第72話 熟練度カンストの遭遇者2
竜の咆哮が聞こえたので、それではちょっと見に行ってみようという事になった。
部族の連中は、竜を見かけたという者が出て以来、高山地帯の奥には行かないようにしているのだとか。
そもそも、高山地帯の大部分はドワーフによって占領されているそうだ。
「そのドワーフって髭で背が低くて筋肉もりもりなんだろ」
「そうですじゃ。そして、腹の中に炉を持っております。口から炎を吹き、金属を溶かして武器を作るとされる妖精です」
えっ、何それ怖い。
あ、いや。サマラも胸の中央に火口石と同化した結晶があって、そこから炎を出すから同じか。
美少女と髭もじゃマッチョでこれほどイメージに差が出るとは。
「まるで御伽噺の住人だ。どうやら、強い精霊力を宿した土地は、こういう幻想的な存在が住まう土壌になるようですな」
エドヴィン、そんなにメモをして、本でも出す気なのだろうか。
「では行くとしようか」
「ユーマ様、お供します!」
「おっと、私も行きますぞ」
明らかに危険な環境であろうと言う話を、部族の連中が話している。だと言うのに、物怖じせず知的好奇心だけで飛び込むエドヴィンは大物かも知れん。
かくして、俺たちは徒歩で高山地帯の奥地へと分け入っていく。
この辺りは足場が悪く、馬では足を痛めてしまうのだ。
ところどころで放牧されている羊が、高いところの草を食んでいる。
一匹振り返ってこっちを見たので、俺もじっと見つめ返した。
じっと。
じーっと。
羊の何を考えているんだか分からない目が、じーっと俺を見る。
うーむ、いつまでも睨めっこをしてしまいそうだ。
そう思っていたら、突然、羊の姿が消えた。
いや、正確には丘の向こうからニュッと太い腕が伸びて来て、羊を鷲掴みにして引きずり込んだのだ。
「おっ」
「ユーマ様、どうしたんですか?」
「何かあったのかね」
「何かいるな。行こう」
「行きましょう」
「是非行きましょうか」
おっ!
この三名、ブレーキ役がいないぞ。
この世界に来てから、案ずるより産むが易しで行動している俺。
多分俺の選択なら何でも支持する気がするサマラ。
知的好奇心が服を着て歩いているエドヴィン。
この三名で、もりもりと丘を登っていく。一直線である。
すると、丘の向こうから何者かがひょいっとこちらを覗いた。
ひどくもじゃもじゃとした頭の下で、太い眉毛とギョロ目が伺える。
そいつはじっとこちらを見てかと思うと、おもむろに一抱えほどの石を投げつけてきた。
「あぶねっ」
俺はバルゴーンを呼び出しつつ、抜刀で切り捨てる。
なんという物騒な輩であろうか。
まずは一声かけて欲しい。
「アタシ、あれくらいの岩なら溶かせますけど」
「私なら死んでいましたなあ」
サマラも自衛力が上がってきているのだな。そしてはっはっは、と朗らかに笑うエドヴィン。
君は怖いもの知らずだな。
「おーい。いきなり何をする」
俺は彼らに呼びかけつつ、真っ先に丘を登っていく。
すると、ずんぐりとした者が何人か姿を現した。
その姿を見ると、ほうほう、なるほど。
俺がイメージしている、ドワーフそのものである。
髪の毛の量が大変多く、櫛も通らないくらいに硬そうな髪が絡まりあっている。
その下ではぶっとい眉毛と、ぎょろりとした目。
大きな団子っ鼻があって、その下はもじゃもじゃの髭である。
背は俺の肩までの高さしかなく、しかし横幅は倍近い。
この辺りに済んでいた獣の皮を使ったらしい、原始的な衣服に身を包んでいる。
「何ぞ、お前は」
がらがらの声で尋ねてきた。
「俺は戦士ユーマ。ドワーフだな」
「そうよ。その戦士が何ぞ。今の、岩を断ち割った剣は何ぞ?」
おっ、こいつら、俺に警戒心を抱くよりも、先ほど投げられた岩を斬ったバルゴーンに興味があるらしい。
「鋼はあないに、容易く岩を断ち割れぬ。お主の剣は何ぞ? 神が鍛えた業物か?」
「大体近い」
俺の返答に、ドワーフはウーム、と唸った。
そして、俺の周りに集まってくる。
「ちいと貸してくれんか」
「いいぞ」
「おうおう、おうおうおうおうおうおう」
「おおおー、おおお、おおお、おおおー」
「ぬぬぬ、ぬぬぬぬん、ぬぬぬぬぬ」
ドワーフども、俺の剣を受け取ると、互いにじっくり鑑賞しながら彼らの間で回している。
一番遅れていたエドヴィンもやってきて、彼らの様子をじっくりと観察し始めた。
「どうやら、人よりもユーマ殿の剣に興味があるようですなあ」
「変わった人たちね。なんだか人の話をきかなそう」
「一応は、火の精霊に属する妖精らしい。サマラ話しかけてみたらどうだ?」
「はい、やってみます。あのう」
サマラが、うんうん唸っているドワーフの群れに声をかけた。
すると、ドワーフは一斉にじろっとサマラを見た。
「なんじゃ、火の巫女か。そいじゃあやっぱり、火の精霊界は混沌界と繋がっちまったんじゃのう」
「おうい火の巫女。わしらはちょっとこの剣を見とるんじゃ。相手なら女どもがするから、この奥に行っててくれ」
なんとぞんざいな扱いであろうか。
「ううっ、なんかアタシ、自信喪失です……!」
「まあこういう連中なんだろう。次行こう次」
「ユーマ殿、魔剣は預けたままでよろしいのですかな?」
「あれは俺のところに戻ってくるようになってるから大丈夫」
エドヴィンに答えていると、ドワーフどもが一斉に振り返った。
「失敬な! 他人の武器を横取りなどするものか!」
「わしらはこれを手本に、新たな武器をつくるのじゃ!」
「横取りするくらいなら作るぞ!!」
「な?」
大体そう言うと思ってた。
過去に目にした創作物の中で、ドワーフは大体ああいう偏屈な連中なのだ。
こと、鍛治に関するプライドは大変に高い。
エドヴィンがまた、一心不乱にメモを始めた。
丘の奥へ向かうと、掘っ立て小屋が幾つも並んでいる。
いや、これを掘っ立て小屋と言っていいものかどうか。
岩と金属が複雑に絡み合い、家の形を成してはいる。
だが、解けた金属が岩の隙間を埋めており、見た目はゴツゴツとした質感の、ローマ風建造物である。
連中、ある程度建築に対するセンスもあるのかもしれない。
俺たちがこの村らしきものに踏み入ると、迎えるためにか、小柄な女がやってきた。
年齢はよく分からん。
それこそ、人間とドワーフだ。人種どころか種族が違う。
「火の巫女だね? 男どもは声がでかいから、ここまで聞こえちまったよ」
女は堂々たる佇まいである。
彼女の後ろに、武器を背負った女や、子供を抱いた女たちが続いている。
「あっ、はい。アタシが火の巫女のサマラだよ。ドワーフっていう人たちがここにやって来たと言うから、会いに来たんだ」
「そうかいそうかい。あんた、割と感じが良さそうな娘じゃないか。火の精霊を操る力を持つ巫女って言うから、いけすかない高飛車な女を想像していたんだけどね」
聞けば、このドワーフの女性が族長らしい。
ドワーフは女系社会で、政治や社会維持の役割を女が担う。
男は鉱山を掘り、金属を溶かして道具を作る。
そのように役割分担がされているのだ。
「あたしらは、何万年も火の精霊界で暮らしてたんだけどね。ついに混沌界と繋がる日がやって来たんだねえ」
「混沌界というのは、私たちの世界ですかな?」
「そうさ。現にこの世界には、火だけじゃない。風も、水も、土もあるだろう? あたしらが来られるように、世界が繋がったってことは、他の連中もこっちにやって来ているはずさ。例えば……忌々しいエルフどもとか、ね」
おっ。
この世界でも、ドワーフはエルフと仲が悪いようだ。
だが、ちょっと疑問があるぞ。
「そもそも精霊界は別なのに、なんでエルフと知り合いなんだ?」
「なんと! ユーマ殿、エルフまでご存知とは……!!」
「なんだい、あんた、只ならぬ腕の戦士だと見ていたけど、それだけじゃなさそうだね」
おや?
今までなら、外見で見くびられていた俺が持ち上げられているだと?
「ユーマ様、すっごく精悍になりましたから! かっこいいです!」
「えっ、そう?」
サマラに褒められて、俺はちょっと調子に乗った。
そんな俺たちのやり取りを無視して、ドワーフの族長は話し出す。
「それぞれの精霊界は繋がっているのさ。風が炎を煽って大きくし、炎が炙った空気は風になる。そうやって持ちつ持たれつしてる。だから、あの連中とも面識があるんだよ」
なるほど、良く分かるような分からんような。
「それで、あんたたちは一体何の用だい? あたしらはまだこっちにやって来たばかりで、こうして生活環境を整えるのでいっぱいいっぱいなんだ」
「うむ、それに関してだが」
俺は切り出した。
「ちょっと国と戦争をするので、手を貸してくれ」
「はあ!? なんだって!?」
「戦争をするので」
「いやそれは今聞いたよ! あんた何言ってるか分かってるのかい!? あたしらは見ての通り、生活環境を整えるので手一杯なんだよ! それに、男手を取られて死なれでもしたら困るじゃないか! 戦争するんなら山頂の竜でも手懐けてやっておくれ!」
「おお、なるほど」
俺はハッとした。
竜を仲間にすればいいんだな。
だが、それはそれとしてだ。
「じゃあ、こちらで食べ物や着るものを用意するから、武器とか作って」
「うん? 交渉かい? そうだねえ。言っておくと、巫女のお嬢ちゃんが命令をすれば、あたしらは逆らう事が出来ない。どのようにも使い捨てられるように出来るんだけれどね。あたしらとフェアにやる気かい?」
「サマラ、命令したい?」
「とんでもない!」
サマラがぶんぶんと首を横に振った。
「アタシ、みんなの意見を尊重しようと思ってるんで! なので、戦力で協力できないっていうならば別の方法で手伝って欲しいの! もちろん、ユーマ様が言ったように、ちゃんと報酬出すから! ……出しますよね?」
「海の連中と協力して流通を作らないとな」
「……ということで!」
「頼りない巫女様だねえ」
女たちがワッハッハ、と笑った。
ともあれ、悪い印象は与えなかったようだ。
力尽くで言う事は聞かせられるようだが、それはあまりよろしくないな。
いざという時に寝首をかかれそうだ。
「そうだ。竜は自らの鱗や分泌物から、力が劣った亜竜を生み出す力を持ってるよ。会いに行くにしても気をつけな」
「おおー、サンクス」
有用なアドヴァイスである。
「ついに竜とご対面ですか! いやあ、胸が高鳴りますなあ」
「学者さん、あなた怖いもの無いわけ……?」
ウキウキワクワクのエドヴィンに、サマラが呆れた。
次は火竜との接触である。
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