第90話 熟練度カンストの合流者

 地下水脈を、物凄い速度で下っていく。

 こうしている間にも、並行して泳いでいたマーメイドが、何か合図しあって離れていく。


「あれ、多分目的たっせい! って伝えるんだと思うよ」


「ああ、そうか」


 リュカの言葉に納得する。

 地下から運河を抜けて河に出て、アンブロシアなりに報告するのだろう。

 地上ではそろそろ、ザクサーンの軍勢も到着しているかもしれない。


 うちの軍勢にいらぬ被害を出さないうちに、撤退するべきであろう。

 一応、あの火竜を呼べばどんな相手だって一掃出来そうな気がする。だが同時に街も王国も一掃されてしまいそうなのである。これはよろしくない。


「ひとまず、俺たちが脱出しないと、こんな流れの中じゃ会話も出来ないよ」


「そうだねえ。ユーマが色々指示出して、みんな上手く行ってたもんね。サマラとアンブロシア無事かなー」


 俺とリュカが会話できている理由は、マーメイドが作った泡の中で二人で密着しているからだ。

 なるべく表面積を小さくして泡に包んだほうが、魔力の効率が良いとかで、こうして大変むらむら来る状況になっておる。

 そして、何故か二人とも口数が多くなるのだ。


「ねえねえ、そう言えばへんきょうはく……じゃなくて、ローザさんも無事で良かったけど、きっと痩せてるとお腹すいてるよね? 私、私ね色々食べたいものがあって、えっと、えっと」


「うむ、うむうむうむ」


 共にずっと喋り続けるのだが、互いに割りと無趣味で、会話をたくさんするような性格ではない。

 すぐに話題が尽きた。


「…………」


「…………」


「…………!」


「…………!」


 なんだ、なんだこの気恥ずかしい時間は。

 地下水脈を運ばれている間は、俺たちに出来ることは無い。

 ほんの数十分程度なのだが、この時間が無限にも感じるほど長い。


 おかしい。

 二月前までは、ここまで意識し合うほどでも無かったと言うのに。


 何故、こうも今は二人っきりでいるだけで胸が苦しくなってくるのだ。

 おおお、いかんいかん。

 これはピンチぞ。


 俺、この世界に来てから二回目の大ピンチ。

 一回目は生水を飲んでお腹を下したあたり。あれは生まれてきたことを後悔するほどの危機的状況だった。きっと、生牡蠣に当たってノロになるのはあんな感じなのだろう……。


 で、今回はだ。

 いやあ……。

 禁欲生活が長すぎましてねえ。


「ゆ、ゆ、ユーマ」


「な、な、なんですかな」


「そ、その、あた、あた、あたってる」


「アッ、こ、こいつは失敬」


 なんとかしてくれえ!!

 ……と思ったら到着である。

 フウ、助かった……!


 俺の威厳は守られた。あと、リュカの貞操も。正直、俺もこういう状況が長いと我慢できる自信はない。

 さて、目的地下方に到着したらしい泡が、一瞬水中に没したかと思うと、みるみるすごい速度で浮上していく。


 それは、地下水脈の水面よりも遥かに高いところを目指しており、バルゴーンのぼんやりした明かりしかない空間から、何か狭い隙間を抜けた瞬間だ。

 視界一面に揺らぐ光が広がり、気がつくとそこは王都から流れ出した河の下流だった。


 やはり、太陽の光があるというのはいいな。

 だが、ちょっと感激はしたものの、どうもこの河、変な色の水も流ているような。

 あっ。生活排水が流れ込んでいるのか! ばっちいな!


「すぐに上がっちゃいますから」


 マーメイドの言葉通り、泡は河から飛び上がって地上へ。

 そこで砕け散って、俺たちは晴れて土の上に立った状態になった。


「みんな、無事か?」


「おう、こちらは何ともありませんぞ!」

「いや、幻想的な体験でしたな!」

「お館様はご無事か!」


「ああ、私は問題ない」


 点呼に対し、めいめいに答えてくる。

 フランチェスコが放った追い打ちは不発だったようだ。

 誰一人、欠けてはいない。


「じゃあ、ここから他のみんなを呼ぶね。えーと、どこにいるかな……」


 リュカが視線を巡らしている。

 すると、頭上を旋回している亜竜に気づいたようだ。


 風を使って、亜竜に呼びかけ始める。

 亜竜はリュカの言葉を受けて飛び去り、すぐにアリエルからの返信がやって来た。


『ご無事だったんですね! よく生き残ってますね!? えっ、欠員一人もいない? おかしいでしょあの規模の事をやらかしておいて! あっ、こっちもマーメイドさんから解散の指示を受けて、撤退中です』


 アリエルが会話と同時に突っ込んでくる。とりあえず、うちの軍勢は上手いこと連携を取って動いているようでよかった。

 彼女たちは撤退がてら、こちらに立ち寄って俺たちを回収していくそうである。


「ザクサーンはやり過ごせたのかね。正直、俺の作戦ってガバガバだからな」


「ユーマ殿の策は、相手の固定観念を逆手に取り、常に虚を突き続けるというものですね。慣れて対策されてしまえば弱いですが、慣れる前に恐るべき早さで攻め立てる所が恐ろしい」


 オーベルト評して曰く。


「ユーマ殿、あなたは何処かで、軍略について学んだことがお有りでしょう」


「ま、まあな」


 ゲームでな。

 今回の作戦も、事前に上空から亜竜で見渡した風景を、ゲームの盤面に見立てて立案したものだ。

 それが成立するのも、巫女のみんなの便利な能力があるお陰である。


 それに、所詮はゲームで短時間の作戦行動を学んだ程度だ。長期に渡る戦いは、ちょっと出来る気がしない。

 他愛もない会話をしつつ、俺たちはのんびりとみんなで並んで座り込む。


 一時間ほど過ぎた頃であろうか。

 地平線の果てから、ぞろぞろとうちの軍勢がやってきた。

 先頭は、チェア君とそれに乗ったサマラ、アンブロシア、アリエルの三名である。


「ユーマ様! リュカ様も無事でしたかー! あっ、そちらが?」


「おお、その娘が辺境伯かい? 見事やってのけたねえ。まさか一国に喧嘩を売って勝つとは、たまげたもんだよ!」


「ほう……。リュカ以外にも、巫女が集まっていたのだな。火と、水か? 私を含めて、四人の巫女全てが揃うと言う事か」


 ローザが興味深げである。

 既にダミアンからは離れて、自分の足で立つことが出来るようになっている。


 彼女曰く、連続して魔力を行使する状況でも無ければ、大地からじっくりと魔力を吸収し、回復することが出来るのだとか。

 つまり、ローザは大変タフでもあるという事だ。


「この間の戦争で、何も魔法を使わなかったのは?」


「あれは、私が辺境伯であった頃だからだ。巫女ではない。特例として、ケラミスの精製のみを行っていたがな。それと……私は巫女としての力の多くを分離して、仕舞ってあったのだ」


「そいつが土の祭器ってことか」


「そのようなものだ。言うなれば、辺境伯領そのものが私の祭器になっていた。だが、かの地を離れるに当たって、私は領より祭器としての力を返却させたのだ」


 サマラとアンブロシアがやって来た。

 リュカも立ち上がり、これにて四人の巫女が顔合わせとなる。

 ちなみに背丈は、リュカ、ローザ、アンブロシア、サマラの順番で高くなる。


 見た目の肉体的成熟度合いもサマラを筆頭に、リュカまで。いや、アンブロシアもなかなかいい体をしてるぞ。ローザは全体がスレンダーだな。

 リュカは尻。


「ユーマ、また何かやらしーこと考えてる?」


「何故俺の考えが読めるんだ……」


「ユーマ様、我ら種族の長も揃いましたゾ」


 リュカに思考を読まれ、動揺する俺に、シュルシュルと息が交じる声が掛かった。

 リザードマンの長である。

 獣人、遊牧民、亜竜、ゴブリン、ドワーフ。マーメイドとマーマンは一緒にいるから、これで大体全員。


「あ、エルフの里も、今回の成果を見てユーマさんの支持に回るそうです。だがドワーフ、お前らはダメだ、との事です」


 アリエルの報告に、髭もじゃドワーフどもがいきり立つ。


「おう、上等じゃ」

「いつでも来い、魔法なんて捨ててかかってこい」

「わしら勝負を受けて立つぞい」

「風竜だって殴ってみせるぞ」

「だが水魔法だけは勘弁してくれ」


 賑やかだなあ。


「ユーマ、これが貴様が作った軍勢か。私を救うために、三つの属性を一つにまとめあげるとは……。比肩しうる軍隊は、恐らくこの地上にあるまい。だが、彼らを持って、一体何を成そうとしている?」


「うーむ……。正直、目的はもう果たしたんだ」


 ローザの言葉に、俺はちょっと考え込んだ。

 別に俺としては、権力に興味がない。だから、この軍勢をここで解散してしまってもいいのだ。

 しかしそれでは、ここまで付いてきてくれたこいつらに悪いような気がしてくる。


「ユーマ様、一ついいですか」


 遊牧民が挙手した。


「最初は私どもも、たいへん驚いたんですが。まあ付き合ってみると他教の人間よりも、よほど話が通じる連中で。そりゃあちょっと頭がおかしいところもありますが。で、ですね。私どものような、大国に虐げられる少数派は何処にでもいると思うんです。この集まり、そんな、弱い者たちの受け皿にはなりませんかね」


「まつろわぬ民を迎え入れる場所、か。確かに、それならば私の民も安心できよう。どうだ、ユーマ?」


「なるほど。それ、いいな。その方向でやっていってみようか。ただ、俺だけだとやれる事は結構少ない。何せ人付き合いとか苦手だからな……。だから」


 俺の視線の先には、四人の巫女がいる。


「ええ、お供します! アタシ、またお役に立ちますからね!」


「あたしも焼きが回ったねえ。あんたの頼みなら、聞いてやらなきゃって気になってるよ。大船に乗ったつもりでいな!」


「私は救われた恩義がある。私だけでなく、民も、我が騎士たちもな。貴族ではない、最早ただのローザリンデだが、非才な我が手で良ければ貴様の計画に尽力することを約束しよう」


 最後に、虹色の髪の少女。


「うん? 聞かなくても分かるでしょ! ほらほらユーマ! これから忙しくなるよー!」


 ああ、全くだ。

 まずはどんな事をして行こう。

 いつも通り、俺の隣に収まる温もりを感じながら、俺は思考を巡らせていく……。



 ――王国の反逆者編・了  ……東征の魔剣士編へ

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