第192話 熟練度カンストの休日者
一日休みにしたので、今日は何もせずにのんびりと羽を伸ばせる。
蓬莱国へ飛ばされる前も同じような状況だったように思うが、あれは謎の敵からの攻撃を受けたせいだ。
ということで、念のために辺りに気を配るくらいのことはしておく。
「ユーマ、こっちこっち!」
リュカが村の中を走っていく。
俺よりも随分前からこの村に滞在していた彼女は、案内役ができるくらいには村のことに詳しい。
季節は初冬。
収穫は終わり、村の人間たちは作物を加工し、冬を乗り切るための準備をしているところである。
「そんなに慌ててどこに行くんだ。村は逃げないぞ」
俺は小走りで追いかける。
あ、いや、ダッシュになった。
リュカは足が速いんだった。彼女、身体能力は非常に高いからな。
この世界に来たばかりの頃の俺では、とても追いつけないレベルだ。
無論、今は違う。
「わっ、ユーマ速くなったね!? すぐに追いついてきちゃった!」
「一年以上、剣を振り回し続けてきたからなあ。そりゃあ死ぬほど体力はつくよ」
世界中を歩き回ったしな。
道は土を踏み固められており、そこここに馬糞が落ちている。
これを、拾って歩いている男がいた。
「いよう、リュカちゃん今日も元気だね。どうだ、うちの息子の嫁に……って、なんだ、隣にいる男はあんたの旦那かい?」
「うふふ、そうです!」
リュカが嬉しそうに答える。
すっかり顔見知りらしい。
この男は、馬糞や家々の排泄物やゴミを集めて、堆肥を作る仕事をしている。
彼も畑を持っているのだが、冬の間は堆肥作りで内職をしているのだと言う。
「まあ、それぞれの家でも堆肥は作ってるがね。冬は温度が低いから、家の納屋に半地下を作ってな。そこで温度を安定させて、じっくり発酵させんのよ」
「ほうほう」
俺は感心する。
ニートだったころはボトラーをしていたので、排泄物への嫌悪感は極めて薄い方だ。
俺も興味があったので、馬糞拾いを手伝う事にした。
木製の大型トングで、馬糞を拾っては麻袋に詰めていく。
拾うたびに道がきれいになっていく。
これはなかなか気分が良い。
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ!」
すぐ横では、リュカが猛烈な速度で馬糞を拾い集めていく。
無駄の無い動きだ……!!
馬糞拾いのおっさんは、実に惜しい、と言う顔で彼女を見つめ、溜め息をついた。
「うちのかかあの若い頃を上回る、凄腕の馬糞拾いだよ。惜しいなあ。あの子は十年に一度の逸材なのに、あんたの嫁さんになっちまうのかあ。あんた、仕事はなんだね」
「戦士だ」
「戦士かい。その肌の色と顔は、グラナート人じゃないね? 傭兵かい? 収入が不安定だと嫁さんが苦労するから、早く地に足を着けたほうがいいよ」
「おう。まあ、帰る家はある。もう長いこと戻ってないがな」
西で魔王やってました、と言っても信じてはもらえなさそうである。
「それにあんた、こっちには恐ろしい魔王が出るんだ。幸い、こんな辺境の村には出てこないが、山を一つ挟んだところにあるコロスの町は、領主ごと魔王にやられて氷漬けになっちまったそうだよ。今は北の魔王の部下が、土地を治めてるって話だ」
「ははあ。なるほど。では俺の最初の仕事先はそこだな」
俺の言葉に、おっさんは仰天したようだ。
「仕事ってあんた……!? 魔王の部下とやりあうのかい!? ひょっとして、そんななりでも魔導騎士だったりするのかい?」
「いや、魔法の類は全く使えんな。才能も皆無だそうだ」
「それなら、死にに行くようなもんだ……。リュカちゃんを未亡人にしたくはないよ。やめときな。あ、いや、うちの息子にもチャンスが生まれるとはちょっと思っちまった。すまねえ」
「おっさん、いい人だなあ」
何だか、非常に久々にいい人に出会った気がする。
これだけで、俺がこの国のために戦うモチベーションは上がった。
まあ、やってやろうじゃないか。
「ユーマ! おじさん! 馬糞拾い終わったよー!」
遠くで、リュカが麻袋を積み上げてピョンピョン飛び跳ねている。
俺たちが喋っている間に、あれだけの数を集めるとは……!
リュカは正に馬糞拾いの天才かもしれぬ。
この村は、辺境の村ではある。
だがそれでも、きちんと流通というものはあり、都市と交易を行なっているようだ。
朝一で都市まで出かけて、商人たちは村の生産品を売ってくる。
その金で都市の食べ物や雑貨、衣類を買い込み、これを昼過ぎに村で売りさばく。
「近くの都市までは片道二時間くらいってことか。割と行き来しやすそうだな」
「それでも、たまに魔王の手下の怪物がはぐれて出てくるから、一人旅は危ないんだって。特にこれから冬になるから、北の魔王は力を増していくんだって言ってたよ」
俺たちは昼の市で、都市から仕入れた食べ物を買い込んだ。
その辺りに置かれた樽や木箱に腰掛けて、昼食としゃれ込む。
グラナート帝国は、恐らくこの世界でもっとも北方にある国だ。
だが、初冬だというのに、昼間は意外なほど暖かい。
「それはね、この国は氷の精霊王様の加護を受けているの。氷の精霊王様が、寒くなり過ぎないように、調節をしてくれているんだって」
「ははあ」
やはりこの地方にもいたか。
リュカの言葉は、ただの伝聞ではなかろう。
風の精霊王の力を行使する巫女なのだ。恐らく、彼女は氷の精霊王とやらの気配を感じているはずだ。
「その氷の精霊王がいるというのに、北の魔王に好き勝手させているのはどうしてだろうな?」
「うん、それはね……多分、ユーマももう想像がついていると思う」
「やっぱりな。そんなポコポコと、精霊王クラスの力を持った奴が出てくるわけないもんな」
この辺りの事情は、まだヴァレーリアには黙っておこう。
どうも生真面目な性格のようだ。
魔王の正体を知れば、勝手に悩み始めかねない。
「で、リュカ。この国が信仰しているのは、ディアマンテやアルマースみたいな神様か?」
「ううん。氷の精霊王様そのものだよ。だから、話しちゃうのは良くないと思う」
「なるほどなあ。だとすると、魔王側にも明らかに事情があるよな、これ。その事情にもなんとなく俺は心当たりがある気がする」
「ユーマって色々やってるもんねえ。それより!」
リュカが樽の上から、ぴょいっと地上に降り立つと、俺の袖を引っ張った。
「せっかくお休みなのに、そんな話ばっかりしてる。もったいないよ! もっと楽しい話とかして遊ぼ?」
「その通りだった……! いつの間にかワーカーホリック的な思考に陥っていた……!」
「わーかー?」
「今度まとめて説明するよ。ってか、一度あっちに帰る必要があるから、今度はリュカも一緒に行こうか」
俺が指差した先には、ここからでも見える、空に空いた大穴。
俺が元の世界に戻ったとき、ワイルドファイアが空けた穴だ。
今でも、あの穴を通して、この世界と現実世界は繋がり続けている。
こいつも、俺がなんとか対処しなければならないだろうと思っている。
デスブリンガーの連中は、あっちから来たとは言ってもゲーム感覚が強すぎる。もらったチートに溺れて、馬鹿なことをしている連中ばかりだ。
管理官たちは、そもそも現実世界の侵攻をよしとしないだろう。
彼らの戦力を使えば、日本くらいなら火の海に変えてしまうはずだ。
ってことで、一番穏便に物事を済ませられるのが俺であるはずだ。
頭が痛くなってきたぞ。
「もー!! ユーマ!」
リュカが俺のお尻をつねった。
「いたい!」
「難しいことは今は考えないの! 遊ぶの!」
彼女はそう言うと、俺の手を凄い力で引っ張っていく。
気を使ってくれているのだろう。
この辺り、うちの女性陣で一番包容力とかあるタイプだな。最年少なのに。
よし、今日は俺も存分に甘えるとしよう。
ということでイチャイチャしながら遊んでいたら翌日なのだ。
楽しい時間が過ぎるのは早い。
早過ぎる。
ニート生活も時間経過が早かったが、時が経つのが惜しいというか焦りとか絶望ばかり募っていたな。
「英気は充分養ったようだな」
朝食の席に出てきた俺を見て、ヴァレーリアが微笑んだ。
「魔王の部下と言えど、単身で魔導騎士二名と渡り合うほどの力を持つ。これを、君には一人で相手取ってもらいたい」
「ああ、任せろ」
言うべきことはあるが、まだヴァレーリアに告げるべきではない。
リュカと目配せしあい、今日の対策をおさらいする。
俺が魔王の部下を止める。
そしてお話する。
以上。
その間、リュカにはヴァレーリアの目を逸らしていてもらう、と。
駐在所の外には、既に車が用意されている。引くのは毛深くて大きな馬二頭だ。
これで、山の横を抜けていく。
俺とリュカと、ヴァレーリア。
この三人だけが戦地に向かう人員である。
「この国の冬がやってきている。済まないが、これ以上男手を減らす危険を冒すわけにはいかないのだ」
「兵士は割けないってことだろ。問題ない。かえって邪魔になるからな」
魔王の部下とお喋りするのだ。
人目は少ないほうがいい。
かくして、北の帝国での最初の仕事を始める俺なのである。
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