第193話 熟練度カンストの臨戦者
氷漬けになった町と聞いてやって来たのだが、コロスの町は一見してごく普通の生活が営まれているように見えた。
「何やら、町の人間が行き来している様に見えるんだが」
「魔王は民を狙わない。恐怖で彼らを従え、領主や戦士といった階級の者たちを討ち滅ぼすのだ」
ヴァレーリアが眉間に皺を寄せながら言う。
民を恐怖で従える、という辺りで、隠せぬ怒りのようなものが垣間見えた。
彼女は本当にまっすぐな人間だな。
リュカが仲良くなるのも分かる。
「どれ、町に入ってみるか」
「うん。なんだかみんな、笑顔が無いよね」
「私は魔導騎士の剣が持つ魔力の波動を、魔王に覚えられてしまっている。いざとなれば加勢するが、町中まで出向くことは出来ない。許せ」
ヴァレーリアが律儀に頭を下げてきた。
そこまですることは無いだろうに。
俺は適当にそれを流す。
こんなもので上下みたいな人間関係の感覚を造りたくはない。
「まあ、気にするな。それから、出番は無いと思うぞ」
俺はそう言いつつ、門の中に入っていった。
コロスは、ごく普通のこの世界の町だ。
壁が町を覆っており、外敵から守るようになっている。
入ったり出たりは、兵士の検問を受けねばならない。
で、兵士の代わりに立っているのは、明らかに人間ではない連中だ。
青ざめた肌で、生きているとは思えない凍りついた甲冑の男たち。
「氷の精霊じゃないよ。多分、死んじゃった人たちに仮初の命を与えて動かしているの」
「ほうほう」
魔王というやつは、随分器用な事ができるようだ。
俺はそいつらに向かって歩いていった。
「町に入りたい。入らせてくれ」
「……ならん。何人も入れてはならぬと、氷魔様のお言いつけだ」
氷魔というのが、この町を支配する魔王の部下か。
「ならんと言われても、こちらがならん。入るぞ」
「待て」
連中は感情まで凍りついているのか、全く動じた様子はない。
ないはずなのだが、心なしか強引な俺の行動に対し、慌てて武器を突きつけてくる。
「待たん」
俺はそれを無視してどんどん町の中に入っていく。
ついに、兵士たちは俺に攻撃を加える気になったらしい。
無言のまま、手にした斧槍を叩き付けてきた。
これを、俺は呼び出したバルゴーンで、抜刀ざまにまとめて斬り飛ばす。
さらに返す刀で、動く死体化している兵士たちを切り捨てた。
「ふむ。一体は芯を捉えた感覚があったが、もう一体は外したな」
胴を真っ二つに立たれながら、兵士の片方はピクピクと動いている。
もう一体は、脇腹から肩までを断たれて、完全に動きを止めていた。
動かない方の切り口から考えて、こいつらを動かしている仮初の命とやらは、ここにあるだろう。
俺は奴の鎖骨の真下あたりに剣を走らせた。
すると、兵士はびくんと震えて、動かなくなる。
切っ先には、小さな水晶のようなものが引っかかっていた。
それは空気に触れると、徐々に溶けて無くなっていってしまう。
「なるほど、仕組みは理解した」
「ほえー……。ユーマ、もともとすっごく強かったけど……もっと強くなった?」
「フフフ、男子三日会わざれば刮目してみよですぞ」
「かつもく?」
リュカには難しかったらしい。
とりあえず首を傾げる様が可愛らしかったので、わしわしと頭を撫ででほっぺたをぶにぶにした。
「むー!」
リュカが抗議に両手をぶんぶん振ってくる。
「ははは、ここまでおいで」
俺は砂浜を駆ける恋人たちの気持ちで、リュカから逃げるように町中へと踊りこんだのである。
あれっ、砂浜だとすると男女逆か?
まあいい。
一見して、町はごく当たり前の生活を営んでいるように見えた。
人々は行き交い、誰も侵入してきた俺のことなど気にしない。
いや、見ようとしない。
まるでプログラムされているかのように、機械的に道を歩き、決まった店で物を買い、街角では知り合いと会うと、ピタリと立ち止まって談笑する。
「どう?」
よくわからなかったのでリュカに聞いてみた。
リュカは彼らの動きをじいっと観察すると、ふむふむと頷いた。
「普通に暮らしてる?」
「だよね。なんかロボットみたいだけど。精霊とかは感じないか?」
「精霊さんなら見えてるよ。氷の精霊さんはフラウって言って、シルフさんの親戚なの。一人ひとりに、フラウがくっついてるね」
「ってことは、操られているのかもしれないな」
それでは、彼らがどういう反応をするのか見てみよう、ということになった。
俺とリュカで、店に入っていく。
グラナート帝国は寒冷な土地なので、冬場は外に市が出ない。
雨風を凌げる程度の壁と天井がある空間があって、ここに商売人が集まって市を開くそうだ。
「あまり品数は多くないな」
「外から仕入れられないのかも。ほら、この町って入りにくいでしょ」
「なるほどな」
品揃えは、一言で言うなら貧相だ。
食べ物が並べられている一角でも、棚に空きが目立つ。
物によると、いつから並べられているのか干からびている食べ物すらあった。
しかも、値段はどうも高い気がする。
この町は物不足というわけだ。
「氷魔とやらは、町はなんとか運営できているが、人間の営みなんかは理解できてないのかもな」
「精霊だからねえ」
生気のないおばちゃんが店では座っていて、無言で販売している。
こんなに覇気がない市は見たことがない。
これはいかんなあ、という思いを新たにする。
「よし、ちゃっちゃと片付けるか」
結論を出した俺たちである。
その足で、町の中心へと向かう。
領主の館である。
コロスの町は、中心となるこの町の他、幾つかの村で構成されている。
村は牧畜や農業、林業で生計を立てており、それらを中心の町へ運び込んで生活必需品へと変えているわけだ。
恐らく、それらの村も干上がっていることであろう。
今は、ヴァレーリアたち帝国の人間が、そういった村を支援してはいるだろうが。
「領主の館か。前に案の定兵士がいるな。いつから突っ立ってるんだか」
俺はぶらぶらと、領主の館の入り口へ進んでいく。
リュカは周囲をきょろきょろとして、何事か呟いた。
次の瞬間、リュカの周囲に強烈な風が巻き起こって、彼女がふわりと空に舞う。
風の精霊の力を使って、別の方面から攻めるのだ。
リュカが動いた途端、領主の館にも動きがあった。
窓が開いて、兵士たちが身を乗り出してくる。
手にしているのは、弓矢だ。
放たれる矢。
だが、矢はリュカを取り巻く強烈な風の結界に弾かれ、彼女に届くことはない。
そうなると、次は俺を狙ってくる。
「“リバース”」
放たれた矢を、俺は切っ先で以て進行ベクトルに変更をかける。
すべての矢が、くるりと反転しながら来た道を戻っていく。
それらは射手たちに突き刺さり、彼らの動きを妨げた。
しかし、所詮は動く死体である。
刺されたところで動かなくなるわけではない。
外はリュカに任せながら、俺は屋内に進んだ。
斬りかかる兵士を、一人、また一人と斬り捨てる。
生気のない兵士の動きなど、視認する必要すらない。
空気の流れで、どう攻めてくるかが分かるから、俺は最小限の動きで彼らを斬り、埋め込まれている氷の結晶を砕いていく。
正直な話、このレベルの相手ではいくらいても敵ではない。
蓬莱国で幻術を使う連中を相手にした時は、五感すら誤魔化す奴らの幻と戦ったのだ。
動く死体が気配も呼吸もなく攻撃してきたところで、ぞんざいな動きでかき回される空気の流れを消せはしまい。
俺は片っ端から死体どもを斬って斬って切り捨てた。
まあ、供養のようなものだ。
彼らが死んでいる以上は、もう何にもなりようがない。
文字通り、死体の山を築きながら進む。
階段には、みっしりと兵士たちが詰まっている。
悪趣味なことだ。
俺はバルゴーンを大剣に変える。
「“ビッグ・ソニック”」
担ぎながら、進行と同時に振り下ろす。
切っ先が音を超え、衝撃波が生まれる。
階段ごと、死体の群れは弾き飛ばされていった。
俺は彼らを踏み台にして、二階へと跳躍する。
領主の館と言っても、所詮は町の領主だ。
さほど大きい館を持っているわけではない。
「ユーマ! 二階は全部片しておいたよ!」
待っていたリュカが、あちこちに散らばった兵士たちの前で手を振ってくる。
「リュカ、そう言えば血が混じると風の精霊がいやがるって」
「うん、この人たち、もう血は流れてないみたい。全部凍っちゃってるから、だからシルフさんたちも嫌じゃないって」
リュカには傷一つ無く、髪にも乱れがない。
「死体とかやっちゃって平気なん?」
「うーん、ちょっと心は痛むかも。だから、みんなまとめて、後でゼフィロス様のもとに送っちゃう」
氷の精霊王の民を風の精霊王の元へ?
細かいことは気にしないようにしよう。
さて、この階で唯一、リュカが手を出してない部屋がある。
それは、文字通り氷で覆われた部屋だった。
ドアレバーまでもが氷漬けで、握っただけでその手を凍てつかせてしまいそうだ。
「では行くぞ」
「うん」
リュカの了承を得て、俺はバルゴーンを振った。
部屋を覆う氷が、建材ごと切り裂かれる。
ついでなので、もう少し広い範囲も斬っておいた。
一瞬の沈黙。
そして、徐々に領主の館の屋根からやや下方までの構造が、ずるりとずれ始める。
扉部分を開けるだけでは何なので、まるごと屋根を切り飛ばしたのだ。
『…………』
驚いた気配が、内部から伝わってくる。
「よう、面会に来たぜ。そして、町の全権を返してもらいに来た」
『お前は、何だ……!? 何者だ……!?』
立っていたのは、青いドレスを身にまとった女だ。
肌が全て、氷の結晶で出来ている。
怜悧であろうその美貌が、今は驚愕に彩られていた。
俺は剣を担ぎながら、いつもの返答をする。
「戦士ユーマだ」
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