の国へって、かんらんにお薬りょか送れりゅんれすか?」


「普通に輸出しようと思ったら面倒な手続きとか検査が必要になるが……今回は伝染病に関する用件だからな。セドヴァラ教会に任せるから、そう面倒なことにはならないよ」


「セドヴァラ教会、知ってる。お薬の神しゃまを奉りゅ教会っておしえれもらいました」


 でも神様を奉る教会に任せると、何故薬の輸出が簡単になるのだろうか。

 そう聞いてみたら、セドヴァラ教会の連携はすごいぞ、とアルフが説明してくれた。


 私はセドヴァラ教会を病院や薬局のようなものだろう、と漠然と理解していたのだが、どうも少し違うらしい。

 もちろん病院や薬局の役目も果たしているのだが、それだけではなかった。

 国と国の間には国境という線があるが、各地のセドヴァラ教会を繋ぐものは薬術の神セドヴァラである。

 神の下では人間が引いた国境せんなど無意味であり、セドヴァラ教会とその信徒は国境になど囚われない。

 疫病の発生等、有事の際には国境を越えて手と知恵を貸し合うのがセドヴァラ教会であり、セドヴァラ教会を一つでも有する国はこれを権利として認めなければならず、拒否すればその全ての恩恵を取り上げられることになっている。


「……昔は、医療ってのは王侯貴族といった一部の人間だけが独占する技術だったんだ。セドヴァラ教会も薬湯ぐらいはあったが、今のように薬を処方してくれる場所ではなくて、ただ病人が集まってセドヴァラの救いを祈るだけの場所だったんだよ」


 なんとも衝撃の事実だった。

 病気など、いくら神に祈ったところで治るものではない。


「セドヴァラ教会が今のように調薬で病を癒すようになったのは、聖人ユウタ・ヒラガが現れてからだな」


 ……また出てきたよ、ヒラガユウタさん! ホント偉人扱いで慕われてるね。


「セドヴァラ教会は神の信徒だから国境になど囚われない、と言い出したのも、その主張を各国に浸透させたのも聖人ユウタ・ヒラガだ。そのおかげで、セドヴァラ教会はこと薬術に関しては驚くほど腰が軽く、足も速い」


 伝染病に気づいてすぐに第一報を入れてあるので、すでに隣国のセドヴァラ教会も事態の収束に動き始めているはずだ、とアルフは言う。

 必要であれば手を貸す準備があるが、おそらくはその『必要』自体がないのだと。


「聖人ユウタ・ヒラガしゃんってすごいね」


 様々な薬を作り出したということもだが、組織や体制作りまでしていたとは知らなかった。

 先日レオナルドに渡してセドヴァラ教会に寄付されたらしい伝記を、もう少ししっかり読み込んでおいても良かったかもしれない。


「ユウタ・ヒラガは凄いし、確かに偉人と呼べる人なんだけどな……」


「なにかありゅの?」


「聖人ユウタ・ヒラガが転生者だった、って話は聞いたことあるか?」


「レオにゃルドさんに聞きましら。オレリアさんの家れ」


 たしかオレリアの家で初めてお風呂を見た時に、風呂文化はユウタ・ヒラガという転生者が広めた、と聞かせてくれたはずだ。

 本当は別の名前なのだが、転生者としての知識で偉業をなしたので、名を残すなら前世での名前で、とユウタ・ヒラガの名前だけが今も残っている。


「ユウタ・ヒラガはこの世界に益を運んできたが、二百年ほど前に隣のズーガリー帝国に生まれた転生者は……」


「……よくないもの、作ったの?」


 言い難そうに言葉を濁したアルフに、そうあたりを付ける。

 転生者が異世界にもたらしそうなものなど、時代にそぐわない科学知識や、食文化ぐらいだろう。

 当時は神に祈るだけだったセドヴァラ教会に調薬技術を持ち込んだユウタ・ヒラガも、ある意味ではその一人だ。


「雷のような音を立てて火を噴く筒や、人間の頭よりも大きな鉄の塊を遠くまで飛ばす煙突を作ったらしい。ズーガリー帝国が大陸の半分近くを領土にできたのは、それらののおかげだな」


 ……つまり、剣を振り回す騎士や兵士がいる世界で、武器を通り越して火薬を使うを作った、ってことですか。


 アルフの話から察するに、つまりはそういうことだろう。

 雷のような音というのは発砲音で、鉄の塊を飛ばすといえば大砲ぐらいしか想像できない。

 一応ではあるが、私の発想が貧困であることは自覚している。


「……魔法みらいなお話れすね」


 なんと相槌を打ったら良いかわからず、子どもらしい頓珍漢なことを言ってみた。

 まさか「その筒、鉄砲って言うんですよ」だなどと突っ込むわけにはいかない。

 首を捻りながら搾り出した相槌に、アルフは苦笑を浮かべた。


「平和利用してくれる魔法なら、私も歓迎するんだけどな」


 子どもの突飛な発言と受け止めてくれたらしいアルフが、魔法という単語にのってくれた。

 雷のような音をたてて火を噴く筒など、鉄砲が存在しない世界なら魔法のようなものだろう。


「……そう言れば、魔法を作っら転生者とかあ、いにゃいんれすか?」


 異世界転生といえば、主人公は最強の魔法使いだったりするのがお約束だ。

 アルフたちが知らないだけで、実は魔法的何かが存在している、という可能性があったっていいはずだ。

 何かそういう話はないのだろうか。

 ふわっと湧いた思いつきに、これは子どもらしい頓珍漢だ、と自覚しながら食い下がってみる。


「無いものは作れないなぁ……」


 何かないですか、とじっと期待を込めて見上げていると、アルフは困ったように髪を掻きあげた。

 いつのまにか先ほどまでの苦笑はなく、困ったように眉を寄せている。


「前にも魔法はないのか、って言ってたな。ティナはそんなに魔法が気になるのか?」


「病気が直しぇる魔法とかあえばいいのに、ちょは思いましゅ」


 アルフとこんな会話をした三日後に、ロイネは子どもの元へと旅立った。

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