第8話 デートですよ、デートっ
玄関で待っていると、猫がいつもの赤い着物ではなく、白いに鮮やかな花が描かれた着物を身に着けていた。一体どこでどうやって着物を変えているのかは不明だが、めいいっぱいのおしゃれをするつもりらしい。
「では、行きましょうか。まずは神様にご挨拶をしくましょうか。この土地でしたら、椿様に会いに行きましょう」
「椿さまとは」
「椿神社のことです。栄えさせてくれる神様なんですよ」
にこにこと笑って口にする猫に、果たして憑き物筋の自分と猫が行っても平気なのかと思ったが、猫は行く気まんまなので反論はよしておいた。
ここに来た際に借りたレンタカーに乗り込むと、猫は当たり前みたいに助手席に乗り込んできた。
ちゃんとシートベルトもするのは優秀だ。果たして猫が警察に捕まるのかは不明だが、おかげで政は猫をどうやって乗せたまま運転するかに悩まなくて済んだ。
土地勘はあまりないが、最近のスマートフォンの地図マップに目的地さえいれればルートを編み出してくれる。
三十分ほどの距離にあるそこまではスムーズにいくことが出来た。
松山の道は今まで走ってきた道路と少し赴きが異なる。道の曲がりなどが特殊だ。
安全運転第一に進むと、だいたい予定時刻通りにたどり着くことができた。
神社の手前には大きな鳥居を車ごとくぐったのでここらへんかと思えば、すぐにわかった。それくらい立派というか、大きなものだ。
駐車場に車を置いて政は降りた。猫はもたつきなかずらも外に飛び出した。
「……背負っていいですか」
「え、背負うって」
身長差を忘れていたが、車から降りて境内へと向かう手前で政は猫を見失い、足を止めた。
見ると後ろの後ろに猫が必死に歩いている。
このままほっといたら確実に迷子になる。
「私、歩けますよ」
「迷子になった猫は家に帰ってこないといいます」
「まぁ!」
猫扱いに怒るかと思ったが、そのあと猫は照れたように俯いている。
「どうしたんですか」
「んふふ、帰ってきてほしいんだなぁと思いまして」
ああ、そっちか。
単純に探すのが手間というだけだが、それはあえて口に出さないでおいた政は猫を右腕に抱き、豪華な門を見た。門には有名な会社の提灯が飾られたそこをくぐり、手を清めてなかにはいると砂利道が広がる。石階段をのぼって現れた赤の美しいそれに願うことは思いつかないが、猫が政の腕から飛び降りて嬉しそうに駆けていく。
「さぁ、祈りましょう」
「……はい」
賽銭を投じて、賽銭箱の横に書かれた参拝の手順に倣って行う。特に祈ることのない政はすぐに顔をあげたが猫は真剣に頭をさげて両手を――前足を合わせたまま――動かない。
なにをそんなにも祈るのかと思っていると猫の片耳がぴくりと動いて目を開けた。
「行きましょうか。おみくじしますか?」
「いえ。挨拶だけで。あとは」
「この近くにはおいしいお好み焼きがあるんですよ。ここらへんは広島焼きと大阪焼きがあって、おいしいですよ。お野菜たっぷりなのとか」
ああ、けど、それともと猫が尻尾を振るう。
「うどんにしましょうか? 香川ほどではないにしろ、ここにへんのうどんはおいしいんですよ」
「……」
「なんですか?」
「食べるのが好きなんだなぁと」
「え、いや、にゃーん」
恥ずかしがって誤魔化している。
その反応は年頃の女の子とまったく同じだ。見た目は猫だが
車に乗り込んで、発進し、とりあえず目にはいった店に入ろうと政は決めたが、すぐに気がついた。
「ただ俺以外は見えないんですよね」
「はい」
「それなら一人分しか食べれませんが、食べなくていいんですか」
そもそもこんな食いしん坊なのに食べないなんて出来るのかが問題だ。さして食べ物に好みがないからほしいものを頼んであげることはやぶさかではないが、食べれない相手の前で食べるというのもなかなかに
「ああ、それなら化けたらいいので大丈夫です」
「化ける?」
「はい。銀次郎さんのときもそうでしたから」
祖父の名前が唐突に出てきたのに政は眉を寄せた。
「祖父と食事を」
「え、ええ。おきぬさんが亡くなってから、ごはん私が作ってましたし」
思えば、慣れたようにあれこれと家のことをしていた。全部祖父のときからしていたとしたら、祖父が祖母を亡くしてもどこにも行かず、あの家にとどまりつづけた理由も合点がいく。
「……家のことは、おきぬさんに教えていただきました」
「祖母に」
「はい。ごはんを炊くことも、味つけも」
ふふっと猫が笑う。
「全部、いつかのときのために教えてくれたんです」
「いつか、とは」
「あーー。あそこのお好み焼き、おいしんですよっ」
猫が明るい声をあげたのに政は急いで意識を前に集中させた。
大通りの端にあるお好み焼き屋を指さすのに政はそこへと車をまわした。
狭い、猫の額よりはまぁ大きいそこに車を止めて、なかにはいると、カウンターとテーブル席。
女の店員が案内してくれて、テーブルにつくとすぐに水が二つ出てきた。驚いて政が顔をあげると、そこに黒髪の女が座っていた。その着物は猫が着ていたものと同じだ。
黒々とした長い髪にはにかんだ顔にくりくりくとした瞳。
「ふふ」
悪戯が成功した子供みたいに笑う。
「驚きましたか?」
「はい」
素直に頷いていた。
「人になれるんですね」
「化けれるんです。ふふ。お好み焼き、私は広島焼きが食べたいです。あなたはどうしますか?」
「同じく」
店員がやってきたのに注文したあと、手持無沙汰になった政は視線を猫に向けた。彼女は嬉しそうに微笑んでいる。
人になった己の姿を自慢したいのか、それともこうして外に出たことを楽しんでいるのか。
考えに没頭していたら店員があつあつのそれを持ってきてくれた。
テーブルは鉄板で、火をいれて、焼き立てのそれが冷めないようにしてくれている。
へらで割いて、小皿に移していく。
豚玉はしゃきしゃきのキャベツと肉が実にマッチし、甘辛いたれとマヨネーズがほどよく食欲をそそる。見ると猫ははふはふしながら食べている。
視線に気が付いて猫が顔をあげる。
「おいしいですか?」
「甘い味がします。あなたは?」
「私はおいしいです」
これがおいしいというのかす政にはまだ判断できない。ただ猫がそう訂正するのにこれがおいしいなのかと考えて、ひたすらに箸を動かした。
「次、どこに行きます?」
お店から出るとすでに猫の姿に戻っていた。助手席でシートベルトをしめて観光する気まんまんの猫に政は一瞬迷ったあと
「松山城」
「……いいですよ、行きましょう、政さん」
スマートフォンでルートを確認し、大きな道を走れば路面電車が走っていたのには驚いた。
オレンジ色のそれは車すれすれに走るので、当たらないかと一瞬、ぞくりとしたが、幸いなことに電車のほうも車相手にかなり気を配っているのかかなりゆっくりとしているし、汽笛を鳴らして存在をアピールしてくれている。
城下の道は人が通ることも考慮して、近場のコインパーキングに車を駐車してゆるやかな坂道を歩く。
猫を抱えようとすると人の姿をとって、当たり前みたいな顔で横を歩いている。
左右に出来た店に立つ店員の呼び声が目を引いた。
松山は海も山も近いため、どっちの特産もあるようだが、ぱっと見た限りは魚がメインの店が多い。それに古本屋、アンティーク、あとみかんが目に留まった。
みかんの専門ショップと書かれている。
「食べます?」
「……みかんを?」
「アイスとか、お酒とか、クッキーもあるんですよ」
まるで自分が作ったかのように自慢する猫に政は眉間に皺を寄せて渋い顔をした。どうもみかんを加工しておいしいものができるというイメージがない。
特産を扱うのは悪いことではないが、酒やクッキーにして食べられる味なのか。味わうことから縁遠い政には想像が出来ない。
ほらほらと猫が手をひいてくるのに否定するより先に政は店のなかに連れられた。
なかはシックな木造の作りで、棚にはいくつものみかんの種類と紅茶その他が並べられている。
カウンターにいる店員に言うと、アイスはすぐに出された。カップとスプーンがつけられて、それはオレンジ色で嘗めると、ひんやりとしている。
酸味と甘みがする。
ちらりと政が見ると、猫も一生懸命、ぺろぺろと嘗めている。どうも口のなかにいれるには冷たすぎる。
そもそも、猫がアイスを食べて平気なのだろうか。
あとみかんというか柑橘類は平気なのだろうか。
「平気なんですか」
「え、なにがです? ふふ、甘いですねぇ。うう、ちっぱい」
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