願い事

 文化祭の日の本番前、部室で集合した時、青葉が改まった顔で言った。


「澪さん、一つお願いがあります。」


青葉のことだから、何かの病気で余命がわずかだ、だから思い出づくりを協力してくれ、と言うのかと思い身構えた。やはり性に合わない事をわざわざするのには意味があったのだ。


「僕が、もし頑張って、最後まで失敗せずに弾ききれたら、ことやと呼んでくれませんか。」


青葉の言葉に声が漏れた。

「そんな事でいいの?」

思わずそう聞いてしまった。青葉は衝撃を受けたのか勢いよく言った。


「そんなこととはなんですか。僕はこれでも一生懸命なんですよ。」


真面目な顔で言うので、笑ってしまった。自分の尻尾を追いかける子犬みたいだ。さらにこみ上げる笑いを抑えながら言う。


「余命宣告されて、最期のお願いをされるのかと思った。」


 青葉の顔がよりいっそ深刻になり、「実は」と呟いた。笑顔が強張った。かすかに油蝉の声が聞こえた気がした。何か言わなければいけないのに、声が喉でつっかえて出てこない。


 そんな、青葉が・・・。せっかく良い関係になれたのに。青葉がいなくなったら、また逆戻りするような気がする。また私は自分の殻の中に閉じこもって、他の人と話そうともしない。そんなのは嫌だ。青葉は自分の中で大きな存在になっていたのだと気づいた。どうして大切で大好きな人ほど自分の前から居なくなってしまうのだろう。もうあんな悲しみを味わいたくないのに。


 吹き出す音が聞こえ横を見ると豪快に笑っていた。苦しそうに腹を抱える青葉を見て、何が起こっているのかわからなかった。


「もう、冗談ですよ。」


笑いが堪えられないと言わんばかりに顔を歪めている。呵々大笑する姿はこの上なく元気そうで安心する一方、何か裏が隠されているのではないかと思ってしまう。「本当に?」と呟く。青葉は肩で息をしながら言った。


「えぇ。この頃調子がいいんです。それに、もともと貧血気味なだけですから、不治の病にかかっているわけではないんですよ。それにしても、澪さん、いい反応ですね。いつぶりだろう、こんなに笑ったの。」


人が心配しているのにと腹が立ったが、そんな感情は彼の笑い声にかき消されてしまった。つられて笑ってしまい、もうどうでもよくなった。青葉が元気なのであれば、それでいい。

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