第6話 よろしくね、仲間
「おはよー、猫ちゃんって、あっれー、誰、その人」
庭に面した窓からひょいと声がかけられて見ると、若い男が立っていた。
髪の毛を金色に染めて、目は黒というなんともちぐはぐな日本人。年齢は十代も終わりにさしかかったくらいだろう。着ている服もシャツとズボンというラフなスタイルだが、その肩に止まっている金色の蝶は目を引いた。
「もしかして、猫ちゃんの宿主さん?」
「あなたは」
「あ、俺? 俺は蟲知三太って言います。蟲憑きです」
けらけらと笑って四つん這いで家のなかにはいり、居間まで来るとあろうことか手をのばしてつけものを一つとって食べ始めた無礼な若者を政は唖然とした顔で見つめた。
青年はぽりぽりと漬物を食べながらつと視線を政に向けた。
「うん、その匂い、やっぱり猫ちゃんの宿主さんでしょ」
「……あなたは」
政が口を開こうとしたとき、青年の肩にとまっていた金色の蝶がひらりと飛び立った。それに驚いたが、それ以上に同時に鼻孔に甘い香りが漂ってきたことだ。
目眩かるような、激しい香りは不愉快ともいえるほどに濃厚で政は思わず顔をしかめていた。
「こらーー、三太くん、行儀悪い。もう、だめでしょ。せっちゃんも叱らなきゃぁ」
猫がぷりぷりと怒って腰に手をあてて金色の蝶に噛みつくように口にする。どうやらあの蝶は政だけが見えているわけではなさそうだ。
三太は猫の怒りも無視してお漬物を食べていく。
「うん。やっぱりおいしいよね~」
「あなたは」
「ん、先。挨拶したじゃん。蟲憑きの三太だよ。見えてるんでしょ」
その言葉が示すのが金色の蝶のことらしいことを察して政は頷いた。
「あれは、憑き物筋にしか見えないからさ」
「あれというのは」
「猫とか蝶とかだよ。宿主と、その血筋にしかそれは見えないんだよ。それが血筋の証」
あっけらかんと説明してくる三太に自分はそういうことも全く知らなかったと政は思い至った。
「ここに人が来っていうから、確認にいけって、せつえに言われてさ。もし、いろいろとわかってないなら、説明しなきゃだろう」
「せつえというのは」
ん、と三太が金色の蝶を指さした。
「せつえ。俺のせつえだよ」
まるで宝物を自慢する子供みたいに三太は口にする。
ひらひらと蝶が飛び、三太の肩に止まった。
「俺を宿主として憑いてるんだ」
「……それが、あなたの憑き物なんですね」
「えー、なに、すごく反応薄くない」
三太が苦笑いして肩をすくめた。若者らしい無邪気さと無遠慮なところを出してきたのに思わず目を見開いて驚いていると、猫がふしゃあーと声をあげた。
我慢の限界だったらしい。
可愛らしい目を三角につり上げて、三太の足に手をかけて、靴を脱がして庭に置いている。投げないだけ優しいものだ。
「もう、家が汚れるでしょ」
「さーせん」
「もうっ」
「あはは、猫ちゃん、こわー。ってか、宿主いるなら名前もらったの?」
三太がすぐに姿勢を起こしてあぐらをかくのに猫はむすっとしたままだ。ちらりと視線を三太が寄越してきたので、政は箸を置いて姿勢を正した。
「名前にはなにか意味があるんですか」
「そこから? てか、本当に知らないクチ?」
「まったく、ぜんぜん、ちっとも、一ミリも知りません」
素直に自分の状態を白状したのだが、それになぜか猫がしょんぼりと落ち込んでいる。どうしたのだろうか。
「あははは、すなおー。いいけどさ。憑き物筋がどういうものかとか聞いた?」
「あやしいオカルトとばらばら殺人事件で、死体を海に投げ捨てたうえ、呪われてもいいからと取引していると、私は十代ほど前のくそ祖先に身売りされました」
聞いたままを口にしたはずだが、ぷはっと三太が吹き出した。
床に転げてげらげらと笑うのに金色の蝶がひらひらと困ったように舞い、猫がひどくがっかりした顔をしている。どうしてだ。
ひーひーと息も苦しいとばかりに笑う三太が笑いをひっこめて、なんとか身体を起こした。
「いや、そうだけどさ、そうだけさぁ~~言い方っ」
「言い方ですか」
「ひどくない、それ。まぁ、いや、そうだよね。そうなんだけどぁ、オカルトって」
ぷぷっと三太が吹き出す。
「けど、あんたもあやしいオカルトの仲間いりなんだけど」
「我が身に起こった不幸を嘆いております」
「ぷはーー。やば、やばすぎ、やばすぎぃ、だって、この人、変だよ。へんすぎぃ」
再び転んで笑う三太に金色の蝶が見かねたように顔の近くに飛んでいき、鱗粉を零している。それに三太がばたばたと手足を暴れさせるのは、叱られた子供のようだが反論も忘れない。
「……私は変ですか」
「わりと」
猫が確認すると、なんともいえない顔をされた。
人より融通がきかないとはよく言われていたが、ここまで言われるとなると、わりと変人なりだろうと納得するしかない。
「まぁ、いろいろとおかしいけどだいたいわかっててよかったよ。憑き物筋は、その主に名前をつけて契約するんだ。猫はずっと名前がなかったけど、アンタが宿主で、主ってするなら名前あげなきゃだめだよ」
「……それはおかしくないですか」
「え、なにが?」
きょとんとした顔で三太が聞いてきた。
「宿主というのに、主というのは彼らのことなんですか」
一番のひっかかりはそこだ。
自分たちのことを宿主と口にするが、三太はあくまで主と口にするのは猫や蟲のほうだ。
「そうだよ。だって、俺ら、契約してもらっていろんなものを得てるじゃん。それに宿主にするかどうかを選ぶのも、せつえたちが選ぶし」
「そうなんですか」
政は純粋に驚いた。つまりは自分はこの猫に選ばれたのか。いや、十代後の子を身売りというところで手を打たれているから、それが選ぶということか。
「そうだよ。結局、呪いや祝福にしろ、特定の一族が貰うっていうのは、相手に選んでもらわなきゃだめだもん。俺の場合は、うちの家が蠱毒をする家だったてだけ。あ、知ってる。いっぱいの蟲を集めて、殺し合いせて生き残ったやつを箱に収めて、祝福をもたらしてもらうの。うちの家はそれをやってさ、せつえを産み出したわけ」
「……生み出す?」
またしても知らない知識が披露されて政は聞き入った。
うんうんと三太は頷いて、手を開いた。わかりやすいように三つ、指をたてて差し出してきた。
「そうそう。憑き物筋にはいろんなタイプがいるんだけどさ、呪詛師っていって、古い儀式とかで憑き物を産み出して憑いてもらう家と、妖怪と契約した天然ものと、呪いが転じて憑き物になったパターンの三つかなぁ」
「思った以上に種類があるんですね」
それなら猫は昨日の話を聞いた限りだと、妖怪というもので、それと契約したことになるのか。
「うん。俺のところは、儀式をして産み出して憑いてもらったの。せつえは富を与えてくれる。そのかわり好きな一族の人間を宿主にするの。宿主ってのを得て、名前をもらってこの現世に固定されてる。だから名前をあげなきゃだめなの。そうして契約をきちんとすることで、その憑き物に自分の命をあげるんだから」
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