02

 クリーチャーはそのギョロギョロとした目を泳がせていた。その触手は所在なさげにさ迷い、すべての節足はその漆黒の体を抱き締めている。それが人であれば『戸惑っている』ような仕草だった。


 アランはそれを見てまた思った--『かわいい』と。


 いよいよ自分はおかしくなったと自覚した上で、アランはそのクリーチャーを見上げる。


「お話ができたんですね」

「………………初めて」

「初めて?」

「答えが、返ってきた」


 その言葉にアランの胸の奥にほの暗い喜びの炎がついた。--この生き物には俺しかいないのだ、という誤った支配欲求だ。

 しかしこの場にそれをとがめるものはなく、またアランもそのことを自覚はしなかった。

 ただ、また『かわいい』と思っただけだ。


「まだ自己紹介をしてませんでした。……俺は斉藤アラン。アランと呼んでください。あなたは?」


 アランの自己紹介にクリーチャーはより一層戸惑ったようだったが、アランの視線が逸れないことを確認すると、ヌチャリと口を開いた。


「……ない……」


 クリーチャーはおぞましい声を震わせて、そう答えた。まるで傷付いていた迷子のようなその答えは、アランが無意識の内に求めていたものだった。


 --この化け物は孤独で、愛に飢えている。


 アランは無意識の内に、ついに微笑んでしまった。雨ですっかり冷えきっていたはずのアランの体は、あたたかさすら覚えていた。


「エラ……はいかがでしょう?」

「……エラ?」


 アランはクリーチャーの触手を一本手に取った。

 彼は自然と、まるで絵本のプリンスのようにそのクリーチャーに跪き、プリンセスの手にキスするように触手に触れていた(何度も言うが、彼は寝ていなかった)。


「美しい妖精の名前です。あなたのように美しい女性にぴったりと思いますよ」


 その言葉はクリーチャーをひどく動揺させ、結果、アランは触手にまみれることになった。


 触手に頭まで覆われたアランは怒らせたのか照れているだけなのかを考えながら、自分の全身を這う触手に身を委ねる。触手はヌルヌルとしていてあたたかく、冷えた体にとても優しい。


 触手はアランをゆっくりと持ち上げ、彼の頭だけ解放すると、クリーチャーの目の近くまで運んだ。


 アランはそのクリーチャーと目を合わせ、微笑む。


「エラは気に入りませんでした?」

「…………合わない……」


 アランはその反応を『照れている』と判断した。


 だから彼は微笑んで「エラ」と呼んだ。クリーチャーは触手でヌルヌルとアランの表皮をなぞるだけで答えはない。彼らはじっと視線を交わした。優しい沈黙の中、お互いの目を見つめ合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る