第6話 外典3:クラウド、国産みの女神を拾うこと3

 そこからの展開は、大胆に省略された。

 話せば波乱万丈の大冒険があり、クラウドがどれほど多くの妖怪と相対し、時に戦い、時に和解し、時にすれ違いから袂を分かったのか、無数のドラマが展開していたのだが。


 全て、彼にとっては瑣末な出来事である。

 重要なのは、彼の隣で料理を食べている童女、ジョカという名の彼女との出会いであった。


 一人生き残った軍人は、このクラウドと名乗った男におっかなびっくりついていくことになる。

 理由は単純。

 それ以外に、彼がこの魔境で生き残ることができる術が無かったからである。


 この恐ろしく強い男は武侠であろう。

 例え大臣の命と言えど、彼がこの土地にいるという女神を欲すれば、それを横取りすることなど叶うまい。


 任務を果たせず都に戻っても、軍人は重い罰を受ける。

 場合によっては処刑されてしまうかもしれない。


 それでも、今この瞬間を生き残る為にはクラウドにすがるしかないのだ。

 神様仏様、クラウド様である。


「ほう……壁画が描かれているな……!」


 彼らは数々の冒険の後、逆さ山にたどり着いていた。

 まさに、その名の通り山頂から大地に突き刺さった山は、半ばまでが崩れて凄まじい量の瓦礫を生み出している。

 だが、まだまだ巨山と呼ぶに相応しい質量が、逆さになった山の形を維持しているのだ。


 軍人はクラウドについていって、この大きくせり出した崖もどうにかこうにか乗り越えた。

 ついに、目の前には逆さになった祠が存在していたのである。


 祠の中にはクラウドが言うとおり、様々な壁画が描かれていた。

 だが、なぜだか人間が作ったものという印象を感じない。

 祠は山そのものをくりぬくように作られ、広大な空間を有していた。


 壁面はつるりと磨かれている。

 試しに手を触れてみると、凹凸を感じなかった。一体どれだけの精度で岩を磨けば、これほどの滑らかな手触りになるのだろうか。


「うむ、これは我らが母の神殿である。だが、この地に落ちてから母は我らを産み落とし、そして命を絶ってしまわれた」


 悲痛な表情を胸板と腹に浮かべて呟くのは、これまでの冒険で仲間になった首なし腹踊りな妖怪、刑天くんである。





「ちょっと待ってください旦那? いきなりなんで妖怪が仲間になってるんですか?」


 話の途中である。

 船頭が堪らずに突っ込みを入れた。

 すると、涼しげな顔をして黒衣の男。


「うむ、どうでもいいディテールだったのでそこは端折っておいたぜ。何せ、このジョカ様登場が一番のハイライトなんだからな。腹だし親父妖怪のことなどどうでもいいじゃないか」


「うん? 刑天は良い奴であったと聞くのう」


 ジョカという童女もしみじみ呟く。

 一体何があったと言うのだろう。

 彼女の顔についた餡を、黒衣の男が甲斐甲斐しく拭いてやっている。


「そして俺とジョカ様は出会ったのだよ」





 祠の中には、外に溢れていたような妖怪の姿は無い。

 ただただ続く静謐な空間。

 壁画はまるで時代を遡るように描かれている。


 入り口付近は、大地に溢れる人間の姿。

 やや入っていくと、人と共存する妖怪たち。

 奥には、人と妖怪が溢れ出す様。


 そして最奥。

 二柱の神の絵があった。

 どちらも人面蛇身であり、絡み合いながら互いを見詰め合っている。


「伏羲と女媧。古代の中華の地において、人間を生み出した国産みの男神と女神だ。この祠は、それを祀るものだったのだろうな……。あー、いいもの見た」


 クラウドが満足そうに呟いた。

 軍人は訳が分からないながらも、結局ここに描かれた壁画こそが祠の最も重要な施設だったのだと理解した。

 大臣が求めた女神など、いなかったのである。


「我々は、幻を求めてこんな地までやってきてしまったのか……」

「まあ、元気を出せ。お主は生き残ったのだ。何か天命があるのかもしれん。無力感に苛まれる必要はないぞ」

「ああ、ありがとう刑天さん。あんた見た目によらずいい奴だな」

「ははは、お主こそ、先ほどの視肉とのやり取りは見事だったぞ」


 軍人と刑天が互いを称えあう。

 例によって彼らが語る妖怪たちとの戦いは、物語上瑣末な出来事にすぎないので省略するのである。


 一人、彼らの話を聞いていないのはクラウドであった。

 満面に笑みをたたえて、このけれんみ溢れる壁画を眺めつつ奥まで一人歩いていく。

 果たして、そこには祭壇があった。


 捧げられているのは、丸い宝玉が一つ。

 半透明なそれは、複雑な紋様が中に刻まれ、光の加減で不思議なきらめきを放つ。


 そう、この洞窟には光源がない。

 それだというのに、不思議と中は明るく、ものを見通すことができた。


「大きい宝玉だ……。記念にこれを加工して、俺の相棒たちを飾ってみようか……」


 呟きながら、クラウドは宝玉をつんつん突ついた。

 どれくらい大きいかと言うと、大人の男の上半身ほどもある。


 直径数十センチというのだから、大きさの程が想像できるだろう。

 それが、突ついたところからピシッとひび割れた。


「あっ」


 クラウドは驚愕したようである。

 そしてすぐに受け入れた。


「女神の卵ですね、分かります」


 大変飲み込みが早い。

 彼はスッとその場で正座すると、どんどんひび割れていく宝玉を見守った。


 やがて、ひび割れの中心を突き破って、小さな手のひらが現れた。

 真っ白な手は、何やらヌメッとした液に濡れている。


「ブラボー!!」


 クラウドはスタンディングオベーションした。

 そうそう、これである。

 卵から生まれてくるなら、中身は赤子を包み込むような水で満たされていなければならない。


 誕生した女神がそういうエロい……いやいや、生命の神秘を感じさせる液体に濡れていたとしても、それは仕方が無い事なのである。

 クラウドが固唾を呑んで見守っていると、軍人と刑天もやってきた。


「ややっ! こ、これはまさか……次世代の女媧様の……!?」


「ジョカ様とな」


 クラウドがカッと目を見開いた。

 妖怪たちと戦っていた時よりも興奮している。

 これはアレである。犯罪者の目だ。


「クラウド殿、まさか女媧様に手出しを……?」


「ノウ!! 俺は紳士だぞ刑天くん。我が胸に刻まれた誓い、イエスロリータノータッチは今も生きている……」


 そんな二人のやり取りをよそに、ついに宝玉は全体にひび割れが走り、次の瞬間には粉々に砕け散っていた。

 膝を抱えてうずくまる姿勢の、小さな娘がそこにはいた。


 髪は黒く、艶やかに輝きながら長い。

 その間から、漆黒の瞳がこちらを見返している。


「そなたらは……たれぞ……?」


「クラウドと申します、ロリな女神のジョカ様。あなたの下僕しもべです」


「おお……わらわの名はジョカとゆうのか。クラウドとやら、たいぎである」


「ははーっ。ありがたき幸せ。それはそうとジョカ様、お風邪を召しますから」


 クラウドはここで、素晴らしい早業を見せた。

 黒い革の上着を身につけたまま、その下に纏っていた白い衣服を脱ぎ去ったのである。

 そして、どこからか取り出した布でジョカの体についた液体をふき取ると、白い衣服を彼女に被せた。


「だぶだぶのワイシャツを着た幼女……!! いい……!」


 クラウドは正気にあらず。

 紙一重であった。


 彼が差し出した手に、ジョカの小さな手のひらが重ねられる。

 彼女は、恐る恐ると言った様子で、祭壇から降りて歩き始める。


 と、そこで異変が起こった。

 祭壇の後ろには、ただ岩だけがある。

 それが突如として縦一文字に巨大な亀裂が走ると、真っ二つに割れた。


『ジョカァァァァ!!』


 何と形容したものだろう。

 巨大な人の骸骨が、巨大なヘビの骸骨と融合した化け物がそこにはいた。

 骨と骨が摺り合わせられるような音を発しながら、怪物はジョカの名を叫ぶ。


「むうっ、ジョカ様、俺の後ろに隠れてください」


「うむ……」


 ジョカはクラウドの衣服にしがみつくと、そのまま後ろに回ってぎゅっとくっついた。

 クラウドの顔が緩む。


 その隙を骸骨は見逃さなかった。

 巨大なヘビの尻尾が振るわれる。


「クラウド殿! 女媧様危ないっ!」


 飛び出したのは刑天くんであった。


「うおおおーっ、刑天くんーっ!!」


 彼は身をもって、ヘビの攻撃を止めたである。


「ぐふっ、ぐ……軍人殿……! あなたは強く生きるのですぞ! そしてクラウド殿……! 女媧様を頼みましたぞ……!」


 クラウドと軍人の脳裏を、刑天くんと共に駆け抜けた記憶が蘇る。

 だがその記憶の詳細な内容は本編と関係が無い為、省く。


「我が友、刑天くんをよくもやってくれたな。俺は今、友のため……封印していた力を解き放つ! おおおっ! 暗黒世界にたゆたう漆黒の魔獣よ、我が手に宿れ!! ”吼えろ、ケルベロス”!! 煉獄にて冥王の玉座に侍る真紅の魔獣よ、我が手に来たれ!! ”猛れ、オルトロス”!!」


 いつもの銃召喚である。

 クラウド的には、多分この目の前の奴は伏儀で、前世の女媧の旦那なんだろうなーと思ってはいるが、前世は前世。

 しつこい男は嫌われるのである。


「闇に還れ、古き神よ! デッドエンド・シューッ!!」


『ウグワーッ!!』


 黒と紅の銃が火を吹き、弾丸は巨大な骸骨を粉々に砕き去ったのである。




「そして今に至る……」


「旦那、最後の化け物を退治するところ、端折りすぎじゃないですかね……」


「ジョカ様が可愛いからいいじゃないか。幼女の愛らしさはこの世の宝だぞ?」


「まあ、可愛いことは認めますが……」


 ジョカという童女が愛らしいことは、船頭の子供たちも認めているらしい。

 しきりに、彼女の皿に料理を取り分けてやったりしてアピールしている。

 ジョカはと言うと、


「うむ、くるしゅうない」


 鷹揚にうなずきながら、盛られた料理をもっもっ、とどんどん食べていく。

 どんどん入る。


「旦那方はこれからどうするつもりなんですか?」


「ああ。俺は元々物見遊山だったんだがな。こうしてジョカ様と出会ったのも何かの縁だろう。彼女が見たいと思ったものを見に行くとするさ」


「ほう、見たいものと言うと……」


「わらわは、人があつまっているところが見たいな。みやことやらに行こう」


 ジョカの一声である。

 黒衣の男、クラウドの次なる目的地は決まった。

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