第40話 熟練度カンストの捜索者

 ディマスタンを抜けると、周囲の風景が突然変わった気がする。

 旧市街側は、どちらかというとエルフェンバインに近い乾燥した気候。日差しは強いが、暑さもさほどではない。

 新市街側は、それらとは全く違った。


 カラリと晴れた……という次元を超える、カラッカラの晴れ方。

 日差しがガンガンと降り注ぎ、野を行く者に容赦なく降り注ぐ。

 湿気が少ないのが救いだな。


 確かに、この陽気の下ならば、露出を減らして日差しを遮ったほうが涼しい。


「本当なら、馬がいた方がいいし、真昼に歩くのは良くないんですけどね」


 そよそよとシルフがそよぎ、緩めの光学迷彩の笠を頭上に作っている。

 光を完全に屈折させるわけではない。

 ちょいと光を曲げて、周囲に散らすだけだ。


 これならばリュカの負担もまだ少なく、そして直射日光よりは随分日差しも楽である。


「この辺りの風景は見たことないですけど……ガトリング山がどっちか分かれば楽なんですよ。あとは、日の傾く方向と、星の位置で大体大丈夫……」


 大まかな方角は問題ないというわけだな。

 当面、解決せねばならない一番の問題は……。


「水と、食べ物だね」


 何も持たずにディマスタンを脱出した俺たちである。

 見知らぬ環境でのサバイバル開始なのだ。


「水は、手に入れる方法は聞いたことがある」


 俺は記憶を探る。

 確か、ガキの頃に読んだ図鑑に載っていた。


 空気中には、例え砂漠と言えど、ある程度の湿気が存在している。

 だから、そこから水を取り出すことが出来るというのだ。


「ええとな。結露って知ってるか? 寒い朝なんか、金属やらの表面に露がついてることあるだろ」


 俺にしては饒舌に喋り始める。

 なぜか。

 そうしないと、説明が出来ないからだ。


「知ってます! 確かに、露がつきますね。寒くなった夜明けなんて特に」


「そう。あれがどこから来るかというと、この空気の中に既にあるのだ。それを集める」


「集めるのは……そっか、夜と同じ状態を作ったらいいんだ?」


「そう」


 リュカは飲み込みが早い。

 そして何より、この方法はリュカの助けなしには成立しない。


「ちょっと日陰行こう」


 ぞろぞろと三人で、岩陰に入る。

 俺が用意するのは、水袋。そしてバルゴーン。受け皿は、先程の牛の剥製の皮でなんとか応用してみる。

 水袋に受け皿をくっつけて、上に、なるべく刀身が広い大剣モードにしたバルゴーン。


「これで、風を送って剣を冷やす」


「なるほどー」


 リュカが構造を見て、頷いている。


「今はまだ暑いから、夕方過ぎくらいからやるほうがいいかもね」


「よし、では一休みして、それで行くか」


「じゃあその間、アタシ食べ物集めてきます! お二人はトカゲとか大丈夫ですか?」


「いけるよ!」


「食えないことはない」


 ディアマンテでのサバイバル生活で鍛えた……鍛えさせられた俺である。

 肉ならば何であろうと大歓迎だ。


「それじゃあ、お休みしてる間にユーマの足をマッサージしないと」


「おおー」


 リュカが手をわきわきさせてくっついて来た。

 うむ、正直、足が熱を持ってて大変ではあったのだ。

 騙し騙しやっているが、どこかで何日か休憩しないとな。


 日陰でまったりしつつ、リュカに足をもみもみとしてもらう。

 俺は俺で、水を集める仕掛けを作る。

 どうにも、不器用で上手くいかんな……。


 どうやって固定すれば……ハッ!

 閃いた。


「そぉい!」


 俺は勢い良く、大剣を岩に突き立てる。

 元より、切れ味よりは重量を重視した刀身。


 ここに紐を引っ掛けて、受け皿をぶら下げるようにしても紐が切れることは無いのだ。

 そして一番下に水袋。


「これだ」


「ユーマ! ちゃんと座って! マッサージできないでしょー」


「はい」


 俺は叱られたので、大人しく腰を下ろした。


 しばらく待っていると、日が落ちてきた。

 それと同時に、サマラが獲物を手に入れたようである。

 両手に収穫を抱えて持ってきた。


「見て下さい! こんなに大きなトカゲ!! なかなかとれないです!! これは食べがいがありますよっ」


「でかい」


「おっきー」


 全長1m程もあろうか。

 既にこんがり焼けている。

 サマラがヴルカンで狩ったのだろう。そういう使い方をして良かったのか、精霊。


「それじゃ、私もやっちゃおう!」


 俺のマッサージを終えて、リュカが立ち上がった。

 彼女も、集中力を回復させたらしい。

 またシルフに呼びかけることが出来るようになったということだ。


「シルフさん、お願い……!」


 彼女が呼びかける。

 すると、風の中に妖精たちが姿を現す。

 俺や巫女たちにしか見えない精霊だ。


「本当は、精霊って考えなしに使うと、誰の目にも見えるんです」


 サマラが解説を始める。


「だけど、精霊は存在することに力を使っちゃう。そうすると、いちばん大事な精霊の力を発揮する場面で、ちょっと力が落ちるんです。大巫女様、それのほとんどを力を発揮する方に持って行けているんです。だから、見えない人には見えないけど……」


 突然、ごうっと風が吹いた。

 強烈な風である。

 しかも、バルゴーンめがけて吹き付ける、集中的な突風だ。


 風が吹き付けると、その部分が冷やされて結露が発生する。

 ……発生するんだったっけ?

 いや、現に目の前で、バルゴーンの刀身に露が生まれてきている。


 それがさらに風で吹き飛ばされ、岩に叩きつけられたり、受け皿に落ちたりしている。

 ちょっと、これ、風が強すぎやしませんかね?


 だが、そのために刀身が冷却される力が強いようで、ガンガン水滴が浮いてくる。

 うわー、面白いように水が落ちてくるぞ。

 なんだこれ。


 それでも、ポタリポタリと垂れる水を集めるのは時間がかかるもので。

 焼けたトカゲを摘みながらぼうっと見ていると、二時間ほどで水袋がいっぱいになった。


 結構なサイズの水袋である。

 これで、明日は水に困らなそうだ。


「一応寝るまでに、あとひとつ水袋をいっぱいにしとくね」


 働き者のリュカであった。

 ちなみに、トカゲは鶏肉のような味がしてなかなかいけた。



 岩陰で三人、身を寄せ合って休む。

 夜は冷え込むが、それなりに着込んでいるのと、サマラとリュカが割りと体温高めなので温かい。

 こうして彼女たちとくっついていると、普段であればムラムラとしそうである。


 だが、剥き出しの肌が寒いこの極限環境では、そんな気にもならないのだ。

 しかしまあ、よく眠れた。

 目覚めると、俺がリュカの抱き枕にされていた。


「なんということだろうか」


 俺は呟いた。

 これは、リュカさんを起こすこと無く、状況を堪能すべきではあるまいか。


「ふわ……おはようございます……はっ」


 目覚めて挨拶してきたサマラである。

 俺たちの状況を見て、何か余計な気を回したようだ。


「も、申し訳ありません! ご夫婦の営みに水を指してしまうような形になってしまって……!」


「ちがうちがう」


 一応否定しておく。

 リュカを積極的に引き剥がすつもりはないが、誤解は解いておかねばならない。


「実は俺たちは夫婦ではないのだ」


「えっ、そ、そうだったんですか!!」


 声がでかい。

 身を起こす。

 おお、リュカめ、凄いホールド力だ。くっついたまま起き上がれるぞ。


「そうなのだ」


 詳しい事情はもっと込み入っているが、今は語るべきときではあるまい。

 多分ずっと語らない。

 面倒だからだ。


 リュカが目を覚ましたところで、昨日のトカゲの残りと水で朝食を終え、また日差しを防ぎながら移動することにした。

 このような流れで、三日ほどのんびりと移動しただろうか。


 サマラが迷いなく、方角を指し示してくれるから道行きが大変楽である。

 それに、岩石砂漠に似た地形になっており、意外と日陰が多い。

 休憩できる場所の確保も楽だった。


 ディアマンテの森の中を走破するよりも、岩石砂漠のほうが楽とはどういうことだ。


「見えてきた! あれが、ガトリング山です!」


 ガトリングの山とは。

 聞く度に思っていた疑問だったが、ガトリングとは彼らの部族の言葉で、天を貫く、という意味なのだとか。


 確かにその名の通り。

 槍のように鋭い山頂を持つ山がそこにはある。


 一見すると、変わった形状である。

 中央部が槍のようなのではない。


 頂上に当たる部分は、やや斜めで平たい。その一部だけが鋭く尖り、高く高くそびえている。

 これがまるで槍のように見えるのだ。


「待ってて下さいね!」


 サマラが走り出した。

 岩石砂漠を抜けた辺りが、ガトリング山の麓である。

 この辺りはステップ地帯になっている。遠目にも、野生の山羊らしきものが草を食んでいる光景が見えた。


 美味そうである。


「ヴルカン!!」


 サマラの叫び声が聞こえた。

 彼女が立っている場所が、一瞬激しく燃え上がる。


 サマラは胸元を大きくはだけて、天を仰いでいた。

 そこから、赤い炎が吹き上がる。


 空高く。

 そして、弾けた。

 轟音がする。


「うおー」


「ひえー」


 まるで花火だ。

 昼間だからそこまで目立たないかもしれないが、それでもこれほど派手なパフォーマンス、この世界に来てからは余り見たことが無い。


 これ以上のものと言うと、無数の分体と戦った時か、フランチェスコの立体映像が出現した時。ないしは、リュカとゼフィロスが邂逅した時であろうか。


 あ、サマラがぶっ倒れた。

 彼女の胸元から、ぷすぷすと黒煙が上がっている。


「サマラだいじょうぶ!?」


 リュカが駆け寄る。


「ああ、はい、だい、じょうぶですぅ……。あれをやると、しばらく動けなくなるんです……」


 どうやら、本当に花火のようなものだったらしい。むしろ狼煙か。

 彼女の部族に居場所を知らせたのだろう。

 ここで少し待てば、狼の部族か、鹿の部族が迎えに来るのだという。


「ああ、良かった……。帰ってくることが出来た……。大巫女様、剣士様、本当にありがとうございます……」


 彼女は、一仕事を終えたような雰囲気を漂わせている。

 これで彼女の部族と合流して、祭器を返して、めでたしめでたしと。

 そうなればいいのだが……。どうも、簡単に終わりそうな気がしない俺なのだった。

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