02
そもそも、このクリーチャーは数年前にどこぞかの製薬会社だか機密組織だかが開発した薬品がうっかり汚水に紛れたことで奇跡的に発生した、『絶対兵器』だ。地下で発生したことを誰も把握しなかったために今まで地下で野放しでくらしてきた『野生』の『人工的な化け物』。(しかも『唯一の成功例』なのだが、すでにその薬品も携わった人間も死滅していており、このクリーチャーの存在そのものが歴史から消去されているのだが今は置いておこう)。
人工物であるクリーチャーは本質的に『人間』を求めていた。しかし、たまに地下に来る『人間』はクリーチャーを一目見ると叫んで逃げたり、意識を失ったり、襲いかかってきたりで、クリーチャーを一人(やはりこれを人と数えるものかはわからないが)にした。
だから全部食べてきた。
だが食べながらも、クリーチャーは努力してきた。マンホール越しに聞こえるいくつかの言語をすべて理解して、『人の恋の話なんか聞くだけで腹を下す』だとか『幸せは嬉しいの積み重ね』だとか、そういうくだらない話まで一生懸命に覚え、一生懸命に人に逃げられないように振る舞おうとしたのだ。
だが、そもそも練習通りに振る舞う前に人は逃げる、ネズミも逃げる、虫さえ逃げる。
だからクリーチャーは全部食べてきた。
クリーチャーは世界はそういうものなのだと思っていた。つまり--自分と、自分に食べられるものということだ。
でもあの嵐の日、クリーチャーはその世界からでなくてはいけなくなった。嵐のせいで地下が水で一杯になってしまったからだ。
水責めにあったクリーチャーは怯え、恐れ、痛み、苦しみながらなんとかマンホールを破壊し、地上に這い出した。地上は地下と同じように暗く、嵐は恐ろしく、クリーチャーを一人にした。クリーチャーは嵐の中、途方にくれていた。そしたら、そこに現れたのがアランだ。
アランは逃げることなく、それどころか優しく自分に触れて、優しく話し掛けて、そうして、自分の腕の中ですやすや眠った。そんなアランを見ているだけで、クリーチャーは今まで感じたことないナニカに包まれた。それがなんだかわからなくて、クリーチャーは困っていた。
今だって、アランがニコニコ笑いながら近寄ってくるのを見ているだけで、クリーチャーはそのナニカがどんどん大きくなって、本当に困っていたのだ。困っているのに体は勝手に動いて、アランを触手でとらえてしまう。
「エラ、おはよう」
クリーチャーはそれが『嬉しい』だとか『そわそわしている』だとかいうことがわからなかったのだ。
クリーチャーは勝手に触手がアランをとらえ、自分に近づけてしまう理由がわからず、アランが「コーヒー好きですか?」なんて微笑むのを見ると、脳髄の奥の方が『わーーー!』と叫ぶ理由もわからなかったのだ。
なので--それは恐らく悪手ではあったのだが--クリーチャーはそのまま拙い英語で言葉にした。
「起きたら、いなかった、……逃げた、と思った、食べないと、皆、逃げる、でもお前……、ちゃんと、いた、……ワーってなる……」
「ワー?」
「……わからない、……体がモゾモゾ、する、勝手に動く、目がお前を探す、体がお前に触れたがる、お前の声、聞きたい、もっと、お前の匂い、知りたい……美味しそうだ、……アラン、……アランって、名前、呼ぶと、ワーってなる、……名前、呼ばれるのも、ワーってなる……」
「……ワーって、なるんですか……」
「おかしい、……こんなの初めて、……わからない。……アラン、わかるか?」
一方、そう聞かれたアランはアランで『ワーッアーッ!』となっていた。
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