第7話 屋根裏部屋の秘宝

 ……さて、やりますか。


 館の主であるレオナルドの許可は取ってある。

 街に慣れるまでと期限は付けられたが、私が使う部屋だ。

 自分の部屋を自分で掃除しても、誰にも怒られないだろう。


 ……お掃除道具貸してください、って言ったら、タビサさん変な顔したねー。


 よほど主筋の人間が掃除をするというのは、奇異な行動なのだろう。

 自分たちが掃除をすると言うタビサたちには、私の暇つぶしも兼ねているからと、どうにかお断りすることに成功した。

 その代わりというか、髪が邪魔にならないように、と朝ツインテールにわれた髪はおだんご頭にされている。

 鮮やかな赤いワンピースも、汚れてもいいように、とオレリアの家で着ていたワンピースへと着替えさせられた。


 ……オレリアさんの家で着てた服と、館に用意されてた服って、明らかに質が違うよね。


 オレリアの家で着ていた服は黒騎士がどこかの街で買ってきた中古服で、城主の館に用意されていた服は中古服ではあるらしいのだが、肌触りが恐ろしく良い。

 前世での部屋着と訪問着ぐらいの差がある。


 ……訪問着っていうか、お洒落服とか、ブランド服とか、そんな感じ。


 なにはともあれ、汚れてもいい服に着替えているので、心ゆくまで掃除を堪能することができる。


 ……まずはどのお部屋にしようかな、と。


 六つある扉を覗き、それぞれの部屋を確認する。

 日当たりはほしいので、南側の部屋ということだけは決めていた。

 そうなると、選べる部屋は三つのうちのどれか一部屋になる。


 ……ここにしようかな。


 真ん中の部屋が、他二部屋に比べて荷物が少ない。

 荷物を他の部屋に運ぶにしても、都合がいいだろう。


 ……まずは窓を開けて空気の入れ替えからだね。


 部屋の中身を確認し、荷物を他へ移せるかと他の部屋を覗く。

 自力では木箱を持ち出せそうにないが、これはバルトを頼ればいい。

 木箱の数をかぞえていると、ちょうどバルトが様子を見に来たので、そのまま木箱を運び出してもらった。

 小さな荷物なら私にも運べるので、手伝いは必要ない。

 箱に入っていたり、布に包まれていたりする荷物を運び出すと、下から粗末なベッドが現れた。

 屋根裏は使用人の部屋というのは確かだったようで、昔の使用人が使っていた物だろう。

 ベッドも出すか、とバルトに聞かれたので、そのままでいいと答えた。


 ……普通サイズのベッドだもん。さすがに布団は丸洗いか換えたいけど、このサイズのベッドは落ち着いて寝れそう。


 布団を外して一階へと降ろすバルトを見送り、空になった部屋を改めて眺める。

 程よい狭さと質素な壁紙が、なんとも落ち着く雰囲気だった。


 ……広すぎる客間とか、綺麗すぎる三階のお部屋より、よっぽど落ち着く感じ。


 さて、これからこの部屋を自分の部屋とするべく、まずは徹底的に掃除をしよう。

 そう決意もあらたに袖を捲くると、下の階からタビサが呼びに来た。


「ティナ嬢様、夕食のお時間です」


 いつの間にかそんな時間になっていたらしい。

 休憩を取ってはいたが、一日中屋根裏にいたので今日は時間の進みが早かった気がする。


「今日も先にお風呂ですね」


 自分では判らないのだが、タビサから見ると今日もどこかに綿埃をつけているらしい。

 腰に手を当てたタビサが溜息混じりに苦笑を浮かべた。







 せっかくなので、徹底的に掃除をする。

 古い布団をまずは丸洗いしてみようと思ったのだが、これはその日のうちにタビサが洗濯屋へと出してくれていた。

 クリーニング屋のようなものがあるのだろうか、と思って聞いてみたところ、似たようなものがある、と教えてくれた。

 さすがに前世のクリーニング屋のように朝出して夕方に引き取れる、というようなスピードはないが、徹底的に洗ってくれるらしい。

 他にも追加料金はかかるが、布団の打ち直しや補修も頼めばやってくれるのだとか。


 時折タビサの手を借りながら三日かけて部屋を掃除し、あとは布団が戻ってくればすぐにでも部屋として使えるようになった。

 三階の部屋に比べれば殺風景な部屋だが、引っ越してきたばかりの部屋などこんなものだろう。

 小さなクローゼットにオレリアの家で着ていた服を詰め込み、私にできることは終了だ。


 ……そういえば、この部屋にあった荷物って、なんだったんだろうね?


 部屋の掃除が終わってしまえば再び暇になり、他の部屋へと移した荷物への興味がわいた。

 荷物を部屋から出すことばかりに夢中で、中身が気になることはこれまでになかったのだ。


 隣の部屋へと移動し、まずは窓を開ける。

 掃除をした部屋に慣れてきたので、手付かずの屋根裏部屋は少し埃っぽく感じた。

 室内を巡る風に、紙が一枚ピラピラと揺れる。

 その動きに注意を引かれ、何気なしに机の上へと積まれた本と紙束に近づく。


 ……これ、私が運び出したやつだ。確か、ベッドの下にあった……?


 男の子のベッドの下から出てきた本、と思えば浪漫ロマンの塊だが、前の部屋の主の性別は判らないし、とにかく部屋の中を空にすることしか考えていなかったため、その時は荷物に興味が持てなかった。

 が、今日は違う。

 自分がなんの関心もなく部屋から追い出した荷物がなんだったのか、が今さらながらに気になり、わざわざ確認にきたのだ。

 男の子の浪漫であろうと、赤点のテストであろうと構わない。

 ちょっとした好奇心が満たされればいいのだ。


「……なにこれ?」


 風に揺れたメモ紙を抜き出し、視線を落とす。

 おそらくはこの国の文字だと思うのだが、何が書かれているのかはさっぱり読むことが出来ない。

 問題は、メモの挟まれていた本の方だった。

 赤いインクで何事か注意が書き込まれているのだと思うのだが、黒いインクの文字はところどころが私にも読める。

 この国の文字に混ざって、日本語が並んでいた。


 ……えっと? セドヴァラ教会、委任? 薬術の製法は……?


 自分の作り出した薬術の処方箋レシピは全てセドヴァラ教会に管理を任せる。

 薬術の製法など、個人が秘匿して良いものではない。

 広く世にひろめ、一人でも多くの命を救えればよい。

 しかし、綺麗事だけではやっていけないのも解っている。

 薬を作るためにも費用は必要で、貧しい者には薬を買うための金額を用意することができない。

 資金を得るための手段として、いくつかの案をセドヴァラ教会に提示した。

 その案が採用されれば、貧しい者でも薬を買うことができるようになるだろう。


 読むことのできる日本語だけを拾うと、内容としてはこんな感じだった。

 少ない知識から察するに、聖人ユウタ・ヒラガの功績とか、伝記とか、そんな感じだろう。


 ……なんでそんな物が屋根裏部屋に?


 本の形態をしているが、中身は印刷物ではない。

 自分で書いたものを本の形に纏めたものだろうか。

 この世界にルーズリーフとバインダーがあれば、本ではなくバインダーに収められていたのだろう。


 ……ベッドの下にあった日本語の書かれた本、か。


 誰の持ち物かは判らないが、放置してよいものか、レオナルドに報告した方が良いものなのかもわからない。


 判断に困る発掘品をレオナルドに提出する機会は、翌日の夕食時にやってきた。

 機会がなかったというよりは、純粋にレオナルドが家に帰ってこないのだ。


 ……仕事が忙しいなら無理に帰ってこなくていいって言ったけど、だからってちょっと清々しいまでの放置っぷりですね。


 私が言ったことではあるが、さすがにこれはどうかとは思う。

 幼児の保護者になった、という自覚がレオナルドにはないようだ。


 ……さて、なんて言い出したらいいのかな?


 四日ぶりに顔を見せたレオナルドを見つめ、表情には出さずに思考する。

 レオナルドの中で私は文字が読めない幼児だ。

 当然日本語など読めるはずもなく、この国の言葉との違いなど判るはずもない。


 ……あれ? これって、変なこと言ったら転生者ってバレるしかない感じ?


 オレリアにはうまく誤魔化せるようになれ、と言われたので、もう少し慎重に考えた方がいいかもしれない。

 私が転生者であると気づかれずに、あの扱いに困る本をレオナルドへ渡す方法を。


「……ティナ?」


「ほへ?」


 話しかけたい。

 でもなんと声をかけたら良いか判らない。

 そんな思考の板ばさみになってうんうんと頭を捻っていたら、不意にレオナルドに話しかけられた。

 完全に不意をつかれたので、思わず変な声が出る。

 何だろう? と改めてレオナルドを見ると、レオナルドは食事の手を止めて私の顔を見ていた。


「えーっと……?」


「聞いていなかったのか?」


「ごめんなさい」


 どうやら思考に夢中でレオナルドの話を聞き流していたらしい。

 これはまずい、とナイフとフォークから手を離し、膝に手を置く。

 今度は聞き流さないように、完全に話を聞く姿勢だ。


 姿勢を改めて話を聞こうとする私に、レオナルドは食べながらでいい、っと食事を再開した。

 私も、今度こそ聞き流さないぞ、と先ほどまでの思考を頭の隅へと追いやって食事を再開する。


「ティナは何色が好きか、と聞いただけだよ」


「わたしの好きな色?」


「せっかくティナのために部屋を整えるのだから、壁紙からティナの好きな色にした方がいいだろ?」


 さらっと言われた台詞に、思わず目が点になる。


「……かべがみ、かえるの?」


 え? 何言ってんの? この人正気? というのが、正直な感想である。

 ホームセンターでペンキを買って来て、ちょっと壁の色を変えてみようか、なんてレベルではない。

 バルトがやるのか、大工などの職人に頼むのかは判らないが、普通やしない子一人のためにわざわざ壁紙など変えないだろう。

 今の壁紙で十分ということもあるが、そこまでする意味が判らない。


 ……いや、中世の貴族は季節ごとに壁紙まで替える規模で部屋の模様替えを楽しんだ、って聞いたことはある気がするけど。


 私もレオナルドも貴族ではない。

 少なくとも私は今使われている壁紙で十分だと思っている。


「レオにゃルドさん、親戚、探す言ってた?」


 確かレオナルドは、メイユ村で私の親戚について聞いていたはずだ。

 てっきりレオナルドが私を預かりながら親戚を探し、親戚が見つかったらそちらへと預けられると思っていたのだが。

 違うのだろうか。


「わたし、親戚にあずける。かべがみ、かえるのムダ」


 そう指摘してみたら、レオナルドの笑みが見る間に凍りつく。

 判りやすすぎる反応に、レオナルドが完全に親戚の存在を失念していたのが確信できた。

 一時いっときレオナルドの元にいるだけなら、壁紙を替える必要などない。

 むしろ屋根裏を正式に私の部屋としてもいいぐらいだ。


「ティナの親戚はもちろん探すつもりだが、すぐには見つからないだろう。今は砦も忙しいことだし……」


「レオにゃルドさん、忙しい。ますます、かべがみ必要ない」


「それでも、サロモン様からティナを預かった以上は、ちゃんと部屋を用意して……」


「やねうら部屋、すてきよ?」


 ……あれ? もしかして、今がチャンス?


 会話の流れで、自然と屋根裏部屋の話になった。

 これならば発掘した物を話題にしても、それほど不自然ではあるまい。

 眉間に皺を寄せてまだ壁紙を替えることが諦められないでいるレオナルドに、出来る限り自然な仕草を装って話しかけてみる。


「そいえば、やねうら部屋、本あった、よ」


 早速若干噛んだあたり、私に嘘は向いていない。

 自然な演技など、無理な話なのだ。


「本?」


 壁紙から話がそれるのは都合が良かったのか、純粋に会話に乗ってくれただけなのか、レオナルドの注意がこちらへと向くのがわかる。


「変な本、なの」


 変な本も普通な本も、今の私に判るわけがないということには、言ってみてから気が付いた。


 ……幼女の言葉の整合性なんて、突っ込んでもムダですからね。気づかないでください。


 レオナルドにこの失言が気づかれただろうか、と内心で冷や汗をかくが、レオナルドは特に気にした様子もなく、先を促してくれる。


「どんな風に変なんだ?」


「赤い字、いっぱいなの」


 印刷ではなく手書きの本でした、はさすがに不味いと判る。

 本らしい本などない村に育ったので、印刷という概念が普通の幼女にあるかどうかもあやしい。

 日本語が書かれていた、なんてことはもちろん言えない。

 悩んだ末に口にできたのは、赤いインクで書き込みのある本だった、というぐらいだ。


「黒い字と、赤い字がいっぱい。レオにゃルドさん、みたい?」


 できるだけ無邪気に見えるように笑いながら、レオナルドを見上げる。

 捕まえた虫の大きさだとか、テストで百点取っただとか、子どもが大人に褒めてもらおうと自慢する時のように、「べつに私は自分の功績を見せたくはないですが、あなたがどうしても見たいっていうなら見せてあげてもいいですよ」といった実に子どもらしい子どもを演じてみた。

 この判りやすい演技はレオナルドにも通じたようで、レオナルドは苦笑を浮かべながら「読みたいです」と言ってくれる。

 さすがに食事中に席を離れるのは怒られそうなので、食後に見せる約束をして食事を続けた。


 食後、例の本をレオナルドの部屋へ持っていこうと思ったのだが、本を取りに屋根裏部屋へと向かう私の後ろにレオナルドが付いてきた。

 一応は使用許可を出した部屋だが、一度は確認をする必要がある、とでも思っているのかもしれない。

 とくに見られて困るものなどないので、子どもらしさを誇示してみた。


 どうでしょう? 綺麗になったでしょう? と胸を張ってレオナルドを部屋へと引っ張る。


「……狭いな」


 開口一番のレオナルドの台詞がこれだ。

 私には高いぐらいの天井だが、背の高いレオナルドにはやや低く感じるようだ。


 ……やばい。印象悪いよ。やっぱり屋根裏部屋は駄目、って言い出さないよね?


 不満そうに眉をひそめたレオナルドに、部屋を取り上げられまい、とこの部屋の素晴らしいところを挙げる。

 そろそろレオナルドがノーと言えないポイントは解ってきた。

 父に対して相当恩義を感じているらしいレオナルドには、郷愁や家族愛を仄めかすと一番効果がある。


「とーさんたちと住んでた家、こんな感じ。狭くていい。わたしは好き」


 やりすぎだとは思うのだが、浮かれた仕草で部屋の中をくるくると回る。

 言葉の終わりにニパッと笑って見上げれば、レオナルドの眉間に刻まれた皺は消えた。

 屋根裏部屋に対する悪感情は逸らせたようなので、目的の本を渡すべく机へと近づく。

 鍵のかかる机のようだが、鍵は残念ながら見つからなかった。

 もしかしたら運び出した荷物のどこかにあるのかもしれないが、とりあえずは無くても困らない。

 鍵の付いていない引き出しを開け、そこに入れておいた本を取り出す。

 黒い革表紙のタイトルのない本と、何枚ものメモ書きだった。


「この本、レオにゃルドさん、読める?」


 そ知らぬ顔をして、レオナルドの前へと本を開いて差し出す。

 開かれた本に視線を落としたレオナルドはというと、面白いぐらいに反応をしめした。


 ……あれ? レオナルドさん、日本語読めるの?


 普通に使われている文字と違う文字がある、ぐらいは誰にでも判りそうだと思うのだが。

 レオナルドの反応は、『違う文字がある』と気づいただけにしては少し大げさな気がする。


「ティナ、この本はここにあったのか?」


「あったとこ? たぶん、ベッドの下」


「たぶん、と言うのは?」


「荷物、一度全部、出した」


 掃除をするために全ての荷物を別の部屋へ移し、昨日なんとなく気になって部屋から出した荷物を見てみたら見つけた、と正直に答える。

 部屋に移す前は、確かベッドの下にあったのを私が見つけた、とも追加した。


「ベッドの下というと、昔使っていた使用人の物か? この部屋が使われていたのは別棟を建てる前のはずだから……一応バルトたちにも聞いてみるか」


 何事か考え始めたと判るレオナルドは、手にした本を閉じると私に申し訳なさそうに言う。


「ティナ、この本は俺が貰ってもいいか?」


「いいよ。わたし、本、よめない」


 これは嘘だ。

 暇にまかせて読める場所は全部読ませていただいた。

 この国の文字と思われる部分はまったく読めなかったが、日本語の部分はほとんど読めた。

 内容はやはり聖人ユウタ・ヒラガの伝記だ。

 ユウタ・ヒラガが生み出した薬や、発明した調薬器具について触れられていた。


「……それから、仕事を思いだしたから、俺は砦へ戻る。久しぶりに一緒にいてやりたかったが、ごめんな」


「いいよ」


 一応私のことを気にはかけていたんですね、と少し驚いた。

 無理に帰らなくて良い、と言ったら馬鹿正直に四日も遠慮なく帰らなかったレオナルドだ。


 ……むしろ、私の方がごめんなさい? もしかしなくても、思いだした仕事って、その本ですよね。


 久しぶりに家で眠れるはずだったのだが、私が渡した本のせいでレオナルドは砦に戻ることにしたようだ。

 何か伝染病について役に立つことが書いてあったようには思えないが、役に立つのなら持っていってほしい。

 なにかあるけど、黙っていた方がいい? それとも伝えるべき? と悶々と頭を悩ませるモノが無くなるのだ。


 レオナルドには悪いが、私としてはおんである。

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