第39話 熟練度カンストの出国者
さて、出国が問題だ。
宮殿から出て、距離を取ってはみたものの、俺たちは幾つもの問題を抱えて立ち往生中なのであった。
大きく分けて問題は三つ。
一つ目に、入国審査は受けたが、出国の仕方を知らないこと。
二つ目に、俺の足のせいで走って逃げるのは難しいこと。
三つ目に、現在無一文に限りなく近いことだ。
なけなしのお小遣いは、サマラを買い取る時に使ってしまった。
他に小物を買ったり、飯を食うくらいは出来る金がある。
だが、宿に泊まったり交通手段を確保する程の金は無い。
さて……。
「とりあえず飯にしよう」
「さんせい!」
「ええっ!? そ、そんな悠長に構えてていいんですかっ!?」
賛成二、反対一!
賛成多数で昼飯となった。
午前中のうちに宝物庫破りを成功させはしたものの、宿では健康的なブレックファストしか口にしてきていないのだ。
腹も減ろうというもの。
金がなくなったら、その時のことである。
どこで飯を食おうかと探していると、向こう岸への渡し船付近に屋台があるのを発見した。
調理している風景を見て、はたと気付く。これはあれだろう。
串に差した大量の肉を削ぎ落として、野菜なんかと一緒に生地で挟んで食う。
そう、ケバブだ。
「三つくれ」
「あいよ。羊? 鳥?」
「鳥」
「あいよー」
後ろの女性陣に尋ねること無く、俺は独断で鳥肉のケバブを選択する。
こちらの方が味に癖がないからだ。後は、俺が屋台のおっさんに、オススメの肉を聞くなどのコミュニケーションを取るのが億劫だったからでもある。
これに関しては、リュカもサマラも文句は無いようである。
鳥というのはどんな宗教でも、基本的に食べられる肉だとか聞いたことがある。
なので、俺がいた現実の世界でも、世界一消費されている肉だったはず。
「ケバブおいしいぃー」
もっしゃもっしゃとケバブにかぶりつくリュカである。
何を食べてもニコニコしている、快食系女子。いい。
「た、確かに美味しい、美味しいですが……!!」
もぐもぐ食べながらサマラ。
落ち着かなげに、視線を周囲に散らしている。
確かに、少ししてから兵士がちょろちょろするようになってきた。
だが、このディマスタンという都市、大きすぎて、幾ら兵士がいても全域をカバーできないのだ。
「いざとなればリュカの魔法がある。落ち着いて飯を食おう」
ということで、俺たちはその辺りに適当に座り込み、飯を食った。
渡し船の運賃はもう手持ちでは無理な金額だった。無計画に昼飯を購入したが後悔はしていない。
「リュカ、姿を消すやつ頼む」
「はぁい。シルフさん、お願い」
シュッと俺たちの姿が消える。
渡し船の乗り込み口で検問している兵士をさっと素通りし、人が乗り込まなそうな荷物と荷物の隙間に三人でぎゅうぎゅう詰まる。
具体的には、一番奥にサマラ。次に俺で、俺にぺったりひっついてリュカ。
大変狭い。
だが、これより広い場所では、船に乗り込んだ他の人間に当たってしまう。
当たるとこの光学迷彩の魔法は解けてしまうのだ。
シルフの魔法は制約が多いな。
この渡し船は、言わば巨大な筏である。
両脇に櫂を担当する男がおり、彼らが漕いで対岸まで連れて行ってくれる。
直線距離にして百メートルほどだろうか。
この都市は、海によって分断されている海峡の街なのだ。
カモメが飛んできた。
「ああ、まずいよ! しっし!」
リュカが慌てて追い払おうとしている。
だがリュカさん。
ここで立てた音は、外に聞こえないんじゃなかったか?
案の定、必死に追い払おうとするリュカの努力をあざ笑うように、カモメがぬーっと上に乗ってきた。
これが、渡し船の対岸到着と同時である。
ぱちんと弾けるように、魔法が解けた。
突然俺たちの姿が現れたことになる。
運よく、眼の前にいるのは鼻水を垂らした小僧が一人だけである。
「ひょええっ」
突然現れた俺たちに悲鳴をあげる小僧。
「ごめんね、この事は内緒」
リュカがお口チャックのジェスチャーをすると、小僧はちょっと考えた後、鼻水を垂らしながらコクコク頷いた。
「すごー、まほうだー」
「そうだよー。魔法だよー」
「行くぞリュカ」
「じゃあね、ばいばい」
リュカは小僧に手を振る。
すると、彼女の周りに無数のシルフが現れて、小僧に向かって手を振った。
「うわー!」
小僧大喜びである。
いかん、いかんぞ、目立ってしまうだろう。
ちなみに、小僧以外に乗っている大人たちは、シルフを見ることが出来ないようだ。
今まで俺が知る限りでは、俺と巫女くらいしかシルフが見えないようだな。
だが、サマラのヴルカンは誰にでも見えるようだ。
後でこれに関しては、二人に聞いてみよう。
渡し船を降りると、再び検問だ。
うむ、やばいな。
「アタシが目くらましします」
「頼む。俺の背中に隠れてやってくれ」
「はい」
サマラは、俺と身長が余り変わらないかちょっと大きいくらい。女子として背が高い方だろう。
なので、僅かに身を屈めるようにして俺の影に。
そこで、ヴルカンを呼び出した。
俺の足元を、炎の小人がちろちろっと走っていく。
そして、兵士の足にぺしーんとぶつかった。
「うお!? 熱っ!!」
「お、おい、お前の足燃えてるぞ!?」
「げえー!! 水、水ー!!」
兵士が水辺へ走っていく。
燃え上がった足元を海につけて、消しているようだ。
服の表面が燃えた程度で済んだらしい。
この隙に、再びシルフパワーを使って姿を消し、この場を離れる。
兵士が騒いでくれたおかげで、あちらに注目が集まった。
いやあ、本当に危ない。
綱渡り感がすごいな。
「ふひい、もう限界……」
おっ、リュカの集中が切れた。
姿を消す魔法、朝から連発していたからな。
物凄く疲れるようだし、この辺りで打ち止めだろう。
とりあえず、俺が背負っていくことにした。
背中から、リュカがむぎゅっとしがみついてくる。
ちょっと暑いが、役得である。
足の痛み?
そんなもんはやせ我慢だ。
「むふふ、ユーマのにおいがする」
「くんくんするのやめようリュカ」
という感じで、道を歩いて行く。
こちら側の兵士にはまだ危機感が無いようだった。
というのも、俺たちが進んできた先は新市街。
ここでは、旧市街とは比べ物にならないスケールで市が開かれているからだ。
物凄い数の人間が行き来する。
彼らは、人種も様々。服装も様々だ。
ザクサーンらしい、露出の少ない服装。エルフェンバイン方面らしき、いかにもファンタジー的な服装。そして、見たことがない大変オリエンタルな服装。これはインドみたいな。
人混みの中、俺たちは流されるようにまったりと進む。
何せ金ももう無いので、寄るような店も無い。
ちょっとずつ、街から出られる門へ向かって動いているとだ。
「あれ、ここで牛とか山羊を売ってるんだ」
リュカが気づいたようだ。
俺が歩くのを担当している分、彼女には余裕がある。
首を伸ばして周りを見ていたようだ。
ふむ、牛や山羊を売ると言えば、ハッサンである。
いるかもしれないから挨拶していこう。
ついでに、出国の手助けもしてもらえないものか。
「お知り合いですか? なんだか、こうして山羊が多いと故郷を思い出すんですけど……」
サマラが懐かしそうな顔をしている。
話を聞くに、彼女が所属していた部族は、遊牧民族であろう。
家畜を連れて旅して回っていたわけだから、こういうところは郷愁を誘うのかもしれない。
そんな訳で、三人で家畜の市場へお邪魔することにする。
ぶらぶらと歩き回っていると、家畜を売り買いしているらしい場所が見えてきた。
大きなテントが張られている。
その下で、たくさんの人々がわいわいと騒いでいる。
「いたよ、ハッサンさん!」
リュカが早速発見した。
ハッサン一家である。
あいつら全員一緒に行動してるのな。
ハッサンと、ハッサンの嫁と、娘と息子二人。
連れていた家畜はあらかた売ってしまったようだ。
今は買い付けだろう。
エルフェンバインに戻るのか、更に先に行くのか。
「おーい、ハッサン」
「やや、聞いことがある声するよー」
「ハッサンってば」
「うーん、誰だったかー。ちょっと待って思い出すよー」
「俺だよ、俺俺」
「おー! 振り返ったらユーマさんじゃないさー!」
おお、いつも通りのハッサンだ。
色々あったが、まだ別れてから一日しか経っていない。
「街をこっちから抜けたいんだが」
「普段なら、出るのは自由ねー。一応体を
「後ろめたいのだ」
「オウ」
何がオウだ。
ぶっちゃけてしまったが、話してよかったのだろうか。
ハッサン、少しだけ考え込んだ。
「ワタシたちが巻き込まれると困るねー。でもユーマさん恩人よ。それじゃあ、無理がない助け方をするさー。ちょっと、耳貸す」
「なんだなんだ」
ゴニョゴニョのゴニョゴニョ。
うわあ、そんな事をするのか。
いやじゃのう。
女子たちにも話す。
「ええー!! そんな事やらせるなんて、旦那さん失格だよユーマさん!」
うちの女子連中と話し込んでいた、ハッサンの娘さんに叱られた。
だが、リュカの集中力も限界だし、サマラは破壊活動以外は余り出来ることがないしで、取れる手段が他にないのだ。
「私はいいよ。やろうやろう」
「アタシもやる、やります!」
女性陣に後押ししてもらい、作戦決行と相成った。
それは、俺たちが肉と骨を抜かれた牛の皮を被るというもの。
牛の剥製に化けて、門を抜けるのだ。
ちょうど今日、都を出て行く商人に話をつけて、牛の皮を被る。
商人には、ハッサンからそれなりの金が流れたらしい。
「牛の剥製なんて、物好きな金持ちがいたもんだなあ。確かに嵩張るし、運ぶのは大変だろう」
「街を出て、最初の丘辺りまででいいよー。向こうさんが受け取りに来てくれるよー」
「金銭授受は終わってるのか?」
「そうさー。だから、品物を渡すだけねー」
「変わった取引だなあ」
そんな事を言いつつ、多分この商人もどういうことだかは理解しているだろう。
ハッサンから金を受け取り、俺とリュカとサマラが詰め込まれた牛の剥製を荷台に積み込む。
恐らく、こうやって街を脱出する連中は何人かいるんだろうな。
今回の牛は、女二人と俺一人ということで割りと小さめだ。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれての出発である。
狭い狭い、と思いつつも、リュカやサマラと密着しているのは柔らかくて大変気持ちよくもある。
さては、ここは天国か、はたまた地獄か。
俺が思いを馳せるうち、都の門を抜けたようであった。
「やれやれ」
商人が指示をして、使いの者に剥製を降ろさせる。
「俺は何も知らないし、何もやってない。だから、俺は何も知らないうちに立ち去るぞ。その後に誰かが出てきても知らんからな」
荷馬車の音が遠ざかっていく。
すっかり聞こえなくなってから、俺は牛の皮をバルゴーンで切り裂いた。
これはあれだな。
きっと、こういうビジネスなんだな。
ハッサンと仲良くなっていて本当に良かった……。
また会ったら、この礼はしないとな。
牛の皮を、それと分からなくなるまで細切れにする。
「よーし、それじゃ行こうか。サマラ、案内できるか」
「はい。狼の部族が、今ならばあそこにいるはず……!」
一路、火の精霊王を祀る部族との合流を目指すのである。
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