第142話 熟練度カンストの襲撃者

 一度に襲いかかったのは三名。

 それぞれが奇襲によって相手を仕留めるプロである。

 十人組の傭兵は、この状況においても、相手が今までの標的とは違っていることに気づけなかった。


 三本の手槍が、灰色のマントの男に襲いかかる。

 すると、一瞬マントが翻った。

 視界を奪う手であろうと傭兵は理解し、だがこの距離では大したことは出来ぬだろうと、手槍を強く突き出した。


 その槍が、腕ごと切断される。

 それはマントの内から伸びた、長い長い刃だった。


「これ……はっ……」


 理解するよりも速く、虹色の大剣が傭兵の体を真っ二つに切断する。

 流れるような勢いのまま、あとの二人も斬り捨てられた。

 残る七人……うち一人は、分銅を打ち返されて骨を砕かれ、戦うことが出来ない。


 彼らは瞬時に理解する。

 これは迷い込んだ獲物ではない。

 明確に目的を持って侵入してきた、敵であると。


 彼らは即座に、陣形を変更した。

 自分たちを認識する相手に、奇襲は通用しない。

 ならば、複数の同時攻撃を仕掛けて相手の防御を飽和させ、仕留めてしまえばいい。


 彼らは退却しながら、敵を引き込むことにした。

 問題は、相手の決断が彼らよりも遥かに早かった事である。

 撤退を開始した一人の目の前に、灰色のマントが翻る。


「うおっ」


 傭兵はそう叫んだ次の瞬間には、首を飛ばされていた。

 既にそこに、灰色のマントの姿は無い。

 またどこかで、虹色の刃が閃く。


 一人、また一人。

 撤退を開始した時点で、戦闘可能な六名が三名に減じていた。


「なんだ、なんだあれは。我々は何を相手にしているんだ」


 入り組んだ貧民窟を駆け抜ける傭兵たち。

 既に戦法など放り出し、彼らは自らの判断で逃走を開始している。


「ヴィジャイ王子に伝えろ! 我々は降りる! この仕事から降ろさせてもらう!」


 傭兵としての勘が告げる。

 何か、彼らの運命を断ち切ってしまうものが出現したと。


 戦場には、時折死神と呼ばれる概念が現れることがある。

 そこで戦う兵士たちの、意志や力、思いなどというものをあざ笑うかのように、圧倒的な力で全てを押し流していく。


 数で勝っていた戦で、ひょんな事から戦いの流れが変わり、敗北へと転げ落ちていく現象。

 傭兵たちはこれを、死神に魅入られたと嘯いたものだ。


 これはまるで、その死神という概念が一つに凝縮されたような。

 そんな、避け得ぬ敗北をもたらすだけの存在が追いかけてくる。


「ぐうっ」


 また一人、消えた。

 なんだ。なんなのだ、あれは。

 何が狙いなのだ、あれは。


 ──決まっている。


 この界隈を統率する、もっとも大きな存在はなんだ。

 自分たちは何のために雇われている。

 ああいう存在が、この戦場に入り込んでくる理由など、一つしか無い。


 傭兵は逃走する方向を変えた。

 追走してくる死神を、彼の雇い主になすり付けるために。





「な?」 


 俺は逃げる傭兵を指差しながら、スラッジに言った。


「うーん……! 恐怖を使って敵の行動を操るっていうのは理解できます。でも、でもそれってユーマしか出来ないですよね? 普通、あんな同時攻撃を受けたらひとたまりもないですから」


「うむ、それは対処法を知らないからなのだ。それぞれの武器にはリーチがあってな。同時に襲いかかっても、リーチの差でコンマ単位で攻撃タイミングの差異が生じる。そこをついて順番に倒すのだ」


「それこそ無理ですよ……!」


 俺はまったりと、傭兵が逃走していく後を追う。

 残り二名だが、必死に逃げる奴らは痕跡を隠す真似をできないでいる。

 いや、むしろ積極的に痕跡を残し、俺という狩猟者を第五王子にぶつけようとしているのだろう。


 傭兵は金が大事だが、何よりも自分の命を大切にするものだ。

 金があっても命がなければ、豪遊だってできやしないからな。


 今回の傭兵は結構賢かったのではないかと俺は思っている。

 仲間の八割がやられるまでに決断できたんだからな。


「この辺、臭いですユーマ様! もう、一気に焼き払っちゃったら楽になるのに」


「それはアウシュニヤが大火事になるでしょー。スラッジの顔がつぶれるからだめ」


「はぁい」


 サマラ一人だと、俺しかストッパーがいないからいささか危ないな……!

 俺は横から飛び出してきた別の傭兵みたいなのを大剣で殴り飛ばし、上から降ってきた矢の雨を、バルゴーンを変化させた片手剣で全て打ち返しながら物想う。


 せめて、アンブロシアがいると楽なんだがなあ……。いや、俺の貞操的なものがダブルで危なくなるとも言える。

 ではローザ……は悪ノリして絶対この状況、俺にトゲ付きアーマーとか着せるな。


 アリエル。

 うむ、アリエルは貧民窟みたいな汚れた場所はダメそうだ。


 やっぱりリュカかあ。


「ユーマ! 到着しました! 相手が待ち構えてます!!」


 スラッジの鋭い叫びで我に返った。

 上の空で何人か傭兵を撃退したのだが、流石にここは第五王子の拠点らしく、多くの傭兵が集められている。

 さては、あの中心で身構えている大柄な男が……。


「第五王子ヴィジャイです!」


「なるほど」


 俺が追っていた傭兵は、すでにこの空間を抜けてどこかに逃げ延びている。

 そこは貧民窟の中心に空いた広場とでも言うべき空間で、俺の侵入に感づいたヴィジャイが周囲の傭兵を集めていたらしい。


 まあ、貧民窟に入ってくるところで無茶をしたからな。

 注目されるのは仕方がない。


「では、俺とサマラで全傭兵を担当する。ヴィジャイは任せた」


「ええっ!?」


「……まああの体格差だと普通は無理だよなー」


 ということで、俺たち三人vs第五王子ヴィジャイの軍勢たくさんの戦いの始まりだ。

 スラッジは、阿修羅から手に入れた剣を握りしめて後ろで立っている仕事。

 傭兵たちは俺とサマラが蹴散らす。


「ようし! 美味しいご飯のために! ヴルカン、出てきて!」


 サマラが大きく胸元を開く。

 傭兵たちは一瞬ギョッとしたようだったが、開かれたサマラの胸元に光る石があり、それが赤く強烈な輝きと共に、無数の炎の小人を生み出したのを見て、さらに大きく目を見開いた。


 小人たちは群がり、戦場を席巻していく。

 傭兵たちは武器でそれらをつっつくが、実体のない炎である。

 突きや短剣による攻撃では通用しない。


 こいつらは、風を起こして吹き払うしかないから、こういう閉鎖空間には不向きな大剣や棹状武器で相手をするのが良いのだ。

 だがそれを連中に教えてやるほど俺は間抜けではない。


 俺はぶらぶらと、ヴルカンに混じって前に出る。

 与しやすしと見て、俺目掛けて矢やら飛び道具が降り注いだ。

 相手から反撃の道具をこちらに与えてくれるわけだから、これほど楽なものはない。


 俺は矢を反転させ、戦輪を捌き、投げナイフを打ち返す。

 こいつは俺で言う、リバースという構えに当たる。こいつは活用すると、俺の攻撃範囲を大きく広げてくれるのだ。

 仲間のナイフが、矢が、戦輪が戻ってきて傭兵たちを打ち倒していく。


 俺はリバースの構えのままで、ヴルカンを率いて前進していく。

 傭兵たちにヴルカンを押し返す技も策もあるはずがない。

 一応、大量の水があれば対抗できるが……。


「アウシュニヤは、バルサートゥの大河から離れてしまえば水を自由に使えない熱砂の王国です! 貧民窟は水を手に入れられなかった人々が住まう土地。たくさんの水は用意できないはずです!」


「おう、サンキュー。ってことは、火の精霊は無敵ってことだ」


 ヴルカンが傭兵たちに飛び掛かっていく。

 彼らが纏う布に、革鎧に燃え移り、あちこちで悲鳴があがる。


「あああっ、悪鬼だ! スラッジ王子は、修羅界の悪鬼と手を組みやがった!」


 誰かが叫ぶ。

 この国では、悪魔みたいな存在を悪鬼と呼ぶのだろうか。そう言えばスラッジも、阿修羅のことを悪鬼と呼んでいたな。


 俺たちが進んでいく先。

 どんどんと傭兵たちが倒れていく。

 既に、ヴィジャイ王子までの道が開けている。


「お、おあああ……!?」


 ヴィジャイ王子は恐怖に顔をひきつらせて後退る。

 体格は俺よりも随分でかい。


 筋骨隆々で、太い槍のようなものを手にしている。身のこなしも、戦士としての修行を積んだもののものだろう。

 だがまあ。


「っと」


 俺が飛んできたナイフを跳ね返し、ヴィジャイに掠めてやる。


「ひいっ!」


 奴は甲高い悲鳴をあげた。

 あいつは、戦場の経験が足りんな。


 肉体的には恵まれているだろうが、経験と覚悟が無いことがこいつの弱点だ。

 それは時間という資産があれば解決できる問題だろう。

 幾度かこいつが戦場に出て、実際の戦いを経験すれば、経験を得て覚悟が生まれる。自信を手に入れれば、このヴィジャイは一廉ひとかどの戦士となれる才能を秘めている。


 だがまあ、ご愁傷様。

 こいつはここで終わりだ。


 ヴィジャイを守る、忠誠心のある兵士たちを俺が薙ぎ払う。

 こいつらは傭兵ではないな。王宮の正規兵だろう。

 既にヴィジャイを守る者はいない。


「スラッジ、お前の出番だ」


「……はいっ」


 少年が歩み出る。

 阿修羅の剣を手にして。


「ス、スラッジ!! お、おれ、おれを殺すのか!! 兄である俺を!!」


「……はい。それが、父上の決めた後継者選びの方法ですから……!」


「頼む、命だけは助けてくれ! 見逃してくれ……!! 俺は国を出る! この国を捨てて、別の国に行くから……!」


「それは……」


 スラッジが逡巡した。

 この隙を、ヴィジャイは見逃さない。

 手にした大槍を、叩きつけるように振り回してくる。


「死ねえスラッジ!!」


「うわあっ!?」


 俺に会ったばかりのスラッジであれば、あるいはこの一撃を避けきれずに打ち倒されていたことだろう。

 だが、こいつはヴィジャイが知るスラッジではない。


 旅の途中で、俺が実地で技を教えていたからな。

 砂漠の生物相手にも、実戦をやらせてみた。

 スラッジは剣の才能は無いが、素直だ。


 俺が教えたことを飲み込む事ができる。

 肉体的には劣っても、それをカバーしうる才能だ。


 スラッジは迷わず、すぐに地面に身を投げた。

 転がった彼の真横を、大槍が打つ。


「このっ、ちょこまかと!」


 ヴィジャイが振り回す槍の下を、まさに這いずるようにしてスラッジが避ける。

 砂埃に塗れながらも、スラッジは少しずつ、ヴィジャイとの間合いを詰めていく。


「くそっ、低すぎて狙いが……! 立てよお前! 王子が這いずってるんじゃねえ!!」


「ユーマが、教えてくれたこと……! 低いところにある小さいものは、狙われにくい……! それから……手段は選ばないっ」


 スラッジは、這いずるうちに拾っていたそれを、ヴィジャイ目掛けて投げつける。

 石だ。

 不安定な体勢からの投擲。


 狙いとて定まっていない。

 だが、ヴィジャイは恵まれた体格を持つ男だ。

 つまり、距離さえ詰めれば狙わなくともどこかに当たる。


「うおっ!!」


 ヴィジャイは反応し、咄嗟に大槍を持ち上げた。

 槍をすり抜けて、石が彼の胸元に当たる。

 そこには厚い革鎧があったから、ダメージにはならない。


 まあ、あれだ。

 経験不足というのは本当に罪だな。


 ホッとしたヴィジャイの前に、既にスラッジが立ち上がっている。

 もはや大槍の間合いではない。

 ヴィジャイはそれに気づかない。手にした大槍で、慌ててスラッジを攻撃しようとして……。


 最短距離で突き出された阿修羅の剣が、ヴィジャイの脇腹に突き刺さった。

 脇腹から斜め上に向かって差し込まれたそれが、第五王子の内蔵を破壊する。


「ぐげぇっ」


 ヴィジャイがびくりと痙攣しながら、よろよろとスラッジから離れていく。

 脇腹には剣が突き刺さったままだ。

 スラッジは、唇を真っ青にして立ち尽くしている。


「よしよし、よくやった。あいつはあれで終わりだ」


 ヴィジャイは血を吐きながら、のたうち回っている。

 満足な医療を施す設備も、人もない貧民窟では、助かる術はあるまい。


「ユ、ユーマ……! ヴィジャイは助けてくれって言っていました……。僕が見逃していれば……」


「そうしたら、奴は外でまた傭兵を集めて、王都を襲っただろうな。喉元過ぎれば熱さを忘れるってことわざがあってな。人間、基本的に反省なんてしないもんだ。だからお前は正しい」


 やがて、ヴィジャイは動かなくなった。

 ちょうど、周囲に闇の帳とばりが降りる頃合いである。

 夕食時だ。


「ユーマ様、こっちも片付きました。なんていうか拍子抜けですね。やっぱり、傭兵だとそこまで凄い人はいないみたいな」


「まあなあ。まさに烏合の衆って感じだったな。よし、スラッジ帰るぞ! 飯だ飯だ」


「僕は……とても食べられそうにありません」


「ダメだぞ。食べないといざ何かあった時に対応する元気がなくなるぞ。無理にでも食うのだ。ほれ」


 俺は死んだヴィジャイの首を刎ねた。

 そいつを袋に詰めて、スラッジに渡す。


「あと三人も残ってるんだからな」


「……はいっ!」

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