第10話 熟練度カンストの付き人
随分長い間、森の中を
しかも正確には彷徨っていたわけではなく、一直線に森の中を突っ切っていったわけで、
恐るべき移動効率であると言えよう。
風の巫女すごい。
「森の、外っ」
リュカが飛び出して、ぽんっと着地した。
貫頭衣は鉄壁の防御力を発揮し、風に舞い上がりつつも際どい部分は見せてくれない。
これは絶対にシルフが手助けしているだろう。
絶対領域である。
「おう、久方ぶりに外の世界だなっと」
俺も真似して飛び出してみた。
すると、着地しようとした部分が凹んでいる。
俺は目測を誤った。
「ぐわーっ」
「ユーマ、だいじょうぶ?」
凹んだ場所で足をクキっとやって、尻もちを突いて転がった俺である。
大変格好悪い。
上から見下ろすリュカ。
うーむ、こういう状況はいつも通りのような気がする。
見た目よりもパワフルなリュカに助け起こされる。
俺も、それなりに身軽な動きで体を起こした。
リュカと行動を共にするようになって、一週間ほどであろうか。
長いニートライフで完全に鈍りきっていた俺のボデー。
お腹ぽてぽての二の腕プニプニが、それなりに引き締まってきた。
何せこちらにやって来てから、砂糖も油もほとんど口に出来ていない。
植物性タンパクと、魚程度の動物性タンパク。
そして移動し続ける必要性があるので、大変な運動量。
ダイエット成功である。
「うむ」
ジャージの下の腹を撫でる。
まだ割れていないが、結構引っ込んだ。
今までは体の動きが鈍くて、あまり動かないで戦いの動作をやってきていたが、これならば自分から動いていけそうだ。
「何してるのユーマ。行こう、行こう」
駆け寄ってきたリュカが、俺の袖を掴んだ。
「おお、行こう」
「行こう!」
二人でもりもりと進んでいく。
無論、ここは街道などではない。
森から外れた草原である。
ここをてくてくと急いだ。森の中にくらべれば、実に快適である。
途中、狼の群れと出くわした。
「あっ」
「お」
じっと見つめ合う。
俺としては、肉食動物の登場に、うひゃー、という気持ちである。
だがどういう訳か、狼たちは俺をじっと見据えると、そそくさと立ち去っていく。
「どういうことだ」
「言ったでしょ。動物は、強かったり危険だったりする動物のことが分かるの。だから、そういう危ないものには近づかないのよ。近づくのは人間だけ」
危険な動物……。
俺はじっとリュカを見る。
やはり、風の巫女は超強かったりするのであろうか。
守られたい。
「その目は、私のことだと思ってる? ユーマのことだよ」
「ハハハ、まさか。ご冗談を」
リュカの目は至って真面目だった。
冗談ということにしていただきたい。俺はゲーム譲りの剣の熟練度しかない男だぞ。
とまあ、そんな事があったりして、俺達は順調に道を突き進んだ。
森の脇で野宿をしたりしつつ、そこから三日程度で到着である。
「ついた。ここが私の村だよ」
「おお、とうとう……!」
目の前に広がっているのは、立派な、廃墟だった。
家々は打ち壊され、畑は荒れきっている。
どこにも人の気配は無い。
「おお……もう」
どう反応したものであろうか。
正直な話をしてしまっては悪い気がする。
俺はチラチラとリュカに視線をやった。
すぐ気付かれた。
「ユーマ、視線が露骨だよ。いいの、気にしない。村が駄目になってしまってる事は本当なんだから。もう、この村は死んでしまっているの」
「死んでしまっていますか」
「死んでしまっているの」
再確認した。
うむ、大変ハードな事である。
だが、滅びた村に戻ってくるということは、一体何を意図しているのだろうか。
リュカは、すっかり荒れ果てた村の中に踏み入っていく。
あちらこちらに目をやる。
きっと、彼女の思い出が残る場所も多くあるのだろう。
だが、今はその面影すら無く、無残な思い出の残骸たちが転がるばかりである。
俺は、この時までリュカが極めて強靭な精神を持つ少女だと思っていた。
それはある意味で間違いではなかったのだが、何せ初めての出会いが処刑場である。
火刑に処されそうになりながら、真っ先に、落下してくる俺の身を案じた娘だ。
普通ではないと思っていても無理はなかろう。
だが、リュカは思っていたよりも普通の少女であったのだ。
「…………」
はあっ、と短く息を漏らす音がして、先行していたリュカが立ち止まった。
一瞬空を仰いだかと思うと、俯いてしまう。
何度か、顔をこすっている。
あれ、泣いているのだろうか。
さっきの息の音も、吸い込もうとして途中で詰まったような。
俺がてくてくと近づいていくと、リュカがそれを手で制した。
こっちを向かない。
あれか。
顔を見られたくないのであろうか。
「いくらなんでも、あんまりです精霊王様。こんなのって、あんまりにも辛すぎます」
小さな声で呟いたのが聞こえた。
むむうっ。
俺の胸の深いところにティンと来たぞ。
だが、俺はこういう時、空気を読んで彼女をそっとしておくとか、抱きしめるとかそういう遣り取りは出来ぬ男である。
そんな気が利く人間であれば、引きこもってなどいない。
「どうしたどうした」
どかどかとやってきた俺である。
流石のリュカも、ギョッとして真っ赤になった目を瞬かせた。
涙をごしごしこすったようで、目元も鼻も赤くなっている。
うむ、これはこれでいい。
「もっ、もうっ……」
ペースを乱されたせいか、リュカがむうっと膨れた。
「ユーマは、もうっ、もうっ……!」
もうもうとは、牛にでもなってしまったか。
いや、その胸元を見るにまだ人間だな。育って欲しいものである。いや、小さくても好みではあるのだが。
「むっ……もしや、そっとして置くべき場面だったか……? すまん」
俺は謝った。
空気を読めていなかったなと、何となく理解したからである。
理解したからと言って、次から空気が読めるようになる訳ではないが。
人には何事も、向き不向きがあるのだ。
暫くの間、リュカはつーんとしていたのだが、すぐに気を取り直した。
というか、俺相手に意地を張っている事が馬鹿らしくなってきたらしい。
それはそうだろう。
俺などに意地を張ったところで無駄だぞ。何せ俺は鈍感だ。
三年間連れ添った冒険の相方が、中身が女だったなどと、ずっと気づかなかった男だぞ。
挙句がそいつは別の男と結婚し、俺はニートを絶賛継続して、生活時間の全てを費やした挙句この剣術スキルだ。
あのゲームにおいて、俺はbotすらも超越していた。
「本当、ユーマにこんなことしてもばかみたい。私こそごめんね。なんだか、戻ってきたら今まで色々あったこと、こみ上げて来ちゃって」
「そうか」
下手なことを言うとまたへそを曲げられそうだったので、俺はそれだけに留めておいた。
自慢ではないが、チャット上でもろくな会話が出来ない程度のコミュ障の俺である。
音声チャットなど怖くてやれるはずも無かった。
「いいよ。私、ユーマには色々助けてもらったから。これからも、助けてもらうと思うし」
「うむ」
守るのは本当である。
何せ、今の俺にやれる事はそれしかない。
そして、やる事がそれしかない。
一人でぶらついていたら即座に野垂れ死ぬ自信だってある。
むしろ、俺の生存にはリュカが不可欠であるとも言えよう。
ということで、俺とリュカは仲直りした。
「次はどこに行くんだ?」
俺が尋ねると、リュカは早速歩き出した。
「立ち止まっちゃったけど、本当はもっと先に行くの。精霊王様のいるところ。シルフさんたちの王、ゼフィロスに会わなくちゃ」
「おおー」
精霊王!
なんと心躍る響きであろう。
どんな存在が待ち受けているというのか。
俺はリュカに続いて歩き出した。
ところで、とりあえず何かが潜んでいる気配がするので、数歩だけリュカよりも先行する。
「ユーマ?」
「虹彩剣、バルゴーン」
虹色の剣を抜き放つ。
抜いた動きで、左右から起き上がってきた巨大なトラバサミを寸断する。
頭上から降り注ぐ、黒く濡れた針の雨を残らず打ち払う。
前方から飛び込んできた、狂乱に目を血走らせた狼を峰打ちで気絶させ、狼の腹にしがみついて襲い掛かってきた小柄な男を斬り捨てた。
やっぱり何か潜んでた。
だがそんなことよりも今は……。
「精霊王、なんと心躍る響きであろう」
「うん、ユーマがいれば、何が来ても安心だよ」
うひょお!!
リュカが俺の腕にくっついてきた。
これほど女子と密着してしまうとは。
もしやこれは、モテ期という奴であろうか。
いいぞ。
異世界はいいぞ。
かくして、俺はリュカを待ち伏せていた刺客らしきものをちょちょいと撃破して、精霊王との面会に向かうのである。
リュカの声は少し掠れていたが、もう泣いてはいないようだった。
いかんいかん。
俺も彼女を泣かさぬように勤めねばなあ。
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