第210話 熟練度カンストの登山者2

 登山に取り掛かることにした。

 帆柱の岩山は、遠くから見ると直角に切り立った棒状の山にも見える。

 そこに低く垂れ込めた雲が掛かることが多くあり、その時はワカンタンカが山頂に降りてきているのだと言う。


 今現在、空は雲ひとつない晴れ。

 さっさと登らないと、約束の刻限を過ぎてしまうだろう。

 考えてみれば、実にタイトな約束の時間を要求してきたものだ。


「ウルガル、これは手でよじ登っていく?」


「無論。ワカンタンカに見える事は試練。山を登らねば、ワカンタンカの声は聞けない」


「だが間に合わんぞ」


「一昼夜登れば明日の昼にはつく」


「そんな面倒なことをしていられるか。俺はショートカットするぞ」


「しょ……しょーとかっと?」


 ウルガルが困惑した。


「そうだ。ウルガルがさっき見た、俺たちがやらかした事と同じことを、今度は縦方向に行う。亜由美ちゃん、なんか広い布みたいなの作って!」


「あいよ! ……そんなもん、何に使うっすか?」


 元気よく返事をしながらも、用途には想像が及ばないようである。

 亜由美の巻物が、大きく広がって巨大な布になる。

 ここに、俺たち一行とウルガルを乗せて……。


「行くよみんな! シルフさん、お願い! 下と上から、こんな感じで……!」


 リュカが、風の精霊たちに思いを伝えた。

 すると、猛烈な風が斜めから吹き下ろしてくる。


 それは布を巻き上げて俺たちごと空に打ち上げてしまう。

 さらに、上から吹いてくる風が、布を膨らませ、俺達の足場を確保する。


「ぎょ、ギョエーッ!」


 亜由美が端っこに立っていたので、風の煽りを受けて落っこちそうになり、慌てて近場にいたアリエルにしがみついた。


「ひえーっ!? 亜由美さん、重い! 重いィーっ!!」


 エルフのアリエルには、むちむちした亜由美ちゃんは重かろう。

 二人でふらふらしているが、いい感じで布の中央部までよろけて来てくれた。


 アブラヒムはもう、驚き疲れたのか、虚ろな顔をして座り込んでいる。

 ウルガルは目と口をいっぱいに開いて、「えっ!? えええっ!?」ってな雰囲気である。


 ストリボーグは実に余裕。

 これがどうした? とでも言いたげな雰囲気だ。


 ぐんぐんと山肌を横目に、布が上昇していく。

 言うなれば、風を使ったエレベーターだ。

 なるほど、下に流れていく山肌を見れば、先達がピッケルめいたもので岩の隙間に打ち込んだ跡が見える。


 そこここに足場となる凹凸があり、体力と時間があれば、登っていけそうだ。

 だが、命綱なしでこれを登るとなると、まさに命がけだな。

 試練などと言うはずだ。


「こっ、こんな登り方はいけない! ワカンタンカが怒る!」


「登り方について、指定は無かったからな。それに、これだって俺たちの持てる力を使ってやっていることだ。ほら、到着するぞ」


 あっという間に山頂が見えてきた。

 一旦、山頂を通り抜けてから、ゆっくりと横移動し、ふわりと着地する。

 思いの外広く、そして平坦な地面だった。


「亜由美さん、いつまでくっついてるんですか。お、重いので、離れてください……!」


「おおっ! そうだったっす! アリエルさんは細くて可愛くていいっすなー。やっぱりエルフは萌えっすなあ」


 妙なことを言いながらアリエルから離れた亜由美は、足下の布をあっという間に回収してしまった。

 彼女の手に収まった布が、巻物の形になる。


 これ、リュカと亜由美とアリエルがいれば、大体どこにでも行って帰ってこれるな。

 便利過ぎる。


 あとはアンブロシアは海専門だから、今回のように長い距離を移動する時は必須になるな。

 サマラはまあ火力専門で、ローザは頭脳専門で、竜胆ちゃんはまあ、まあ……。


「……おっと、考え事をしていた。ウルガル、ワカンタンカはそろそろ来るのか?」


「わ、分からん。だが、すぐにやって来る。ワカンタンカは約束を違えない」


 ウルガルも何か考え事をしていたようだ。

 いや、放心状態だったのだろうか。


『来るぞ』


 そこへ、ストリボーグが口を開いた。

 氷の精霊王の言う通り、にわかに空がかき曇る。

 激しい風が吹き始めた。


 だが、リュカが手を翳すとピタリと止まった。

 ……しばらく沈黙。

 思い出したように稲光が走る。


 リュカは風の巫女だからな。

 理論上、全ての風を操ることが出来るようになっている。

 風の精霊王ゼフィロスを、俺が倒して以来だ。


 これはワカンタンカも計算外だったな。

 雷の精霊王というくらいだ。

 ある程度は風に対する支配力もあったのだろうが……。


 やがて、空の雲にぽっかりと穴が空いた。

 そこから、一条の稲妻が俺たちの目の前に落ちてくる。


『ワカンタンカは試練を潜り抜けた勇者の言葉を聞き届ける』


 声が響いた。

 おいでなすった。

 降り注いだ雷が、いつまでも止まない。


 岩山に降り来た姿のまま、固定されてしまっているのだ。

 これがワカンタンカ。


 周囲の雲が、雷を大地に向けて叩きつけている。

 だが、風が全くないため、非常にこう、決まらない。


「リュカ、風を返してあげて」


「はーい」


『すまん』


 ワカンタンカが小声で礼を言った。

 また風が戻ってくる。


 すると、空の雲がぐるぐると渦巻き始める。

 ああ、なるほど、これは非常に雰囲気があるな。


『勇者よ、ワカンタンカに己の望みを伝えるが良い』


「力を貸してくれ。具体的には、この土地にいるあんたの信者を統率して、宇宙から来る連中と戦って欲しい」


『遠き空より来る者等。感じ取っている。望まれぬ来訪者』


「手が足りん。あんたたち、現存する人と共存している精霊王に声をかけて回っている」


『ストリボーグ、お前もか』


『余やうぬだけでは、この権能が届く範囲しか守ることは敵うまい。敵の数はまだ分からぬ。故、精霊の王ならぬ人の王らにも共闘を呼びかける』


『ストリボーグらしからぬ物言い。ワカンタンカは戸惑いを覚える』


『此奴は、余に打ち勝った者ぞ。人の身で、このストリボーグを剣で打ち負かした。危うく、余はこの精神を滅ぼされるところであった。そのような男が、一人では勝てぬと申しておるのだ』


「勝てないとは言ってない」


「あっ、ユーマがむきになった」


 ちょっとカチンと来たので反論する俺。

 リュカがニコニコしながら背伸びして、俺の頭をよしよしと撫でた。

 だが、ストリボーグの話を聞き、停止した稲妻は身じろぎしたようだった。


『ワカンタンカは、信じる民を守るためにあるものである。故、民の命を守るためであれば、力を貸そう。だがビラコチャはどうか。かの森の精霊王は、太陽の精霊王を自称し、ワカンタンカの民をも傘下に収めようとしている』


 それが、雷の精霊王の悩みの種のようだった。

 この精霊王は、自分を信仰する人間たちをとても大切に思っているようだ。

 雰囲気こそ超然としているが、中身はなんとも浪花節ではないか。


「太陽の帝国とやら言う連中だな。いいだろう。俺たちが直接向かい、そこで話をつけてきてやる。あんたは、信者の連中をまとめておいてくれ。俺がビラコチャを説得したら、あんたも俺のアイディアに賛同する。それでいいんだよな?」


『構わぬ』


 言質を取った。


「精霊王ともなれば、その発する言葉は魔法的な契約に等しい効果を発揮します。ユーマさんは、ワカンタンカと強い効力を持った契約を交わしたということになります」


 アリエルが説明してくれた。

 つまり、ワカンタンカがこの口約束を反故にすることは無い。


「よし、みんな、これでワカンタンカの協力は取り付けられる状態になった。次は南に行くぞ!」


「……また、あの船に乗るのか……」


 西の大陸へ、通信で今のやり取りを伝えていたアブラヒム。

 大変嫌そうな顔をしてこちらを見た。


 すっかり、嫌そうな顔がデフォルトになってしまっているな。

 男前が台無しである。


「剣のシャーマンよ。太陽の帝国は強い。ウルガルも強い。だけど、ウルガルでは太陽の帝国、軍の一つしかとめられない。数が多く、鉄の武器と、ビラコチャの魔法を使うシャーマンがたくさんいる」


「魔法使いが多いってことだな。うちにも植物の精霊の魔法を使うメンバーがいるから大丈夫だ」


 アリエルが、どんと任せて、という仕草をする。

 さらに、彼女が住んでいたエルフの森に行けば、アリエル以上の植物の魔法の使い手がごろごろいるのだ。


 アリエルはあの森では下から数えたほうが早いくらいの若輩者なのである。

 ただ、繰り返し行使していたためか、全体的に魔法を使う能力は高くなってきているとか。


「ユーマさんと一緒に行動するようになって、他のエルフの一生分の魔法を使ってますからね……! どんと頼って下さい!」


「おおーっ、アリエルさんが眩しいっす! 姐さんと呼ばせて欲しいっすー!」


 亜由美の姐さんが増えたようだ。

 こいつ、このまま行くとうちの女性陣全員の下っ端になってしまうのではないか。

 三下気質なのだろう。


「よし、それじゃあ下に降りるぞ! 同じやり方で行こう!」


 俺はリュカと亜由美に、昇ったのと同じ方法を告げた。

 二人は了承の言葉を返す。

 だが、である。


「狼煙だ……!! あの狼煙は、まさか!!」


 ウルガルが叫んだ。


「こんな時に、攻めてきた! 太陽の帝国、攻めてきた……!!」


 なかなか、状況は一筋縄では行かないようなのである。

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