第23話 熟練度カンストの参戦者2

「やあやあ、お待たせしてしまったようで済まないね。ただいま戻ったよ」


 ちょいと小粋なヒゲのダンディな男が登場した。

 確かに、ヴァイスシュタットで見た顔である。

 ベルンハルトやダミアンの後ろにいたような。こいつがエドヴィンであろう。


「ゆっくりだったなエドヴィン。して、調査の結果はともかく、彼奴きゃつらは接触をしてきたのか?」


 学者を迎えた辺境伯、いきなり直球な質問をする。

 エドヴィンは口ひげを撫でつつ、フームと勿体ぶった。

 辺境伯、つかつかと歩み寄り、背伸びをしてヒゲをむんずと掴む。


「早々に話すがいい。さもなくば貴様のヒゲを引き抜くぞ?」

「やや、ご無体な!!」


 無体過ぎる。


「あのヒゲ抜けちゃうの? 抜けたら大変だね」


 リュカが大変間の抜けた心配をしているが、問題はきっとそこではない。

 エドヴィン、可愛い辺境伯にさんざんヒゲを引っ張られ、観念して話しだした。


「結論から申し上げると、既に狂信者どもはこちらに仕掛けようとしてきています。ヴァイスシュタット近隣では、執行者の姿も見ましたぞ。あれは悪名高きビアジーニ兄弟ですな。国内で反体制主義者の粛清をして回っている、恐ろしい執行者です。それから、まあ十把一絡げの執行者がそれなりに」

「面倒なことになっているな」


 そう言いつつも、口元に笑みが浮かんでいる辺境伯。

 この人も普通ではないのだろう。

 周囲にやって来ている騎士たちも、どこか地に足がつかない状態だ。何がそんなに楽しみなのか。


「いよいよ戦か」

「腰抜けのディアマンテめ、ようやく攻めてきたな!」

「これで死に場所を得られる」

「騎士道とは死ぬことと見つけたり……!」


 なんだこいつら。


 エルフェンバインは、こういう連中を選んで辺境に配属しているということだろうか。

 確かに、戦いのみに秀でた連中など、平時であれば持て余すだろう。

 そいつらを効果的に使える最もきな臭い場所が、このヴァイスシュタット周辺だったということか。


「よかろう。戦の支度をせよ! ディアマンテの狂信者どもに、ヴァイデンフェラー辺境騎士団の恐怖を刻みつけてやれ!」

「おおー!!」


 ときの声があがる。

 こういうノリは苦手である。

 俺は居心地悪さを感じて、視線を彷徨わせる。リュカはリュカで、こういうのは嫌いじゃないらしい。


「おー!」


 なんて楽しそうに声を合わせてるので、俺も真似して同じようなポーズをしておいた。

 かくして、もう明日には出立だそうである。迅速にも程があろう。

 その日の夜に、俺は学者先生ことエドヴィンと会うことになった。


「やあやあ、君が噂の天才剣士くんか」


「嫌な呼び方だ……」


 館での食事は、食堂でることになっている。

 専属のコックがいる……というわけではなく、敷地内住民の婦人会がローテーションで料理を担当する。つまり、調理担当のおばさんがやってくるのだ。


 本日の料理内容は、燻製や腸詰め肉、ないしは煮込んだ肉に漬物関係、そして野菜スープ。味付けは辛め。

 希望があれば、麦を煮込んだ粥も食べられる。

 全体的に味は大雑把である。


「ユーマぁー」


 本日のメニューをフルコースで注文したらしいお盆を持って、リュカがやってくる。

 定位置である俺の隣に腰掛けた。


「学者の人? どうしたの?」


「うむ、私は戦争にはついていかないからね。聞いておくべきことは聞いておきたいし、話すべきことはここで話しておきたい」


 どういうことであろうか。

 この口ひげの学者は、何やら怪しげな雰囲気を纏っている。普段ならば信用ならぬ人物とみて、距離を起きたい所だ。


 だが、辺境伯が重用しているようだから、悪人というわけでは無いのかもしれない。

 それに、あの辺境伯は相当な変わり者のように思える。ならばこの学者も変わり者なのであろう。


「私はね、ディアマンテにおける風の精霊信仰について、常々調べたいと思っていたのだよ。ということで、君と風の巫女くんに色々とお聞きしたい」


「ほう」


「ふんふん」


 リュカはアイスバインっぽい肉の塊をナイフで削ぎつつ、パンに載せて食べている。

 あれ、塩味しかしないのだよな。


 彼女が俺の分も切り分けてくれたので、それを麦粥に入れて食べることにする。

 さて、学者の質問というのは、おおむね俺がディアマンテで見てきた事と同じだった。

 リュカの境遇についてと、かの国との関わりについて。


 俺は深いことは知らない。

 だが、これまで彼女と共に旅をしてきて、精霊を信じるという宗教は、神を信じるラグナ教と絶対的に相容れないものなのだと理解してきていた。


「ゼフィロス様は、時代が変わっていくことをよしと判断されたんです。だから私、お告げに従って、最後の巫女として火刑を受け入れたんですけど」


 リュカの死をもって、ディアマンテにおける風の精霊信仰は途絶える。

 時代は、原始宗教から一神教へと変化し、ディアマンテは新たなる時代を迎える。

 そのはずだった。

 ところが、突然現れた何者かが、そのイニシエーションを破壊した。


「戦士ユーマ氏は、空から降ってきた、と?」


「うん。だからきっと、ゼフィロス様が遣わした精霊の御使いかと思ったんだけど」


 ちらちらっとリュカの目が俺を見た。


「多分そうじゃないって、今は思います」


「なるほどねえ。よく分からないままということか。では、本教会が君たちを執拗しつように追うのは、やはりそのためだと?」


「私が生きていると、精霊信仰も死なないですから。絶対に生かしておきたくないんだと思います」


 淡々と語るリュカである。

 だがしっかりと、持ってきた料理は減っている。

 彼女は小柄な外見に見合わず、大変な健啖家だ。


 俺も食う方だが、リュカも食う。

 我々はエンゲル係数が高いタイプなのであろう。

 麦粥おかわりだ。


「随分と絶望的な状況じゃないかね? ラグナ教そのものを敵に回しているのが、君という個人なのだ。到底、生き延びることはできないと思うが。それとも、一度死を覚悟した以上、殺されることも怖くはないと?」


「うーん、それが不思議と、もう死ぬのは怖いなって思ってるんです。死にたくないです。だけど、なんか安心できるっていうか」


「追っ手が来るなら、倒せばいい」


 俺も何か言わねばと、それだけ口にした。

 エドヴィンは口ひげをいじりながら、まじまじと俺を見る。


「個人で、あの強大なラグナ教と戦うつもりかね?」


 などと聞いてくる。

 何を馬鹿なことを言っているのだ、この男は。

 俺は呆れてため息をついた。


「いいか。一度に戦える人数には限りがある。敵が尽きるまで、眼の前にいる敵を倒せばいい」


 単純な理論である。


 敵が百万人いるとしよう。

 だが、百万人で一度に、一人の相手を攻撃することはできない。

 自然と、相対するのは百人とか、接敵できるならせいぜい四人とか、それくらいの人数になる。

 ならば、この百人を一万回倒すか、四人を二十五万回倒せばいいだけの話なのだ。


 ゲームの経験値稼ぎと一緒である。

 次のレベルに到達するまでに必要な経験値が、どれほど膨大であろうと、コツコツ積み上げればいつかは届く。


「…………なんとも……」


 エドヴィンは絶句した。


「君は、自分が負けるということを想像していないのかね」


「負けないように戦えば勝つ」


「…………わは、わはは、わははははははは!」


 とうとう爆笑し始めた学者である。

 どうした、狂ったか。


 だが、笑いだしたのは彼ばかりではない。

 食堂にいた騎士たちも、大爆笑を始める。

 だが、皆、俺を嘲って笑っているのではない。


「確かに……! ユーマ殿の仰ることは真実よな!」

「エドヴィン殿、これは一本取られましたな!」

「いやはや……普段であれば絵空事なのでしょうが……彼は強いのでしょう?」


 エドヴィンの問いかけに、騎士たちは頷く。

 そして、学者もまた頷き返した。


「私も、他でもない。あの執行者たちが斬り伏せられた現場を検分していますからな。まるで、同士討ちでもしたかのような凄惨な現場でしたぞ。どこまでも、執行者たちの死体だけが広がっている。そう、執行者の死体だけが!」


 大仰に手を広げ始めた。

 いかん、そろそろ二杯目の粥が冷める。

 俺は慌てて木の椀を持ち上げ、中身をさらさら流し込んだ。


 いい塩梅でアイスバインの塩味がついて美味い。

 やはり日本人たるもの、塩味濃い目が好みだな。


「あれを、ただ一人の男が成し遂げたというのなら、それは私が知る常識の内にいる戦士ではない。これが戦士ユーマ殿だというならば、今の大言は法螺などではなく、単純な真理なのでしょうな!」

「然り然り!」

「いや、俺もユーマ殿の戦いぶりを見てみたい!」

「戦場では見ている暇もないでしょうからなあ」


 こいつら頭おかしいよ。

 何故そんな内容で興奮できるのだ。


 それから、食事の場でする会話ではあるまい。

 食事はもっとこう、自由で豊かで救われていなくてはならないのだ……。


「ユーマ、食後にお菓子があるって! 食べる?」


「食べる」


「持ってきてあげるね!」


 ありがたやありがたや。

 リュカは女神のようなお人だ。なむなむと拝む。


「その手つきはユーマ殿の信仰かね? 一体どのような宗教なのだい?」


 ああ、もううるさいなこの学者は。

 ちなみに、リュカが持ってきてくれたベリーの焼き菓子は絶品であった。



 翌日。

 既に夕方。

 馬を乗り継いでの強行軍で、既にヴァイスシュタットが見えている。


 一瞬、煙があがっているのが見えてドキリとした。

 強行軍で馬の鞍に擦れ、感覚が無くなった股間も気にならないくらいドキッとしたのである。

 ……さては街に火をつけたか?


 だが、すぐにそれは炊事の煙であると気づいた。


「戦端が開かれておるな」


 辺境伯が低くつぶやく。

 彼女は、女性用にしつらえられたセラミックの甲冑に身を包んでいる。

 兜の奥から発する声は、くぐもって聞こえた。


「だが、ヴァイスシュタットは兵士の町。容易に落とされることはあるまい。例え執行者の分体と言えど、ケラミスを織り込んだ町の防壁を破壊することは難しかろう」


 ヴァイスシュタットは、辺境伯が管理する町なのだった。

 当然、辺境伯が生み出しているらしいケラミスというセラミックが与えられている。

 どうやら、これを用いたバリケードを作り、籠城戦に突入しているのであろうということだった。


 ふと、頭上を鳩が周回している事に気づく。

 鳩はすぐに、町の方角へ戻ろうとする。

 騎士の一人が、クロスボウを構えて、すぐさま射った。


 矢が鳩を射抜く。

 落下する鳩。


「なんだなんだ」


「優れた執行者は、鳩を使い魔として用いる。つまり、少なくとも鳩を使う高位の執行者が来ているということだ」


「ほえー。じゃあ、今まで見てきた鳩さんはもしかして、ラグナ教の鳩さんだったの」


「そうなるな」


 リュカがなるほどーと頷く。

 うむ。

 そういえば、何故戦場にリュカがいるのか。

 敵の標的は彼女では無いのか。


「風の巫女がいれば、奴らの狙いはこちらに集中する。巫女を守りきるのだろう、戦士ユーマよ? 貴様が働けば働くほど、ヴァイスシュタットの人々は無事に生き延びることが出来るようになるぞ」


 汚い、辺境伯考えることが汚い。

 だが、リュカを守るとは、俺が口にした言葉である。

 それに俺の目が届かぬ所にリュカを連れて行かれて、そこで殺されでもしたら、俺がこの世界で生きるモチベーションそのものが消滅する。


「やるか」


 俺はそう口にして、気合を入れた。

 いよいよ、本格的な戦闘が始まるのである。

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