熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~

あけちともあき

プロローグ

第1話 熟練度カンストのボトラー

 俺は久保田悠馬くぼたゆうま

 ニートである。

 ニート歴はどれ程になろうか。まだまだ若造であるからして、きっと数年ほどだろう。


 常に起動しているPCのVRディスプレイでは、この数年間ログインし続けて遊んでいるゲームが表示されている。

 ゲーム内で数度、クリスマスと正月とバレンタインを迎えた気がする。

 故にきっと数年経過している。

 長らく父母妹とは没交渉である。


 食事時になると、ノックの音がして扉の外に食事が置かれている。

 トイレに立つこともあまりない。


 我がPCデスクの下にはボトルが常備されており、俺は慣れ親しんだ技術で、出すべきものをその中に溜め込んでいる。

 VRディスプレイは顔面に装着するタイプであるから、装着している間は手元が見えぬ。


 そこを狙いを外すこと無く、ボトルへと落とし込むテクニック。

 なかなかのものである。無論他に使い所など無い。

 ゲームがメンテナンスに突入する期間を狙い、まとめてトイレに捨てに行く。

 風呂もその時に済ます。


 俺の人生は空っぽであった。

 俺は高校進学をし、高校デビューに失敗した。


 その後、俺はいじられキャラとなる。俺は知っているぞ。いじられと言うが、いじられは実質いじめと変わらん。その人間の尊厳をズタズタにしてしまう行為だ。

 近年では教師も、モンスターペアレンツなるものを恐れてか、生徒同士の交渉に介入してこない。


 昔からそういうものだった気もしているが、教師ほど当てにならぬ者は無い。

 俺は決断し、不登校を決めた。


 それを知り、親は怒った。激怒した。

 いじめられたなら殴り返せと。お前は甘えていると。

 生意気盛りの妹は俺を嘲笑した。

 えーダサーイうちの彼氏なら超強いからそんなこと絶対ないしーてか悠馬キモイしー。


 俺も怒った。

 静かに怒った。


 そして俺は、粛々とこのニート生活に突入したのである。

 幾度か父親が俺を引きずり出そうと襲い掛かってきたが、ボトルに溜め込んだ黄金のサムシングを使い、俺は奴を撃退した。

 ニートを更生させるという何者かがやってきたが、俺はまた、ボトルにより一層溜め込んでいた黄金のサムシングを駆使し、そいつを倒した。


 そして、誰も俺に触れなくなった。

 食事を用意してくれるだけ御の字である。

 親も妹も寝静まった時間にしか、ボトルの内容物を捨てたり、固形の方を排泄したり、入浴しにも行かないため、そろそろ彼らの顔貌も曖昧になってきた。


 俺は何のために生きているのか。




 決まっている。

 このゲームをするためだ。

 ゲームの名は『ジ・アライメント』。和製表記である。ダサい。超ダサい。

 世界観はオーソドックスなファンタジー世界。銃とか魔法とか蒸気機関とか出てくる、今時のファンタジー世界だ。


 俺の名は、戦士ユーマ。

 実名である。

 俺にカッコイイ名前を考えるセンスなどない。


 そして俺は実名主義である。

 ギャルゲーは実名で遊んで女の子を落とす。これだ。

 ということでゲーム上でも実名であった。


 戦士はタンク職である。

 パーティの壁であり盾であり、ローコストで敵を倒す便利な攻撃役でもある。

 HPは高くなかなか死なず、魔法は使えないが体力があるため、回復や便利なアイテムをたくさん運ぶことができる。

 俺はこの戦士をプレイしていた。


 俺の人生は英雄であった。

 ジ・アライメントβ版から参加していた俺は、製品版となる現行版でβ版の知識と技術を大いに振るった。


 さらには、俺は天下無敵のニートであるから、無限の時間を味方につけている。

 若さというパワーもあり、徹夜もどんと来いで、トイレ休憩もしない。

 自然と、戦士ユーマは爆発的な速度で成長の階段を駆け上がっていく。


 様々なクエストをクリアした。

 様々なパーティに参加し、領域争奪戦というPvP(プレイヤー間での戦闘)を勝利に導いてきた。


 工作スキルを得て、商人の真似事もしてみた。

 俺が作った商品は、ネーミングセンスは糞溜めに落ちたカレーみたいなレベルのひどさだが、ものの出来は良く、物好きな連中が買っていった。

 そしてすぐに名前を変えられた。悲しい。


 俺には一人、親友がいた。

 名を、アルフォンスという。

 職人であった。


 彼が作る武器は、性能ばかりではなく、その名前すらも素晴らしかった。

 俺の中で微かにくすぶる厨二心をくすぐる、彼奴の武器の名前。

 俺と奴は、ウマが合った。


 奴が求める素材を、ともに取りに行き、三日三晩(リアルタイムで換算してだ)の戦いの末、どうやらその領域のボスだったらしいモンスターを撃破、レアドロップで想定以上の良素材を得られた時など、俺たちは抱き合って喜びを叫んだものだ。


 夜中に叫んだので親が怒鳴り込んできたから、黄金のサムシングを使って撃破した。

 あと、流石の俺も、この衝撃でリアルに失禁なるものをしてしまった。いかんいかん。


 そんなアルフォンスが引退するときが来る。


「ユーマ。今までありがとうな」


「水臭いぜ。俺とお前の仲だろう。お前が選んだ選択肢ならば、俺は祝福するぜ」


「だけど……俺さ、まるで、ユーマを裏切っちまったみたいで……」


「気にするな。お前にはお前の道がある。お前しか選べない道だろ。行って来いよ、相棒……!」


「ユーマ……!! ありがとう。本当に、この三年間は最高の時間だった。失恋で駄目になっていた俺を、お前は癒やしてくれたよ……! 本当にありがとう、ユーマ! これは、俺からの礼だ」


「こ、これは……!」


「俺の工作スキル全熟練度を注ぎ込んだ魔剣、”虹彩剣バルゴーン”。お前の剣術スキルを最大限に活かすことができる武器だ……!」


「アルフォンスの三年分の熟練度が……!!」


 俺は感動した。

 そして悲しかった。

 アルフォンスの全てが詰まった剣。


 これを託すということ。

 それほどまでに俺を信頼し、俺のことを思ってくれていたということ。

 そして……全てを賭けた剣を俺に手渡すことで、恐らくは……二度とこの世界に戻ってこないであろうこと。


「ああ、もう、時間だ。母さん呼んでる。あのさ、ユーマ。俺は生まれ初めて、あんなきれいな格好をしたんだ。母さんが、俺のことをこんなに喜んでくれるなんて」


「うむ」


「もう行かなくちゃいけない。さようならだユーマ。いつか、またいつか会えたら、また俺とパーティを」


「無論だ」


 俺はノータイムで応えた。

 VRディスプレイの中のアルフォンスは、泣きそうな笑顔を浮かべていた。

 男の笑顔か……。まあたまにはよかろう。


「じゃあな、ユーマ。俺……私、お嫁に行きます」


「お前女だったのか」


 これが奴との別れであった。

 そして、虹彩剣バルゴーンとの出会いであった。


 かくして、俺はゲームの中で孤独となった。


 俺は戦った。

 バルゴーンを使い、戦い続けた。

 俺の剣術スキルは、熟練度を上げていく。


 休みなく振るわれる剣は、どこまでも熟練度を高めていく。

 俺は不思議と寂しくはなかった。

 なぜなら、親友が託した全てが、この俺の手の中にあるからだ。


(アルフォンスの中の人は美人なのかな。女だったのか。女だったのか。ガーンだな)


 無心、無心、無心になれ!

 俺は必死に、それまで以上のペースで剣を振るっていく。

 熟練度を示す数字はどこまでも上がり続け、上がり続け……。

 ある、明け方のことであった。


「剣術スキル、熟練度999,999,999,999……。やってしまった」


 数字が動くことはなくなった。

 俺は、ひどい喪失感に苛まれてしまった。


 もう、剣を振るう意味がない。

 そう思ったのだ。

 どれだけバルゴーンを振るっても、俺の剣術スキルは、その数字を動かすことが無い。


 目的が、なくなってしまった。


「俺は、一体どうしたら……。そうだ。ぼ、ボトルを捨てに行かなくちゃ……」


 よろよろと、俺は立ち上がった。

 その、時だった。


 画面に現れる表示。


『勇者よ。人の極限に達せし最強の戦士よ。今、汝の力を欲する世界が存在します。この超絶の剣技を持って、彼の地へ向かってくれますか?』


 なんだこれは。

 新しいステージがある、そういう意味か?

 というか、この文章……。俺の厨二心をくすぐってくれる。

 なるほど、俺じゃなきゃダメな世界か。そういう設定、燃えるじゃないか。


「いいぜ」


 俺は乾いた唇を舐めた。

 コーラの味がした。


「行ってやる」


『戦士ユーマ、召喚に応じました。世界転移を開始します』


 次の瞬間、俺の視界は暗転した。

 どこまでも、どこまでも落ちていく感覚。


 そして……VRディスプレイではない、リアルな光が俺を包み込んだ。

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