第5話 死に逝く村 2
裏山と両親かダルトワ夫妻が看病に出向いている家を何度か往復して、せっせと雪苺を運ぶ。
忙しく動きまわっていると、少しだけ気分が浮上してきた。
村長が死んだのは私のせいではないが、一度でも「死ねばいいのに」と心の中で望んだせいで、本当に死なれると奇妙な罪悪感が纏わり付いて気持ち悪い。
何もしないでいると、死を願ったことばかりが思いだされて気分が沈んでくる。
村と裏山とを往復するのは、良い気分転換になってくれた。
大半の村人は両親たちの献身に感謝していたが、中には八つ当たりをしてくる者もいる。
何故おまえたちばかり病気にならないのか、と。
……そりゃ、貴方たちがうちの家族を
村中に広がった謎の病に、今さら感染源を探すことは無意味な気がしたが、おそらくはニコラの葬式がきっかけだ。
ニコラの棺を担いだ親族と、葬式に出ていた村人から感染が一気に広がった。
……うん? 最初はマルセル? 先に寝込んだのはマルセルだったような?
マルセルが寝込み、その見舞いにニコラが行った、という話を聞いた気がする。
一度マルセルが回復し、その後にニコラが寝込んでいたはずだ。
……あれ? でも最初に死んだのはニコラなんだから、ニコラからマルセルも感染したの?
どっちだろう? と考えて、すぐにどうでもいいや、と思考を放棄する。
感染源など考えたところで、私にはどうしようもないのだ。
気休め程度であろうとも、自分でできる範囲で自衛をするしかない。
「おまえら夫婦が呪いか何かを撒いたんだ!!」
最初のうちは両親の献身に感謝をしていた村人だったが、だんだん遠慮がなくなったと言うのか、両親を自分たちの奴隷か何かだと勘違いし始めたのか、こんなことを言う村人が出始めた。
さすがの両親もこれには傷ついたのか、顔を悔しそう歪め――それでも村人を放り出すことはしなかった。
ここまで言われてまだ村人の看病をするのか、と父に聞いたら、みんな病気で苦しんでいるから今は正常な判断が出来なくなっているんだよ、と悲しそうに微笑んだ。
今までずっと除け者にされてきたのに何で看病するの、と母に聞くと、困っている時はお互い様でしょう、と母はちょっと困ったように微笑んだ。
……正直者が馬鹿をみる、ってやつだね。
そうも思ったが、父と母を悲しませ、困らせているのは村人ではなく私だと、なんとなく思った。
両親は上に馬鹿の付く正直者で、村人を切り捨てられない。
そして、私はそんな二人を両親に持つ娘だ。
村人を切り捨てるのが生き延びるために必要なことだと判っていても、そう簡単に見捨てられるものではない。
せめて共倒れしない程度に、両親を支えようと思う。
雪苺を運ぶ以外にも何かできることはないか、と両親に聞くと、病人のいる家には近づかないでほしい、と止められた。
自分たちに病気が移る危険を
……だめだ。今生の両親、私が見張ってないと、知らないうちに高価な壷とか買わされていそう……っ!
ひとが良すぎる両親に、我が親ながら嬉しいような、悲しいような、誇らしいような、心配なような、とにかく実に複雑な心境だった。
冬も中頃を過ぎると、死者の数は急激に増え始めた。
症状は、みんな同じだ。
最初は高熱を出して寝込み、少し回復したと思ったら肌が赤く爛れて猛烈な痒みを伴う。
村人の半数以上が死に、母のクロエも熱を出して倒れた。
ただの過労による熱ならば良いが、村人の病気が移っていたらどうしよう、と心配でたまらない。母のベッドの周りをウロウロとしていたら、父にダルトワ夫妻の家へと預けられてしまった。
再び外出が禁止されると、窓の外ばかりを眺めるようになる。
以前のように一人遊びをして過ごす気にはなれない。
忙しく村の家々を看病に回っていた父とダルトワ夫妻だったが、近頃はスコップを持って墓地へと向かうことの方が多い。
父たちの姿が見えなくなると、ダルトワ夫妻の家を抜け出して自分の家へと戻る。
預けられた理由は判っているので、家の中へは入らず、ぐるりと家の周りを移動して両親の寝室の窓から中を覗いた。
「おかーさん、だいじょうぶ?」
コツコツと窓を叩いて、中へと呼びかける。
しばらく待っていると、包帯でぐるぐるに巻かれた母の手が持ち上がり、手を振ってくれた。
……包帯に血が滲んでる。やっぱり他の人の病気が移ったんだ。
痒み止めなどという便利な薬はない。
せめてもの掻き毟り防止に、と父が母の両手へと包帯を巻いたのだろう。爪を包帯で覆ってしまえば肌を傷つけることはないし、指も固定されて掻くことができない。
……包帯、煮沸消毒した方がいいかも?
父とダルトワ夫妻は、まだ感染していない。
ということは、マスクである程度は感染が防げるということだ。
そう考えると、この病気は飛沫感染なのかもしれない。
病人の唾や血といった飛沫が何処に付着しているかは判らないので、とにかく可能な限りすべてを警戒するしかないだろう。
「ティナちゃん、何してるの!?」
「わわっ!?」
いつのまにか戻って来ていたらしいウラリーおばさんに掴まり、すぐに抱き上げられる。
ウラリーおばさんはチラリと私が見ていたものに視線を向けると、そこが寝室の窓である、とすぐに気が付いた。
私が母に会いに来たと解ったようだ。
「クロエは今、病気なの。ティナちゃんに移ったら大変だから、ってうちにティナちゃんを預けたんだよ。お母さんの病気が治るまで、おばさんの家でおとなしく待っていようね」
「……ん、ごめんなさい」
ウラリーおばさんに抱かれたまま家へと戻る。
家から出ないように、という言いつけを破ったからか、寂しくなって母に会いにいったと思われたのか、ウラリーおばさんはそのまま一日家にいてくれた。
ウラリーおばさんの足元に纏わり付くように夕飯の手伝いをしていると、ダルトワ夫妻の家へと帰ってきたのは父だけだった。
「……おじさんは?」
まだ外で作業をしているのだろうか。
そう思って父に聞くと、父は困ったように眉を寄せて微笑んだ。
「オーバンさんは、今晩はお母さんの看病をしてくれることになったんだ」
父の言葉通りに受け取ることなど、出来なかった。
オーバンさんにも村人の
村人の大半が死んだ頃、母のクロエも息を引き取った。
父は相変わらず私を外へ出したがらなかったが、母の墓穴を掘るぐらいは手伝わせてほしい。
そう食い下がったところ、父もこれは受け入れてくれた。
……新しいお墓がいっぱいある。
墓地にはまだ盛られたばかりと判る小山がいくつもあった。
どれが誰の墓かは判らない。
最初の方に死んだ村人の墓は、まだ健康だった他の村人が整えたので多少の装飾はあるが、村のほとんどが寝込んだあとで両親たちが作った墓は、ただ遺体が埋められているだけに近かった。
埋めるべき遺体の数が多すぎて、装飾に凝る余裕などなかったのだ。
「とーさん、それ、誰のお墓?」
邪魔にしかなっていない気もするが、子ども用のスコップで母の墓穴を掘る手伝いをする私の横で、父は新たな墓穴を掘り始める。
目安として地面に引かれた線を見れば、大人サイズの墓穴だ。
「……今はいくつあっても足りないからね。今日はティナが手伝ってくれるから、お父さんは他の人の分を掘っているんだよ」
「外、ダメ。とーさんが言った。言って、くれたら、わたしもお手伝い、する」
自分で外出を禁止しているくせに、まるで私がお手伝いから逃げているようではないか、と頬を膨らませて抗議する。
マスクをしているので表情はほとんど判らないはずだが、拗ねているのは伝わったのだろう。
父は穴を掘る手を止めて
「ティナは外でお手伝いしてくれるより、家でおとなしくしていてくれる方が、父さんは嬉しいな」
「村の人、たいへん。わたしだけ、なにもしない。変」
「ティナはまだ子どもだからね。お手伝いできることの方が少ないんだから、せめて病気が移らないよう家の中にいてくれるのが一番のお手伝いだ」
「できること、やりたい」
「もちろん、ティナに出来ることは手伝ってもらっているよ。……そら、そろそろ土が固くなってきただろう。お父さんと代わろう」
比較的柔らかい上層部の土を掘ると、粘土質のような固い土に変わった。
とても子どもの腕力では掘れないと思ったところで、父と場所を交代する。
私が今まで掘っていた穴を父がより深く掘り進め、父が大きさの目安を作っていた場所を私が新たに掘り始めた。
「……ティナはもう家に帰ってもいいんだぞ。お母さんのお墓を掘るだけの約束だったろ」
「ここ、誰のお墓?」
ポンポンと地面を叩いて父を見上げると、父はそっと顔を逸らし、作業を再開した。
しばらく待ってみたが、父からの答えはない。
……ここは、たぶんお父さんのお墓。
母の隣に作られる大人サイズの墓穴ということは、そういうことなのだろう。
父のサロは、自分の墓を用意しているのだ。
ダルトワ夫妻の埋葬が終わった日。
疲れもあったのだろうが、ついに父も寝込んでしまった。
聞いていた通りに高熱が続き、一度熱が下がって痒みを訴え始める。
ただ父は自制心が強いのか、幼い我が子の前では我を忘れて掻き毟るということができないのか、村人たちのように体を掻くことはしなかった。
そのおかげか肌は赤く爛れてはいるが、傷ひとつついていない。
「ティナ、マスクはしないと駄目だろう?」
いつかの母のように、私の首に巻かれたマスクを父が本来ある場所へと戻す。
マスクを作ったばかりの頃は有効性に疑問を持っていた父だったが、今ではその効果を疑う余地はない。
村人全員が病気になっても自分たちだけが感染を免れたのは、除け者になっていたこともあるだろうが、マスクをしていたおかげもあると確信しているようだった。
「わたしも、病気なる。ひとり、生きてく、無理」
まだまだこの世界の常識など知らなければならないことが山のようにある。
それらを私に教えてくれるはずだった両親に先立たれては、まだ八歳の子どもでしかない私には生きるすべがない。
少し怖いが、一人で村に残されて死ぬよりは、父と一緒に死んでしまいたい。
「そんなことは言わないでくれ。おまえは私とクロエのたった一人の娘なんだ。お父さんたちの分まで長く生きてくれないと、悲しいよ」
「でも、ひとりなる。わたし、どうしたらいい、わからない」
村でただ生きていくだけならば、家事は一応できる。覚えた。
でも、畑を耕しながら家事の全てをこの小さな体でこなすことは、まだ不可能だと思われる。
「村に時々行商人のおじさんが来ただろう? おじさんに町まで連れて行ってもらって、孤児院を頼るといい」
「こいいん?」
「孤児院」
すぐには正しく発音できない言葉を、父は何度か繰り返し教えてくれた。
枕元で『こいいん』と繰り返し、やがて『孤児院』と言えるようになると、「よくできました」と父は優しく頭を撫でてくれる。
「色んな理由で親を失った子どもの世話をしてくれる場所だ。そこなら成人まで子どもの世話をみてくれる」
「知ってる人、いない。嫌」
八歳にもなって片言トークが許されているのは、この村で育ったからだ。
村人はみんな、私はしゃべるのが苦手なだけで、耳は聞こえているし、判断力もあると知っている。基本的には言いつけを守る良い子として暮らしてきたからだ。
けれど、今から村の外で暮らすとなると、この片言トークは少々まずい。
早急にこの世界の言葉を
障碍児を保護して育てる施設など、この世界にあるかどうかは判らなかった。
障碍児など育てる余裕はない、と殺されてしまっては、生きるために孤児院を頼った意味がない。
村から出て暮らすことは、今の私には難しすぎた。
「……友だちはいっぱいできるぞ。子どもの数が多いからね」
「マルセルみたいなの、いたら嫌」
付き纏われて迷惑をしていたが、あまり故人を悪く言うのはやめよう。
そう思い、ぷいっと父から顔を背ける。
父はそれでマルセルと私の長い戦いの日々を思いだしたのか、なんとも言えない微妙な笑みを浮かべた。
「マルセルは……ティナは可愛いからなぁ。どこに行ったって、マルセルみたいなのは湧くよ」
「わたし、知ってる。とーさんみたいな人、親ばか、言う」
「お父さんは親馬鹿じゃないぞ。ティナ馬鹿だ」
「ばか、みとめた」
「父親が娘にメロメロで何が、わる……っ!」
ごほっ、ごほっと、元気良く胸を張っていたはずの父が突然
近頃の父は少し大きな声を出そうとすると、しばらくの間噎せて呼吸もできないようになった。
父が懸命に痒みを我慢しているため、見える範囲の疱瘡は少ないが、もしかしたら肺など、体の中にも出来物があるのかもしれない。
「おとーさん、だいじょうぶ?」
本当に効果があるのかは判らなかったが、思わず父の背中を擦る。
噎せている人を見ると、ついやってしまう仕草だ。
「ああ、少し楽になった気がするよ。ありがとう。……それよりもティナ、そろそろ薪を足した方が良かったんじゃないかな」
「薪、オーバンさんちに、まだある。とってくる」
この冬は、もう裏山に追加で薪を探しにいかなくとも、村の中だけで十分まかなえる。
秋に村人が集めた薪が、消費するはずだった村人が死んだことでどの家にも少しずつ残っていた。
それらを集めれば、薪を拾いに山へ入る必要はない。
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