第3章

『ふたたびの想い出』は、こういうものに全く慣れていない俺には、頁をめくる度に欠伸の出てくるような、甘ったるいメロドラマが続く本だった。

 粗筋あらすじを簡単に書くと、以下のようなものである。

”才能も有り、世間的な評判も上々の女性画家、彼女は裕福な外科医と結婚しているのだが、何となく満たされない。そんなある日、一人の男性と些細なきっかけで出会う。

 5歳も年下で、ハンサムな新進俳優である青年と彼女は、一瞬にして恋に落ち・・・・”

 と、まあこんなものだ。

 いや、訂正しなければならない。

 粗筋なんてものじゃないな。

 これで内容を総て語り尽くしてしまったようなもんだ。

 女性の喜びそうな甘ったるい言い回しやブランド品やリゾート地が出てくるだけで、例えて言えば、砂糖菓子の上に、生クリームと蜂蜜を嫌というほどかけたような、そんなもんである。

 最近の女性は自立志向が強いと言われるが、そんな彼女たちが甘ったるい恋物語に夢中になるなんて、まず俺にはそこが理解出来なかった。

 実際、依頼人の妻たちも、どちらかといえばその傾向が強かったようだ。

 にもかかわらず、この程度のロマンス小説に夢中になるというのは、ちょっと考えにくい。

 だが、彼女たちが三か月も行方知れずになっているのは、厳然たる事実である。

 どんな些細なことであっても、それを手繰って、最後は解決に持ってゆく。

 それがプロってもんだ。


”ふたたびの想い出”は、元々は米国のロマンティック・クイーンという、女性向けの小説を専門に出しているシリーズの事で、それを日本の出版社が版権を独占して出しているものだ。

 兎に角、俺はその出版社を当たってみることにした。

 渋谷にあるその出版社は、10階建てオフィス・ビルの最上階に位置していたが、それほど大きな会社ではなかった。

 何でも別の大手がこのシリーズを売るためだけに設立した会社であるという。

”ロマンティック・クイーン(熱狂的なファンは”RQ”と呼ぶらしい)”シリーズは、現在まで30巻がラインナップされていて、いずれも熱い支持を受けているのだという。

 応対をしてくれた女性の社員は、鼻高々という感じで

 『特にこの”ふたたびの想い出”は、中でも一番売れ行きが良いのだ』と、こっちが聞きもしないのに、鼻高々で喋ってくれた。

『私も一応中身を読んでみましたからね。何となくわかります』

 げんなりしながらも、そう言ってみた。

『ところで一つ伺いたいんですが・・・・』向こうがまた自慢話を始めようとしたので、俺はそれを遮り、懐から一冊の本を取り出し、彼女の前に置いた。


 ロマンティック・クイーンシリーズだった。

 少しだけ違う。

 全部英文のまま。

 そう、つまり原書だったのだ。

『どこで、これを?』

 彼女はそれを手に取り、目を丸くして俺を見る。

『昨日神田にあった行きつけの洋書専門の古書店で見つけてきたんですよ。その本、若干雰囲気が違うようですね』

 そう、英語であるという事の他、確かに大きな違いがあった。

 売り物である表紙のイラストだ。

 原著の方は、まるでハリウッド映画の一場面のスチルをそのまま絵にしたようなものだが、日本版はといえば、まるで少女漫画(いや、レディスコミックというべきか)そのものといった絵柄だったのだ。

 なんだ、そんなことか、とでも言いたげな口ぶりで彼女は答えた。

『最初は向こうのものをそのまま使ったんですけどね。それだとあまりウケがよくなかったんで、日本の漫画家やイラストレーターの方に描きなおして貰ったんです』

 それで売れ行きも倍増、となったという。

『しかし、この本にはイラストと挿絵を担当した、当の画家の名前がありませんね』

 そこでまた彼女は怪訝な表情をした。

『私ども、いわば夢を売る商売ですからね・・・・』

 口籠る彼女に、俺は、

『夢ねぇ、その夢のために、女性が五人行方不明になっているとしたら?』

 少し低音を利かせる。

 こっちだって退くわけにはゆかない。

 彼女は流石にその言葉にビビったようだ。

『分かりました・・・・』そう言って椅子から立ち上がる。




 

 


 




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