第69話 熟練度カンストの決断者
「お会い出来て良かった……!」
「うむ。だが随分汚れたなオーベルト」
かつては、冷徹な武闘派の騎士といった印象であったこの男だが、今は砂埃に汚れ、鎧もその辺りの傭兵が身に着けているような古びた革鎧である。腰に佩いた重剣だけが見覚えのあるものだ。
「面目ない。ヴァイデンフェラー騎士団は……もう少しも残っておるまい。領の民は新たな辺境伯に従ってはおりますが、兵の家族は我らが守り、アルマースへと逃しましたが……」
「たくさん死んだ?」
「は」
うーむ……。
「むむむ」
あっ、リュカが事情を察したらしく、なかなか大変なことに。
泣きそう。
やはり、関わりを持ってしまうと駄目だな。人間はどうしても情が湧く。
俺も結構ショックを受けててびっくりする。
うーむ……。これはいかんな。まずいなあ……。
リュカは、サマラが後ろからギュッとして撫でている。
「どうするさね? 完全にこれ、相手は国家だよ? 規模が違わないかい?」
「いや? そりゃ辺境伯は助けるよ」
「おお……!!」
「正気かー……」
オーベルトが期待に目を輝かせ、ヨハンが頭を抱えた。
「なあユーマ。あれだけ慎重に海で事を進めたのは、このアンブロシアの仲間が巻き込まれないためだっただろう。だが、そのためにあれだけ策を練っただろうに……。今度は桁が違うぞ。国家は、一度やられたら、何処までも追い詰めてくるぞ。チンケな海賊なんかで、ごまかせるようなものじゃ無い」
「うむ。ヨハン、どうする?」
「常識なら降りる。俺も命は惜しい。だがな」
この男、ちょっと考え込んで呟いた。
「お前もまあ、人間だったんだな。その顔を見てると、危なっかしくてな」
なにぃ。
男のツンデレか!?
や、やめろ、俺はノーマルだ。
「まあ、俺も守るものも失うものも、自分の命しかない。やれるところまで手伝ってやるよ」
「お、おう、サンクス」
「生き残った何名かの騎士がおります。彼奴らを集め、反抗の機会を伺いましょう。ですが、あまりうかうかしてはいられませんぞ。恐らく王国は……お館様を生かしてはおきますまい……」
「お、おう、お前は落ち着け、な? 今顔色悪いから」
「ですが、我らにとってユーマ殿の助けを得られることは万の援軍を得るに等しくッ!! ……ウッ」
あっ、オーベルトが倒れた。
「無理してたんだねえ」
……ということで。
少し行った森で野宿することになった。
やっぱり、こういうのはまともなやり方だと、正面対決は厳しいよなあ。
この間の海賊のように、こちらの正しい姿を見せずに勝負するべきだ。
いや、海賊以上に演出が大事であろう。彼らが想像もできない、巨大な存在だとこちらを見せつけて、反抗させないようにする。
それは、この世界の常識では出てこない考え方だ。
ゲームをプレイする脇で、動画サイトを眺めていた俺だ。
様々なエンターテイメントが頭に入っている。
いわゆるオタクコンテンツと呼ばれるものだが、それらは人類の長い歴史を経て、多くの人間たちの創意工夫によって育ち、あの形を手に入れた、言わば磨き抜かれた物語の結晶である。
それを知る者は俺だけだ。
故に、これこそが逆転の手であろうと考える。
「魔王軍……か」
「ん? 今、なんて?」
考え込んでいた俺の隣に、リュカが座っていた。
他の連中はみんな席を外しているようだ。
久々に二人きり。
今日はどうやら、ちょっとリュカも疲れているようだ。
肉体的にと言うか、精神的に。
ちらちらこっちを見ながら、座ってる距離を詰めてくる。
そして、頭を俺の肩に預けようとして、少しためらった。
俺も俺で、手を伸ばしてリュカの頭を抱き寄せる感じ。
「うんー……」
「まあ、関わる人が増えると、辛くなるもんだよな」
「そうだね……。全部なくなっちゃったかと思ったら、また出来てたんだね」
「うむ。ヴァイスシュタットは無事らしいから、まだマシだけどな」
「うん……でも、やっぱり知ってる人が死んじゃうのは、辛いな……」
「厳しい話をするがいいか」
「うん、いいよ」
「誰も死なないで終わらせるのは無理だ。今までみたいに、多分関係ない人間もたくさん死ぬ」
「うん」
「こいつはゲームじゃ無いんだが……どうも俺が選択しないといけないように追いやられている気がしてならんのだよなあ」
「……? ユーマ?」
リュカの指が、俺の頬を突っついた。
いかん。
ぼっちモードの時の独り言が出てしまった。
ここ最近、ずっと人と一緒にいるから出てなかったのだが。
だが、何となく分かった。
俺のスタートはリュカだったな。
「いいかリュカ。俺はお前最優先で動く。それは今までもこれからも変わらない」
「うん……!」
むぎゅっと抱きつかれた。
ぬぬぬっ、ムラムラくる。
だがいかん。落ち着け、落ち着け俺よ。
「お、お前を、東の地に送り届ける。約束だからな」
「でも、辺境伯も助けよう?」
「当然」
俺は即答した。
迷う理由が無い。
そうしたら、リュカがちょっと伸び上がって、顔を近づけた。
俺の頬に、柔らかいものが触れる。
おっ!?
こ、これは……!?
驚愕に目を見開いて彼女を見つめると、真っ赤な顔をして俺に笑いかけた。
俺もなんか変な笑いを浮かべてしまった。
「でね、ユーマ。気づいてる? 多分、サマラはユーマのこと好きだよ」
「えっ」
まさかまさかと思っていたが、そうだったのか。
俺は人から好かれた経験があまり無いから、勘違いして舞い上がって後で傷つかないように、常に予防線を張っているのだ。
どうだ、この女々しさ。
だが、その防衛戦が邪魔をして普通にサマラの態度に気づかなかった俺なのである。
「例えば、私がね。私とサマラどっちを取るの? って言われたら」
「リュカ」
思わず即答して、ハッとした。
なんだこれは。
巧みな誘導尋問ではないか。
これではまるで告白してしまったようなものではないか。いや、告白したのではないか。
「ひえーっ」
リュカがほっぺたを抑えてぷるぷる震えている。
「あ、ありがとう……! でもね、サマラ悲しいよね? 私たち巫女は、四人しかいない仲間なの。だから」
「お、おう」
一瞬の間である。
「ちゃんと全員に責任持つようにね」
「…………うっ、うむ」
重い。
伸し掛かって来たものが、大変重い。
これは噂に聞く、ハーレムという奴……いやちょっと待つのだ。
「全員?」
「そう、全員。アンブロシアも、もう居場所は無いんだよ? 私たち巫女は、本当ならそのまま消えてしまうはずのものだから。誰かの子供を産めば、ただの女に戻るけど、でも……どうせそうなら、特別な人が相手の方がいいでしょ?」
「うっ」
なんだか、今日のリュカはグイグイ来る。
というか、今までお子様っぽくてあまり女を感じさせなかったのに、今日の彼女は実に女の子だ。
「それから、私たちが女の子を産んだら、その娘は生まれながらの巫女になるよ。私たちは巫女って言う立場から逃げられるけれど、今度は子供が苦しむことになる」
苦しむ、の辺りで、リュカはとても悲しそうな顔をした。
巫女であることは、持って生まれた才能である。
巫女でなくても精霊を使った魔法は使えるようだが、絶大な力を発揮するにはやはり才能が必要だ。
しかし、この才能を今の世界は異端と断ずる。
断ずるだけでなく、害するためにやって来る。
この世界で、精霊の巫女であることは苦しみでしかない。
己のことだけを考えるなら、誰かの妻になって子を産めば逃れられる。
だが、我が子が災禍に包まれる可能性は常にある。
俺が今まで会った四人は、誰もが、他人のために心を痛めることが出来る女たちだった。
我が身を犠牲にしてでも、誰かを救おうとする者ばかりだ。
それが、我が子を犠牲にできるだろうか。
しないだろう。
あれっ、と、言うことは。
「あれあれ。責任って……」
「子どもたちが、苦しまないで生きていけるようにしないと。それが、ユーマの責任。もちろん、私はずーっと手伝うよ……!」
「お……おう!」
「う、う、うわあああああー! よ、よろしくお願いしますうううう」
うわーっ、茂みから野生のサマラが飛び出してきたぞ!
お主、聞いておったのか……!!
目の幅と同じ量の涙を流しながら、俺とリュカにしがみついてくる。
「どうぞ末永く、アタシをこき使ってやってください……! ……じゃなかった。もっと大事な話をしに来たんだった!」
我に返るサマラ。
「あの、アタシの部族、遊牧民なんですけど。それだけじゃなく、たくさんの遊牧民が東の方には住んでるんですよ。彼らの協力を得られたらって思って……」
「あたしにも考えがあるよ」
アンブロシアまで木陰から出現した。
お、お前たち、みんな聞いてやがったのか。
知らぬは男どもばかり……いや、絶対その辺りにいそうだ。
「あたしら以外にも海賊はいてね。きっと、群島でやりづらくなって来てるはずさ。……まあ、あたしらが海域を荒らし回ったせいなんだけどね」
「アタシの方は、ユーマ様がいればみんな言うことを聞くと思うんです! 実力が全ての連中ですし、みんなラグナ教とかザクサーン教が大っ嫌いですから」
「あたしの方もユーマが来てくれないと厳しいね。やっぱり腕っ節が物を言うし、あんたの異名、海賊剣士はちょっとしたブランドになってると思うよ?」
「むむっ」
「なんだい」
サマラとアンブロシアの間で火花が散る。
なんたることか。
「よし!」
リュカが決断した。
「ユーマ、両方行って」
「なんですって」
俺は一人しかおらんぞ。
これはつまり、タイトなタイムテーブルを組めという事だな。
その時、近くの木陰から男たちがにゅっと現れた。
やっぱり話を聞いてやがったな!!
「では、ユーマ殿が仲間を集める最中、私は国中に散った騎士たちを集めましょう」
「まあ、俺たちはそっちの方向で。あんたは彼女たちとよろしくやってくれ、ユーマ」
「俺を見捨てるのかヨハン」
「いやーうらやましいなー。モテモテで。俺はそういうところに放り込まれるのは勘弁なんで」
ああ、くそ、ヨハンめ逃げやがった。
「ま、正直な話、あんたはそれくらいの事をやってるわけだ。胸を張れよ。いの一番に、最高に危険なところに飛び出して誰かを守るなんてのは、出来る奴いないぜ?」
「わ、分かった。分かったからもう褒めたりやめてくれ。死にそうだ」
俺は褒められ慣れていないのだ。
事の始まりは、割りと人生を捨て鉢に考えていただけだったのだが……。
まあよしとしよう。
では、気持ちを切り替えて、まずは何処に行こうか……。
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