第71話 熟練度カンストの遭遇者

 ステップ地帯を移動する手段。

 以前、俺とリュカとサマラで旅をした時は徒歩であった。

 だが、本来は馬で移動する。


 しかし俺とリュカは乗馬が出来ないので、サマラを付き合わせて歩いたと言うか、あの状況では馬を入手出来なかったと言うか。

 そんな訳で、海賊家業で稼いだお金が豊富にある今回、移動手段は贅沢に馬である。


「ユーマ様、もっと、ぎゅーっと! ぎゅっと抱きしめていいんですよ……!」


「落ち着くんだサマラ。物凄く鼻息が荒い」


 元々遊牧民であるサマラは、乗馬が大変得意である。

 同行する学者先生エドヴィンも、乗馬の心得がある。

 ということで、馬に乗れない俺をサマラが後ろに乗せていく事になった。


 で、彼女に抱きつくように言われたのだが、これがもう、なんとも嬉しいやら恥ずかしいやら。こ、こんな役得な事をしていいのだろうか。合法的に女体にハグ出来る……だと……!?

 なんて思っていたのだが、サマラの方が猛烈にテンションが高くてちょっと圧倒される。


「エドヴィンの方に乗っても……」


「だめっ!! だめです!! アタシにしっかりしがみついてて下さい!! はいよーっ!」


「うわー」


 馬を走らせ始めた。

 流石は遊牧民出身の娘である。馬を走らせるのが大変上手く、俺の尻が痛くならない。

 しがみついていてふんわり柔らかく、これも高得点である。


「ユーマ殿も見違えましたからな! 随分と精悍になられました。これは女子が放っておきませんなあ!」


 余計な事を言う学者である。

 そんなに俺は変わっただろうか?


 サマラの腰に回している我が腕を見て、ちょっと太くなったかな? などとは思う。

 少なくとも腹回りの余計なお肉は消えたな。


 もしや、馬に乗っていても尻が痛くならないのは、全身の筋肉が鍛えられて姿勢のバランスなどが良くなったせいかもしれない。

 うーむ、気付かぬ内に、俺はたくましくなっていたのだなあ。


「むふふっ、ユーマ様の吐息を背中に感じます! アタシッ、はりきっちゃいますっ!! はいよーっ!」


 サマラが飛ばす飛ばす。

 この娘、もっと常識的だった気がしたが、何故今日はこんなにも熱くなっているのだろう。

 いや、分かっている。


 分かってはいるのだが自分がそういったモテ的ポジションにあるという実感が、全く無いのだ。

 うんうんと懊悩しているうちに、馬は野を駆ける。

 エドヴィンが案外乗馬が達者で、割りと暴走気味のサマラにしっかりとついてくる。


「火の巫女とユーマ殿ですからな! 何かとんでもないものと遭遇する予感がしますぞ! ワクワクしますな!」


 なんて年甲斐もないおっさんだ!

 この人、好きな研究をさせてくれるということで、ヴァイデンフェラー辺境伯の元で厄介になっていたのだそうだ。

 専門分野は医術。


 だが、趣味が昂じて生物学や、そこから発展して精霊の力が強いとされる大地での、異形生物の研究まで達したらしい。

 だから最初の頃、検死なんかをしていたのか。


 そんな訳で、このおっさんも大変テンションが高かった。

 テンションが高い二人に囲まれて、基本的にローテンションである俺はドッと疲れる。


 だが、一日を頑張り抜くと、サマラが膝枕をしてくれるのである。

 これは頑張らねばなるまい。

 頑張ってサマラの後ろにしがみつく。


 ……うーむ。

 これでいいのか、俺よ。


 数日ほど旅をして、ステップから高山地帯へと入った。

 遠くに炊事をしている煙が見える。


「あれは、別の遊牧民ですね」


 サマラの見立てでは、彼女が所属していたエルデニンの部族とは違うようだ。

 近づいていくと、何やら物々しい警戒態勢である。


「止まれ! 何者だ!」


 誰何をされたので、サマラは頭を覆っていたフードを外してみせる。

 基本、巫女たちは下手ないざこざが起こらぬよう、初めての土地では髪を隠すようにしている。

 なるほど、サマラの髪を見た警備の男、反応は劇的だった。


「ほっ、炎の髪色……!! ま、まさか貴女は、貴女様は火の巫女様……!」


「巫女様!? あ、はいそうです! アタシは火の巫女!」


 様付けで呼ばれたこと無かったんだろうなあ。

 だが、サマラも立派に、リュカに匹敵する特別な巫女になっているのである。


「なんと、この一大事に伝説の火の巫女様が訪れてくださるとは……!! やはりこれは、族長が仰るように何かが起こる兆候だったのですな……!」

「何か? 何かとは何だね? 何が起こっているというのかね?」

「うわっ、なんだお前!?」


 エドヴィンがグイグイっと押し込んでくる。

 このおっさん、興味を抱いたことに対しては一直線だ。


「安心したまえ。私はこの火の巫女の付き人の一人だ。君たちの懸念をきっとこの火の巫女が解決してくれるだろう! ということで何が起こっているのかを詳細に教えてくれたまえ!」


「ちょちょちょ、ちょっとエドヴィン、そんな安請け合いしてっ!」


 慌てるサマラ。基本彼女は小心者である。


「まあ、俺も手伝う。ここはエドヴィンに任せて事情を聞いてみよう」


「あっ! ゆ、ユーマ様がそう言うなら!」


 なんでいきなり声のトーンが一つ上がってるの。


「ではどうぞどうぞ! 族長の元へご案内致します!」


 とりあえず、遊牧民たちの間ではサマラは顔パスになるようだ。

 揺らめく炎の色をした髪は、それだけ特別なものなのだ。

 彼らは火の精霊を奉じる一族なのだな。エルデニンの部族は特別だったが、それ以外の一族にも、こうして信仰が受け継がれているのだ。


「火の巫女様! ようこそおいでくださいましたな!」


 族長と思しきじいさんが、立ち上がって俺たちを迎える。


「族長が自ら立ち上がって、客を迎える。これは、アタシたち流浪の民にとって最大の歓迎なんです」


「ほうほう」


 常に流浪の旅を続ける一族だから、その精神的な支柱は住まう土地にはなりえない。結果的に、彼らが連れている馬や羊と言った家畜であり、部族を率いる族長が心の支えとなる。

 その族長が、自ら席を立って客を迎えるのだ。

 客を己よりも上に置くと宣言したに等しい。


 サマラは丁重に、巨大なテントの上座に迎えられた。

 テントには、族長の他に戦士らしいいかついおっさん、火を象った木彫りの細工を首から下げた婆さん、そして族長の息子らしきおっさんなどが詰めかける。


 この部族の首脳陣であろうか。

 彼ら、俺とエドヴィンの扱いには困ったようで、とりあえず上座では無いものの、敷物が敷かれた場所に座らせてもらえた。


「二月ほど前でしょうか。ガトリングの御山に、アータル様が顕現なされまして」


「あ、はい、すみません。アタシが呼びました」


 申し訳なさそうに言うサマラであるが、この言葉に、遊牧民一同がおおおーっとどよめく。


「な、なんと……! では、アータル様のご降臨を成し遂げられたのは、火の巫女様であらせられましたか!! こ、これぞまさに伝承が誠になる大事……! なるほど、ならば物語に語られた怪物や妖精たちが姿を現したのも、納得できることです」


「ううう、アタシがきっちりアータル様を制御できてれば……。ごめんなさい」


「何を仰る! 顔を上げてくだされ巫女様!」


「ユーマ殿、聞きましたかな?」


「何を?」


 羊の乳で作ったバターのスープ? お茶? などを頂きつつ、ほっこりしていた俺である。

 エドヴィンにいきなりウッキウキで話しかけられて、聞いたと言われても何を聞いたのか分からん。


「ガトリング山が噴火し、巨人の形をした炎が現れた。これは王都では夢物語と言われているが、ヴァイスシュタットでは現実に見ることが出来た光景です。あれは、正に幻想が現実へ侵食する瞬間でした。ですが、私は考えたのですぞ。あれは、終わりではなかった。あれこそが始まりであったと!」


 何を言っているのかさっぱりだ。

 後で簡単にまとめてもらおう。

 今はサマラのサポートである。


「サマラ、困ってることを聞いてやって」


「あ、はい! みんな、何か困ってるって聞いたんだけど、教えて。アタシで出来ることなら、助けてあげるから。その代わり、みんなもアタシに力を貸してほしいんだ」


「おお! 巫女様が我らの願いを叶えると!? おおお……!! 長く生きて参りましたが、まるで伝承のようなこの状況に立ち会うことになるとは……思いもしませんでしたわい……!」

「巫女様、お聞きくだされ」


 口を開いたのは婆さんだ。

 彼女は聞くと、この部族の巫女の役割を果たしているらしい。


 と言っても、年老いるわけだから特別な力を持った、本当の巫女ではない。

 あくまで、誰よりも火の精霊に対する知識を持ち、ちょっとした魔法を使えるという程度。

 それでも、この部族では民の尊敬を集める巫女なのだ。


「昔語りに謳われる、天を駆ける大蜥蜴。その鱗は赤く、息は炎。翼は鳥よりも速く飛び、一度舞い上がれば太陽が覆い隠される」


「竜が出たの……?」


「はい」


 サマラが、信じられない、という様子で口元を抑える。

 うむ、竜なら知ってるぞ。

 ドラゴンだよな。よくバトルした。


「そして、竜と共に、高き山々から火を崇める妖精たち、火と鉄を鍛えるという存在、ドワーフが出現しましたのじゃ」


「おお、ドワーフ。ファンタジーになって来たな」


 俺がちょっと嬉しくなって呟くと、婆さんは目をカッと見開いてこちらを見た。


「な、なに! おぬしドワーフを知っておるのかや!? 火を崇める部族にしか知られぬ、お伽噺の妖精だと言うのに!」


「まあちょっとな。竜も知ってるぞ。赤いなら火竜、レッドドラゴンだな。最強の竜だぞ」


 俺はちょっと得意になってペラペラと話してしまった。

 サマラが目を丸くしている。エドヴィンは何やら、懐から取り出した羊皮紙にメモをしている。

 族長たちが俺を見る目も変わった。


 何だ?

 俺は何か、変なことを言ったのか?


 首を傾げる俺。

 サマラは気を取り直したようで、俺を指し示しながら声を張り上げた。


「聞いて。この方は、ユーマ様。大巫女リュカ様と共に、アタシを助けてくださり、そして火の精霊王アータル様を下した、本物の勇者よ」


「なななっ!? な、なんとーっ!?」


 族長が驚きの余りひっくり返った。


「あっ、いかん! 親父殿が驚きすぎて引きつけを起こした!!」

「どれ、では私の出番ですな。こう見えて医者でしてな?」


 エドヴィンが腕まくりをした。

 やれやれ、ひとまず今日はこの辺りでお開きらしい。

 ここに来て、俺たちが預かり知らぬ場所で世界が大きく変わり始めている。


 そんな情報が飛び込んできたわけだ。

 こいつはちょっと、整理する必要があるだろう。

 どうしたものかと考える俺の耳に、どこか遠くから、聞いたことのない獣の叫び声が聞こえてきた。


「竜が鳴いておる」


 婆さんが青ざめた顔で、天井を見上げた。

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