ことやの演奏

「澪さん。」


顔を上げると青葉がこちらをむいていた。私は頷いて舞台に踏み込んだ。


 準備をしてから私は急いで観客席に行った。私は舞台袖からでもいいと言ったのだが、青葉は許さなかった。ちゃんと正面から見てほしいらしい。


 私が席に着いたのを見計らったように幕が上がった。青葉は箏の前に座っている。綺麗に礼をしている姿は美しかった。床に置いていたマイクを取って話し始める。


「こんにちは、箏曲部です。古くから親しまれたお箏を、部員一名ではございますが心を込めて演奏します。」


最後まで弾ききれますように。そう願わずにはいられなかった。音が響き、体育館いっぱいに広がる。誰かがかすかに息を飲む声が聞こえた。


 堂々と演奏している姿に誇らしくなったが、他の人に見られるのはどこか惜しい。遠いからか、マイクを通しているからか分からないが、いつもの響きとは違う気がした。心を掻き立てる、情熱的なものだった。音が渦を巻いて染み込む。あまりの迫力に体が前のめりになる。


 すごい。さすがだ。格好いい。本当にすごい。音と一緒に感情が押し寄せる。細い手は空気さえも光さえも操っている。目がチカチカした。


たった一人なのに––––


 ふとあの時の青葉の言葉が蘇る。

「僕らはチームなんです。一緒に高みを目指しましょう。」


––––いや、一人じゃないのか。そうか。


 おばあちゃん、やっと分かったよ。自分の完璧に足りてなかったこと。独りよがりじゃダメってことだよね。完璧は独りで目指すものじゃない。みんなで目指すものだ。そういうことでしょ。


 私の心の中の問いかけに、祖母の返事が聞こえた気がした。茅蜩の声はもう聞こえない。目が離せなかった。

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