第3話 マルセルの愛玩動物
貧しい村で唯一『
これまで以上に絶好調だ。
絶好調すぎて、ウザさも倍増している。
マルセルは最近ではほとんど家に居るらしい。
おかげで外を歩くのになんの警戒もいらないので私としては喜ばしいことだが、たまに遭遇することがあるとニヤリと口の端を歪めて笑うのが気持ち悪い。
空気を読める日本人としてその表情から読み取れた感情は「いいだろう、うちの愛玩動物」「見せてくださいって言うんなら、見せてやってもいいんだぜ」「見せてください、って言えよ」といったところだ。
マルセルはこれを村中でやっているので、村人のほとんどはこのペット自慢の被害を受けている。
そのせいで、見ていなくともどんな愛玩動物なのか判った。
……リス系のげっ歯類とか、ちょっと可愛いんだろうけど、マルセルの家に行くとか無理。
村の中では普通なのかもしれないが、日本人の感覚で見ると
……そういえば、オーバンさんの家って汚いって思ったことないな。
ダルトワ夫妻は村人に比べて身奇麗で、家の中も綺麗に掃除されている。
夫妻に頭を撫でられる時は伸ばされた手に身構えることもないし、抱き上げられても息を止める必要はない。
……どっちかが前世日本人で、綺麗好きだったりしてね。
そんなありえない想像をしていたら、突然小さな陰に進路を塞がれた。
「よお、ティナ! 久しぶりだな!」
……ついに家で待っていても誰もペットを見に来なくなったから、自慢できる相手を外に狩りに来たか。
愛玩動物を買って以降、マルセルは毎日のように村人を家へ呼んで自慢していたので、村長の家のペットは村中に知れ渡っている。
正直なところ、村人もすでに飽きているのだ。
わざわざマルセルの長い自慢話を聞きに村長の家に行く者など、この村にはもういない。
「おまえにはまだおれの
「興味ない」
最後まで言わせずに、言葉を
リス系の小動物はほんの少しだけ見てみたいとは思うが、そのほんの少しの好奇心を満たすために支払う代償が大きすぎた。
……マルセルの自慢話を延々と聞かされるの嫌だし、村長の顔なんて見たくないし、そもそも
「嘘付け! おれの愛玩動物は滅茶苦茶かわ……」
「どうでもいい」
「ちょっとティナに……」
「キモっ」
マルセル的に、リス系の愛玩動物と私が似ているらしい。
村人に散々「ティナっぽい」「ティナに似てる」「うちの愛玩動物可愛いだろう」と言っていたらしいことは、ペット自慢被害にあった村人から聞いていた。
……ペットを好きな子に見立てて溺愛するとか、キモすぎるんですけど。
腰に手を当てて、盛大に溜息を吐く。
やれやれだぜ、といった呆れのジェスチャーのつもりだ。
近頃では完全に無視をするより、少し相手をしてやった方が早く開放されると学んだ。
一に挨拶、二で切り捨て御免、三・四がなくて、五でさようなら。
理想としてはこんな感じだ。
そして、もう二までこなしたので、あとは五に移行するだけである。
可及的速やかにマルセルの前から立ち去りたい。
しかし、強引に逃げては追いかけられるとも判っていた。
となれば、マルセルを煽って自分からこの場を立ち去らせれば良い。
マルセルを煽るのは簡単だ。
ちょっとつれない返事をするだけで、すぐに顔を赤くして怒り出す。
「……なんだよ、ティナの馬鹿っ! せっかくおれが親切に愛玩動物見せてやろうって思ってんのにっ!」
「頼んでない。興味ない。見る気ない」
思いつく限りのお断りの言葉を出すと、マルセルは悔しそうに唇を引き結んだ。
「ほんっと、可愛くないなっ!」
「ありがとうございます」
マルセル
このまま嫌ってくれるのなら嬉しいです、という気持ちの表れだったのだが、マルセルはポカンっと口を開けて瞬いたあと、耳まで真っ赤になった。
「に、二度と誘ってやらないからなぁーっ!!」
赤くなった顔を隠しながら、マルセルは脱兎のごとく逃げ出した。
その背中を見送って、小さく首を傾げる。
……はて? 最短記録で追い払えたけど……?
もしかして、拒絶するよりも受け入れてやった方がマルセルは楽に
……それにしても、私ってどんな顔してるの?
両親を参考にするのなら、そんなに悪い顔ではないはずだが。
少し笑っただけで怒り顔が赤面に変わり、照れて逃げ出すほどの顔とは、どんなものだろうか。
……毛先だけちょっと癖があって、クルっとしてるのはお気に入り。
柔らかい髪質は、未だ自分が幼女だからなのかもしれないが。
柔らかくクルっとカールした毛先は、私も気に入っている。
そんな条件の幼女が目の前にいたら、私でも可愛いと絶賛して愛でていることだろう。
……あー、でも両親に似てない可能性もあるか。私の髪の毛って黒くて、両親のどっちとも違うし。
伸び始めた前髪を引っ張って、日に透かす。
真っ黒な髪は、父の金髪でも、母の赤毛でもない。
……おじいちゃんが黒髪だったらしいんだよね。
髪の色について気になった時に、父のサロがそう教えてくれた。
その際に、祖父について少し聞いてみたのだが、父はそれ以上の情報を聞かせてくれなかった。
いつか考えた『両親駆け落ち説』は、かなり正解に近いのかもしれない。
喜ぶべきか、悲しむべきか、
薪が足りなくなれば追加を探しに山へ入ることが出来るし、隣家への移動も可能だ。
ただ、畑仕事はできないし、外は寒いし、で結局住民は家に閉じこもることになる。
家の中で男は大工仕事をこなし、女は布を織ったり服を繕ったりとやれることは沢山あった。
我が家では、良好な関係にあるダルトワ夫妻と共に冬を越すことになっている。
同じ家で過ごせば、秋に集めた冬越し用の薪が節約できる、というのが主な理由だ。
他の理由としては、私が家に閉じこもったら寒かろうが雪が降ろうが、ダルトワ夫妻が私の顔を見に来る気がしたから、という物がある。
そろそろ初老に手が届く夫妻に、そんな真似はさせたくない。
雪道で転びでもしたら大変だ。
ほとんど娘か孫娘のように可愛がられているので、こちらとしても第二の両親か祖父母のように慕っている。
両親もそんな気持ちでいるのか、冬を一緒に過ごすことで夫妻から村のしきたりや風習について様々なことを教わっていた。
早く村に馴染みたいと言う両親が、私にはなんとも不思議でしかたがない。
もう何年も
……あれ? そういえば、最近マルセルが来ないね?
春から秋はほとんど毎日。
冬になっても三日に一度は遊びに誘いに来るマルセルが、もう一週間ぐらい姿を見せていない。
……ついに嫌われてるって理解してくれた?
そう内心で安堵していると、薪を納屋へ取りに行っていたオーバンさんが噂を仕入れてきた。
「村長のとこのマルセルが、なんかの病気でもう十日も寝込んでるらしい」
「風邪かしら? 元気すぎて、冬の川にでも入ったのね」
我が家の感想は、こんなところだった。
マルセルが元気すぎるのは、村の誰でも知っていることだ。
腕白すぎて冬の川に飛び込んだのだろう、裸で寝たのだろう、などと、結構好き勝手な憶測があがる。
「マルセルのお見舞いにいったニコラが今度は寝込んでるらしいよ」
数日後に、噂は少し変化をみせた。
マルセルが回復した代わりに、その見舞いに行った子どもが寝込んでいるらしい。
マルセルの風邪が移ったのだろう。
最初はみんな、そう噂した。
「……ティナちゃんは、家から絶対に出ちゃいけないよ」
「誰が来てもドアを開けては駄目よ。村長には特に気をつけて」
ダルトワ夫妻に家へと閉じ込められるようになったのは、マルセルが再び寝込んだという噂が聞こえてきてからだ。
外は寒いし、一緒に飛び回って遊ぶような友だちもいないので、家に閉じこもっているのは苦にならなかったが、両親とダルトワ夫妻が少し不穏で心配だ。
ピリピリと緊張していて、落ち着きがない。
最初に死んだのは、ニコラだった。
自分の認識としては、マルセルの取り巻きである。
いつもマルセルと一緒に行動していて、マルセルの言うことは何でも聞いていた。
あれは対等な友人関係とは言えないだろう。
村の権力者である村長に媚びるため、親に言い含められた所謂
当然、マルセルに毎日のようにいじめられていた私からしてみれば、好意など抱けるはずもなく。
……可哀想だとは思うけど、それだけなんだよね。
特別悲しくもなんともない。
むしろ、早くに子どもを亡くすことになったニコラの両親の方が気の毒だと思った。
「……マルセル……同じ……」
「まだ寝込んで……」
「……ニコラの他にも……寝込んで……」
寝室へと押し込めるように私を寝かしつけたあと、両親たちが最近の村の様子を話し合う声が聞こえる。
漏れ聞こえた内容を纏めると、こんなところだ。
ニコラとマルセルは同じ症状で寝込んでおり、マルセルは一度回復したが、また寝込んでいる。
どうもただの風邪とは違う。
一度高熱が出て寝込み、熱が引くと肌が赤く爛れ、強烈なかゆみを発するらしい。
かゆいかゆいと泣くニコラの声が静かになったと思ったら、ニコラは死んでいた。
マルセルは、最近では血を吐いているらしい。
……なにそれ怖い。なにか変な病気拾ってきたんじゃないでしょうね?
繋ぎ合わせた噂だけでこれだけ不安になるのだ。
大勢で噂しあう村人たちの不安は、これの比ではないだろう。
……外歩く時用に、マスクとか作っておいた方がいいかな?
どんな病気なのか。
その予防法などは。
何ひとつ正確な情報はなかったが、自分で今できる範囲の予防と対策をしようと思ったら、手洗いとうがいの徹底と、マスクの着用しか思い浮かばなかった。
ザ・前世日本人の貧相な発想である。
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