涕涙
房成 あやめ
序章
硬直
小さな頃から私はずっと自分に完璧を求めていた。でも完璧とは何なのか、私は分かっていなかった。
––––一年前 八月
あれは中学三年生の時、中学最後の個人戦だった。
「完璧な演技をしなければいけない。」
敷居の前で私はそう呟いた。
目の前広がる土色の板間。その輝きに気後れながらも、左足を一歩すすめる。夏の暑さに汗が滲み出る。右足も踏み出し揖。左にある弓をしっかりと握りしめた。
大丈夫。きっとうまくいく。そう言い聞かせながら歩くが、的の気配を感じるたび体が硬直していくのがわかった。
思うように体が動かない。こんな経験は初めてだ。
静寂の中、息を殺しながら土色の板間を歩く。後ろにこれから競う人の布の擦れる音がする。横目に五人が揃ったのを確認し的の正面に跪座、揖。
これは個人戦。私は誰にも助けを求められない。横にいる人はみんな敵だ。自分はここで勝たなければいけない。父も母も、友人の千鶴も期待している。「頑張って。」千鶴の声が反芻する。
ここで勝たなければ、私は家族だけでなく自分も失望させてしまう。なんとしても今日は失敗できない。しかしそう思えばそう思うほど、体は硬くなっていくのだった。
射位に進み跪座。心臓が痛いほど波打っているのを感じる。甲矢を番える。油蝉の声がいつもより煩わしく感じる。立ち上がり足踏み、銅造り。射る点をねらい弓構え。
自分でも呼吸が浅いのがわかった。きっと緊張のせいだろう。自分なら大丈夫。もう一度そう言い聞かせて両拳をあげ、打起こし。そこまではよかった。弓を左右に引き分けしようとするが、完全なねらいが定まらない。的の黒がやけに目に入った。完璧な引き分けできずに会。発射の好機を窺う。
ふっと息を吐いた。汗が頬を伝う。にわかに、弓に十分な力が加わったことを感じた。今だ。胸郭を開いて離れ。的に当たる心地よい音が響いた。甲矢は中心は外れたが的に刺っていた。
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